勉強会………?
夏が来た。
湿度の高い日々が明け、夏がやって来た。クラスメイトもみんな半袖になるこの時期に、学校のアイドルたる蒼野渚は、俺の目の前で……頭を下げている。
「どうか……これでどうか……!」
そう言いながら彼女は少しお高ーいアイスを差し出してきた。よく見ると体育祭の時に奢らせたアイスだ。
「これで……勉強を教えてください!」
………そういうことらしい。しかしそうなると疑問が生じる。
「俺の記憶が正しければ、お前頭良いよな?」
中間テストのときに机に突っ伏していたくせに、学年順位1桁だったぞこいつ。あの時の他2人の顔といったらもう……可哀想だった。
「そうなんだけど……ちょっと上を目指さないと行けなくなって……」
「で、俺に頼むと。ほとんど成績変わんないのに意味あるか?」
そう、こいつと俺は成績はあんまり変わらない。あ、ちなみに俺が上ね。俺学年1位なんで。
「学年1位の座が欲しいんです!」
「おうそれが本音だな?自分の喉元に切っ先突きつけてるやつ助けると……」
「そうですよね〜ダメですよね〜」
心底残念そうにする渚。多分1位を目指さなければいけない条件でもあるのだろう。お小遣いとか。お金は大事だよな、うん。
「別に教えないとは言ってないだろ。」
「えっ……それって!」
やめて欲しい。そんな嬉しそうな顔をするのは。
「あと、アイス要らんぞ。そんなもんなくても教えるわ。」
「え?神?」
「で、どこでやるんだよ。」
「あ〜……」
こいつ考えてなかったな。家は無理だし、いま図書室は改修工事中だし……ファミレスとかも恐らく他の生徒たちで溢れているだろう。さてどうしたものか……
「あ、家来る?」
「は?」
その瞬間教室の空気が変わった。そう、今までのやり取りは昼休みの教室で行われていたのだよ。
クラスメイトの気持ちもよく分かる。学校のアイドルがふつーの男子高校生を家に呼んでいるのだ。そりゃそうなる。
「え、今……え?」
「今蒼野……家に誘ったよな?」
「えっつまりそういう……?」
待って欲しい。切実に待って欲しい。俺たちは断じてそういう関係では無い。
なんてことを言ってくれたんだと思って渚の顔を見ると、やっちまった感を醸し出してる顔してた。本当にこいつらは自分の魅力を理解して欲しい。
「ちなみに他には……?」
藁にもすがる思いで渚に聞く。
「ないです……」
終わった……選択肢がない。
勉強を教えなければいいじゃんとか言ってるそこのお前。安心しろ。テストまで1週間だ。そして今ちょうど勉強出来るところが1週間全部渚の家になることが確定した。俺の家は今従姉妹家族が泊まりに来てるからこの1週間無理だぞ。
「……………あーもう仕方ない!渚の家でやるぞ」
そこしか場所がないのだから仕方がない。そう仕方ない。決してクラスの奴らが考えているようなことはない。
「……………」
渚が申し訳なさそうにアイスを差し出してきた。
▢
「お邪魔しまーす……」
「そんな畏まらなくていいから」
無理を言う。思春期真っ盛りの男子にはキツイものがある。クッ…いい匂いがする……。中学の時はほんとに色々あったけど、女子の部屋に入るなんてなかったからすげえ緊張してる。
「はい飲み物。お茶でよかった?」
「ありがとう」
「もうはじめる?」
「逆に何があるんだよ」
「いや、なんか緊張してるみたいだしなんかしようかなって」
見透かされてた。
「いーや大丈夫。もう大丈夫。やろうさっさと」
「ふーん。まぁいいけど」
▢
「…………………………」
「…………………………」
分からないところを付きっきりで教えるということも無く、只々自分達で問題を解いているだけ。たまに分からない問題を俺に聞くくらい。
「あのさ」
何を思ったのか俺は渚に話しかけていた。
「ん?」
「なんで1位を目指すんだ?」
「あぁ……」
その瞬間、渚の顔から明るさが消えた。あ、まずい。地雷踏んだ。
「そうだなぁ…強いて言うなら、私が私であるため……かな」
「………………」
分からない。何が言いたいのか全く分からない。でも何かあるということは、これ以上は踏み込んではいけないことはよく分かった。
「そう。まぁ人それぞれだしな。勉強する理由も」
自分でも無理があると思う誤魔化し方だな。ひっでぇ。
「俺も……似たような理由だしな」
「え?」
その言葉が心底不思議だったのか、渚は思わず聞き返してきた。
どういうことだろうと顔に出ている。昼休みの時も思ったけどこいつ顔に出やすいよな。でもそのくせして最も外に出したくないものは隠すのが上手いんだから。
「どこから話せばいいかな……そうだな………」
そう言いながら俺は、自分の過去を話し始めた。




