出発前からフルスロットル
そしてついに決戦の時が来た。八神さんが車を運転して行くことになっているため、みんな八神さんの家に集合予定だ。
「じゃ、行ってきまーす」
「迷惑だけは掛けないでよね」
「自分の息子を信じろ。多分かけない」
「多分で自信満々にサムズアップすんな」
「大丈夫大丈夫」
「にしても、まさか遥がその格好で友達と出かけるようになるとは思わなかったなぁ」
現在の俺の格好は、モデルやってる時と何ら変わらない。中学校以来のキメにキメまくってる見た目である。
「こればっかりはいい友達に恵まれたとしか……」
「うんうん。トップモデルの私の自慢の息子を信じろ」
「説得力ありすぎるだろ」
「てか、時間大丈夫なの?」
壁の時計を見ると、集合時間まで余裕が無いというかほぼ遅れる。
「あ、やっべ。行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
母親に挨拶して家を出る。遅れたりしたら他の5人から袋叩きにされること間違いなしである。
□
「ごめん遅れた!」
「遅刻とはいい度胸だな一ノ………はい?」
「どしたのタカ……え?」
「喜野っちどした……あれ?」
「ふふっ」
「ははっ」
この姿を知らない3人の反応を見て、既に知ってる2人は面白そうに眺めている。俺もどうやらこの光景が面白いと思えるレベルにはなってきたらしい。
「どうも、遅刻してきた一ノ瀬遥です」
「「「ええええええええええ!?」」」
「いやぁ遥がその格好で来るって聞いた時は驚いたけど、やっぱみんないい反応するねぇ」
「普段の一ノ瀬とは結構違うからね。一ノ瀬だと言われれば何とか分かる位の面影はあるけども」
後方腕組み勢の2人がなんか言ってる。
「え?2人とも知ってたの?」
「うん。私は前パフェ食べに行った時に初めて見た。最初はみんなと同じ反応したよ」
「私はたまたま会ってね。最初は一ノ瀬か疑ったよ」
「あれは驚いたなぁ。バレるとは思わなかった」
パフェの時は……まぁ、ちょっと恥ずかしかった出来事もあったのでノーコメント。
「いや、すごいな……。普通にかっこいいな。ちょっと少しの間だけ王子様変わってくれないか?」
状況を理解した喜野がとてつもないことを提案してきた。
「絶対嫌。もしそうなったら舌噛んで死ぬぞ俺」
「タカに負けず劣らずのイケメンだぁ」
と、喜野と俺を交互に見ながら口にする八神さん。負けず劣らずとか言ってる時点で喜野が1番イケメンだと言っているのと変わらないが、鈍感主人公基質の喜野さんは気づかない。早くくっつかないかなこの2人。
「えぇ……?遥っち……ええ?」
鈴名はまだ現状を理解し切れてないらしく、いつもの俺と今の俺をイコールで結べないようだ。
「まぁそういう訳なので、これから4日間よろしくお願いします」
今回の決戦の期間は4日間。3日間働き、3日目の夜に花火があり、4日目はみんなで海で遊ぶ予定だ。つまり、花火でくっつけば天国、くっつかなければめちゃくちゃ気まずい4日目を迎えることになる。
「じゃあ荷物さっさと後ろに載せちゃおう。………あ、大事なこと忘れてた」
「大事なこと?」
嫌な予感。
「この車5人乗りなの」
「つまり?」
「助手席には多分タカが座るから、4人でいい感じに乗ってくれない?」
ちくしょう!喜野だけズルいぞ!まぁイチャイチャしたいだろうし仕方ないけど!
「これどうする?」
「さすがに4人横並びはキツイと思う」
「誰かの膝の上か……?」
海瀬さんがとてつもないことを言い出した。膝上……?
「ならじゃんけんで最初に負けた人が下、2番目に負けた人がその上ってのはどう?」
「待て、鈴名。それ俺が2番目になったらどうなんだよ」
俺は男である。70キロはあるぞ。というか、女子が男を膝に乗せる絵面がもうダメだろ。
「遥っちがなったら……。まぁ下の人は運が悪かったってことで」
「そんな殺生な……」
「じゃ、行くよー」
「「「「じゃーんけーん」」」」
ええい何とかなれぇ!
「「「「ぽん!」」」」
海瀬:パー
鈴名:パー
渚:グー
俺:グー
「「………………」」
終わった………これどっちでも地獄じゃねぇか。
「まぁ何となくこんな予感はしていた」
「私も。遥っちは負けるだろうなって」
勝った2人がなんか言ってる。シンプルにムカついてきた。
「はいじゃあ上と下、決めよっか」
鈴名がめちゃくちゃ愉快そうな笑顔してる。こいつ花火で1人にしてやろうか。
「「じゃーんけーん……ぽん!」」
渚:チョキ
俺:パー
………上よりはマシだ。そう思おう。そう思わなきゃやってられん。
「はいじゃあ乗って乗って〜」
八神さんに催促されて、全員車に乗る。運転席に八神さん。助手席は喜野。そして後部座席には、海瀬、鈴名、俺。そして俺の膝の上に乗ろうとしている渚。
「じゃ、じゃあ、失礼……します」
さすがに渚も気まずいのか、遠慮がちに俺の上に座る。
…………いかん。これはマズイ。皆さんは覚えているだろうか。彼女たち3人の学校での評判を。そして、そんな彼女たちのうちの1人が、自分の上に座っている。なるべく意識しないようにしても、身体は正直らしい。鼻腔をくすぐる髪の匂い。胸に当たる華奢な背中。ズボン越しに感じる肉厚な太もも。嫌でもその感触を意識してしまう。思春期男子には天国であり地獄である。
「ちゃんとシートベルトしてね〜。結構荒い道通ることあるから」
「「!?」」
俺と渚は2人して身体を跳ねさせる。この車、後部座席のシートベルトは肩を通すタイプではなく、腰を抑えるタイプだ。そう、腰をだ。今、渚が俺の上に座っている。その状況でこのタイプのシートベルトを締めたらどうなるのか、分かるな?
そして、悪魔の提案をしてきた方を見ると、めちゃくちゃ楽しそうな笑顔をしている。文句のひとつでも言ってやりたいが、今回の運転手だ。偉そうに言えない。
「仕方ない……か」
そう言って、シートベルトを引っ張ろうとしたが、途中で止まってしまった。
「あれ?これ以上出ないんだけど?」
伸ばした分では2人まとめてシートベルトをすることが出来ない。
「え?うそぉ、この前は大丈夫だったんだけどなぁ。どれくらいまで伸びた?」
「うーん、1人ならまぁいけるかなってくらいですね」
「1人か……。遥くんなら何とかなるけど、そうなると渚ちゃんがねぇ……」
再三言うが、渚は俺の上に乗っている。何も支えがないためとても不安定なのだ。
「仕方ない。一ノ瀬」
「………嫌な予感しかしないけど、一応聞こう」
「もう自分の腕で抑えるしかないだろう」
「「……え?」」
つまり、それは
「俺が渚の腰に腕をまわせと?」
「そうなるね」
何を言っているのだろうこの海瀬は。
「冗談ですよね?」
「まぁ渚を怪我させてもいいと言うなら話は別だが?」
そういう海瀬も、愉快そうな笑顔をしている。それを見た時、俺と渚は確信した。
((これ、俺たち(私たち)の味方誰もいなくない?))
「し、失礼、します……」
そう言って、俺は渚の腰に腕をまわす。
「ひゃっ………」
やめて欲しい。そんな声を出されると、さらに意識していまう。というかなぜこういう時に限って渚はお腹を出しているんだ。仕方ないことだが文句を言わざる得なかった。めっちゃ細い。
一方、渚は
(なんでこんな時に限って私お腹出してるのーー!!恥ずかしすぎる……。てか腕しっかりしてるな……。男の子なんだなぁ。って私何考えて……!ああもう!)
しっちゃかめっちゃかだった。
「一ノ瀬、顔赤くない?」
「お前向こう着いたら海に沈めてやるから覚悟しとけよ。遺言は聞いてやる」
「なんで俺だけ?!」
「はいはい、それじゃ出すよ〜」
八神さんがアクセルを踏む。俺は、渚の身体を意識しないように心を無にした。




