どうしてそうなるんだ
何も見えない。文字通り真っ暗だ。そんな中、ボードに伝わる雪の感触だけを頼りに滑る。
「……っ!」
何度もバランスを崩しそうになる。この雪のせいでガタガタになっているようだ。人1人抱えてさらに不安定な状態だけれど、速度を緩めることは出来ない。1分1秒でも早くあの明かりまで行かなければならない。人の命がかかってるんだ。
運んでる俺の方も限界が近い。濡れた服、そしてこのスピード。服が凍ってもおかしくないけれど何とか耐えている。カイロを貼っていて良かった。
「絶対助けてやるからちょっと待ってろ」
そう言って、スピードをさらに速めた。
そうこうしてるうちに施設の明かりが近くなってきた。施設の前に人影がぼんやりと見える。どうやら施設も蒼野を探していたらしい。その人影が手に持っていたライトをこちらに向けてきた。ライトを振りながら俺に呼びかけてきてるようだ。
「おーい!こっちこっちー!」
田村先生だ。田村先生は俺のクラス担任で27歳。最近の悩みはそろそろ婚期を逃しそうなことらしい。
俺はその誘導を目印に突っ込む。
「って一ノ瀬!?あとそれは…」
「先生話は後!とりあえず蒼野を医務室に運ぶから手伝って!」
「それ蒼野!?わ、わかった!」
□
「あ〜あったまる〜」
あれから蒼野を医務室まで運んで寝かせてた後、俺の惨状を見た先生に「とりあえず風呂!蒼野は私がやっとくから!」と言われ、風呂にぶち込まれた。奇跡的にヒートショックは起きなかったが、起きたらどうするつもりだったのか。
そして、俺は着替えて医務室で温かいお茶を飲んでいる。冷えた身体によく沁みる。ちなみに先生は蒼野の体を拭いて、生徒やほかの教師に報告に言ったらしい。
「それにしても、遥君がここに来るのは久しぶりですね」
「まぁ、慣れれば怪我とかもしなくなりますしね。というかよく来る方が怖いでしょ」
「ははっ、そりゃそうだ」
この人はこの医務室で客の治療とかを担当してる近藤那奈さん。スノボ始めたての頃はしょっちゅうお世話になった人だ。怪我しすぎてめちゃくちゃ怒られたのも懐かしい思い出だ。
「結構ギリギリでしたね。遥君がいなければどうなっていたことか……」
「何とか間に合って良かったです。俺まで死ぬかと思いましたよ」
「この天気で服1枚はキツイですしね。凍傷もほとんど無くてホントに良かったですね」
2人とも死んでてもおかしくなかったんだよな。落ち着いて振り返ると結構やばい状況だった。
「にしても、こんなに可愛い子を連れてくるなんて、遥君も隅に置けませんねぇ」
と、ニヤニヤしながらからかってきた。
確かに、蒼野はかわいい。ゴーグルなどを外しているので、蒼野の顔がよく見える。
サラサラの茶色い長髪。普段はポニーテールにしてるから、下ろしている姿は少し新鮮だな。
そして整った顔立ちにそれなりに高い162cmの身長。学年問わず人気が出ている。
「ただのクラスメイトですよ。関わりなんて全くないんで」
教室で話すこともなく、本当にただのクラスメイトだ。
「やれやれ、それでも男ですか」
「どこをどう見たらそれ以外に見えると?」
「───ん………ここ、は」
2人で軽口を言い合っていると、この場にいるもう1人の声が聞こえた。どうやら起きたらしい。
那奈さんが蒼野の元へ近寄って、容態を確認する。
「大丈夫ですか?どこか違和感などはありますか?」
「いえ、特には無いです。あ、でも背中が少し痛いですかね」
「分かりました。それでは湿布を取ってくるので少し待っててください」
「ありがとうございます」
「……………………………」
「……………………………」
気まずい沈黙が流れる。うんなんか言ってくれないか?
そして、こっちを見たかと思うと、蒼野は口を開いた。
「一ノ瀬はなんでここにいるの?」
「なんでって、山の中で倒れてた蒼野をここまで連れてきたの俺だもん」
「………え???」
めちゃくちゃ訝しげな目で見てくる…そんな目で見てくんな。
「そんな目で見られても本当だよ本当」
「うっそだぁ!!」
爆速否定はやめてくれ。ちょっと悲しいから。
「本当だってば!人1人抱えて滑るの結構大変だったんだからな!なんなら俺も死にかけたんだからな!」
「いーや嘘だね、だって一ノ瀬にメリットないじゃん」
なんでこいつ信じないかなぁ!
「お前最後の方ちょっと意識回復してただろ。その時に誰かに抱えられてた感じしなかったか?」
「………したわ。誰かに抱えられてる感覚したわ」
「それ俺やね」
「マジ?」
「マジ」
「えっ、もしかして一ノ瀬って……良い人?」
今まで悪い人と思ってたってこと?酷くない?
「失礼な。別に当たり前のことをしただけだろ」
「かぁ〜いい人だねぇ。友達も沢山居るんだろうなぁ」
蒼野にそう言われて、おもわず肩が跳ねる。
「えっ……」
彼女の反応を見て、スっと目を逸らす。
「嘘、でしょ……?」
蒼野は哀れみの目で俺を見てくる。そんなで見るのはやめて欲しい。シンプルに自分が惨めになるから!
「いないの……?」
「………いません」
「えっ入学から約1ヶ月なのに居ないの?」
具体的な数字を出すのはやめて頂きたい。
「陰のものには難しいんですよね……」
「そうなんだ、へ〜〜〜〜!」
「おうおう、言いたいことがあるなら聞こうじゃないか」
「湿布持ってきましたよ、って何してるんです?」
「「いや別に」」
なんでハモるんだ。
「………よし、これで大丈夫でしょう」
「ありがとうございます」
「まぁこれから心配なのは遥君なんですけどね」
「えっ?」
想像すらしていなかったというふうに疑問の声をあげる蒼野。
「まぁ、熱出しますよね。あんだけ濡れて、冷えたら仕方ないとは思いますけどね」
「えっ、じゃあ明日のスキーと明後日の散策は?」
「その時間は家で寝込んでるだろうな」
「そんなことって……」
「別に友達居ないし、顔見知り多いから1人で回る予定だったから大丈夫だよ。元々毎年来てたんだし」
「でも………」
どうしたんだこいつ。カースト上位なんだし絶対回る友達とか沢山いるだろ?こんな俺の事なんか気にしなくていいのに。
「じゃ、じゃあ!私と友達になろう!連絡先教えて!写真とか送ってあげる!」
「……………………は?????いやいやいやいや待て待て待て待て」
どこをどうしたらその結論が出てくるのか、これが分からない。
「いいじゃんどうせ連絡先家族しか居ないんだし」
「決めつけんな!いやまぁ合ってるけども!」
「じゃいいよね、スマホ借りるね〜。これをこうして、と」
「ちょっ、人のスマホ勝手に使うなよ」
「はい、これで追加されてるからこれからよろしくね」
「えぇ……」
分からない……これが陽なのか?このアホみたいな距離の詰め方が陽たる所以なのか?あとこれ男子に知られたらヤバいよな?よし隠そう、うん。オレハマダシニタクナイ。