海水浴
ついに4日目。ただ海を楽しむ日がやってきた。
「おーよぐぞー!」
「準備運動はしろよ。足つっても知らないぞ」
「はいはーい」
労働から解放されたせいで全員ブレーキがちょっとおかしいようだ。我先にと準備運動もせずに海に飛び込もうとしている。
「泳ぐぞー!」
「おおー!」
渚と鈴名はそのまま海へダイブ。
「1.2.3.4」
「5.6.7.8.」
ほか4人はしっかりと準備運動をしている。
「あいつら溺れても知らんぞ……」
「もしそうなったら助けなきゃね」
冗談めかして陽菜さんが笑いかけてくる。
「そうならないようにして欲しいんですけどね」
一応ライフセーバーがいるっぽいけど、この人じゃあ見落としもあるかもしれないし、なるべく目を離さないようにしよう。
「準備運動おしまい!泳ごう!」
「「「はーい」」」
遅れて俺達も海へダイブ。各々好きなように遊んでいると、自然と2人1組で別れていた。
組み合わせはもちろん言うまでもない。
「遥〜!こっちこっちー!」
「あんま沖の方まで行くなよー!流されても知らないからな!」
「大丈夫だって!」
溺れる可能性なんでこれっぽっちも考えていなさそうな顔して答えやがった。
「そういう奴から溺れるんだよ知ってた?」
「ダイジョウブ、ワタシ、オヨギウマイ」
「あのねぇ……」
明らかに渚のブレーキがおかしい。というか多分ない。アクセル全開にも程がある。これは、1人で好きなように遊べなさそうだな。
ため息をつき、顔を上げると、そこに渚の姿はなかった。いや、正確には水面から暴れている腕だけが出ていた。
「あのバカ!」
全速力で泳ぎ、暴れる腕を掴んで引き上げた。
「ゴホッゴホッ!」
「無事か?!」
「うんなんどか。足つったんだよ。めっちゃ鼻に水入った」
どうやらこれといって問題は無さそうだ。問題があるのはこいつの危機管理能力のほうだろう。
「なぁ渚」
腕を掴む強さを少し強くする。
「は、はい……」
彼女は今回の自らの過失に気づいているようだ。
「足つった理由は?」
「準備運動をしてなかったからです……」
顔を背けながらも、渚は正直に答える。
「そうだな。そのせいで死にかけたんだが、感想は?」
「準備運動必ずしようと思いました」
「よろしい」
まぁ全然良くないが、この場はここまでにしよう。後でこっぴどく全員から叱られればいい。
「はぁ〜〜〜」
長い溜息をつきながら、渚の肩に頭を乗せる。
「は、遥…?」
「あんま心配させんな、バカ」
「………ごめん」
「分かればいいんだよ分かれば」
流石に悪いと思ったのか、素直に謝ってきた。
………情に訴えれば割とチョロいな?こいつ。
「よし、戻るか」
「うん」
渚の手を引いて、岸まで戻ろうとしたときに、ふと言い忘れていたことを思い出す。
「あ、そうだ。水着、似合ってるよ」
「三日前に言って欲しかったなぁ」
「ごめんって」
「まぁ言ってくれただけ良しとしよう」
▢
「お、おかえり〜」
「手を繋いでとは仲良いねぇ」
いつの間にか他のみんなは集合していたらしく、着いてそうそうからかわれた。が、今は特に気にならない。
「皆さんに聞いて欲しいことがあって〜」
これから始まるものに比べれば、そんなもの些細なことだ。
「なになに?」
「どうしたんだ一ノ瀬」
期待の入り交じった目でこちらを見てくる。残念ながら、そんなおもしろい話でもない。渚はもう首が回転しそうなレベルまで顔を背けている。
「準備運動しなかったこのバカが足つって溺れかけたんですよ」
「マジ?」
全員驚愕。
「なので一人一人叱って頂こうかと」
そして、この後一人一人渚にお叱りがあった。提案した身でありながらちょっと可哀想だった。
渚も反省したのか、お叱りが終わったあと、準備運動をしっかりしてから海に入っていった。
それからビーチバレーをしたり、競走をしたりと海を満喫して、家に帰った。
「あ〜もうおしまいか〜」
荷物をトランクに乗せた鈴名が名残惜しそうに言った。
「いろんなことがあったからね~」
「カップル二組成立したしな」
俺がそう言うと、該当者たちは一斉ににやけだした。
「「その節は大変お世話になりました」」
俺に相談してきた二人が改めてお礼を言ってきた。
「俺も楽しかったので」
「優芽から聞いたよ。色々相談に乗ってくれたんだって?」
どうやらすでに鈴名から話されていたようだ。
「まぁ成り行きでな。あと綺麗に陽菜さんとかぶってたから何とかなった感はある」
「優しいな」
「優しいねぇ」
「……荷物まとめ終わったんだったらさっさと帰りますよ!」
あまり褒められ慣れていないから、照れを隠すために真っ先に車に乗り込む。今回の席は、俺、渚、海瀬、その上に鈴名となっている。あれはもう二度としたくない。
「んじゃまぁ、帰りますか!」
陽菜さんの言葉を合図に、みんなも車に乗り、発車した。
□
運転席と助手席にはなにやらニヤニヤしている男女が二人。
「あれで付き合ってないのはねぇ…」
「ちょっとおかしいよ」
後部座席にも膝に乗っている同じようにニヤついてるカップルが一つ。
「ほーんと仲いいね」
「お似合いだな」
彼女らの視線の先にはとある男女がいた。
互いに肩にもたれかかって寝ており、極めつけは、間にある手をお互いに握っている。
「写真撮っておこっと」
彼らの知らぬ間に撮られたこの写真がまた一波乱呼ぶことになるとは、まだ誰も知らなかった。




