過去と現在と世界を股にかける冒険譚
本作品をご覧くださり、誠にありがとうございます。作者のひわっちです。
さて、私初となる「霊魔殲滅師」でございますが、最初に言っておきます。不定期投稿です。そんでもって目一杯書いてから投稿します。そのため、一回分が非常にボリューミーとなります。
従って、次回投稿まで余裕をもって読み進めてください。通勤・通学の合間、何かしらの隙間時間などなどでお読みくだされば幸いです。
勝利条件
・制限時間内に戦闘不能にならない
・敵勢力の全滅
・戦闘区域からの離脱
敗北条件
・制限時間内に戦闘不能になる
(勝利条件多すぎたか・・・?)
何もない空間に表示されたホログラムを見ながら男は顎に手を当てる。
(あいつらの能力を図るためだし、別にいいか)
ここは仮想空間。電子で構成されたマンションの一室。
男はホログラムから目を離す。
男の名はエルザ。アップバングの黒髪。やや細身の170cm。
エルザは数分後に来るであろう敵を想定しながら辺りを観察する。
ソファーと簡素な家具程度の内装。
窓際に近寄ったエルザはカーテンを少し開けて外の様子をうかがう。
いたって普通の街並みが見下ろせる。高さは5階程度だろうか。
特に気になる箇所もなくなったエルザはソファーに腰掛ける。
試験と称した今回の模擬戦闘。
仮想空間へ移行する前のミーティングでエルザは面々に伝えている。
「結果次第ではグループへの入隊を拒否する」と。
仮想空間内では、どのような攻撃だろうと現実世界の肉体への影響は皆無である。従って遠慮なく殺すつもりの行動ができる。まさに真剣を試すにはうってつけの場所だ。
ピッという電子音とともに違うホログラムが表示される。
・敵勢力
グスタフ
└男。インファイターユニット。身長180cm。特徴 恵まれた体格に運動センス。スパイラルパーマ。
カナン
└女。ガンナーユニット。身長165cm。特徴 状況把握に長ける。火器全般を扱え全距離対応の能力を備える。グレーのウルフカット
マナミア
└女。マシンユニット。身長155cm。特徴 機械、機器の扱いに特化している。自身が前線にでるよりかは遠隔デバイスやオペレーション等で支援を行う。オレンジのボブカット。片目が隠れている。
(髪型の情報いる?)
目線より少し上のホログラムを目で追いながらエルザは内心苦笑いした。
緊張が弛緩したのは一瞬。
グスタフ、カナン、マナミア。この三人は全くの初対面というわけではない。
いずれもエルザがオファーをかけて、それに応えてくれた者たちだ。
事前情報とホログラムに相違がないことを確認したエルザは、相手の攻め方を予想する。
(戦闘区域からの離脱が一番難易度が低いから・・・)
エルザの勝利条件は三つ。それを封じる作戦を立てるのは基本中の基本。それがわからない三人ではない。
であれば、室内という逃げ道が限られているこの空間で勝負を仕掛けてくるのは想像ができる。
とはいえ、付き合いが長いわけではない相手の思考を読み取るのはとてもじゃないができない。
(ひとまず、逃げることを主軸にこっちは動いてみるか)
おおまかに立ち回りを決めたところでピッとホログラムが切り替わる。
状況開始まで30秒
制限時間10分
ピッピッとカウントダウンしていくタイマー。
エルザは最後に自身の腰に帯びている小太刀に意識を向ける。
今回の試験、流れを左右するのは武器のハンデだとエルザは考えている。
相手はこれといって制限はないが、エルザが使用できるのはこの小太刀と己の肉体のみ。
刀の扱いに関しては得意分野ではあるが、基本的には銃や、暗器も併せて戦うスタイルをとっているエルザにとっては手数や選択肢が減っている状況だ。
「これぐらいのハンデ背負って勝てなきゃ隊長としては認めてもらえんよな」
仮想空間で初めて言葉を発したエルザは、気を引き締め集中を高めていく。
3,2,1
カウントダウンがゼロになりピーという簡単な電子音が鳴り響く。
(さぁ、どうくる)
エルザはソファーに腰かけたままだ。
ヒリヒリとした静寂が流れていく。聴覚に意識を集中するも足音なども感じ取れない。
こうも動きがないと連係、初動のミスを怪しんでしまう。
「作戦中にグダグダしてんのはまずいだろ」
この試験の意味合いを考えるとイライラを抑えられないエルザ。
「!」
だが、そのストレスはすぐに霧散した。
エルザの聴覚がわずかなノイズを捉える。
何かが高速で回転しているような耳鳴りにも近い音。
エルザの脳が訓練の記憶からその正体を暴きだす。
ガトリングガン。六つの砲門が回転し、そこから銃弾の雨を降らせる殲滅兵器。
一個人に対してまず使用されないそれが今まさにエルザに向かって火を吹こうとしている。
「殺す気で来たな!」
先ほどまでのテンションとは打って変わって少しうれしそうなエルザは一番近い壁に向かって走りだす。
フローリングの壁を蹴ると同時に、すさまじい銃声とともに破壊の雨が降り注ぐ。
ガラス窓は一瞬にして粉々に砕け散り、ソファーも家具も次々と弾け飛んでいく。
その光景を天井に突き刺した小太刀を支点に見下ろすエルザは、耳がつぶれそうな轟音の中、天地がひっくり返った視点のままやり過ごす。
音に気が付かなければ今頃エルザも弾け飛んでいただろう。
(銃座についてるのはカナンだな)
ホログラムのプロフィールを思い返しながら、弾薬が尽きるまでエルザは状況を整理する。
居場所が分からないのは、グスタフとマナミアの二人。
マナミア自体は恐らく後方支援に回っているため、直接的に仕掛けてくるのはグスタフ。
そのグスタフがどこから侵入してくるか。
銃声が止む。
そして間が空くことなく次の一手が迫る。
天井に引っ付いているエルザのちょうど真下の床に火花が走る。
パシュッと手持ち花火のような音とともに広がっていく火花は正方形を描くように床をなぞっていく。
(判断が遅れたッ)
グスタフのことも警戒しなければいけないエルザは真下の床が崩落していく光景に舌打ちした。
使用されたのはテルミットチャージ。テルミット反応を利用し壁や床に突入口を作る一種の爆薬。
(なんだ・・・?)
ぽっかりと開いた大穴を覗くエルザは見慣れない物体を発見する。
パッと見で犬のようなフォルムをしていることは視認できる。だがそれは生命があるようには思えない。
首を垂直に傾けて、緑に発行する両目をエルザに向ける。
(次はマナミアか!!)
グスタフへの意識が大きかったエルザは、遅れてその正体を看破する。
マシンウォーリア。ポピュラーな兵器ではないが、無人運用ができる点が評価され最近運用が活発になってきている。
様々な動物を模して造られており、今まさにエルザへ向けてぱっくり口をあけているのもそれの一部だ。
(そろそろ流れを断ち切らないとまずい・・・!)
悔しいことに初手からしてやられたエルザは、小太刀を引き抜くと同時に天井を蹴り一直線に犬型マシンウォーリアに突撃する。
そしてそのまま小太刀を口内に突き入れ、文字通り串刺しにする。
金属やコードを断ち切る音が内部から聞こえ、駆動音が消える。
(起動が遅くて助かった)
恐らく体内に仕込んである兵器を口から射出しようとしていたであろう犬型マシンウォーリアを撃破したエルザは内心ホッとした。
それもつかの間、今度は頭上から誰かが走りこんでくる音がする。
「俺と勝負しろ!!」
やたら威勢よく今しがたエルザが通った穴から飛び出してきたのは、グスタフ。
体格に恵まれた彼はエルザの脳天めがけて拳を突き出す。
強襲を予感していたエルザはグスタフの拳を余裕を持ってかわす。
標的を失ったパンチはバキッ!と床を粉砕する。
(やっぱり膂力エグいな)
何も装備していないグスタフの拳を見たエルザは、オファーして良かったなとほくそ笑む。
「オラァ!」
運動能力に優れるグスタフは間髪入れずに、エルザの顎めがけて足刀を見舞う。
まさか腰を落とした体制から顎に足刀が飛んでくるとは思ってもみなかったエルザは面食らったが上体をのけ反らせ間一髪回避する。
「もらった!!!」
グスタフが声を上げる。
エルザの視界中央の足が、ふっと少し遠のく。
何事かと思えば、グスタフは持ち前の身体能力を発揮し、腰が落ち、片足は蹴り上げた状態から軸足のみで跳躍。踵落しの体制へと移行していた。
だがエルザも単純なパワー以外の身体能力においてはグスタフに負けていない。
踵が己の顔面目掛けて振り下ろされるタイミングで、体を捻り小太刀を振り抜く。
グスタフの脚を切り落とすつもりの一撃はしかし、カキン。という金属音に阻まれる。
渾身の一撃とカウンターを決め損ねた両者は、瞬時に距離を取り合う。
「「・・・・・・」」
小太刀を下段に構えるエルザと、拳をボクシンスタイルで構えるグスタフは睨み合う。
手ごたえで分かったがグスタフは服の下に鉄のプレートか何かを仕込んでいる。
気づけなかったのはガタイが良すぎで着ぶくれしている雰囲気がなかったからだ。
そんな分析も一瞬。
(マナミアとカナンの動きはない。グスタフを落とす)
エルザは逃走から戦闘に意識を切り替える。
一歩、出口である扉の方へ踏み出すフェイクを入れてグスタフへ肉迫する。
グスタフの反応も早い、フェイクに釣られたがしっかり対応できるような構えをとっている。
だがここまではエルザの予想通り。
視線が交差するような立姿勢から一変、体をグンと沈める。
狙うは関節。
鉄のプレートを仕込んでいるとはいえ、グスタフの動きは関節を封じているものではない。
小太刀一本通せる隙間がある。
しっかり狙いを定めてエルザは小太刀を一閃させる。
しかしそれはグスタフが腰を捻り膝の位置をずらしたせいでまたしても鉄のプレートに阻まれる。
(さすがに反応が早いな。でも今ので隙間がはっきりした)
エルザの攻撃は止まらない。弾かれた斬撃を上手く制御し返す刀で反対の膝を斬りつける。
「クッソ」
焦りからかグスタフの口から声が漏れる。
ずぷっというリアルな感触が小太刀から伝わってくる。
「もらった」
先ほどのグスタフのセリフでそっくりそのまま返したエルザは、右膝から下を躊躇なく斬り飛ばした。
片足を失ったグスタフはバランスを崩して倒れていく。
(確実に戦闘不能にする)
足の無いインファイターは放っておいてもさほど脅威にならないが、エルザは潰せるものは潰しておく。
「悪く思うなよ」
寝転がったグスタフの片腕を踏みつけたエルザは小太刀を構え首を刎ねる動作に入る。
「やっぱ強ぇなー。いきなり班長になれるんだもんな」
抵抗する術を失ったグスタフはしかし、あっけらかんとしていた。
が。その視線が一瞬エルザから外れる。
ブラフだったとしても自然すぎる動きにエルザは警戒して、グスタフの視線を追う。
たどり着いた先は天井に開いた大穴。そこから犬型マシンウォーリアが二人を見下ろしていた。
「マジかよ・・・」
犬型マシンウォーリアが咥えているものを視認したエルザは思わず言葉を漏らした。
ダイナマイト。破壊工作にも用いられる威力抜群の爆弾。導火線に火がついている。
「クッソ」
今度はエルザが焦る。
犬型マシンウォーリアが口からダイナマイトを放つよりも一瞬早く駆け出したエルザ。
最短距離である窓に向かう。
スピードに乗ったところで小太刀を投擲し、邪魔なカーテンごとガラス窓に罅を入れ、力任せにタックル。視界はほぼカーテンだが間隔を頼りにベランダの縁を飛び越える。
小太刀はどこかへ行ったようだが、代わりに両手が開いたエルザは焦る気持ちを抑えてまとわりついているカーテンを抱き込む。
エルザが飛び出したのは建物の4階。落ち方を失敗すれば良くて重症の高さ。
気持ち程度ではあるがクッション越しにアスファルトの地面へ落下したエルザはなんとか重傷を免れた。
「・・・・。やられた」
落下のダメージから回復したエルザは、自分が突き破った階層を見上げながら舌打ちした。
爆発が起きていない。
ダイナマイトは本物に見えたが、火薬が入っていなかったか、直前で導火線を切断するなどであらかじめブラフとして使用するつもりだったのだろう。
ここまで頭が回るのはマナミアだな。とエルザは当たりをつける。
これだけの猶予があればグスタフを回収して応急手当もできる。想定内だったのかもしれないが、だとしても手際が良い。
(でも俺をフリーにしてしまった)
チームプレイとしては非常に優れた流れだったが、お互いの勝利条件を照らし合わせるとこの状況はかなりエルザに有利だ。
このフィールドの地形はよく分かってはいないが、戦闘区域というものは大抵円状で表すものだ。
つまり、真っすぐ進んでいればいずれ到達する。
それを前提にエルザは走りながら周囲を観察していく。
道幅の広い道路、両サイドに5階建て以上のアパートや雑居ビルが並んでいる。
作りが多少雑に見えるのは仮想空間の悪いところかもしれない。
等間隔で交差点があるところを見ると碁盤状に道が設計されているのだろう。
500mは走っただろうか。ようやく戦闘区域の境目が見えてきた。地面が淡い赤色に染まっている。
そこに到達すればエルザの勝利が確定する。
「!?」
走り続けるエルザの進行を妨げるように何かが複数飛来する。
壁を作るように滞空しているのは横幅が2mはあるドローンだった。
足を止めることを余儀なくされたエルザ。
(今度は何をしてくる・・・)
先ほどマシンウォーリアに一杯食わされたエルザは強く警戒する。
ドローンは全部で4機。ホバリングしていたそれらはゆっくりとエルザに近づいてくる。
(マシンウォーリアに詳しければ対抗策も思いつくんだが)
今度マナミアに教えて貰おう。そんなことも考えつつエルザはじわじわと後退する。
30mほど押し戻されたころに、交差点に差し掛かる。
(ドローンって振り切れるものか・・・?)
足にはそこそこ自信はあるが、空中を直線移動できるドローンとでは分が悪いことは予想しながらも
エルザは逃走ルートを模索する。
後3mも下がれば、後左右の道が使えるようになる。
「・・・・・・」
ドローンに注意しながら、左に進路を決めたエルザはタイミングを計る。
(3.2.1、、、今!)
歩数と歩幅を気づかれないように調整し、俊敏な動きで左手側の道へ飛び出した。
ドローンが視界の隅から外へ流れていき、また直線道路へと切り替わる。
その一番奥。淡い赤色が一個所だけ黒く見えている。
グラフィックぼけだと思ったエルザだが、黒い点がチカッと瞬いたことで勘違いだと気づく。
(狙撃銃のマズルフラッシュ・・・!)
考えるよりも早く体が動き出す。まるで棒高跳びのようなフォームで跳躍するエルザ。
その直後、踝に熱が走る。一瞬遅れて銃声。
弾丸が掠めていったことを認知したエルザは強い焦燥感に襲われる。
狙撃手はカナン。数百メートル先の動き続ける標的を狙える射撃能力。もしドローンに釣られてゆっくり下がっていたら確実に仕留められていた。
(今のも直撃してないのはただのラッキーだッ)
しかし。狙撃で一番の強みは居場所が割れていない一撃である。
来ると分かっている攻撃ほど回避しやすいものは無い。
(勝負だ。当ててみろ!)
手近な建物に逃げ込んでしまえばそれで回避できるが、エルザはあえて真っ向勝負を仕掛ける。
不規則に速度と進行方向を変化させながら走り続ける。
後はどちらが相手のタイミングと呼吸を予測できるかが鍵となる。
マズルフラッシュ。
(怖っ・・・!)
ダメージの無い仮想空間とはいえスナイパーの射線に身をさらし続けるのは相当な度胸がいる。
二度目の狙撃はエルザを掠めることなく後方へ流れていった。
緊張が張り詰める読み合いの中エルザは、カナンの射撃がドローンに当たらないように調整していることに感づく。
ただ単に逃げ道を塞ぐ役割だと思っていたが、まだ何か隠し玉があるかもしれない。とエルザは予想する。
露骨ではあるが、プレッシャーをかけるためにあからさまにドローンと被る動きを多めに取り入れる。
(作戦立案はマナミアが主軸だろうな)
マナミアにゲームメイクの才能を感じていたエルザはそう決めつける。
要所要所でマナミアのアクションがあることも関係しているだろう。
マズルフラッシュ。銃声。
だんだんと距離も近づき、マズルフラッシュと銃声の間隔も短くなってきた。
三度目の狙撃はエルザの肩を掠めてその真後ろのドローンを粉砕する。
(ドローンは囮かッ!?)
火花を散らしたドローンが墜落する音を背中で聞きながら予想に反する攻撃にエルザは面食らう。
だがドローンごと撃ち抜くと分かったことはかなり大きい。裏をかかれる要素もこれでなくなった。
不安要素が限りなく消去されエルザの表情に余裕が浮かぶ。
カナンまでの距離はおよそ200m。狙撃すること自体難しくなってくる間合い。
グレーの髪色もしっかり見えてきた。
カナンが動く。
片膝をついた姿勢から立ち上がり、狙撃銃のスコープを手際よく外す。
と同時に三機の内一機のドローンが速度をあげエルザを追い越し、カナンに近づいていく。
エルザは視線がドローンに寄せられそうになるのをぐっとこらえてカナンを見据える。
立射姿勢へと移行したカナンと対峙する。
発砲から着弾までは刹那の距離。エルザはより一層狙いを絞らせないように不規則な動きを強くする。
射撃は来ない。
ドローンがカナンの頭上に到達する。そのドローンの底部が開き、二つの拳銃が降下する。
カナンは狙撃銃を投げ捨て、不均等に落ちてくる二丁拳銃を綺麗にキャッチした。
スッと無駄のない動きで構えるカナン。二つの銃口をエルザに向ける。
(インレンジでやるつもりか・・・?)
カナンが銃の扱いに長けていることは知っているが、近接戦闘の領域であればエルザに分がある。
読み合いにも強いエルザは大ダメージを負わない自信もある。
エルザとカナンの距離、30m。
カナンが動く。
力強く地面を蹴って駆け出したカナンは、エルザが自身の横をすり抜けていかないように銃撃で妨害する。
絶妙な間隔で撃ってくるためエルザも下手に動けない。
二人の距離が10mを切り素手のエルザの間合いがぐっと近くなる。
強行突破するか、撃破するかの判断をするタイミング。
(時間切れも味気ないし、ここは突破するか)
正確な時間経過は把握できないが、体感的にそろそろだと思うエルザは最短で勝利条件を目指す。
二人の距離5m。
拳銃で直接狙ってこないことから察するにカナンも残り時間を気にしている。
組み手に持ち込んでタイムアップという流れを計算しているのだろう。
エルザが仕掛ける。
交差する視線をほんの一瞬だけ眼球運動で下に向ける。眼を見ていないとまず分からないほどの小さな変化。だが相手が追い詰められている状況においては絶大な効果を発揮する。
足元を潜り抜けると見せかけたエルザはさらにボディフェイントも織り交ぜ跳躍する。
カナンの身長は165cm。エルザの身体能力をもってすれば飛び越えられる高さだ。
スピードも乗っているエルザは身軽さを感じさせながら空中前転へと移行する。
(!?)
その直前。エルザの顔面をカナンの右足が強襲する。
ベチィッ!という痛烈な衝撃とともにエルザは地面に戻される。
「ひっかかれよ」
すんでのところでガードが間に合っていたエルザは若干痺れた腕を振りながら、賞賛の意味を込めて言葉を投げる。
「あんたはあんな分かりやすいことはしない」
体のしなやかさを披露したカナンは乱れた髪を払いやや低めの凛とした声音で返す。
緊張感が若干緩んだその一瞬。カナンが機敏な動作で二つの銃口をエルザに向ける。
「正面切っての殴り合いはまだ勝てないぜ」
それを読めていたエルザは伸ばしたカナンの腕の間にするりと入り込んでいた。
銃口の内側に入れば銃弾があたることはない。
確実にタイミングを外されたカナンだが、驚いたような素振りは一切見せない。
(やっぱり冷静さは三人の中で頭一つ抜けてんな)
お互いの呼吸が感じられる距離にいながらエルザはカナンの事を再評価する。
銃撃を封じられたカナンは体術の選択をとる。
そのしなやかな体を駆動させゼロ距離にも関わらずまわし蹴りでエルザの横っ面を狙う。
予想はせずともカナンの攻撃であれば目で追えるエルザはその蹴りを掴んで止め、間髪入れずに軸足の膝裏を蹴り上げ派手に転倒させる。
「ぐっ・・・」
エルザは容赦なく胸部を踏みつける。
転倒した衝撃で手を離れた銃を悔しそうに睨むカナン。
戦いへの意欲が薄いわけではないなと安心したエルザは、掴んだままのカナンの脚をとんとんと開いた手の指で叩きながら、
「刀がなくて良かったな」
と表情も込みで煽った。
さすがにこの行為にはカナンもイラっとした表情を見せた。
「マナミア!まだ何か策はあるのか?」
カナンの自由を奪ったエルザは、首を倒し頭上をホバリングしているドローンへ投げかける。
『降参』
するとドローンからぼそぼそとしたマナミアの喋り声が聞こえてきた。
その瞬間、ピーという電信音が鳴り響き、戦闘が終了したことを知らせた。
「ちょっと足どけてくれる?」
「あ、ごめん」
下からカナンの苦しそうな声が聞こえてきたエルザは、手を差し伸べて起き上がる手助けをする。
「ログアウトしてくれ」
どこも汚れてはいないカナンの衣服をはたき、エルザは機嫌をとりながら一言。
この仮想空間の記録をとっている研究者に届いたその声で、
エルザたちの視界はブラックアウトした。
まるで寝起きのような、感覚が全身に広がっていくのを感じる。
意識の浮上。
肉体と切り離された精神が再会する。
一度大きく深呼吸したエルザはゆっくりと目を開ける。
空気感で現実に戻ってきたことを把握する。
『第一次模擬戦闘試験を終了します』
機械音声。まるで病院の手術室のような空間。視界の端にガラス張りの面が見えている。
運動量の割に疲弊している体をよじり、固まった体をほぐす。
『脳波デバイスを外してください』
機械音声に従い頭に手をやると、銀色でリング状の機器がある。
様々なコードと接続しているそれを外したエルザは、ガラス張りの面に首を傾ける。
高そうなPCがいくつもならんでいる向こう側では白衣を着た研究員がせわしなくキーボードを叩いたり画面を見てなにやら話している。
その光景には特に興味のないエルザは首だけであたりを見渡す。
左右にはマナミアとカナンが同じく手術台のようなベットに横たわっているが見える。
グスタフは真後ろで同じ状況だろう。
電極デバイスが繋がっている巨大なサーバーといくつものモニターが異色さを演出している。
『全員異常はありません。以上で仮想空間テストを終了します。お疲れ様でした。』
理由はよく分からないが緊張していた体から力を抜いたエルザは、ベットから降りる。
三人もそれに続いてベットから降りるが、気怠そうにしている。
(とりあえずここから出るか)
手振りだけで自分の後ろをついてくるように三人に合図を出したエルザは、ガラス越しの研究員に会釈しながらその場を立ち去った。
そのまま適当に歩きつつ、エルザはズボンのポケットから端末を取り出して時刻を確認する。
「飯にするか」
液晶が12:00を少し過ぎた数字を表示させていた。
「奢り??」
振り返りながらのエルザの一言にグスタフが食いつく。
調子のいいやつめ。と表情で返したエルザは、
「いいだろう」
はにかみながら後ろを歩く三人に返す。
人の金で食う飯は美味いとはよく言うが、それはその通りで
グスタフ、カナン、マナミアの表情が明るくなった。
自然と足取りも軽くなった4人は、食堂を目指して歩を進める。
「というかグスタフ。あんたやられるの早すぎ」
「うん。もうちょっと頑張ってほしかった」
「えぇ・・・。だってエルザ強いじゃん??」
早速、先ほどの模擬戦闘を振り返る三人の会話を聞きながら、エルザはふと、自分たちが今いる場所を改めて思い返す。
黒いリング状の建造物とそれに囲まれた黒い巨大なビル。
アセンションリングとアセンションビルと呼称されるそれらは、いわば人類の砦だ。
アセンションリングでは、エルザ達と同じ職種の人材が生活しており、大きく居住区と開発区の二つに分けられる。
アセンションビルは政を担う人材が生活する場所となっている。要は重要人物とその守護を仰せつかった施設。内部構造含め、公開されている情報は多くない。
(さて、目的に近づくためにはどうするべきか)
自身と同じ、黒を基調とした軍服を着た何人もの仲間とすれ違いながらエルザはぼんやりと今後を見据えた行動を考える。
(安直だが、偉くなることだよなぁ)
組織が存在する以上、階級や序列が存在する。もちろん位に見合った権限も付与される。
階級の階段を駆け上がっていけば自ずと情報もより多く回収できる。
(とすると、このチームで武勲を挙げていくことが重要・・・)
何から手を付けようか。と考えだしたところで、食堂が見えてきた。
お昼時のため人が多いのが見て取れるが、順番待ちをする必要がない広さで設計されているため、
エルザ達はそのまま食堂へ入り、4人掛けのテーブル席を陣取った。
内装としてはショッピングモールのフードコートがモチーフになっている。
和洋中、様々な料理が楽しめるため、人気のスポットだ。
「何食うか決めた?」
エルザの問いかけに三人は首肯する。
するとエルザは財布から、確実にお釣りが返ってくる金額を三人それぞれに手渡した。
「金持ってるな~」
「お前らより仕事してる時間が長いからな。遠慮するな」
グスタフの言葉に嫌味なく返したエルザは、三人に自分が食べたいコーナーに行くよう促す。
「あんたは?」
「あー。そしたらカナンに任すわ。待ってる間さっきの模擬戦闘を振り返るから」
「文句は無しで」
「もちろんです」
気を遣うカナンに自分のも頼んだエルザ。
グスタフ、カナン、マナミアが席を立った後、エルザも先ほどの戦闘を振り返る。
まず、この三人を選考した理由としては、各個人に秀でた才能があると感じたからだ。
小隊で行動する以上、バランスの取れた人材で揃えるより、はっきりとした強みを持った人材の方が活かしやすいとエルザは考えている。
グスタフは身体能力もそうだが、何よりも膂力と度胸を評価した。
現状は武器を扱う訓練を積んでいないため、体一つで勝負するしかないが、対刀の時に微塵も臆することなく勝負してきた。それは武器を扱うよりも遥かに難しいことだ。
最前線に立てる素質がある。180cmを超える体格はまだまだ成長中でもある。
(ポジションとしてはフロントだろうな)
カナンは射撃能力と冷静さを評価した。
拳銃、ガトリング、狙撃銃を始め、各種銃器を扱えることに加え、そのどれも射撃精度が高い。
射撃訓練を一通り見学したが、周囲とは頭一つ抜けていた。
先ほどの模擬戦闘でも射撃精度を存分に披露し、後方からの火力支援だけでなく単騎で戦えることも証明してくれた。
他からもいくつかオファーがあったみたいだが、運よく試験を受けてくれた。
(ポジションはミドルからバックだろうな)
マナミアは頭脳と機械全般を扱えることを評価した。
実のところ、マナミアは周囲から過小評価されている現状があった。
確かな技術はあるのだが、戦闘におけるセンスがまったくといっていいほどないのだ。
一言でいえば運動音痴。本人も屋内に籠って機械を触っているので改善できる環境になく、またその気もないようである。
しかし前述の通り、強みある人材が欲しいエルザはマナミアも自らオファーした。
先ほどの模擬戦闘では作戦立案を担当し、崩れてしまった作戦をも立て直した。
また自らが前線に立てない代わりに、マシンウォーリアを始めとした機械で支援を行うことも可能だと証明していくれた。
噂にまどわされないことって大事だよな。とエルザは改める。
最近運用が注目され始めたマシンウォーリアをあれだけ機能的に使うことが出来る時点で、機械に対する造詣が深いのは間違いない。
あとぶっちゃけエルザはあまり機械の扱いが得意ではない。
(ポジションはバックアップだろうな。あと情報戦にも強く出られそうだ)
チームの構想としてはエルザを含めた4人の小隊。各個人がポジションで強みを発揮しチームとしての強固さを作り上げる。というものだ。
振り返った通り、選考結果としては全員合格とした。
(あとはどういう伝え方をするかだな)
エルザとしてはもちろん全員がチームに入ってほしいが、今回はあくまでもエルザと三人がお互いを見定める場である。
模擬戦闘でエルザの実力がリーダー足りえないと思われていたのなら、加入はまず厳しいだろう。
どうしたものか。と思考を続けるエルザのもとに三人が続々と戻ってきた。
その気配でひとまず思考を中断したエルザは、周囲の視線が変に集まっていることに気づく。
人気者に集まる眼ではなく、好奇心や野次馬の方の眼だ。
それもそうか。とエルザは納得する。
エルザは同世代、同期の中でも早々に成果を挙げリーダー権限の許可を得た。
グスタフ、カナン、マナミアの三人はまだアセンションに来て半年ほどではあるが、新人とカテゴライズされる中では知名度が高い。
そんな4人が集まって飯を食おうとしているのだから周りも気になるだろう。
エルザもリーダー権限を得た当初は色んな話を持ち掛けられたことを思い出し、思わずため息が出そうになった。
「そういえばアンタの好み分からなかったから、食べられなかったらごめん」
マナミア、グスタフに続き最後に戻ってきたカナンは、トレーに載せられた親子丼をエルザのテーブルに置いた。
「俺、好き嫌いないから大丈夫。サンキュー」
カナンにお礼を言ったエルザはそれぞれが持ってきた昼食が目に入る。
カナンはパスタにサラダというOLみたいなメニュー。
グスタフは400gはありそうなデカいステーキ。
マナミアは完全栄養食だろうか。パウチされたゼリー飲料や、糧食のような見た目の食べ物だ。
「まーとりあえず、冷めないうちに食べようぜ」
全員合格。以上。頂きます。とは言いにくいエルザは、もっともらしい理由付けをして
三人に食事をとるように誘導した。
食事中はなんてことのない雑談を交わし、時折話しかけに来るバカもいたが適当にあしらっている内に
あっという間に全員が完食した。
「ふぅ」
ごちそうさまの意味を込めて息を吐いたエルザは、三人の雰囲気が固くなったことを察知する。
(あ、違う意味で捉えられたな)
「食べ終わったばかりで申し訳ないが、模擬戦闘の結果から伝える」
エルザもそれに合わせて口調を硬くする。
「全員・・・・」
「「「・・・・・・・っ」」」
「合格だ」
たっぷりと間を使って良い知らせを発表すると、グスタフ、カナン、マナミアは、ほっ。という効果音が聞こえてきそうなくらい胸をなでおろした。
リアクションは上々。
「俺としては、全員チームの一員として迎え入れたいと思ってる。が、お前らの意向も大事にしたい。
入る入らないを含めて今のうちに言っておきたいことはあるか?」
真っ先に意思を示したのはマナミア。
大きく首を横に振った。彼女のこれまでを考えると、とても嬉しいのだろう。エルザを見る目がきらきらしている。
「もちろん俺も入るぜ。いつかエルザより強くなってやるからよ」
次はグスタフ。エルザの眼を真っすぐに見つめて力強く言葉を返した。
「それは楽しみだ」
皮肉でもなんでもなく、そんな未来を想像したエルザは、握りこぶしをグスタフに向ける。
とんっ。とお互いの拳を重ねた二人からは自然と笑みがこぼれる。
(さて・・・)
その笑みの裏でカナンの様子が気になるエルザ。
先ほどから視線が下を向いていて、何かを考えているように見える。
声をかけようかと迷うエルザだが、グスタフ、マナミアとのアイコンタクトでもう少し待ってみようという雰囲気になった。
それからたっぷり2分ほどの沈黙が流れる。
そろそろ声をかけるべきだろうとエルザが、軽く咳払いをすると、カナンがゆっくり顔をあげた。
(((・・・・・・)))
神妙な面持ちでエルザ、グスタフ、マナミアが見つめる中カナンが恐る恐るといった様子で口を開いた。
「私もこのチームが良い」
その第一声に安心感からか肩の力が抜ける三人だったが、
「でも」
続く言葉に再度身を硬くする。
「何かあったときは私を助けてくれる・・・?」
その言葉の意味するところが図りかねるエルザは、まずこの発言を掘り下げるか迷う。
カナンはもともとハッキリものを言うタイプだ。それは他の二人も知っている。だからこそ下手に聞き返せない。
「もちろんだ。そういう時はリーダーの俺を頼ってくれ」
(これは身辺調査をする必要があるかもな)
戦場に立つこと自体を恐れているわけではないだろうとアタりを付けたエルザは、カナンが懸念する何かは身の回りにあると予想する。
言葉を濁した以上、問いただすのはあまり良い方法ではないだろう。
本人に感づかれないないように慎重に立ち回るべきだ。
「よぉーし。これでめでたくチーム結成だ!」
面倒ごとはリーダーである俺が請け負えばそれでいい。とエルザは思う。
まだいる周囲の人間にも聞こえるように宣言したエルザは、端末を取り出し、正式にメンバーとして迎え入れた三人の連絡先を入手する。
「俺は手続きしてくるから、今日は解散で。また連絡する」
善は急げだと言わんばかりに席を立ったエルザは、三人をその場に残し事務局を目指す。
早歩きでさっさと事務局についたエルザは、必要書類を受け取って面倒な手続きを開始する。
爆速で必要事項を書き上げたエルザは事務局のスタッフに書類を提出した。
「正式にチームとして登録されるのは3日後からですので、この点はご注意ください」
(あ、そうなんだ)
それは知らなかったエルザは、ちゃんと話を聞いておけばよかったとちょこっと後悔する。
だが即日登録であろうとチームで仕事が出来るようになるのはもう少し先のことなので、大した問題にはならない。
ともあれ手続きはこれで完了だ。あとは事務局が勝手にやってくれる。
まだ時間が15:00前くらいなので、用事を作ってもいいな。などと思いつつエルザは事務局を後にする。
(うわ)
振り返りざま、視界に入った人物でエルザは思わず足を止めた。
「ふん。お前もチームが決まったみたいだな」
第一声からケンカ腰の男の名はカイル。エルザと同期で、同じくリーダー権限を同時期に獲得した優秀さを持つ。
身長は165cmとやや小柄で、切れ長な青い眼と白い肌に白い髪。第一印象からして白い。
だがその体は鍛え抜かれていることは衣服越しでも分かる。
「ここに来たってことはお前も決まったのか。チーム」
互いに名前で呼ばない二人。そもそも気が合わない上に、周りから比較対象とされてきたせいで仲良くする気がない。
ただ根本的に嫌っていないので必要最低限の会話は行っている。
「あぁ。俺のチームも粒ぞろいだ」
「てことは、さっきの場にいたな」
「あんだけ目立っていれば嫌でも情報は回るさ」
「だよな。ま、機会があればメンツにも合わせてくれ」
社交辞令ともとれる会話を交わした二人は、そのまま別れる。
(カイルのチームか。どんな感じか気になるな)
カイルの優秀さを認めているエルザは、彼が結成したチームのことが気になりつつも、
自身のチームでやるべきことを整理するために自室に戻ることにした。
自室に戻ったエルザはカタ、カタカタと、軽快にではないがキーボードを叩いていく。
PC画面には消化していきたい事項が羅列されている。
最優先事項は、連携力の強化、個の強化。次いで資材投資だ。
(連携と個は訓練と実戦を重ねれば自然と強まってくるが、問題は資材だな)
何よりも金がかかる資材投資については、資金の調達をどうするかを考えていかなくてはならない。
割の良い仕事がゴロゴロ転がっていれば話は早いが、現実はそうではない。
飯をおごるくらいには余裕はあるが、高額な資材をポンポン買える余裕はない。
(地道に仕事をこなしていくしかないか)
投資先としてはマナミアを考えながら、チーム運営の難しさを早速実感するエルザ。
「うーん」
エルザは座っている椅子の背もたれにのけ反りながら腕を組む。
「あ。あいつらが持ってる武器とかも知らねぇや」
しまった。とエルザは舌打ちする。
「わざわざ呼び出すのは手間だし。メールで済ますか」
グスタフ、カナン、マナミアに自身で所有している武器をリストアップするようにメールで指示を出す。
それに付随する形で、正式にチームとして認められるのは3日後になること。
明日からは実戦を想定した演習を行うこと。
という点も伝えておいた。
(あいつらはまだ霊魔探偵になって半年だよな・・・)
何を前提に教えていくかというところが悩みどころである。
(無難に基礎の基礎から教えて、あとはアドリブだな。)
武器の扱い方や、戦闘スタイルは今日の模擬戦闘で大方わかったが、もう一つの戦い方に関しては仮想空間ではどうしてもできない。
ひとまず明日の演習に意識を向けたエルザは、自室の一角を占めるロッカーやコンテナを漁り始める。
小太刀が一振。拳銃が一丁。投擲ナイフが数十本。
後は各種弾薬や応急処置キットなどの携行品。
よく手入れしている己の武器をチェックしながら、明日使用する物を見繕う。
小太刀を一振、拳銃を一丁、投擲ナイフを五本。それぞれロッカーとコンテナから取り出したエルザは
次に戦闘用衣装に手を触れる。
伸縮性に富んだ漆黒のレザースーツ。
耐衝撃、対刃性に優れるそれは命を守る上で欠かせない装備だ。
「さて、最後に依頼のチェックだけしておくか」
明日の準備を済ませてエルザは再びPCと向かい合う。
メールアプリの受信フォルダとは別に設けられた、各種霊魔依頼のフォルダをチェックする。
リーダーともなれば個別でアセンションビルから依頼がくることもある。
強制任務であることは少ないが、報酬が他と比べて高額なため基本的には受注することにしている。
「今日は無しか」
新着のメッセージが無いことを確認したエルザは早々にメールアプリを終了する。
「もうこんな時間か」
時刻は22:00を少し過ぎた頃。
晩飯も忘れて作業に没頭していたようだ。
食堂は24時間開いているが、空腹よりも疲労と睡魔が勝ったエルザは、
明日早めに起きて飯にしよう。とベットに転がりそのまま眠りに落ちた。
「よーし。揃ったな」
翌朝10:00
戦闘用衣装に着替えたエルザ達はサッカーコートほど広い演習場に集まっていた。
打ちっぱなしのコンクリートには演習を行ったであろう痕跡がいくつもある。
陥没、破砕、弾痕、擦過痕、血痕などなど、生々しい現状だ。
綺麗な人工的な地形よりも、より実戦に近づけるためにあえて整地をしていないらしい。
そんな野性味溢れる空気感の中、横一列に整列した三人の装備を目視で確認するエルザ。
グスタフは、戦闘用衣装と同素材のグローブ。そしてプロテクター。
カナンは、拳銃、小銃、狙撃銃。そして銃を帯びるためのホルスター。
マナミアは、ノートPC、通信機、ドローン、犬型マシンウォーリア。
今朝のメールを確認する限りカナンとマナミアは他にも装備があるようだが、今回は個人で携行出来る武器や申請のいらないものを持ってきたようだ。
グスタフは本当にその身一つで戦うつもりのようだ。
「これより演習を開始する」
空気感がさらに引き締まる一言を発したエルザは、緊張しているのが表情で見て取れる三人に向けて
話し出す。
「昨日の模擬戦闘でお前らが出来ることは大体わかった。でもそれは人間の範疇での話だ。俺たちが仕事をしていく中で一番重要なのは、いかに霊気を効率よく柔軟に使えるかだ。カナン、霊気とは?」
「人類が霊魔に対抗できる唯一の手段であるが、扱える者は限られている未知の部分が多いエネルギーの一種。また霊気を扱える者を霊魔探偵などど呼称する」
エルザのいきなりの問いにすらすらと回答するカナン。
きちんと前提知識は身についているようだな。と安心しながらエルザは続ける。
「そうだな。霊気は武器に纏わせて攻撃するというのが一般的だが、これは簡単にできる。お前たちにこの演習で学んで欲しいのは、霊気で身体能力を増幅させることだ」
言ってエルザは腰に帯びた小太刀を抜刀する。
「というわけで、デモンストレーションを見せてやる」
「あの噂ってマジだったのかよ・・・」
エルザの言動にグスタフが驚愕する。
(それは最後にやるけどな)
聞こえたが聞こえなかったフリをしたエルザは、集中を高める。
自身に流れる霊気を意識して、手のひらから小太刀に流し込むイメージ。
すると、黒い炎のような霊気がユラユラと出現しじわじわと小太刀に纏わりついていく。
その現象は三人にとっては見慣れたもので、特に反応はない。
「まず、俺がお前たちに教えたいのは汎用性、柔軟性を意識した霊気の使い方だ」
言ってエルザは小太刀を上段に構えて、予告もなしに振り下ろす。
すると斬撃を起点として二方向に三日月形の霊気が飛翔し、三人の隙間を通り抜けていった。
「「「!?」」」
驚愕する三人。
何もエルザが予告なしに動いたからではない。彼の霊気の使い方は今まで見たことが無かったからだ。
「次」
そんな三人に構うことなく、エルザは次の動作に入る。
小太刀を逆手に持つと、一呼吸入れる。
するとユラユラとした霊気が薄いオーラのように変化していき、研ぎ澄まされたような雰囲気を放った。
そのままゆっくりと力を込めるような素振りを見せずにコンクリートの地面に小太刀を触れさせる。
小太刀は抵抗を感じさせることなく、すーっとコンクリートに埋まっていく。
「切れ味を増幅させたようね」
武器には一定の知識があるカナンが目の前の光景を分析する。
刀身を半分ほどコンクリートに侵入させたエルザは、小太刀から手を放して、柄を蹴り抜く。
まるで紙を切るかのように滑った小太刀は、カナンの目の前で急停止した。
「見るのはこっちな」
小太刀に視線を送る三人の顔を自身に向けさせたエルザは、手のひらに纏わせた霊気から紐を形成する。
腕を振り霊気の紐をまるで鞭のように伸ばし、小太刀の柄に巻き付け、回収する。
器用に空中で一回転した小太刀は鞘の中に納まった。
「とりあえずこんな感じだな。じゃあ最後にとっておきを見せてやろう」
その場から三歩下がったエルザは、両手をだらりと下げてリラックスした姿勢をとる
「カナン。俺を撃て」
「は・・・?」
わけのわからない一言に固まるカナン。
「俺の知ってることが本当なら、弾は絶対に当たらないから大丈夫」
「あぁ。てめぇの銃撃はかすりもしない」
グスタフ、エルザにそう言われたカナンは、自身の技量をバカにされたと内心イラっとした。
「いいわ。体に穴が開いてもしらないから」
言い返したカナンは、自然な動作で太もものホルスターから拳銃を引き抜き、しっかりと銃口をエルザに向ける。
カナンの人差し指がトリガーにかかり、一気に緊張感が高まる。
銃声。
一瞬でエルザの体に到達するはずの弾丸は、いつまでたってもその行方が分からない。
エルザも特に大きなダメージを負っている気配がない。
「ギリッギリなんとなく見えた・・・」
「お。早速霊気の使い方に幅が出来たな。ほぼ無意識だろうけど」
三人の中だと一番身体能力が高いグスタフが、霊気による視力増強を用いて今の光景をかろうじて視認していた。
「何が起きたの?」
三人の中で身体能力に劣るマナミアが純粋な疑問をエルザに投げる。
「銃弾を撫でて方向を変えた」
言ってエルザは、自身の指の腹をマナミアに見せる。
エルザの指の腹には擦れたような傷跡があった。
「ちょっと。もう一回撃っていい?」
カナンはどうやら納得がいかないらしい。先ほどよりも闘気が高まった様子だ。
「いいぜ。何発でも撃ってこい」
カナンのお願いを快諾するエルザ。
するとカナンは躊躇なく銃を構え、即座に発砲する。
(俺も訓練するか)
時間の流れを引き延ばしたかのような視界の中、こちらへ迫ってくる弾丸を見ながらエルザはしかし余裕がある。
脳へ霊気を使用することにより人間としてのレベルを瞬間的に爆発させる荒業。
効果持続時間はあまり長くない上に、連続使用や長時間使用は脳を破壊してしまうリスクがあるが、弾丸を目視できる領域にまで到達する。
近づいてきた弾丸。それを指の腹で優しく触り進行方向を変える。
と同時にカナンが構える銃がマズルフラッシュの火を吹いた。
(狙いを変えてきたな)
二発目の弾丸はエルザの丹田に向かって放たれた。およそ急所である。
それに対してエルザは抜刀術で対応。
銃弾を真っ二つに両断する。
三発、四発と放たれる弾丸も小太刀で裁く。
拳銃のマガジンもそろそろ尽きるころだろうと予想したエルザは、小太刀を納刀し
マントに仕込んだ投擲ナイフを準備する。
飛んでくる五発目の弾丸に狙いを定めて、ナイフを投擲する。
正面衝突しないように角度を調整したナイフは、銃弾の横っ腹にぶつかりその進行方向を捻じ曲げる。
銃弾もナイフも勢いそのままに飛んでいくが、エルザもカナンもけがを負うことはない。
「もう。いいわ」
銃弾が当たらないことに諦めがついたのか、カナンは銃口を下げる。
「ふぅ」
エルザも霊気の使用を解いた。
「とまぁこんな感じで、お前らも練習すれば銃弾程度なら裁けるようになる」
デモンストレーションを締めたエルザは、
「今からは個人練習の時間とする。もちろん霊気の使い方をカスタマイズするためだ。俺は先生役をやるから何かあったら聞きにこい」
優先タスクである、個の強化に乗り出したエルザは、早速各々のスタイルに合わせた霊気の使い方を模索する三人を眺めながら飛んで行った投擲ナイフを回収する。
これからチームとして戦場をくぐり抜けていく以上、結束はもちろんだが、単独でも状況を切り抜けられる力量をつけてもらわなければならない。
個の強化は群の強化へと直結する。そう考えるエルザは演習をメインにプログラムを組んでいる。
そして霊気の扱いは個人の感覚に依存する部分でもある。理論的に説明できれば楽なのだが、どうしても抽象的な言い回しになってしまう。
(だから習得には時間がかかる)
自身が体得するまでの道のりを思い返すと、色々なアドバイスは貰ったが結局は自分でコツを掴むだけのことだった。
ヒントのヒントくらいは言えるだろうが、一秒でも多く霊気を扱う時間を設けることが一番の近道になるのだ。
(あとはお前ら次第だ)
毎日、毎日、霊気が枯れるくらいまで鍛錬していれば嫌でも成長する。
エルザは、三人が泣き喚こうが手を抜くつもりはない。ぬるい鍛錬は死を招く。
まずは10回に1回はエルザに勝てるレベルまで引き上げるのが目標だ。
「エルザ!!」
壁にもたれかかって個人練習を観察するエルザに、グスタフが声をかける。
「ちょっと相手をしてくれないか?」
「いいぜ」
グスタフは個人練習を始めて30分ほど経過した頃合いで、何か成果があったようだ。
(身体能力のレベルアップはグスタフが一番早いな)
実のところ、物体を通して霊気を扱うよりは、直に体を通した方が操作しやすい一面がある。
「「・・・・・・・」」
エルザとグスタフは真剣な表情で対峙する。
開始の合図など不要。実戦ではそんなものはない。
グスタフが霊気を展開する。
腰から下全体へと霊気が広がっていく。
(どうくる)
対するエルザは霊気を展開することなく様子を伺う。
グスタフがほんの少し重心を落とす。
地を蹴る。
ダァンッ!と爆発的推進力を霊気によって獲得したグスタフは超スピードでエルザに接近する。
駆けるというより飛翔に近い高速移動。
グスタフは勢いそのままに飛び蹴りを繰り出す。
(もろに食らったらヤバそうだ)
ただでさえパワー自慢のグスタフ。そこに霊気によるアシストが加わったとなれば生身で攻撃を受けるのは避けたい。
エルザは自身の顔めがけて飛んでくる飛び蹴りをキレのあるサイドステップで回避する。
攻撃が空振りに終わったグスタフだが、間髪入れず着地と同時に再駆動。さらに速度を上げてエルザめがけて飛翔する。
(はやいなっ)
グスタフがエルザの懐に入る。
今度は肩から上腕にかけてを破壊するような軌道のキックを繰り出すグスタフ。
回避をあきらめたエルザは、腰を切り体の正面でキックを受ける体制へ移行。と同時に腕に霊気を纏わせてガードした。
ゴッ!!とおよそ人体が衝突するような音ではない打撃音とともにエルザが弾き飛ばされる。
おぉ。とカナンとマナミアが感嘆する中、グスタフはさらなる追撃へと移行する。
「は?」
だが、足が動かない。
グスタフが視線を落とすと、霊気によって足が地面に縫い付けられていた。
(さっきの蹴りのときか!?)
エルザを蹴り上げた足が動かないため、先ほどの交錯の際にエルザが仕込んだのだろう。
「戦闘中は敵から視線を外すな」
グスタフの真横からエルザの声。
「っ!?」
気配もなくグスタフに近づいたエルザは、小太刀を喉元に突き付けていた。
「エルザ強すぎるぜ・・・」
一本取られたグスタフは拳を下げ降参の意を示す。
エルザも小太刀を下げ、霊気の拘束を解いた。
「30分で基本的な使い方は掴んだみたいだな」
一言、グスタフを褒めたエルザは続ける。
「改善点としたら、霊気の使い方に無駄があることだ。霊気は無限にあるわけじゃない。なるべく最小限で最大のパフォーマンスが出来るようになったらレベルも技術も格段に上がる」
ちょっと見てろ。と三人の視線を集めたエルザは、少し間を開けて、少し腰を落とす。
先ほどのグスタフの再現だ。
次の瞬間。
エルザの姿が掻き消える。
霊気を展開していた様子はなく、いきなり三人は彼の姿を見失った。
「こっちだ」
声がした方向を三人が見ると、壁にもたれかかって苦笑いするエルザの姿があった。
その姿がまた掻き消え、今度は三人の前に現れた。
「俺なりのやり方ではあるが、物体に触れている面のみに霊気を展開することで相手からは見えないし消費も最低限で済む。ということで、グスタフやってみ」
「おっしゃ」
自身の話を聞きながらウズウズしていたグスタフに早速促すエルザ。
さきほど同様に少し腰を落としたグスタフは、深呼吸し集中する。
エルザ、カナン、マナミアが見守る中、グスタフの体は、
「うおぉぉぉぉ!??」
真上に跳ね上がった。
50mはある天井すれすれまで飛んで行ったグスタフ。
「霊気を惜しむな!着地姿勢を崩すな!」
パニックになりかけてるグスタフに向けてエルザが指示をとばす。
(聞こえるか・・・?)
焦っている中でも味方の声が聴けていないと対処方法も講じれない。
落下が始まった直後、グスタフは持ち前の身体能力を活かし、体制を立て直した。
その体全体から、ボッと聞こえてきそうなほどの霊気を噴出させる。
「よし!そのまま着地しろ!変にビビったらケガじゃすまないぞ!」
返事をするほどの余裕はなさそうだが、指示を聞けるだけの冷静さは保っている。
グスタフの視線はまっすぐに自身の落下地点を向いている。
見てる側が内臓が浮き上がる感覚を覚えるほどのスピードでそのままコンクリートの地面へ激突する。
その衝撃でコンクリートが粉砕され、粉塵が立ち込める。
「痛そう・・・」
マナミアが思わずこぼす中、粉塵の中に仁王立ちする影が浮かび上がる。
「どうだ?」
「全っ然痛くない・・・!」
「「おぉ・・・」」
感動を覚えるグスタフとカナン、マナミア。
「今のはいい例だったな。少量の霊気でも十分な強化とかは可能なわけで、効率も上がる。でもコントロールは難しくなる。グスタフ。お前はとりあえず今の感覚を忘れないうちに何度も繰り返しておけ」
「おう!」
「マナミアはマシンウォーリアや機械操作に霊気をどう応用するのかを考えると良い」
「うん・・・!」
「それとカナンはちょっと俺とマンツーマンで練習しよう」
「わかったわ」
演習場を借りれる時間がなくなってきた頃合いでエルザは個人練習に具体的な方向性を示す。
グスタフが跳ね回り、マナミアが機械たちと向かう中、
エルザはカナンを連れて彼らと十分な距離をとる。
「今時点での個々の役割だが、カナンが一番運動量が多くなると思ってる」
カナンは拳銃から狙撃銃までのレンジを自在に操れる。その反面射撃ポジションを確保するために動き回らなければならないことも想像がつく。
「さっき話したみたいに霊気の効率化は全員が達成するべき目標だが、カナンの場合だともう一個達成するべき項目がある」
「弾丸の強化かしら・・・・?」
「お。話が早い。例にもれず弾丸にも霊気は作用する」
カナンを個別に呼んだ理由を明らかにしたエルザは、自身の拳銃を見せる。
「俺が使ってる拳銃は口径も威力も並み。邪魔にならない重量だから選んだだけだ。でも繰り返すようだが霊気の使い方次第でどうとでもなる」
言ってエルザは拳銃を構える。
誰もいない方向へ向けられる銃口。
「見た方が早い」
トリガーに指をかける。
一拍置いてトリガーを引く。
するとズドォンッ!!!と拳銃からは鳴るはずがない銃声が轟いた。
銃口からは霊気が噴き出し、30m先の壁にはクモの巣状に罅が入っている。
「俺はあんまり拳銃は使わないから霊気操作はザルだ。銃口から噴き出た分だけロスに繋がる。直接体の能力を上げるより難易度は高いがモノにすればチーム随一の火力になる」
「わかった。練習しておくわ」
「頼んだ。弾薬コストもかかるからゴム弾とか安いのでやった方がいい。もちろん半分は俺も出す」
カナンも個人練習に戻したエルザは、時間を気にする。
演習場が使えるのは残り10分ほど。
チーム登録が完了する残りの2日も同じ時間で押さえているが、何を訓練していくか。
エルザはそう考えながら訓練に励む3人を見渡す。
霊気の効率化と身体操作を促したグスタフ。
火力の増強を促したカナン。
機械への応用を促したマナミア。
個人の特徴をさらに強固なものにするべく、霊気の扱い方、幅の広げ方、発想の仕方、というポイントを伝えている。
これが3人一緒の方向性であれば指導も方向性が決まってくるが、そうではない。
個人を伸ばしつつ、最低限の連携も取れるように調整していく必要がある。
(見ている限り、個人の練習は放っておいても良さそうではあるな)
エルザがこの時間で行ったことはデモンストレーションの域を出ない。
3人が見て吸収して自分の分野に活かす形が出来ている。
「そもそも基礎能力が高いしな」
実戦でも下級霊魔であればぶっつけ本番でも対処できるだろう。
忖度なしで現状を分析したエルザはぱん、ぱんと手を鳴らし3人の注目を集める。
「今日はここまでだ。あと5分で荷物を纏めて撤収。明日明後日も同じ時間でここを押さえてるから好きに使え。以上解散」
チーム初の演習を締めたエルザは、3人を残し演習場を後にする。
(うわっ)
演習場へ繋がる通路を歩いていると、前からカイルを先頭に5人の集団が近づいてくる。
カイルはエルザと同期で、同じくリーダー権限を同時期に獲得した優秀さを持つ。
身長は165cmと小柄で、切れ長な青い眼と白い肌に白い髪。
その後ろを歩く人物たちは彼のチームだろう。この後演習場を使うようだ。
別段挨拶をする必要もないなとエルザはそのまま集団とすれ違う。
横目でどんな人がいるのかを観察する。
背格好がバラバラな男女が4人。エルザのチームより一人多い。得物などを所持している気配はないが全員がグスタフのようなインファイターではないだろう。
(情報を漏らさないように対策しているな)
カイルはどうやら用心深いらしい。
(!)
カイルが引き連れる集団の最後尾。
背の高い男とすれ違う瞬間。
その男の手が素早くエルザの胸倉に伸びる。
エルザは男の動きを捉えていたがあえて好きにさせる。
しっかりとエルザの胸倉を掴んだ男は、そのままエルザを壁に押し付ける。
「お前がエルザだなぁ」
ねっとりとした喋り方に黒と金が混じったモヒカン。耳や鼻にはピアス。
身長はグスタフよりも高い。190cmにぎりぎり届かないといった具合だ。
「・・・・・」
まるでチンピラのような風情の男にチンピラのように絡まれたエルザは、だからどうした。というような視線で応じる。
「強いって噂だったがぁこんなもんかよぉ。弱っちいなぁ!」
無抵抗なエルザを見て男は調子づく。顔面を近づけがんを飛ばす。
(カイル。こいつどうにかしろや)
こちらを振り向こうともしないカイルに怒りを覚えるエルザ。
鼻ピアスを引っこ抜いてやろうか。とエルザが業を煮やしかけたその時。
「てめぇ何してる!!」
3つの足音が近づいてきた。
その駆ける音の主たちは、グスタフ、カナン、マナミア。
先頭を走るグスタフは既に臨戦態勢だ。
「あぁ?誰だお前」
走り込んでくるグスタフにチンピラ男が反応する。
(こいつマジか)
そのチンピラ男の全身からからゆらゆらと霊気が立ち上る。
基本的に許可された施設内以外の場所では霊気を使用しないというのが暗黙の了解としてある。
霊気をどこでも勝手に使われると、修繕費用が馬鹿にならないからだ。
問題行動として認知されるとなんらかの処罰が下る。
(グスタフって知ってるっけ・・?)
ただでさえ感情型で思考も一方向になりやすいグスタフだ。知っていても暴走する可能性もある。
「お前こそ誰だ!」
エルザの予感は的中する。
怒りのこもった声で突撃してくるグスタフからも霊気が立ち上る。
相手に合わせて対応出来ているのは褒めるべきポイントだが、それは時と場合による。
リーダー権限を獲得した2名のチームから問題が出たとなると話も大きくなる。
そんなことは絶対に避けたい。
(そこは信じるぞ)
グスタフが、カナンとマナミアを振り切り、カイルが率いる集団に接近する。
それと同時にエルザが動く。
自身の胸倉を掴んでいる手をあっさりと解き、チンピラ男の首に自分の手を回す。そのまま半回転し今度はチンピラ男を壁に押し付ける。
と同時にカイルも動く。
横を走り抜けようとするグスタフの手首を器用につかみ取り、バランスを崩したタイミングで足払い。
後頭部を強打しないように配慮する余裕を見せながら、床に押さえつける。
「グスタフ落ち着け」
「問題を起こすな」
2人のリーダーはそれぞれのチームに声をかける。
グスタフとチンピラ男は全身から力を抜き、抵抗の意思がないことを示す。
「おあいこな」
「怪我はないか」
エルザとカイルも拘束を解いた。
グスタフを起こしながら気を遣うカイルは、やはりリーダーとしての器もある。
そう思うエルザだが、俺は手を出されたし。と自分を納得させる。
(仲間のコントロールくらいできてろよ)
カイルに向けて視線で訴えたエルザは、それ以上言葉を発することなくその場を立ち去った。
それから2日後。
チーム結成のために無休で動き回っていたため前日はオフかつ自主練の日とし、休息を入れたエルザ。
「早速依頼が来てんな」
自室のPCでメールボックスをチェックしていたエルザは、チームに依頼された仕事内容を確認していた。
・下級霊魔討伐依頼
・期限は本日より一週間以内
・チーム結成に対しての励まし
・報酬はチームメンバー数掛けで上がる
内容をまとめるとそのようなことが書いてある。
(いよいよだな)
チーム登録は問題なく受理され正式に活動を行える状態になった。
エルザは現場慣れしているが、グスタフ、カナン、マナミアの三人はまだ外に出たことはない。
だからこその下級霊魔討伐の依頼だ。
アセンションリングに属する人々は霊魔討伐士と呼ばれ、霊魔を討伐することを生業としている。
霊魔とは突如発生した存在であり、霊気で構成されている。姿かたちは獣であったり虫であったり、
地球上で活動していた生命体がベースになっている。
霊魔は脅威度によって、下級霊魔、上級霊魔、特級霊魔と三段階に分かれている。
区切り方としては知性があるのかどうか。
知性がないのが下級、あるのが下級、書物などに個体名が記されているのが特級という区別の仕方である。
下級霊魔討伐は新人霊魔討伐士にとっての登竜門である。
演習を見る限り大きな不安要素はないが、何が起きてもおかしくないというのが現場というもの。
気を引き締めてかからなければ最悪死人がでる。
事前承諾もなしに受注するのはチームに不和を生みかねない。
エルザは端末からカナンに電話をかける。
長めのコールの後カナンが電話に出た。
「はい」
「練習中ごめんな。ちょっと二人も集めてスピーカーにしてもらっていい?」
「分かった。ちょっと待って」
カナンがマイクをオフにしたのか、無音の状態が30秒ほど流れた。
「おーっす。どうしたエルザ?」
通話が再開し、元気のよいグスタフの声が聞こえてきた。
「えー。下級霊魔討伐の依頼が我がチームに来ました。受けようと思いますがいかがでしょう」
そう言うとエルザの予想通り、3人は沈黙する。
電話越しでも空気感が伝わってくるが、ここは3人の判断だ。待つほかない。
「やるわ。問題ない」
回答したのはカナン。いつもの凛々しい声音だ。怖気づいたような印象は全くない。
「了解。期限は今日から一週間以内だからそんな焦らなくてもいい。明日以降で予定を組むからまた連絡する」
「エルザちょっと待ってくれ」
電話を切ろうとするエルザをグスタフが止める。
「演習場は今日までなんだろ?だったら試合してくれ!」
その声音は実戦を控えているから少しでも経験値を積みたいという思惑ではなく、ただただ成果を試したいというものだ。
「いいぜ。そしたら1時間後にそっち行くから準備しといてくれ」
初実戦に乗り気なメンバーを頼もしく思いながらエルザは電話を切る。
「俺も本気で相手をしてやろう」
丸2日好きに練習させている関係で、どれだけ実力が伸びたのかは図り損ねる。
実戦も控えているため、ここはそれ相応のレベルで相手をするべきだ。
ロッカーとコンテナから実戦用の装備を整えたエルザは、入念なストレッチを行い調子を整えた後に
演習場へ向かった。
「お待たせ」
きっかり1時間後。
演習場に足を運んだエルザは、輪を組み何やら打ち合わせをしている3人に近づいていく。
「お、きたきた」
グスタフが顔を上げて軽く手を振る。
(めちゃくちゃ練習したみたいだな)
3人を見るとレザースーツに土埃がかなり付着している。腕や腰回りも汚れていることから対人戦を行っていたことも想像できる。
「早速いいかしら」
「やる気だなお前ら。いいぜ、かかってこい」
グスタフ、カナン、マナミアは気合十分といった表情だ。
マナミアは口数こそ少ないが意外と表情に出るということは、この数日で分かった。
エルザは3人から距離を取り、両者がスタートポジションにつく。
1対3の構図。まともに戦うのは模擬戦闘以来だが、今回はリアル。
不注意、油断が即負傷に繋がる。
(うっかりまずいとこ斬らないようにしないとな)
戦いが始まる前から抜刀したエルザはその点を頭の隅に置いておく。
開始の合図など不要。実戦ではそんなものは無い。
グスタフが駆け出す。
そのスピードはおよそ人が出せる初速ではない。
エルザが教えた通り、接地面である足の裏に霊気を展開している。
2日前は跳ね上がるばかりだったが、すっかりモノにしている。
そのグスタフのやや後ろ、四肢を駆りながらマナミアが操作する犬型マシンウォーリア2体が追従する。
どんな武装を積んでいるか分からないそれらは、近づいてくるだけで脅威だ。
(連携まで考えてきたか!!)
グスタフと犬型マシンウォーリアに視線を奪われたエルザは、そのさらに後ろにカナンが移動したことを捉えるのが一拍遅れる。
(でもどうする?射線は通らないぞ)
エルザ、グスタフ、カナンが一直線にならんだ状況。
いくらカナンといえど撃ち抜けるスペースはない。ただでさえ壁となるグスタフが走っているのだ。
下手をすれば同士討ちになる。
エルザが思考を巡らせていると、グスタフが上体を倒し最敬礼の角度を取った。
カナンが構える拳銃の銃口と目が合う。
ズドン!っと銃口からわずかな霊気を立ち上らせたその一撃は、グスタフがエルザの間合いに入り込む前の一瞬のタイミングに侵入する。
(使わされたな)
脳に霊気を展開したエルザは、霊気で強化された弾丸すらもスローに映る世界で内心舌打ちした。
脳に霊気を使用して得られる力は相当なものだが、ノーリスクというわけではない。
強制的に本来のスペック以上の処理を引き出すというメカニズムのため、使用時間、使用回数によっては
体が動かせ無くなったり、廃人になったりするケースがあるらしい。
好んで廃人になりたい人間などいないため、症例の件数も少なければ治療法も見つかっていない。
そして最大の欠点は、霊気の展開を解除後約1秒は体が硬直する。
タイミングが完璧すぎる3人の連携。回避は不可能。
(パンチは食らう他ない)
片腕で振り抜いた小太刀で銃弾を弾きながら、グスタフの動きを観察するエルザ。
彼の右拳は下から上へすくい上げるような軌道でエルザのみぞおちを抉らんとしている。
その軌道を正確に予測したエルザは、空いている左腕に霊気を展開しガードに回す。
「オラァッ!」
グスタフの気合一発。
殴る直前で霊気を一気に展開させた一撃は、霊気のガード越しでも内臓に響く破壊力を得る。
まるで大型トラックにはねられたかのような勢いでかちあげられるエルザ。
その表情は明らかに苦悶に歪んでいる。
(まともに食らったら骨も内臓もお釈迦だな)
空中で込み上げてくる吐き気を押し殺しながらもエルザは状況把握に努める。
拳銃をこちらにむけスタンスを取るカナン
着地を狙う挙動のグスタフ
自身の真下で待ち構える犬型マシンウォーリア
(布陣の構築も早い)
一連の動作をみるにここまでは想定内の状況だろう。
(さて。ここからどこをどう崩すか)
脳に霊気を使用したフィードバックも解除された。
(カナンとグスタフの連携が厄介だな)
犬型マシンウォーリアの主な仕事は陽動だとエルザは判断する。
決定打となる火力は備わっていないため、グスタフを補助する形でカナンとマナミアが立ち回っている。
という前提を基に作戦を考えたエルザ。
右肩のマントに仕込んだ投擲ナイフに手を伸ばし、それぞれ1本をグスタフの脚元、カナンの肩に投げつける。
避け損ねたらどうしよう。と一瞬不安を感じたエルザだが、2人とも掠った程度で済んだ。
(カウンターへの対応はまだ甘い)
霊気も使わず投げたナイフでダメージを負ってしまうところを見るに、意識がかなり攻撃によってしまっている。エルザに一杯食わせたいという気持ちからくるものだろうが、現実を考えるとあまり良い傾向とはいいがたい。
グスタフ、カナンの体制が崩れる。
その隙に地面に着地することはできたエルザだが、間髪入れず犬型マシンウォーリアが襲い掛かる。
見る限り主武装は爪。ひっかいて切り裂けるようにデザインされている。
2つの機体を精密に操るマナミアは、カナンのさらに後ろでノートPCと向き合っている。
(こいつらの攻撃自体はなんてことないが・・・)
そもそも戦闘経験が少ないマナミアは、攻撃の仕方やタイミングなどが上手くつかめていないのだろう。
決して機械の操作に不慣れであるだとか、性能が悪いだとかいう問題ではない。
エルザも軽やかなステップで攻撃を躱しながらも、このタイミングじゃねぇな。と分析していた。
(攻めのターンは終わりだ)
受けに回っていたエルザだったが、今度は自身が攻める側になることにした。
犬型マシンウォーリアの攻撃をすり抜けたエルザは、足の裏にのみ霊気を展開。
一歩で超スピードを獲得して、3人の視線を振り切ったエルザは跳躍する。
空中で納刀し打撃攻撃の姿勢へ移行するその軌道は放物線を描きながらカナンへ近づいていく。
「カナン上!!」
回避が間に合うギリギリのタイミングでグスタフが声を上げる。
バッと首を上げたカナンと目が合う。
「躱せ」
端的に言ってエルザは霊気を腕全体に展開する。
その出力はユラユラと燃える炎のようだ。
そして重力に引かれるがまま拳をコンクリートの地面に叩きつける。
ズンッ!!!!
まるで地鳴りのような轟音。膨大な量の粉塵と礫が立ち込める。
「上手いこといかないわね」
その粉塵の中からバックステップでカナンが飛び出した。
塵を吸い込んだのかむせてはいるが無傷だ。
間髪入れずに次の攻撃が始まる。
エルザは粉塵の中、口元を手で押さえながらカナンが回避していった方向を見据える。
感で直線状にカナンはいると判断したエルザは、足元に転がっているコンクリートの破片を霊気を展開した脚で蹴り抜いた。
まるで散弾のように飛んでいく破片は、カナンの脇腹に直撃した。
「かは・・・っ!」
戦闘用レザースーツが衝撃を吸収し、内臓破裂などの大ダメージは免れたものの痛い物は痛い。
軽い呼吸困難にも陥ったカナンはその場にうずくまってしまう。
「カナン!」
グスタフが思わず声をかける。
その声に顔を上げ、眼で大丈夫よ。と訴えるカナン。
エルザが動く。立ち込める粉塵がその影響で一方向に膨れる。
ボッと粉塵の中からエルザが飛び出してくる。
その進行方向にはうずくまるカナン。
「うぅ・・・!」
呻きながらも銃口を向けるカナンだが、照準が定まっていない。
「くそ!」
グスタフが悪態をつきながらも、足の裏に霊気を展開。エルザとカナンの間に割って入るべく地面を蹴る
霊気を展開していないエルザ。霊気を展開しているグスタフ。
両者では明確にグスタフの方が速い。
(!?)
エルザの軌道が急激に変わる。カナンに向かっていたのがギュンとグスタフに方向転換を行った。
カバーに意識がいっていたのと、エルザが方向転換と同時に霊気を展開したため、グスタフは対応が間に合わない。
エルザが拳を下から上へ振り抜くような構えをとる。
やり返されると直感したグスタフはガードを固める。
だが、エルザの拳は振り抜かれることはなくガシッとガードするグスタフの両手首をつかむ。
両者の対格差はおよそ10cm。シンプルにグスタフが有利な局面。
重心を落とし踏ん張ろうと考えるグスタフだったが、ほんのわずかだけエルザが速い。
両手首を掴んだ状態からさらにスピードを上げ力のベクトルを進行方向の斜め上に操作する。
ふわっとグスタフの足が地面から離れる。
霊気を使用して空中で身動きを取る方法をグスタフはまだ知らない。なすすべなくエルザに連行され、
コンクリートの壁面に衝突させられる。
「ぐはっ・・・!」
肺の空気が強制的に押し出されるのと同時に呼吸がおぼつかなくなる。
エルザはその一瞬を見逃さず、裏拳一閃。顎を弾くように振るった一撃は脳震盪を引き起こす。
地面に足がついたグスタフは受け身すら取れずそのまま地面に倒れ込んだ。
その動きがフェイクでないことを確認したエルザは素早くカナン、マナミアに視線を向ける。
マナミアは先ほど粉塵を巻き起こした時に無力化している。デバイスから数メートル離した位置でぐったりと横たわっている。
カナンは依然うずくまり脇腹を押さえて苦しそうに身を捩っている。
その状況でもしっかり銃は握り、誤射や暴発しても大丈夫なように体から離しているのは素晴らしい。
そんなことを思いつつ、足音を抑えながらカナンに近づいたエルザは容赦なく銃を握っている方の手を
じわじわ重心をかけながら踏みつけていく。
ただでさえ脇腹の痛みの処理で精いっぱいなところにさらなる痛みが加わることになったカナンは
たまらず銃を手放した。
その銃身をサッと掴み拾い上げたエルザは、グリップでカナンの後頭部を軽く叩いた。
「どうだ?まだやれそうか」
煽りでもなんでもない声音で3人に聞こえるように問うエルザ。
沈黙とうめき声しか返ってこないところを見るに、これ以上の戦闘続行は不可能のようだ。
「戦闘終了とする」
グスタフ、カナン、マナミアの挑戦を真っ向から捻じ伏せたエルザはその一声で終了のゴングを鳴らした
「ふぅ」
カナンからも距離を取り投擲ナイフを回収したエルザは、一つ息を入れて高めた集中力をほぐしていく。
(やりすぎたか・・・?)
戦闘終了から5分ほど経過しているが、ダメージを引きずっている3人を見ながらエルザは一人苦笑いを浮かべていた。
3人とも起き上がって座りの姿勢までは回復しているが、雰囲気がかなりどんよりしている。
痛みからくるテンションがあがらない状態になっているようだ。
「グスタフ、マナミア、集合」
一番ダメージの大きいカナンの元に全員を集めたエルザは自身もその場に座り込む。
「骨が折れてたり、筋を痛めたやつはいるか?」
戦闘中の雰囲気とは違い、申し訳なさそうに聞くエルザ。
「いーや大丈夫」
「かなり痛いけどね」
「ううん」
約1名怒りを覚えているみたいだが、エルザは気づかないふりを決め込んだ。
「お前らから挑んできてくれたこと。俺はすごく嬉しく思う」
代わりに今の正直な気持ちを伝えることにする。
「たった2~3日で霊気の扱いも連携も上手く形にしていると思っている。正直驚いたし、俺も下手に手加減が出来なかった。これだけ動けるなら下級霊魔討伐も普通にこなせる」
ただ。と一言入れてエルザは続ける。
「現状に満足していいという訳じゃない。まだまだレベルアップできるところはある」
まずは褒めた上で指摘を聞き入れやすい状態を作りだしたエルザは、各個人の課題点を並べていく。
グスタフは体も身体能力も技術も発展途上であり、それは経験と時間が解決してくれるが心技体という言葉があるように何か一つでもファクターが成り立っていないと意味をなさない。日々のトレーニングや模擬戦闘でまずは土台を固めていくことが大事になってくる。加えてグスタフは直感タイプだと分析している。考えるよりも行動したほうが上手くいくと思う。さっきもカナンのカバーに行くかどうかを考えずに粉塵の中の俺に突撃したほうが少なくとも戦線崩壊は回避できた。だから自分の直感を信じてみてほしい。裏目に出るようなことがあれば俺もカナンもマナミアも全力でフォローする。
カナンは卓越した射撃センスを持っている。この点は誇りと自信を持ってほしい。俺も銃の扱いに関しては特に言うことはないと思う。でも活かし方、工夫の仕方はもっと磨いていった方が良い。カナンは多分自分で思っているより頭が固いかもしれない。さっきの第一射目は完璧すぎる精度とタイミングだった。でもなんでその後は撃てなかったかというと俺がそう誘導した訳じゃなく、カナンが射撃位置を変えなかったからだ。逆に言えば針の孔を通すような精密射撃ができるから自分から射線確保に動くという意識が周りよりも薄くなっていると分析している。カナンは全距離対応の万能型シューターを目指してみて欲しい。3日前に一番運動量が多くなると言ったのはそういうことだ。
マナミアは各種デバイスを扱えるという専売特許がある。俺もその辺りはほぼほぼ無知だ。今から実戦までの時間で基準値まで仕上げるのは不可能だし、時間がかかりすぎる。それをしかも独学とワンオペでやってるんだから俺からしたらもう意味が分からん。それくらい凄いことを平然とやってる。だが反面、
設備力がそのままマナミアの力になると言ってもいい。資金もかかる。皆、組織で活動するのは初めてだろうからあまり実感しにくいがお金のやりくりも考えていかないとまともな装備が整わなくなる。
これは設備が整ってからだが、マナミアとカナンの連携は必要になってくる。カナンが全距離からの射撃を行う形を作ることは今のチームバランスを考えた時に外せない。それを可能にするのはマナミアがドローンやマシンウォーリアを走らせて銃器を運搬する他にない。だからマナミアは俺とグスタフもそうだが特にカナンの戦闘傾向をよく分析して先回りできるような準備を今のうちからやってほしい。
あともう一つ。マナミアも格闘の技術を学べ。攻め方が分かっていない攻撃は脅威にはならない。むしろ逆手に取られて仲間が返り討ちに遭いやすくなる。
ゆっくりと聞き取りやすいようにそれぞれの眼を見ながら真剣な表情で話すエルザ。
3人が彼の話を記録していく。
(こいつらなら多少放任する方向性で良さそうだな)
エルザもリーダーとしてグループをまとめるのは初めての事。経験がないゆえに不安な部分もある。
「さて」
記録が落ち着いたのを見計らって言うエルザ。
「目先の目標は下級霊魔の討伐がある。本来俺一人でもこなせる仕事だから、変に気負わなくていい。
まずはアーコロジー外の空気に慣れるようにある種の社会科見学みたいな感じになると思う。
出撃の日は勝手に決めさせてもらうが、3日後とする。それまでは各自コンディションを整えておくこと」
以上、解散。とその場を締めたエルザはよっこらせと立ち上がり、その場を後にした。
アセンションビルとアセンションリングを中心に成り立っているアーコロジーを取り囲む環境は、あまり良いとは言えない。
アセンションリングから出撃ゲートに向かいつつエルザは思う。
ドーム状になるように建設されたアーコロジーだが、4本の柱がやや湾曲しながら上空で一個所に繋がっている。その接続部分の真下にアセンションビル、アセンションリングが存在している。
都市部に見えるのはそこだけであり、周囲の住宅地は一様に古びているといった印象だ。
現在エルザ達が歩いているのは、アセンションリングから出撃ゲートを繋ぐ一直線の道路だ。といっても舗装はされておらず踏み固められた地面が剥き出しになっている。
貧富の差という言葉を体現しているような光景。アセンションリングからエルザ達のような霊魔探偵や霊魔討伐士が出てくるのは珍しい光景ではないが、無邪気な子供の視線、決して良い気持ちを抱いていない大人の視線が彼らに集まってくる。中には駆け寄ってくる子供もいるが大抵スリ目的であったりもする。
武装を盗まれるなよ。と最低限の声量で注意を促したエルザは思考を続ける。
アーコロジーの一歩外は無法地帯そのもの。様々な危険が潜んでいる。
それらから人々を守る役割を果たしているのがアーコロジーなのだが、貧富の差がこうも拡大するのには
人類が2種類に分かれているからだ。
霊気を扱える者と扱えない者。
もちろん霊気を扱える者が優遇されていき、その血縁者も待遇が良くなる。
血縁者にも霊気が扱える者がいない人々がアセンションリング外での生活を余儀なくされている。
霊気は使えないが、血縁者に霊気が扱える者がいる人々はアセンションビルとアセンションリングに広がる地下施設で労働することになる。主な仕事は食料生産と地下施設の増設。
といった風に階級にも似た扱いの差が生まれてしまっているのが事実だ。
これそのものを悪だと断言はできないし、少ない資源でアーコロジーを運営していくにはこの形が効率が良いのも理解できる。
周囲を観察しながらつらつらと考えていたエルザだったが、軽く頭を振り意識を切り替える。
今日はチームで初めてのアーコロジー外での行動となる。
任務目標は下級霊魔の討伐。
任務自体はさほど難しいものではないが、何が起きるか分からないのがアーコロジー外の世界だ。
想定外の強敵やアクシデントに見舞われることも珍しくない。
ましてや今回はエルザもリーダーとしては初めてのアーコロジー外活動となる。
あらゆる事態に対応できるように常に神経を尖らせておくことを頭の片隅に置いた。
出撃ゲートが近づいてきた。
4本の柱のそれぞれの根元が出撃ゲートとなっており、大型車両や、個人の特殊兵装など持ち運べないものを格納する役割も担っている。
それらを整備する人員も常駐しており、各チームや個人の出撃に合わせて調整してくれる。
「お疲れ様です。エルザ隊長」
その中の一人がエルザに気づき駆け寄ってきた。
「新車のハンヴィーですが、調整、メンテナンスともに問題なく完了しております。いつでも走れますよ」
「そうですか。ありがとうございます」
初対面の相手なのでエルザも自然と低姿勢になる。
「「「新車のハンヴィー??」」」
グスタフ、カナン、マナミアが揃って首をかしげる。
「ふっふっふ。この日の為に準備を進めておいたのさ。チーム結成祝いだぜ!」
3人に向かってグッと親指を立てるエルザ。
その背後に、まるで打ち合わせたかのようなタイミングで雄々しいエンジン音を響かせながらハンヴィーが姿を現した。
「「「おぉー!」」」
前長5m全幅2.5m前高1.8mで荒廃前の世界で活躍していた四輪駆動の軍用車両であるが、残存していた資料を元に復元した。その走破力、カスタマイズ性が重宝されエルザ達の時代においてもメジャー車輌となっている。
ピカピカに磨き上げられたベージュのボディは新車であることの証明だ。
「そしてドライバーはマナミアに任命する!」
「了解・・・!」
テンションが上がる一同。
エルザはビシッと敬礼してマナミアと向き合う。
マナミアもびしっと敬礼を返す。
「よしお前ら乗り込め!!」
言いきらない内にハンヴィーに走っていくエルザに続くグスタフ、カナン、マナミア。
ハンヴィーの車内は4人乗りで最後方は武器を積めるだけのスペースが確保されている。
既に犬型マシンウォーリア2機とドローン。ライフル、スナイパーライフル、弾薬、医療品、糧食、メンテナンス用品など、武装と戦場で役立つアイテムが積まれている。
天井には丸型ハッチがあり、機銃をマウントすれば走る砲台にもなる。
(機銃まで買う金はなかったがな・・・)
これまでの出費を思い出しややブルーになるエルザだったが、3人がとても喜んでいるので良しとした。
「マナミア。ハンドルの裏にあるボタン押してみ」
エルザは、シートの位置や背もたれの角度を入念に調整するマナミアに声をかける。
「どこ・・・?」
「多分、右手側のとこだと思うぞ」
小さい手でハンドル裏をもぞもぞと探るマナミア。
そんな見つからんもんか?とエルザが疑問に思っていると、
「触ってたところ全部がボタンだった・・・」
「初見殺しだな。それは俺もわからん。まぁいいや押してみ」
促されるままマナミアがボタンを押すと、メーター、オーディオ機器、シガーソケットの部分が奥へと引っ込み、代わりに液晶ディスプレイが出現した。
「おぉ・・・!?」
これには機械オタクのマナミアも驚いた。
後ろのグスタフ、カナンも、うわすげっ。驚いたわね。とリアクションしている。
「このハンヴィー自体が通信基地の役割を果たせるように改造してもらった。マナミアがドライバーなのはこれが理由だ」
「初期設定から自分でやっていいの・・!?」
「え?あ、うん。もちろん」
(手数料取られるのと、面倒くさいからやらなかっただけなんだよなぁ)
眼を輝かせながら自身の顔を覗き込むマナミアを直視できないエルザ。
代わりに冷ややかな目をしたカナンと目が合う。
【言わないで】
エルザは口パクでカナンに訴える。
するとカナンは今回は見逃すわ。と言わんばかりに鼻を鳴らして窓の外を見やった。
「さて、今回のブリーフィングを行う」
マナミアが初期設定を行っている間でエルザは今回の作戦内容を振り返る。
「目標は下級霊魔1体の討伐だ。作戦地点はアーコロジーから北西に約15kmの市街地跡。観測レーダーでは標的以外の反応は昨日時点で観測されていないが、最新情報ではない。そのために観測レーダーもハンヴィーに搭載しているが100%信用はしない方がいい。」
通る声ではきはきと情報共有を行ったエルザは一呼吸おいて続ける。
「前も言ったが本来俺一人で難なく対処できる仕事だ。だが何が起きるか分からないのが現場というもの。もし不測の事態や対応不能の敵が出現した場合はすぐに逃げること。ハンヴィーでもいいし、霊気全開で走ってもいい。とにかく無駄死にするような行為は厳禁とする。」
「「「了解」」」
マナミアも初期設定が終わったようでしっかりとした返事があった。
チーム結成から約1週間でかなり結束は深まったと感じる。
仮想空間の模擬戦闘以前から関係構築を行ったのがここで効いてきた。
不休で動き回ったのもここで報われるな。とエルザは過去の自分を褒めることにした。
「よし。じゃあ作戦地点に向けて出発!」
エルザの号令により4人を乗せたハンヴィーは雄々しいエンジン音とともに出撃ゲートを飛び出していった
アーコロジーから100mも離れないくらいから周囲の景色が変わっていく。
人工物が自然に飲み込まれ、土に還っていっているような光景。
家屋は倒壊し植物が巻き付き、ビルは倒壊し朽ち果て、アスファルトは経年劣化でほとんど剥がれもともとの地面が剥き出しになっている。そして建造物だったであろう大量の瓦礫が散乱している。
たまに信号機だったものや電柱だったものも散見される。
(しばらくは好きにさせるか)
グスタフ、カナン、マナミアは外の世界を見るのが初めてだ。
神妙な面持ちで窓の外を見ている。
荒廃した光景ではあるが、度々霊魔討伐士が車両で移動するためその部分だけは踏み固められており
簡易的な道路となっている。
想像以上に車内が揺れないのはそういう理由だ。
出発前にマナミアが初期設定を行ったおかげで、液晶ディスプレイも非常に整理されており、
走行中はメーター表示と観測レーダーと通信機器の充電を行うようになっているようだ
エルザは観測レーダーに気を配りつつ、いつまにか強張っていた体の力を抜いた。
(あと10分無いくらいでつくな)
しばらく車に揺られていたエルザだったが、頃合いを見計らって話し出す。
「目的地まであと少しだが、今回の任務では現状のレベルを考えて布陣を敷く。まず、2人も知ってる通りマナミアは直接的には戦えない。だからこそ運転手を託したし生命線でもあるオペレーターも担ってもらうし、お釣りがくるほどの能力もある。自衛のためにマシンウォーリアも置いていくから、俺、グスタフ、カナンの3人が今回の直接戦力となる。まぁ今回は俺がフロントやるから霊魔との戦い方を学ぶ場と捉えてもらっていい。いいなお前ら?」
やはり緊張が隠せないのだろう。
いつもなら声で返事する場面だが、首肯するだけに留まった。
「到着までもう間もなくだ。各自準備を怠るなよ」
そう言ってエルザは自身の武装をチェックする。
右肩のマントに仕込んだ5本の投擲ナイフの手触り。
後腰のホルスターに収まっている拳銃を引き抜き、マガジンの残弾数が最大まで入っているのを確認。
座席に座る際に邪魔になったため、自身が抱きかかえている小太刀の重さを感じる。
使い慣れた武装は返って安心感が生まれる。
グスタフはグローブをしっかりと装着し、手を開いたり閉じたりしている。
カナンは拳銃、ライフルと携行する銃をチェックしている。
マナミアは運転しながらも犬型マシンウォーリアの起動を行っている。
(集中力が高まってきているな)
先ほどまでは緊張が隠せなかった3人だが、実戦を前にメンタルコントロールを行っている。
今の顔にネガティブさは感じられない。
「目的地に到着したよ」
マナミアが言って、ハンヴィーの速度が徐々に落ちていく。
「レーダーにも映ってるな」
エルザが液晶ディスプレイを覗き込む。
現在地が中央で円形5kmが観測範囲となっている。
目測で4kmないくらいの地点に赤いドットが点滅している。
ここまで近づけばかなりの精度で観測が可能であるが、ドットが動かないところを見るに停滞しているようだ。
またドットの大きさで下級霊魔か上級霊魔かのおおよその判断ができる。
今回は指示通りに下級霊魔が1体いるだけのようだ。
「マナミア。足元のスペースにインカムが入っている箱があるからとって」
任務中のチームのやりとりはインカムで行う。
基本的に戦闘員たちはレーダーなど見れない。各チームの特性によるがオペレーター要員を設けるところもある。エルザのチームがまさにそうだが、戦闘員+後方支援というスタイルはあまり多くない。
純粋にオペレーションができる人材が少ないのと、戦闘員は多い方が良いという考えが一般的だからだ。
だからこそマナミアもチーム所属前は注目株だった。
「これより下級霊魔討伐を開始する」
最後に念のため目視で周囲に危険がないことを確認したエルザは、己が一番最初にハンヴィーから降りる
それにグスタフ、カナンが続く。
「えー。こちらエルザ、各員聞こえるか?」
『おう!問題ないぜ』
『ええ。聞こえてるわ』
『異常なし』
車内では喋らなかったグスタフだったが心配はいらなさそうだ。
「了解。何か問題が起きたらすぐに連絡する事。以降のオペレーションはマナミアに引き継ぐ。ま、今回は練習だと思って気楽にやってくれ」
『了解。レーダーの情報は逐一言うね』
「任せた。グスタフとカナンは俺と一緒についてこい」
ハンヴィーの前方に移動したエルザは2人を手招きする。
拳にグローブを嵌めたグスタフ。
レッグホルスターに拳銃。背中にはライフルを背負ったカナン。
エルザは2人を引き連れるようにして歩き出す。
進行方向はハンヴィーを中心として右前方。4kmも進めば下級霊魔が待ち構えているだろう。
「ここからはいつ襲撃があってもおかしくない。気を抜かないようにしておくこと。そして現場では基本的に霊気を使って移動する。さぁグスタフなんででしょう」
「えっ。あーっと。足場が悪いから!」
「部分点はあげよう。カナンどうだ?」
「人間の脚だと霊魔の移動速度に敵わないこと。霊気を節約するために車両移動をした。霊気を展開しつつ移動すれば急な襲撃にも対応ができるってとこかしら」
「おー。100点をあげよう」
「急に話振られたら驚くじゃん!?」
「ははは。じゃあ移動するぞ」
「愛想笑いが適当じゃね?」
「ちゃんと勉強しときなさいよ」
実地の雰囲気の中、いつものやりとりが交わされることに安堵したエルザは、分かりやすく霊気を展開する。
『観測レーダー、動きはないよ』
「良いタイミングだ。その調子で頼む」
マナミアもオペレーションのセンスがあるようだ。
「はぐれるなよ」
言ってエルザは跳躍する。
瓦礫、倒壊した家屋やビルなど足場となるものはたくさんある。走るというよりかは飛び移るという形で
道なき道を軽やかに進んでいくエルザ。
さながらパルクールのような動きだ。
空中で宙返りや体を反転させ、後方を確認するのも怠らない。
「フゥ!!!」
身体能力に定評のあるグスタフもエルザと同じようにフリースタイルで楽しそうにしている。
「・・・・!」
エルザ、グスタフに比べるとやや身体能力に劣るカナンは最短距離を進むことで2人についてきているといった様子だ
今以上に速度が上がらないように調整しながら進むエルザ。
『もう少しでポイントにつくよ』
インカムはGPSを内蔵しており、観測レーダーの範囲である5km以内であれば現在地が表示される。
「2人とも止まれ」
ビルの残骸で停止したエルザはついてくるグスタフ、カナンに自身の横に来るように促す。
停止位置は倒壊したビルの端。ちょうど足元の景色が見渡せる。
大規模な戦闘か爆発があったところなのだろうか。すり鉢状に地面が抉れており、まるで闘技場のような雰囲気を漂わせている。
その中心地点。舞台ともいえるスペースに下級霊魔がいる。
まるでオオカミのような図体。その全身は霊気で構成されている為真っ黒だ。
今は寝ているような姿勢だが、それでも目測で2mほど体長がありそうだ。
「あれが霊魔か」
実物は初めて見るグスタフとカナン。
グスタフは腰を落として観察するような視線で眼下を見下ろしていた。
カナンは既に拳銃をホルスターから引き抜いており臨戦態勢を取っている。
「まずはデモンストレーションで見て学ぶ時間だな。霊魔は霊気による攻撃しかダメージを与えれない。
人類がここまで追い込まれたのはそういうことだ」
とりあえず近くで見てな。言ってエルザは跳躍する。
30mはありそうな深さの地面にスタっと軽やかに着地したエルザは慣れた動作で小太刀を抜刀。
自身の後ろにグスタフとカナンがついてきたことを確認して、攻撃をしかける。
一直線に走り込んで霊気を使用していない斬撃を繰り出す。
寝ている霊魔の脇腹を横一文字に切り裂くような一撃は、確かに命中したが刃がすり抜けただけに見えた
続く連撃も見た目とは裏腹に虚しくすり抜けていく。
【・・・?】
ここでようやくオオカミ型の霊魔も反応を見せる。
首だけを持ち上げてキョロキョロしている。
「こういうことだ」
霊魔が反応を見せる前にグスタフ、カナンの元へ戻っていたエルザは端的に話す。
「次に、お前らのスタイルに合わせた攻撃をやってみよう」
小太刀を納刀したエルザは両腕を脱力する。
「グスタフ。俺も体術ができないわけじゃない。ただ性に合ってたのが小太刀ってだけだ。俺の体術スタイルはお前には合わないかもしれないが参考にはしてみてほしい」
後ろを見ることなく話したエルザの両拳からユラユラと霊気が立ち昇る。
まるでそれに反応するように霊魔が動き出す。寝ているような姿勢から機敏な動きで立ち上がり頭部をエルザ達に向けて威嚇するように構えた。
寝ている状態で2mはあった霊魔が立ち上がるとかなりの威圧感が生じる。
グスタフとカナンは顔が引きつっているが、エルザはいつもと変わらない雰囲気でゆっくりと霊魔に向けて歩き出す。
霊気を使用できる以上、お互いの間合いに両者がいる。
霊魔が仕掛ける。
野生さながら前足を振り下ろす一撃。エルザを上から潰せる大きさの手だ。
普通であれば見ている側が声を荒げてしまいそうな光景だが、グスタフとカナンはエルザの動きに注目している。
「_____」
ゆらりと力を感じさせない動きでエルザの体がほんの少し横に移動する。
霊気を使っている様子はない。ただただ磨いた技術と体裁き。
ズシン!!!
標的を失った攻撃は地面を直撃するだけに終わった。
その刹那。
重心の乗った前足を狙ってエルザの左拳の裏拳が疾走する。
スパァン!!
快音とともに振り抜かれた裏拳は前足を弾き飛ばした。打点からは霊気が霧散する。
バランスを崩された霊魔の頭部がエルザに向かって落ちてくる。
ゴッ!!!
その顎にエルザのアッパーカットが炸裂する。人間が食らったら首から上がもげそうなほどの衝撃。
霊魔の体が空中に打ち上げられる。
それを追いかけるようにエルザも跳躍。霊魔の上を取り霊気を使用した踵落しで追撃する。
打撃時の霊気の霧散が衝撃波に見える程の一撃。霊魔が背中からV字になるのほどの威力。
流星のごときスピードで霊魔が地面に叩きつけられる。
インパクトの余波でまだ空中にいるエルザは右肩のマントから投擲ナイフを2本取り出しそれぞれ右手左手に構える。そして両の指先をくっつけ霊気を展開。引き延ばすことで5本の糸を生成する。
それを投擲ナイフに接続して、霊魔の両サイドに刺さるように投擲。
深々と刺さった投擲ナイフを起点に捕縛用のネットが霊魔に絡みついた。
「今見てもらったように」
何事もなかったかのようにグスタフ、カナンのもとに戻ってきたエルザは霊魔に背を向けて話し出す。
「霊気を使った攻撃でないと有効打にはならない。そして霊気同士で相殺、削っていくようなイメージだな。次はカナンへのデモンストレーションだ」
そう言って後腰のホルスターから拳銃を抜いたエルザは無造作に霊魔に向かって歩きだす。
エルザが話している間もがいていた霊魔が霊気のネットを引きちぎる。
霊魔に感情があるのかは定かではないが、一層戦意が高まったように感じる、
相対するエルザと霊魔。先手の奪い合い。動いたのはエルザ。
無駄を感じさせない動作で拳銃を構え間髪入れずに発砲。
基本人間には見えない弾丸が放たれたがなにも起こらない。外せる距離でもないし、的が小さいわけでもない。つまり霊気を使用しない銃撃。
『初心者が陥りやすい状況の一つとして、霊気を使い忘れることがある』
3人のインカムからエルザの声が流れる。
『基本を押さえていても、咄嗟の状況や焦りで霊気を使用せずに攻撃したり防御をしたりしてしまう。それが招くのは自分の死か仲間の死だ。』
さらにエルザが引き金を引く。
ドウッ!
銃声というより空気が爆ぜるような音。
霊気を纏まった銃弾は霊魔の眉間に直撃。打撃の時と同じく被弾したところから霊気が霧散する。
『打撃も銃撃も効果としては同じだ。質問はあるか?』
『いーや大丈夫』
『私もよ』
後ろの二人が注意深く観察しているのを感じていたエルザはインカムでやりとりする
『よし。ここからは実戦練習とする。俺とグスタフがフロントで陽動、カナンがミドルで霊魔を削れ。いけるな?』
『お~し!やってやるぜ!』
『問題ないわ』
(やっぱ頼もしいな。こいつらは)
初実戦にも関わらず、臆する気配のないグスタフとカナン。
『デモンストレーションは終わりだ。状況開始!』
エルザの号令直後、グスタフが走り出す。
それに合わせてエルザは霊魔の左側へ膨らみながら走り出した。
『グスタフ。陽動の基本は距離を取り合うことだ。2人固まってたら意味がない。そこに注意しておけ』
『おう!』
エルザは左側グスタフは右側へポジションを取る。
幅広く展開する2人のおかげで視線が定まらない霊魔の眉間にカナンの銃弾がヒットする。
一瞬ひるんだ霊魔だったが、標的をカナンに定め突進のような構えをとる
『!』
『オラァ!!』
身構えるカナンだったが、グスタフが霊魔の横っ腹を殴りつけたことにより杞憂に終わる。
『カナン。攻撃する事だけに集中するな。陽動している仲間の動きにも注意すること。連携の流れを自分たちで切らなければ大抵のことはどうにかなる』
エルザは霊気を纏わせた小太刀で、霊魔の四肢を削り自由に身動きを取らせないように牽制していく。
『銃撃でのポイントは陽動している俺たちに合わせて3角形を作ることだ。それによってターゲットが分散して残り2人が自由に動ける』
『えぇ。憶えておくわ』
『こちらマナミア。今回の戦闘は記録しておくね』
戦闘しながら交わされる合間を縫って、マナミアからの無線が入る。
(記録?どうやって?)
全然余力のあるエルザは、はて?と辺りを見回す。
すると、先ほどまでエルザ達が霊魔を見下ろしていたビルの縁に犬型マシンウォーリアがちょこんと座っていた。メタリックな塗装にグリーンに光る眼がこちらを見下ろしている。
『カメラ機能もあるのか。便利だな』
『救助活動も想定してるから。あと、予備の弾薬もその子に持たせてるよ』
犬型マシンウォーリアの胴体に小型の携行パックがぶら下がっている。
もともとは医薬品が入っていたはずの携行パックだがマナミアが中身を入れ替えたのだろう。
『良い機転の利かせ方だ。ナイス』
エルザは犬型マシンウォーリアに向けてグッと親指を立てた。
『やったぁ・・・!』
喜ぶマナミアの声がインカムから漏れてくる。声音から察するに返事をしたのではなく思わず口から出てしまったというニュアンスだ。
(((かわいっ)))
マナミアは4人の中で一番年下であり、精神年齢はさらに幼い。故にすでに妹的な立ち位置になりつつあった。
そのおかげか、まだ硬さが残っていたグスタフとカナンの動きが加速していく。
エルザは対照的に2人のレベルに合わせて調和を図る。
非常に粗削りではあるものの、連携は形になってきた。
エルザとグスタフは常にお互いの距離を意識しながら立ち回る。
経験の無さからくる不利な立ち回りはエルザがすぐさま穴埋めしていく。
グスタフはその度に悔しそうな顔をするため、特に言うことはなさそうである。
カナンは課題だと言われていた射撃ポジションを自ら確保しに動くことを実践している。
エルザが大部分のバランスをとっていることは間違いないが、それでも流動的に戦いの流れを作り出している。
斬撃、打撃、銃撃が織りなす連撃は下級霊魔程度では簡単には抜けだせない。
(想定よりも2人とも動けるようになっている。もう一つ段階あげてみるか?いや、どうだ・・・)
エルザはグスタフのカバーも行いつつ、全体の状況も分析する。
グスタフは連携をとる動きの経験がないだけで、ソロで立ち回る分には恐らく問題ない。
ただ、息が上がってきているのが不安材料でもある。
カナンはいつも通りクールな表情ではあるが、残マガジンを気にする動きが増えてきた。
スタミナは問題ないが、弾数次第で動きを考えたいところだ。
(そしたらカバーの立ち回りを教えとくか)
状況に合わせて指示を出すのが隊長の仕事。ペースメイクをおろそかにしてはならない。
そう判断したエルザは即座に指示を飛ばす。
『カナン。残弾はいくらだ』
『拳銃マガジン1。ライフルマガジン4』
『拳銃を撃ち尽くしたら、ライフルに移行しろ。フルでもセミでもなんでもいいから、とにかく隙間を作らないこと』
『了解したわ』
『グスタフ!今からチームの戦略であるスイッチをやる。フロントの俺らに必須なものになるから覚えおくこと。』
『あぁ・・・っ!』
グスタフの息がかなり上がってきている。
『スイッチをする状況は様々だが、フロントの俺らが交互に負担を一気に引き受け、態勢を立て直す時間を作ることがミソだ。今回だとグスタフのスタミナ回復だな。』
『面目ねぇ』
グスタフも意外と冷静に自身の状況を把握しているようだ。
『スイッチのルールを説明する。一時離脱する側がスイッチと宣言した後に、なるべくデカい一撃を与える。いいな』
『了解・・・っ』
『よし、やれ』
『スイッチ!!』
エルザの説明通り、グスタフは残るスタミナを総動員して渾身のアッパーカットを見舞う。
脇腹を抉るその一撃は霊魔を上空へ吹き飛ばす。
『上出来だ』
エルザが言い終わらないうちにグスタフは一時戦線を離脱する。
すり鉢の縁まで後退したグスタフは上がった息を整え始めた。
『カナン!ライフルでぶち抜け!!』
戦闘とはアドリブの連続である。
いかに訓練され統率の取れたチームでも、相手の一挙手一投足まで完全に予測することは不可能。
それが結成間もないチームであればなおさらだ
咄嗟の指示にカナンはなんとか食らいつく。
構えていた拳銃をレッグホルスターに収納し、ベルトで背中に吊っているライフルを構えなおす
安全装置を外しフルオートで射撃。もちろん霊気を使用することも忘れない。
この間、実に2秒。さすがの手際の良さである。
けたたましい銃声とともに弾丸の雨が霊魔に殺到する。
霊気により超エネルギーを獲得した弾は、霊魔を空中に留まらせるほどの威力。
(ちょっとテンション上がってきたな。俺が)
初の実戦で、演習では行っていない指示やアクションに食らいつく2人をみてエルザは気分が高揚していた
(なるべく2人にダメージを稼いでもらおうと思ったが、ちょっと出しゃばろう)
戦闘自体に慣れて余裕があるからこそエルザはそこまで考えて動くことができる。
(おそらく2人の集中力もここが限界だろうしな)
一度インターバルを入れると始動がどうしても遅れてしまうのが人間というものである。
特にグスタフは霊魔とゼロ距離で戦わなければいけない。つまり一瞬の油断が死を招く。
戦場に慣れるまでは不要なリスクは犯したくはない。
カナンも数分前から足が止まりがちだ。普段意識的に動いていない分、集中力の低下とともに普段の動きに近づいてきている。
(終わらせるか)
初回の実戦としては上々の成果であることは間違いない。
あとは反省会でも開いてより細かい部分を指摘、改善していけば2人はメキメキと成長するだろう。
そう考えたエルザは未だ空中でメッタ撃ちにされている霊魔の真下に入る。いわば落下地点だ。
ふぅ。と息を吐いたエルザは流麗な動きで小太刀を納刀。腰を落とし居合の姿勢へと移行する。
銃声が止む。重力に引かれて霊魔が落ちていく。
空気の変化を感じ取ったグスタフとカナンの視線がエルザに注がれる。
(紅姫流居合_弐連)
心の中で繰り出す技をつぶやいたエルザ。その直後。
3人が視認できない速度で白刃が煌めいた。
霊気により刀身を延長した斬撃は十文字に霊魔の体を切断する。
鍛え抜いた体と霊気操作のセンス。これらが可能にする神速の抜刀術。
霊魔も含め何が起きたのかさえ周囲が理解できぬまま、霊魔は跡形もなく霧散した。
存在の消滅。これをもって霊魔討伐完遂となる。
『各員帰投せよ』
エルザの一言をもって、チーム初の実戦は幕を閉じた。
鉄は熱いうちに打て。という言葉がある通り、下級霊魔討伐を完了したエルザ達は、アーコロジーに帰投後、マナミアが記録した戦闘映像を流す予定を組んだ。
とはいえ、シャワーを浴びる時間や食事の時間は確保している。
コン、コン、ガチャ。
「お疲れーす!」
反省会の開催場所はエルザの自室であった。
エルザもシャワーと食事を済ませた上で、ほかのメンバーを待っていた。
一番乗りはグスタフ。ラフな格好ではあるが体格に恵まれている為、なんだが見た目が良く見える。
「ういー。椅子とか人数分ないから適当なとこに座ってくれ」
エルザは自身のデスクに座り、何やらPCに打ち込んでいた。
「なにしてんの?」
「みんな揃う前に今回の報告書を仕上げようと思ってな。リーダーって事務面でも仕事が増えるらしいぜ」
「うーわ。俺なら絶対にやりたくない」
「賛成ー。ゆくゆくは事務職専門のやつでも引っ張ってこようかな」
「いい案じゃね?」
コン。コン。
エルザとグスタフがそんな他愛もない会話をしているとドアをノックする音が。
ノック音の位置と気配からドアの向こう側にいるのはカナンだと気づいたエルザは、声を出そうとするグスタフを手で制止する。
コン。コン。
コン?コン?
ノック音が、あれまだ帰ってきてないの?的なニュアンスを含みだした。
それを感じとったエルザとグスタフは笑いそうになるのをこらえる。
男が二人でいればどんなくだらないことも、楽しめるイベントとなる。
(ちょっと見てみようぜ)
(よしきた!)
エルザは手振りでドアスコープを覗くようにグスタフに伝える。
にやにやしながらドアスコープに顔を近づけたグスタフ。
「いなくなってる」
「一回自分の部屋に戻ったか。一応、外見といて」
2人にとって悪意ある行動ではない。故にカナンが見えなくなったことに対して焦る気持ちはない。
連絡一本入れればそれで済む話。
かちゃ。とドアを開け無意識だろうが、そろりと顔を出したグスタフ。
エルザから見るとガタイの良い大男がそんなことをしているのだから、かなり滑稽に見える。
(やっぱごついな。普段戦闘衣装でしか見ないからな)
「へぇ。居留守なんてしくれてありがとう」
「へあっ!?」
「ははっ」
カナンの冷たい声。
グスタフの素っ頓狂な裏声。
エルザはキーボードを打ちながら笑う。
部屋の外を覗き込むために姿勢が低くなっていたことが災いした。
カナンのアイアンクローがグスタフの顔面を強襲する。
「痛った!?えっこんな力あんの!」
「ガンナーの握力、舐めないことね」
最後にグスタフの頭を引っぱたいたカナンは、ふん!と鼻をならしながらエルザの部屋に上がる。
「お疲れさん。ごめんな、グスタフがどうしてもって言うから」
「そんなことだろうと思ったわ・・・。」
「ちょっと待て!エルザも共犯だろうが!!」
すらすらと嘘なのに、嘘を感じさせない雰囲気のエルザ。
あきれるカナン。
抗議するグスタフ。
ただ、悲しいかな世界は往々にして多数の味方をする。
「カナンには硬い床ではなく、ふかふかのベッドに座る権利をあげよう。私の部下が粗相をしたせめてもの謝罪として受け取ってほしい」
「あら、ありがとう」
「貴様この野郎」
まるで長年一緒にいるかのような流れが途切れない会話。
実際には出会って半年ほどの彼らではあるのだが、共に戦場に立つということは心の距離すらも一足飛びに縮める。
結束力のあるチームはいくつもの死線を潜り抜けているものだ。
「まだ痛ぇよ・・・。」
ズキズキするこめかみをもみほぐしているグスタフは放置して、
エルザは報告書の仕上げに入る。
(こいつを送信したら報酬が振り込まれるって流れか)
エルザはリーダーとして一つの仕事が終わるまでの流れを把握した。
「ふぅ。おーわり」
「お疲れ様」
何をしているかを聞くことはなかったが、予想はできたのだろう。カナンがベットに座りながらねぎらいの言葉を投げる。
「リーダーって事務系の仕事も意外と多いんだよ。得意でフリーな奴知ってる?」
「私の知り合いは引き金を引くのが得意よ」
「あ、そうなの。もし情報入ったら教えて」
「憶えておくわ」
人材の勧誘も大事なリーダーの仕事だ。事務員が増えて直接的に助かるのはエルザであるが、
エルザの時間が増えることで助かるのもグスタフ、カナン、マナミアである。
(当面の間はマナミアと分担していくか)
資金面や設備面でのやりくりもある。
そのあたりはマナミアと共有していきながら進めたほうが効率的である。
こん。こん。
小さめなノック音がする。
「入っていいぞー」
エルザが声をかけるとかちゃりとドアが開き、マナミアがとてとてと入室する。
格好は完全な寝間着。眠気を感じさせる眼をしていた。
(なんだかんだでオペレーションが一番気を遣うポジションだもんな)
それも初の実戦ともなればプレッシャーは相当なものだっただろう。
オペレーターは全体的なバランサーとならなければいけない。
個人の体調面から戦局、あらゆる事態を予測し続ける。見落としがあれば仲間が危機に陥る。
精神面においてこれほどすり減るポジションはないだろう。
「さて、お疲れのところ悪いが今回の反省会を行う」
エルザは椅子に座ったまま日常に戻った雰囲気を締める。
「といっても、俺は反省会って言葉があんま好きじゃない。なんか勝手に空気重くなるし」
上手くいったあとの反省会など最低限の空気感だけで良い。エルザはそう考える。
「そこでだ。お前らにちょっとしたご褒美を準備した」
よっこらせと立ち上がったエルザは、まず立ったまま寝そうなマナミアを代わりに座らせる。
そのままその場にしゃがみこんだエルザは、デスクにある縦に長い引き出しにあたる部分を空ける。
横開きのそれは冷蔵庫であった。
普通、飲食は食堂で済ませられる。中には地下施設まで下りて行って食材を買う者もいるが、個人の冷蔵庫はこの世界の生活においてあまり普及はしていなかった。
「リーダーともなればそういうこともできるのか?」
どうやらアイアンクローのダメージから回復したグスタフがいつもの調子で聞いてくる。
「いや、これは前に個人的に買ったものだ。数は少ないが需要もない。意外と安く買えるぞ。今の相場は知らんけどな」
振り返るエルザの手に握られているのは、4本のビンだった。
薬品などに使われる色合いのビンだか、縦に細長く、エルザが持っている部分は細くなっている。
この世界においては高級品とされる品物、それは__
「まさか、お酒なの・・・!?」
カナンの声を聴いて、グスタフもマナミアでさえも驚きの表情を見せる。
「そうだぁ。どうだ?テンション上がるだろう?」
はっはっはーと酒ビン片手に腰に手を当て胸をはるエルザ。
中身がビールという酒であることを説明してもピンとこないであろうから、エルザは酒であることだけを伝える。
「お金持ちだね」
マナミアは眠気がどこかへ去っていったようで、キラキラした目でエルザを見上げていた。
ちなみにマナミアの年齢は18である。
その割に幼く見えるのは精神年齢による部分が大きいだろう。
セリフと表情だけ切り取れば、変な意味も含みそうだが、そうならないのがマナミアのすごいところ。
「滅ぶ前の世界は20歳から酒が飲めるらしいが、今は関係ねぇ」
ちゃちゃっと3人にビンを手渡したエルザは、酒ビンを持った手をずいっと前に差し出す。
「酒を飲むには、乾杯!ていうセリフが必要だ。これを言わずして__」
「あれ、これどうやって開けんの?」
エルザが気持ちよくしゃべっているとグスタフが当然の疑問を口にする。
ビール瓶であるということは当然、栓がしてある。
栓抜きという存在自体グスタフは知らない可能性もあるが、エルザの部屋には栓抜きなどない。
「グスタフ君、いついかなるときも霊気を応用するということを忘れてはいけないよ」
やれやれというジェスチャーを大げさにするエルザ。
3人に見えやすいように位置を調整し、親指を栓の根元に引っ掛ける。
そして親指だけに霊気を展開して、栓を弾くように親指を動かす。それだけでぽんっと栓が弾けた。
本来、アーコロジー内で霊気を使用するのは禁止という暗黙の了解があるが、それは裏を返せば
迷惑行為にならない範囲は問題ないということだ。
普段ルールには厳しいカナンもこの時は考えないようにした。
「さぁ諸君、盃を掲げたまえ!」
ぽんっぽんっぽんっ。と3つの栓が飛ぶ。
「「「「乾杯!」」」」
チームの初仕事を終えた4人は祝杯を挙げた。
「くはーっ。やっぱ染みるねぇ」
ビールを呷って最初に口を開いたのはエルザは、馴染みのある味に一日の疲れが解けていくのを感じる。
チーム最年長であるエルザは酒の味を知っていた。
「初めてビールを飲んだけど、美味しいわね」
酒ビンを直で飲んでいるのに、どこか優雅さを感じさせるカナンは23歳。
チームで2番目の年長者だ。
「おぉ!ウマっ!!」
そう言ってさらにビールを飲むのはグスタフ。20歳。
「うん。美味しいね」
少し怖がりながらも一口飲んだマナミアは18歳。
年齢も個人の得意分野もバラバラな4人が短期間でよくここまで仲良くなれたなと、エルザは内心とても安堵していた。チームが離散する要因はいくつかあるが、結成直後の不和はどうしようもない。
結成したてだから思い入れもないゆえに簡単に空中分解する。
(だから半年かけて口説いたんだけど)
エルザが3人に目をつけたのは約半年前。
当時リーダー権限を持った直後だったエルザは、ある種それをとっかかりとしてチーム勧誘を行うための関係づくりを始めた。
繊細で気を遣う時間だったが、それがここでひとまず報われた。
(というか、全員ビール初めてでうめぇって言うのはまさかだったな)
チーム初の任務成功を祝したいというのはもちろん本音。
ただイタズラとして、ビールを飲んで苦いという奴を、「おこちゃまが」とイジるつもりだったエルザは
肩透かしを食らった気分になりつつも、次のステップが完了した暁には酒場に連れて行こうと、ひそかに計画を立てた。
「うーし。酒が無くならないうちに反省会すっぞー」
今回の趣旨である、初実戦の振り返りはとてもエルザ好みの雰囲気になった。
マナミアに映像を流させつつ、気になる点や、この場合の陣取り方、やるべきこと、やってもいいこと、
やってはいけないことを個人、全体問わず教え込んでいく。
場の空気も良い意味で軟らかいため、グスタフ、カナン、マナミアからも随時質問が飛んでくる。
それに淀みなく的確に答えるエルザは本人の意図しないところでリーダーとしての信用をさらに強固なものにしていった。
「一番気になるのは最後よね」
映像上では戦いは終盤。グスタフがスイッチを行い、カナンがライフルを撃っているシーン。
エルザもこのシーンについては特に言うことはない。2人とも咄嗟によくやってくれたと思う。
銃撃が終わり、落下する霊魔が十文字に両断され霧散する。
マナミアも気になるのか、だれに言われずともスローで繰り返し再生しているがスロー映像で見てもエルザの動きはまるで追えない。
全身に霊気を展開していれば理由はつけられるが、その様子はない。
「答えは簡単だ。霊気を展開するそのものの捉え方の問題」
エルザは3人の思考を答えに誘導する為、映像を止め、視線を集める。
「霊魔を攻撃する時、また守る時、前提として霊気を使用せねばならない。グスタフはグローブに、カナンは銃弾に。俺は小太刀に。このことは何も問題ないが、武器に霊気を使用しない場合のみ運用方法はより効率的になる。ヒントは最初の演習だ。はい、わかる人」
首をかしげる3人。
そりゃそうか。とエルザは納得する。つい最近霊気をまともに扱えるようになったのだ。その先を見るにはタイミングが早すぎた。
「少し意地悪だったな。すまん」
3人は特段なんとも思っていないがエルザは謝っておく。
「人体に霊気を使用する場合は、なにも体外に展開する必要などない。ということだ」
3人はビールの比ではないくらい驚愕する。そんな視点、考えはなかった。
仮にそこに到達できるとしてどれだけの時間が必要となるのか。
それを自分たちのリーダーであるエルザはさも当然の領域かの如く披露する。
それはいくら演習やっても勝てんわ。言葉こそ違えど同じ感想を抱くグスタフ、カナン、マナミア。
「俺は人体を学んだ。自分という機構を最高効率で燃焼させるために」
酒が入っているせいか、いつもより少しだが饒舌になるエルザ。
「同じ道をお前ら全員たどれ。とは言わん。代わりに何度でも言う。霊気は使い手の応用次第でどんどん力をもたらしてくれる。俺が証明したろ?いついかなるときも霊気を応用することを忘れるな」
乾杯の直前に、エルザがグスタフに向けて言った一言。
ともすれば状況的に聞き流してしまいそうな一言は、ずしりと3人の胸にのしかかる。
3人は3人ともエルザは良いリーダーだと思う。実際にチームを組んでみてそうなのだから間違いはない。
その反面、容赦の無さも知っている。古いもので言うとエルザがチームメンバーを探し回っていた時期。
もちろんその時点でエルザの名前はある程度知れている。チームメンバーを探していると早い段階で噂が出回ったこともあり、野心溢れる者や、腕に覚えのある者は、勝てばチーム入れろ。という条件でエルザに勝負を吹っ掛けた。
結果は全て惨敗。エルザが強いのもあるが、一切の手加減なく完膚なきまでに叩き潰した後には必ず
弱いだけの奴はいらん。と言葉でとどめを刺していた。
そのセリフは今になれば意味合いを理解できる。
次にチーム入隊を賭けた、仮想空間での模擬戦闘。
グスタフは実際に足を切り飛ばされ、カナンは受け身すらとれないようにアスファルトに叩きつけられた。
現実ならまず大けがどころではかったグスタフと、確実に骨の2、3本はイっていたカナン。最悪頸椎損傷で半身不随になるかもしれない。
マナミアもエルザを落とせる可能性があったダイナマイトによる爆破はできなかった。
仮想空間であれど、そんなレベルの攻撃を躊躇なく繰り出せることには畏怖を覚える。
最後に現実世界での演習。
3人のレベルに合わせて強さや立ち回りを調整していてなお、骨が折れてもおかしくない打撃や、
カナンに至っては石の散弾をまともに腹に食らっている。内臓が破裂してもおかしくない。
カナンは今でも青あざが残っているのは他の皆には内緒にしているが。
エルザは強く優しく賢く頼れるリーダーである。
今もこうして高級品の酒を惜しげもなく振る舞い、メンバーを労って、成長する為の機会をこれでもかと用意している。
だからこそ今のタイミングで思ってしまったのだ、結果が出ない場合は何を言われるのかと。
「今日のところは解散。2日間のオフを設けた後は、各自俺と2人で任務に出てもらう。詳細は追って連絡する」
グスタフ、カナン、マナミアの顔が様々な意味で引き締まったことを確認したエルザは、これ以上言うことはないといわんばかりに反省会兼飲み会を閉会した。
(全員がそこまで思い至ったなら僥倖。酒くらい安いもんさ)
自室を後にする3人の背中を見てエルザは思う。
そう思うように半年前から種を播いた。勝負を挑んでくるめんどくさいだけの奴らに毎回同じセリフを吐いたのがそれだ。演習ではその面ももちろんあるが、手ぬるいことをする意味もないという面もあった。
エルザは、人心掌握や相手の思考を読み取ることにかけては天才といえるセンスを持っていた。
それが半年前からの行動を可能としたのだ。
エルザ自身、その自覚はある。自覚をしたうえで仲間に悪用することは禁じ手として己に誓っている。
エルザはただ願う。まだ絶望を知らぬ若き才能が潰れてしまわないようにと。
「やっぱうめぇな」
わずかに残ったビールを流し込んだエルザは、再度PCに向かい合う。
色々と整理したいものがある、リーダーとしての仕事はもうしばらくかかりそうだ。
2日かけて今後のスケジュールを計画したエルザは、次なる任務を控えたその前日にマナミアを自室に呼び出していた。
計画自体はいたってシンプル。
明日から3日連続で、マナミア、カナン、グスタフの順で任務をこなしていく。
エルザとの2人組であるということがミソである。
それぞれの適正や戦闘スタイルに合わせて、より細かい部分で立ち回ることでより戦術への理解を深めさせることが目的だ。
その第一弾がマナミアである。
「言ってた通り、明日からは俺と2人組で任務にあたってもらう」
「言ってたね。でも私だけなのはなんで?」
デスクの椅子に座るエルザと、ベッドに腰掛けるマナミア。
呼び出すなら全員のほうが効率的なのでは?と眼で問いかけられたエルザは早速本題に入る。
「グスタフとカナンは戦場で教えていくが、マナミアに関しては戦いが始まる前から準備しておく必要がある立場にある。つまりはオペレーターとしての経験を積ませたい」
「なるほど」
「狙いはもう一つあって、このアセンションにはオペレーターを担える人材が極端に少ない。ゆえに明確化されたマニュアルがないのが現状だ。だからマナミアを成功例として報告したい。」
「・・・。報告するのはなんで?」
「裏事情的な話にはなるが、設備購入の時にどこにどう使うかというのもポイントになってくる。このご時世資材は有限だからな。だからマナミアを成功例としてチームの設備拡張を推し進めていきたいというのが俺の考えだ」
「なるほどね。わかった」
(やっぱりマナミアへはこういう言い回しの方がいいな)
この場で改めて一対一の話し合いをしてエルザはマナミアの性格と判断基準を把握する。
マナミアはチーム内で一番頭が良い。知能指数が高いというのが正確な表現である。
大抵のことは理解した上で答え合わせの意味で質問をしてきている。
加えてマナミアは効率的、合理的であるかどうかという判断基準を持っている。
先ほど、グスタフとカナンを呼んでいないのはなぜかと問うたのもここの起因するものだ。
であれば、説明するにしても納得させるにしても、効率的、合理的な部分を押し出すことが早い。
オペレーターという役職の性質上、この点も重要になってくる。
戦場では時に非情な判断を下さねばならないときもある。一人を犠牲にチームを生還させるなど。
心を殺せとまでは言えないが、やはり最適解を叩き出せるのは、効率と合理を重視する感覚である。
「ということで、今回の演習の中身は任務を知るところから始めて、限られた人員の中で遂行できるだけのプランを立案し共有。実戦の中で適宜修正をかけつつ、戦闘員に的確な指示を飛ばすことだ」
「うん」
「そんで、あまり時間がないが任務完了までの期日は明日の夜までとする。詳細はマナミアのメールに転送してあるから確認してくれ。ちなみに俺はまともに中身を見ていない」
「分かった。じゃあ準備してくるね」
流石は効率重視のマナミア。
自身のやるべきことを把握したうえで、質問する事すら今回の件に関してはしない方が良いと判断したのだろう。
早速エルザの部屋を去っていった。
(メールの中身で驚くかもな)
マナミアが説明を求めなかったためあえて言わなかったが、任務の中身はエルザへの指名任務であった。
指名任務とはその名のとおり、アセンションから個人へ直接依頼される任務の事。
その中身は多岐に渡る。表題を見て霊魔討伐だと判断できたためマナミアに投げたが。
「特級でないことだけ祈ろう」
唯一の懸念は討伐対象の階級である。
リーダーであるエルザに指名任務が来た以上、下級霊魔討伐ということはまずありえない。
であれば必然的に、上級か特級かのどちらかになる。
確率は2分の1だと祈るエルザだが、特級と戦える強さは持っている。
ただ純粋に戦いたくないのだ。あのいくつ命があっても安心できないような敵とは。
【明日10:00に出撃ゲートに集合。詳細はそこで】
【了解】
電子端末にマナミアからのメッセージが入る。
明日が少し憂鬱になったエルザであった。
念入りに装備の手入れを行った翌日。
いつもより気合の入ったエルザが慣れたアセンションリング外の住人からの視線を感じつつ出撃ゲートを目指していた。
目線の先にはすでに自分たちのハンヴィーがスタンバイしていた。
時刻は9時45分。定刻より15分早いがマナミアは既に行動していたようだ。
エルザの接近に気づいたのだろう。運転席からマナミアが下りてきた。
「おはよ」
「おはよう。準備がいいな」
「エルザなら15分前にはくるだろうと思ってた」
「やるな」
やりとりをしながらエルザはわしゃわしゃとマナミアの頭を撫でてやる。
えへへとはにかむマナミアは非常に可愛いらしい。
これが見たいために頭をなでていることはエルザは否定しない。あと撫でやすい位置に頭があるのも悪い
「じゃあ移動しよ。ちょっと遠いから詳細は走りながら話すね」
「了解だ」
今回の指揮権はマナミアが持っている。それは双方承知していることで、エルザもよほどのことが無い限り口を出さないと決めている。
マナミアは運転席に、エルザは助手席に乗り込んだ。
雄々しいエンジン音と共に2人を乗せたハンヴィーはアーコロジーの外へと飛び出していった。
「ブリーフィングをするね。今回の指名任務の討伐対象は上級霊魔1体。場所はここから25km先の森林地帯」
(上級か、一安心だ)
特級と戦うつもりでいたエルザは気づかれないように安堵する。
「該当霊魔を発見したのは資材回収をしていた小隊なんだけど、発見っていうと少し語弊があるかな」
「どういうことだ?」
「資材回収に向かった小隊は5人で生還したのは1人なの。でもその1人も霊魔の姿を見ていないって報告がされてるの」
「ほぉ・・・?死体も無しか?」
「うん。見つかってない。でも観測レーダーではしっかりと霊魔の反応があるっていう状況なの」
「なるほどなぁ」
相槌を打ったエルザだが、特に何かが分かったわけではない。
「状況が不透明なのと余計な被害を生まない為に単騎での討伐をアセンションは指針としたみたいだね
それと該当霊魔は森林地帯から動かないことから得物を待ち伏せる知能を有している可能性があるっていう補足もあったね」
最後の方は言い切りにならないのは、アセンションから提供された情報であることとマナミア自身に霊魔に対する知識と経験が足りていないからだろう。
だがマナミアの内面を鑑みれば必要であるだろうから伝えているということなのだろう。
数を投入するリスクが高いため、エルザに指名任務が来た。それだけの話であろう。
ここ最近は指名任務がなかったエルザにあとはお任せ。といった構図だろうか。
(厄介な案件だから報酬も良さそうだし)
このレベルの任務であれば過去いくつもこなしてきたエルザにとってさほど脅威を感じない。
かといって油断していいわけでもないが。
ハンヴィーは問題なく走行していき、周囲の景色も人工物から自然が目立つようになってきた。
「話は変わるが、マナミアは今後投資していく設備は何がいいと思う?」
「個人的にはマシンウォーリアとドローンの拡張パーツかな。あとは支援要請用のマーカー」
「まぁそんなとこだよなー」
「オペレーター育成の実績ができたらオペレーションルームも欲しいなー」
「わかるー」
エルザとマナミアのビジョンは非常に似ている。
現状オペレーターごとハンヴィーで移動しているため、有事の際は連携が乱れる可能性が高い。
最終的にはマナミアはアセンションから指示を飛ばし、マシンウォーリア等を操作するのが理想的である。
(そこを目指すんだったら、もう一人人材がいるな)
エルザ、グスタフ、カナンの3人でハンヴィーを運用しながらだと、どうにも人手不足を感じてしまう。
マナミアレベルは要求しないが、ある程度機械に強く戦闘もこなせる人材がいればチームとして円滑にすすんでいくだろう。
そんな人材そうそう見つかるわけもないが。
(目先としては設備の拡充だな)
指名任務の報酬相場を思い出し、予算組みをするエルザ。
今度グスタフとカナンにも欲しいものを聞いておくことを頭の片隅においた。
「もうそろそろだよ」
武装の最終チェックをしているエルザにマナミアが声をかける。
エルザが顔を上げると鬱蒼とした森が目の前に広がっていた。
標高は600mほどでそう高くはないが、木々の一つ一つが盛大に育っている為膨張してみえる。
人の管理を離れた自然がそこにはあった。
「情報の通りずっとここに留まっているみたいだね」
車内の観測レーダーを確認するのはマナミア。
今回の頭脳は彼女である。だからエルザは指示を待つ。
「まずは情報収集だよ。交戦じゃなくて偵察を行う事」
「了解だ」
「エルザと私のマシンウォーリア2機で3方向に展開。霊魔を確認したら一旦下がること。エルザの場合、霊魔を抑えられるなら戦闘に入ってもいいよ」
「あぁ」
「作戦の指針は以上。じゃインカムつけて」
マナミアの指示を記憶したエルザはインカムを装着してハンヴィーから降りる。
それにマシンウォーリア2機も続く。
【状況開始】
インカム越しにマナミアが作戦開始の合図を告げる。
機敏な動きでマシンウォーリア2機が森の中へ侵入していく。
エルザもそれに続く。
森の中は薄暗く昼時にも関わらず少し肌寒い。
湿度も高く地面や飛び出している岩が湿って足場も悪い。
山道などという優しい道ではなく、まさに獣道。進めど進めど上りの傾斜が続く。
マシンウォーリアたちは既に散開しておりエルザは一人警戒しながら歩みを進めていく。
(音もなく消えた4人の霊魔殲滅師か。レベルが低かったのか、霊魔が想定以上に厄介なのか・・・。)
マナミアからのブリーフィングを頭の中で振り返る。
痕跡が見つからないというのが最大の難所であることは明白。
遺体がないことも踏まえると、連れ去られたという可能性が高くなる。
1人だけ生還したのも新たな贄を呼び込むための作戦かもしれない。
計画性が垣間見える時点で上級霊魔としてはかなり高レベルな位置づけだろう。
「動きはあるか」
【今のところ何もないよ】
索敵中のマシンウォーリア2機も収穫はない。
(長期戦となれば、こちらが消耗していく一方だ。マシンウォーリア2機も活動時間に限りがある。俺自身も集中力が満たされているこの時間で少なくとも接敵しておきたい)
「マナミア。現場判断での提案だ。多少のリスクはあるが、俺が霊気を広範囲に展開して揺さぶりをかけたい。許可をくれ」
こういった場合の対処方法の一つとして、霊気で釣り出すというものがある。
高確率で霊魔になんらかの動きを起こさせることができるが、反面アクティブになった霊魔が強襲してくる可能性もある。
格上が強襲してきた場合はたまったものではないが、エルザは経験から今回の霊魔は己より格下であると判断した。
【いいよ】
一拍置いた後マナミアから短い返事があった。
「了解」
マナミアも長期戦は避けたいという考えがあるのは想像に難くない。
指揮官から許可を得たエルザは即座に行動に移す。
両腕を左右に大きく広げ霊気を展開。薄暗い空間でなお闇夜のような黒さがエルザを覆っていく。
そこから緻密なコントロールで掌に霊気を収束させていく。
一個所に固められた霊気は膨張していき、巨大な球体を形成する。
霊気で霊魔を釣り出すことのデメリットは霊気消費が大きいことも挙げられる。
効果範囲を広げるほど、消費が大きくなるのはもちろんだが、消費した直後に戦闘になると不利な状態から立ち回らなければならなくなる。
故に基本的には複数人で行動しているときがリスク低減になるが、細かいことは言ってられない。
(さてどうなる)
エルザは膨張し肥大化した己の霊気を開放する。
開放された霊魔はまるで波のように360度に広がっていく。
半径1kmを対象範囲とした霊気の波はさらに空間を暗くする。
音もなく物理的な衝撃もなく拡散した霊気はしばらく揺蕩っていたが、徐々に薄くなりやがて消えた。
【今何か通り過ぎていった気がするっ!】
マナミアが声を荒げ、にわかに緊張が走る。
「どっちだッ」
【エルザの右手側!】
「マナミア。少しの間喋るなよ」
エルザは体を右へ90度向け臨戦態勢をとり、霊気を鼓膜に展開し集音性能を向上させた。
空気の流れる音や葉がこすれる音など、普段であれば絶対に聞こえることのない音たちがエルザの聴覚を満たす。
この状態でインカムから音が漏れると鼓膜がお釈迦になるため、マナミアには喋らないように伝えた。
ありとあらゆる音が聞こえているため、情報過多にはなるが、だからこそ不自然な音はかなり目立つ。
ずり・・・すり・・・
(・・・?)
今の状態にあってなお聞き逃しそうなほどに小さなノイズをエルザが捉える。
意識的にそのノイズを拾っていくと、自身の周囲から聞こえてくることに気づく。
(すでに囲まれているのか・・・!)
エルザとて慢心している自覚はない。ここまで容易に接近を許したのはかなり久しぶりのことだ。
先のチームが壊滅したのも頷けてしまう。
鼓膜に展開した霊気を解除したエルザは、どこから襲撃されてもいいようにしきりに首を振って辺りを観察する。
「こちらエルザ、霊魔に囲まれている。余剰戦力を回してほしい」
【了解。哨戒用に1機残したいから、1機を援護に向かわせるね】
「助かる」
状況はあっという間に悪くなった。
霊魔に補足され、対するエルザ、マナミアは相手の姿すらまともに視認できていない。
ステルス性に長けた敵を前にして有効打を模索するも良い案が浮かばない。
(その辺全部切り飛ばすか・・・?)
この森の地形が霊魔に有利に働きすぎている。であれば更地に変えてしまえば地の利は平等にすることができる。
【援軍到着だよ】
エルザが逡巡していると、犬型マシンウォーリアが木々の間を駆け抜けてきた。
(そういやこいつって救助活動も想定してたよな)
久しぶりに間近でそれを見たエルザの脳は、初実戦の時にマナミアが言ったセリフを思い出した。
「こいつってサーチライトみたいな機能もあるのか?」
【あるよ】
「多機能って素晴らしいな。周囲を照らしてくれ」
なぜ他の霊魔討伐士は導入を渋っているのか。と疑問に思うエルザ。
普段はグリーンに光っている犬型マシンウォーリアの眼がパッとさながら車のハイビームに切り替わる。
お座りの状態のまま首を振って光を当てていく様子は、どこか愛くるしさを演出している。
「待て。今のところ映してくれ」
ライトが次の場所を映しかけたその端に妙なものが映り込んだ。
「そう。そこだ」
ライトが照らすのは木と木の間。枝と枝が交差する場所。
「なんだ・・・?」
薄暗い空間のせいで境界が曖昧だが、チューブのようなものが枝から枝へと渡っている。
木々のように自然なうねりがなく、一本に見えたのがエルザが抱いた違和感だ。
その見た目と雰囲気から霊魔の一部であることは特定できるが、全体像がわからない。
【高い隠密性と形状、前回の報告内容を照らし合わせると霊魔の正体は___】
マナミアが即座に情報統合を行い、霊魔のベースとなる生物を突き止めかけた瞬間。
ギュンッ!とチューブが加速した。
その勢いで木々の葉がこする音が大きくなる。
それに合わせるような形でエルザの思考も加速する。
(今見てるのは明らかに頭部じゃない。てことは後ろだろ!)
数々の経験と持ち前の柔軟さで体制を崩すことなく真後ろを振り返ったエルザは、
「やっば」
眼前で大口を開けて迫りくる霊魔のそのサイズに面食らう。
縦に割けた口には黒い歯がびっしりと生えており、人ひとりを丸のみしてなお余裕があるほどに開かれている。チューブのように見えていたのは尻尾の部分だろう。
手足はなく、這うという移動を行うその霊魔はすさまじいスピードでエルザを食らわんとしていた。
その正体は蛇。しかも特大サイズ。
【エルザ!】
マナミアが叫ぶも時すでに遅し。
エルザの姿は霊魔によって連れ去られ見えなくなっていた。
「焦るな!マシンウォーリア2機で追跡しろ!」
最悪を想像したのは一瞬。
回避不可能と判断したエルザは小太刀を抜刀。霊魔の上顎に突き立て、下顎に霊気を展開した脚で乗り丸呑みにされるのをギリギリ耐えていた。
新人が指示を飛ばすのは無理な状況である。とも判断したエルザは今回の趣旨は置いておくことにした。
(簡単には抜けれないか)
霊魔は木々が生い茂る自然の中をかなりのスピードで這って進んでいる。
視界は真っ黒で周囲の様子はわからないが、背中に受ける風圧で感じ取ることができる。
おまけに霊魔も顎に入れる力を強くしてきているため、下手に動くと黒い歯の餌食になりかねない。
(前回部隊もこうやって仕留めたんだろうな)
静穏性の高さからくる隠密性で一人一人呑み込んでいったのだろう。
元来の蛇にはない歯で咀嚼でもしたか。
霊魔にとって霊気はエネルギー源そのものである。
霊魔は放っておいても消滅することはないが、霊気を持った存在を食らうことでさらなる脅威になると判明している。
隙だらけの霊魔討伐士など、格好のエサであろう。
「生き残りの顔は知らんが仇は取らせてもらう・・!」
情に厚い側面もあるエルザは、わけもわからず死んでいった者たちと残された者を想像しふつふつと怒りを見せる。
エルザの真骨頂は小太刀や人心掌握ではなく、自在な霊気操作である。
(まずはこいつの動きを止める)
既に小太刀と両足に展開した霊気を操作する。
両足の霊気を帯状に伸ばし、霊魔の下顎と自身を固定したエルザは、次に小太刀の霊気を操作。
まるで人間の手のように形成し霊魔の上顎を押し返す。
最所は拮抗した力であったが、エルザが霊気の出力をあげたことにより、徐々に上顎が上へ開かれていく。
パワーバランスが傾き片腕が使えるようになったエルザは後ろ腰の拳銃で霊魔の口内から体内へ向けて霊気の弾を撃ち込む。
それなりのダメージが入ったのか、悶えるようにうねる霊魔だが、さすが上級というべきかスピードと力は落ちない。
「もらい続けるのも癪だろ?」
2発3発と発砲するエルザは霊魔を煽っていた。
それが通じたのか今まで存在感のなかった霊魔の舌がエルザの腹部めがけて刺突の如き勢いで繰り出された。
「お前にできるのはこんくらいだろ」
人心掌握の延長線である行動予測はエルザの得意とするところである。
舌による攻撃を予測していたエルザは、霊気を腹部に展開してノーダメージで受け止めた。
さらにそこから霊気を剣山状に操作。複数の細い針が霊魔の舌を貫通する。
流石にこれは堪えたのかエルザにかかる力が急激に弱まった。
その隙を見逃すエルザではなく、即座に上顎と下顎を小太刀で切り落とし見事に脱出を成功させる。
スピードによる衝撃は地面を転がることで殺したエルザは右手に小太刀、左手に拳銃という構えをとる。
「で?ステルスに特化したお前が正面から戦う術があるのか?」
エルザを強襲してから今までの流れはすべて裏をかく攻撃が全てであった。
一手一手の攻撃力は低いが、無防備な相手に浴びせることでダメージが期待できるものだ。
悶えのたうち回る霊魔に下手に近づくことはしないエルザ。
これがアナコンダだとか生き物であるならばさっさと脳天を一突きして仕留めるところであるが、相手は未知の部分が多い存在。
隠し玉の1つや2つあると想定するべきだ。
ここでようやく霊魔の全体像が見える。
「ほんとバカみたいなサイズだな」
エルザの視界に収まっているのは頭部と首にあたる部分だけだ。胴体と尻尾については森の中へと伸びており終点が分からない。
【エルザ大丈夫!?】
油断なく構えるエルザの両脇に犬型マシンウォーリアが到着した。
(銃声を追えたようだな)
そう指示をするかどうかで結局しないことにしたエルザであったが、追跡を完遂させたマナミアを内心褒めていた。
初見の状況の中で手掛かりを取りこぼさない力はオペレーターにとって必要不可欠である。
「大丈夫、無傷だ」
【流石だね】
「人間なれるもんさ。さて、とっちらかってしまったがマナミア。こっからどうするか指示をくれ」
エルザは流れてしまっていた今回の趣旨を戻し、マナミアに指揮権を渡す。
【一番手は研究材料としてこの場で無力化。拘束することなんだけど、できそう?】
「可能だ。こっちの方が報酬も上乗せされるし、それでいこう」
【了解。回収班は手配するね】
「なるべく早く来るように伝えてくれ。結構霊気を無駄遣いしちまった」
【わかった】
索敵時の消耗が無視できない。感覚的にまだ余裕はあるが、回収班の到着が遅れると霊気が足りなくなる可能性がある。
(欠乏症にはなりたくないしな)
「さて、お前に這う以外の移動手段はないだろ」
エルザは霊気を展開したままの小太刀をそのまま地面に突き刺した。
すると少し間が空いて、ザクッ!!と地面から槍状の霊気がいくつも飛び出し霊魔を貫き中空へ固定する。
【こんなこともできるんだね】
「霊気を応用することを忘れるな。だ」
どうしても一度に霊魔の全身を固定することはできないため、数回にわけて同様の作業を完了させたエルザは念のためひも状の霊気を数本生成し、木と霊魔を繋いでおいた。
【エルザは休んでて。私は記録用の映像とか撮るから】
「了解」
大して疲れていないエルザであるが、もうやることもないのも事実。
あとはマナミアに任せることにし、手近な木を背もたれにして座ることにした。
回収班が到着したのはそれから20分後であった。
現場引継ぎを手短に済ませたエルザは、マナミアの運転するハンヴィーでアーコロジーへと帰投した。
「へぇ。報告書ってこんな感じでいいんだね」
「お?簡単に作れる感じ?」
「うん。これくらいであれば」
「まじか、助けて」
「もちろん!」
指名任務完了後、エルザはマナミアを連れて自室で事務処理を行っていた。
まずは書類作成の流れを見せたところで、エルザにとって希望の星が現れた。
エルザとて事務所処理が苦手というわけではないが、面倒なものは面倒である。
まっとうな理由としては、グスタフ、カナン、マナミアの教育に時間を作りたい。
いっそのことマナミアに丸投げしてしまいたい気持ちもあるが、リーダーとして全体の流れは常に把握しておきたいため、まだしばらくは自身がポストをしようと思うエルザであった。
ゆくゆくは任務の受注から細かい管理までマナミアに一任できる環境を作ろう。とエルザは新たな目標も定めた。
「あとはこのデータをアセンションビルの事務局に送ったら任務完了の処理がされて、報酬が振り込まれるって流れだな」
「分かった。ちなみに指名任務の相場ってどのくらいなの?」
「難易度にもよるから一概に言えないが・・・。今回のは500万~600万ってところだろうな」
「えぇっ!?普通のと桁が一個違うんだね」
「それだけ厄介な案件ってことだな。現に4人は殉職してるわけだし」
「・・・。なんでエルザってそんなに強いの?リーダ権限が付与されたのは半年より少し前くらいでしょ?」
「まぁ一般に比べて経験だけは多いんだよ。強いというよりかは対応できる幅が広いってだけだ」
「強いことに変わりはないもん」
「お前らもその内俺に肩を並べるさ。それに強さにはいろんな形があるから自分自身の方向を見失うなよ」
むむむ。となにやら考え込み始めたマナミアの頭をわしゃわしゃと撫でるエルザの表情は柔和である。
「よし。今回の仕事はこれで終わりだ。あとはカナンとグスタフの個別任務があるから、オフでと考えてたんだが、これにも同行してくれないか」
「行きたいと思ってたから行く」
「助かる。日時が決まったら連絡する」
「わかった」
滑らかな会話が終わり、マナミアを見送ったエルザは、自身のPC内にあるメールボックスを開く。
時折アセンションビルから機密性の高いメールが入ることもあるため、不用意にチームメンバーにさえ見せないようにしている。
「おっ。案件来てるね。ちょうどいい」
受信ボックスには新着が2件。どちらも霊魔討伐依頼だ。
指名任務ではなく、チームで対応する通常任務である。
内容は下級霊魔の討伐で、チーム初実戦の任務内容と同様の難易度である。
「カナンからやるか」
順番はどちらでもよいため、なんとなくでカナンの個別任務から先にやることにしたエルザは、早速カナンに自室に来るようにメッセージを飛ばす。
ちょうどカナンも手が空いていたようで、10分もしないうちにノックの音がした。
「あーい」
「お邪魔するわ」
「なんか久しぶりな感じだな」
「そうかしら。でも3日ぶりね」
「まぁそこ座りな」
「ありがとう」
前回と同様にベットにカナンを座らせたエルザは、カナンが来るまでに準備を済ませたブリーフィング用の書類を渡した。
本来であれば新人に向けたやり方はこうであるが、マナミアは育成のベクトルが違うため、段階を上げただけに過ぎない。
「3日前に話してた通り、明日は俺とカナンで任務をこなす。マナミアも同行させるが運転をするだけだ。インカムとかで干渉もしない」
「今日の任務はどうだったの?」
「上手くいったよ。マナミアには将来的にオペレーターとかチーム運営の管理を一任させたいくらいにな」
「それは凄いわね。流石マナミアだわ」
「もちろんカナンにも期待してるぜ。全レンジ対応の万能シューターをな」
「えぇ。任せなさい」
(少し気持ちが変わったのかな・・・?)
違和感というほどではないが、少し前のカナンと比べて発言するワードが強気になった気がする。
もちろんいいことである。
切磋琢磨という言葉のように、仲間の活躍がモチベーションに繋がるという環境は素晴らしい。
改めて、仲間に恵まれているなと思うエルザ。
「よし。じゃあ明日の個別任務の中身だが、俺は丸腰で行く」
「・・・はい?」
(カナンがここまで困惑するのは珍しいな。面白いな)
ぽかんとあほ面になったカナンの写真を撮りたいエルザであるが、そんなことをすれば明日背中を撃たれそうなのでやめておく。
「想定する事態としては、何らかの理由やアクシデントにより戦闘能力を失った人員を狙撃ポイントまで誘導し救助するというものだ。だから俺も明日は何の準備もしないし、霊魔から逃げるだけに徹する。お分かり?」
「理解したわ。最後ムカついたけど」
「おっと。明日銃口を向けるのは霊魔だけにしてくれよジェニファー」
「誰よその女」
「軽口はこの辺して。まじめな話、お前の誘導指示一つで生かすか死なすかが決まる。俺だからと言って手を抜くことは許さん。いいな」
「分かってるわ、どんな状況でも生かして帰す」
さっきまであほ面をさらしていたとは思えないほど、凛とした表情のカナンを見て、これ以上喋ることはないと判断するエルザ。
「明日は17:00に出撃ゲートに集合。じゃ解散」
いつもより遅い時間からの任務がどう影響するのか。という情報はあえて伝えないことにしたエルザは、
綺麗な姿勢で歩いていくカナンを無言で見送った。
翌日。時刻は16:30。
全体集合よりも早めに出撃ゲートで合流したのはエルザとマナミアであった。
「今日の内容を伝えようと思って早めに来てもらった。悪いな」
「ううん。全然良いよ」
「今回マナミアにやってもらうことは、運転と戦闘記録。それと報告書の作成だ。逆にオペレーションとか戦闘に干渉することは一切しないでほしい」
「わかった」
「もしかすると、口出ししたほうがいい状況になるかもしれないが、それでも何もするな。唯一教えて欲しいのは予想外の霊魔が戦闘区域に現れた時のみ」
「危険度高くない?」
「まぁ高いな。というかそれが今回の目的だしそれでいい。現状、俺とグスタフで前衛としての戦力は十分だから、カナンには柔軟なポジションチェンジの感覚も掴んで欲しいってのもある」
「ほぇー。色々考えてるんだね」
「お前らの成長速度が速いから意外と楽しいんだなこれが」
「今の言葉、後でみんなに言っとこ」
「あぁそうしてくれ」
二人は気楽に会話を進める。
今回鍵を握るのはカナンの状況把握能力と指示能力。
つまりはエルザとマナミアにこれといってプレッシャーはない。
(あとは出たとこ勝負だな)
事前に教えておくことや打ち合わせておくことはいくつかあるが、エルザはあえてそれらをしない。
何もかもを教えていると対応力はつくが、学習能力が磨かれない。それは好ましくない。
チームではあるが各個人で依頼をこなしていき、資金調達の効率を上げていく構想もあるエルザとしては
不安なく送り出せる実力をつけてもらいたいところである。
「あら、二人とも早いわね。待たせて悪かったわ」
エルザとマナミアが各々時間を潰し始めた頃合いで、ガンケースを片手にカナンが出撃ゲートに到着した
「気にするな。時間に遅れたわけじゃないだろ?」
「うんうん」
「それでもよ。言ってくれたら合わせたわ」
「別個で事前打ち合わせをすることもあるから、あまり気にしないでくれると助かる」
「うんうん」
「えぇ・・・・。分かったわ気にしないでおく」
出撃前の他愛のない会話は、リラックス効果もあり、チームのチューニング効果ももたらす。
話題はなんでもいい。とにかく言葉を交わすことが肝心なのだ。
「よし。早速出発だ。マナミア運転宜しく」
「お願いね」
「了解っ」
時刻は16:50。予定通りにエルザ、カナン、マナミアはハンヴィーで目的地へと出発した。
目的地まではハンヴィーで約30分の道のりだ。
武装がないと手持無沙汰だなぁ。とエルザは退屈を感じながらも、車内で再度ブリーフィングを済ませた。
なんてことの無い会話が流れていく車内の雰囲気は和やかであった。
そのおかげで退屈も紛れ、体感時間は早く目的に到着した。
「頼むぜカナン。間違っても俺を撃たないでくれよ」
「もしそうなってもどうせ当たらないでしょ」
「不意にくる狙撃は無理ですが・・・」
「これでも銃撃の腕には自信があるから大丈夫よ」
下車した二人は手早く任務の準備を進めていく。
エルザは準備運動。カナンは狙撃銃を組み立てる。
今回の作戦区域はあまり荒廃が進んでいない入り江。敷かれたアスファルトの道路から見下ろせるスポットで沈んでいく夕日がとてもきれいに映えている。
背後を振り返ると傾斜面に集落だったであろう民家が並んでいる。
人間と自然が共存していたであろう空間がそこにあった。
「こんな世界じゃなけりゃ、デート気分だったのかね」
「そんなこと言うのね。意外だわ」
「この景色見ればな・・・」
「ふふ。そうね」
眼を細め夕日に染まる水平線を見つめるエルザとその横顔を盗み見るカナン。
チーム内で精神年齢が高い二人の会話は潮風に流れていく。
短い時間であるが感傷に浸ったエルザは、ふっと短く息を吐き気持ちを切り替える。
「さて、始めようか」
先ほどレーダーで確認した限り、霊魔はここから2km離れた地点に1体。おそらく下級。
エルザにとって逃げ隠れするだけとはいえ、特に問題はない相手である。
耳にインカムは装着しているが、マナミアの回線はオフラインにしており、マナミアへは聞こえるが、マナミアの声はエルザとカナンには聞こえないようになっている。
「カナン。打ち合わせ通りだ。今から5分の猶予を与える。そのうちに狙撃ポイントの決定を行え。それからは俺のインカムが入るまでは待機。いいな」
「了解」
「よし。状況開始」
エルザの最終指示を聞いたカナンは霊気を展開。背後に広がる集落の方へ駆けていった。
集落もそうだが、小高い丘や林になっている場所も点在しているため、狙撃にそこまで詳しいわけではないエルザにはカナンが陣取るであろうポイントは検討がつかない。
(俺が考えてもしょうがない)
銃撃はカナンの領域だ。エルザはとやかく言うつもりはない。
視線を水平線に戻したエルザは脚部に霊気を展開して跳躍。眼下に広がる入り江に飛び降りた。
砂地の部分は想像していたより硬く、足場にするにはそこまで障害にならない。
何度か足元の感触を確かめたエルザは、上体のみをハンヴィーに振り向け、拳を掲げる。
それを視認したであろうマナミアがハンヴィーを動かし、その場から離れていく。
今回の趣旨に沿った動きである。
いつもの癖で腰やマントの中を気にしてしまうエルザであるが、今は丸腰。小太刀はもちろん投擲用ナイフも後ろ腰の拳銃もすべてアセンションリングの自室に置いてきている。
(この景色いいな。気に入った)
誰の視線もないことを肌で感じ取ったエルザは、もう一度だけ目の前の風景に浸っていた。
水平線の向こうでは太陽が3分の1ほど顔を覗かせており、ゆっくりとだが確実に沈んでいっている。
エルザの体内時計で約5分が経過した頃合いで、太陽は沈み夕暮れから日没へと姿を変える。
陽光の力が徐々に弱まり、暗さが強調されていく。
(さて。状況開始だッ)
一人和んでいたエルザは一転、気持ちを戦闘モードに切り替える。
サッカーボールほどのサイズに形成、圧縮した霊気を花火が如く頭上に打ち上げる。
ドンッ。
空中に打ち上げられた霊気は軽い炸裂とともに爆ぜた。
とても花火とは呼べない代物であるが、作戦開始の意図は伝わっただろう。
それに霊気を撒き散らすことの効果はマナミアとの個人任務で確認済み。
「来やがったな」
案の定呼応した霊魔が、入り江を囲っている林を抜けて先ほどのエルザと同じように着地した。
獅子。
そう表現するのがピッタリなほど姿かたちが酷似していた。
強靭な四肢に爪、王者の風格すらあるたてがみ、鞭のようにしなる尻尾、得物を嚙み砕く顎と牙。
本物と違うとすればそのサイズであろう。非常に大きい。
目測で6mはある全長と3mはある全高。
見上げなければ全体すら視界に入れられないほどの巨躯。
どの一撃をとってもまともに食らえば試合終了になる力を内包した獅子型の霊魔がそこにいた。
「上級じゃねぇか」
数々の霊魔と交戦した経験から上級霊魔であるとエルザは判断する。
事前情報では下級と聞いていたが、この短期間で上級へと昇華したのだろう。
現場ではよくあること。で片づけるのもどうかと思うが、アーコロジー側で常にすべての霊魔を観測しているわけではない。優先順位がある。そこはエルザも重々理解している。
(よし。状況開始だ)
このアクシデントすら今回の演習に組み込んだエルザはインカムに向かって吠える。
「こちらエルザッ!想定外の霊魔と接敵した!撃退するだけの武装がないッ。誰か救助に___」
張り上げたエルザの声は、霊魔の腕の一振りでかき消される。
「ぐっ!?」
通常であれば問題なく対処できるそれを、エルザはあえて食らう。
バチィッ!!
痛烈なはじき音とともに、エルザは超スピードで林の中へ吹き飛んでいく。
その過程で何本かの木に激突し、その全てがへし折れていった。
(重っ・・・)
霊気を展開して防御したのにこの威力。
無傷で済んでいるのはさすがの一言だが、もし素のまま食らえば挽肉になることだろう。
【こちらカナン!狙撃ポイントに到着。聞こえてるかしら!?】
今の一部始終は視認していたのだろう。インカムから安否を問うカナンの焦った声が聞こえてきた。
「あぁ。だが今ので方向感覚を見失った。そっちから俺を視認できるか!?」
【木が邪魔で見えな____ッ!そっちに霊魔が向かったわ!!】
「クソッ!どうすればいい!?」
【落ちついて。霊魔が来た方向に進めば浜地に出れる。そこで私が仕留めるわ】
「り、了解」
(冷静だな。流石クールビューティー)
インカムでカナンが飛ばした指示はエルザに対するものとしては完璧だった。
これがグスタフやマナミアであれば話は変わってくるが、単騎で上級霊魔を狩れるレベルであれば、霊魔の攻撃を掻い潜って進むことができる。
(じゃあ第二フェーズといこうか)
その巨体で木々をなぎ倒しながら霊魔がエルザを補足する。
「こちらエルザ。再度霊魔と接敵。指示通り浜地に向かう」
【了解。無事を祈ってるわ】
通信を終了したエルザは、腰を落としいつでも動けるような姿勢を作る。
霊魔はエルザを追ってきた勢いそのままに、強靭な顎での噛みつきを繰り出してくる。
それを横に飛んで回避したエルザは、すかさず着地と同時に疾走。
霊魔を脇目に逃走を開始する。
だが霊魔の反応も早い。視野角的にエルザは見えないはずだが前足で薙ぎ払う動きを見せる。
精度はないが、もともと図体が大きいため雑な大振りでも当てることが出来る。
戦闘において体のサイズは大きいだけでアドバンテージを生む。
背後から迫りくる太い腕を飛び越えることは不可能。そう判断したエルザは霊魔の胴体の下に潜り込む。
獅子型である霊魔の身体の構造であれば、この空間は安全地帯となる。
ブオンッ!と風切り音とともに腕が通り過ぎっていったあとには、地面に落ちていた枝や落ち葉がきれいさっぱり無くなり地面が剥き出しになっていた。
「霊気無しだとキツイな」
二度目の接敵以降、エルザは霊気を使用していない。
今回の演習条件の一つは、何らかの原因で戦闘能力を失った人員を誘導するというものだ。
霊気を使えば霊魔を振り切ることは容易い。だがそれでは演習の意味合いが薄れてしまう。
指示を飛ばしてすぐに、それが上手くいってしまえばもし本当のアクシデントが起きた時に同じ感覚で考えてしまうだろう。
救助対象はエルザでないこともあるし、複数人の場合もあるだろう。
演習は演習であるが、カナンのために可能な限り状況を簡単にはしない。
3人は知る由もないがエルザは体どころか命を張っていた。
エルザもこうしたほうが良いだけ。と思っているだけなのでその雰囲気を出すこと自体が考えにない。
「勝負」
さらなる追撃が来る前にエルザは全力疾走で霊魔の股を駆け抜ける。
木々がなぎ倒されているため、比較的直線で走りやすい。
霊魔もエルザの行動にすぐ気づき追走する。
(怖ッ)
背面からの攻撃は非常に視認しにくく回避行動も難しくなる。
自身の身体スレスレを通っていく腕や顎の風圧を感じながらエルザはひた走る。
幾度かの攻防を凌いでいると、ようやく入り江の浜地が見えてきた。
目的地に設定された浜地は崖の下。
エルザが息を上げながら走っている林は崖の上。
崖といっても大きめの傾斜という雰囲気の為、痛いのを覚悟すれば生身で飛び降りれないことはない。
(カナン。こっからが腕の見せ所だぞ)
状況開始から30分~45分は経過しただろうか。
夕日はすっかり沈み、すでに辺りは真っ暗になっている。
エルザから見ても見通しは悪く、逃走ルートが開けていなければ木に激突していたかもしれない。
闇夜というのはステルス行動にうってつけの環境だが、対霊魔においてはアドバンテージが変わる場面がある。
それは狙撃。
黒い炎と表現されることもある霊気で構成された霊魔は、ただでさえ真っ黒。
闇夜に溶け込んだ霊魔は遠距離からでは非常に視認しずらくなるのだ。
つまり、狙撃ポジションで待ち構えているカナンにとって不利になる条件が整っている。
エルザが今回の集合時刻を遅らせたのはこのためだ。
久しぶりに汗をかきながら疾駆するエルザは崖から飛び降りる痛みに対し覚悟を固める。
エルザはチキンレースが如く崖ギリギリで跳躍する。
霊気を使った時とは異なり、すぐに重力落下が始まりもう身動きが取れなくなる。
後はこのまま浜地に叩きつけられるのを待つだけだ。
【エルザッ!!】
インカムからカナンの切迫した声がした。
初めて聞くカナンの声量で弾かれるように後ろを振り向いたエルザは焦燥する。
同じく崖を跳躍した霊魔の前足による一撃が、今まさにエルザに振り下ろされようとしていた。
(ヤバい・・・)
カナンの狙撃は期待できず、霊気の展開もおそらく間に合わない。
そう考えながらもエルザの脳は防御姿勢を作りだす。
腕をクロスさせ、可能な限り体を丸くする。
霊気使用によるものではなく、死に瀕した時に発動する走馬灯にも近い時間の引き延ばしが起きる。
霊魔の腕が加速して自身の眼前に迫る。
そして自身の腕と霊魔の腕が_____
バシュッ!!!
触れる前に霊魔の腕が弾け飛んだ。
「え??」
呆気にとられたエルザは自身が空中にいることすら忘れていた。
つまり、受け身も取れずに浜地に叩きつけられることになる。
「痛っ!?」
軽い呼吸困難に陥ったエルザは悶えることしか出来ない。
前足が片方無くなった霊魔も似たような状況である。
ドォォン・・・
どこからか遠雷のような音が響いてきた。
「あの一瞬で当てたのか」
それが狙撃音だと気づいたエルザは、ダメージの回復を待ってカナンに問いかける。
【えぇもちろん。どうせ暗闇だから狙撃が難しいって思ってたんじゃない?】
「うっ・・・」
隠していた意図をズバリ言い当てられたエルザは言葉につまる。
カナンはふんっと、それみたことかといった具合に鼻を鳴らす。
「でも、見えないのは確かなはず」
いつもより小さな声で言い返すエルザは、どこか情けない。
【光増幅スコープくらい持ってきてるわ】
「ひかりぞうふく・・・」
機械装備にあまり詳しくないエルザにとっては盲点であった。
「へ、へぇ~、準備がよろしいようで!」
恥ずかしさも相まってどこか嫌味らしく聞こえるようにエルザは言い返す。
【可愛くないわね・・・】
それに対しカナンは、はぁ。とため息をついた。
「くッ。別にいいしー。機械なくても特級と単騎で戦えるし俺ー」
【はいはい。強い強い】
ごちゃごちゃ言うエルザを一蹴するカナン。
これではどちらがリーダーか分かったものではない。
【それで、もう仕留めちゃっていいの?】
「いや、それはちょっと待て」
いつもの雰囲気に戻ったエルザは、カナンを制止する。
「体の一部を欠損させる戦法はかなり有効だが、上級から上は再生能力がある」
そう説明しながらエルザはバックステップで霊魔から離れていく。
「再生速度は個体によりマチマチだが、知らずに追撃すると手痛い反撃を食らうことになる」
エルザが言い終わらない内に、はじけ飛んだ部分から前足が再生していく。
「こいつは、そこそこ早いって感じだな。カナン」
再生直後、霊魔はエルザめがけて突進する。
「撃て」
その号令直後、霊魔の頭部に狙撃が命中。侵入口と排出口が霊気の霧散により確認できる。
気持ちいいほど一直線に対象を穿った弾丸は水平線へ消えていった。
遠雷のような銃声が響き渡る中、エルザは追加で指示を飛ばす。
「再生させるな。仕留めろ」
今回の演習でやりたかったことはすべて完了した上に、霊魔が再生する場面も見せることができた。
これ以上時間をかけることもないと、エルザはいよいよ霊魔に背を向けて歩き出す。
【あら、信頼してくれるのね】
次々と狙撃が命中し、霊魔に風穴を穿ち、遠雷が重なる中、カナンからのインカムが入る。
「お前なら外す方が難しいだろ」
皮肉でもなんでもなく称賛の言葉を送ったエルザは、カナンとマナミアにバレないように痛む腰をさすっていた。
「腰に湿布貼るのムズいんだな・・・」
カナンの個別演習が終わり、自室へと戻ったエルザは新たな戦いを始めていた。
負傷という負傷はいつぶりだろうか。と思いながら身を捩り慎重に湿布を貼っている姿はもはや滑稽である。
「怪我の理由もカッコ悪いしなぁ」
受け身を取れず落下した衝撃で腰を痛めたなどど、グスタフ、カナン、マナミアには口が裂けても言えない。
マナミアはともかく、グスタフとカナンからは何か言われそうである。
「よしっ」
湿布と格闘する事10分。ようやく勝利を収めたエルザはよっこらせとベットから立ち上がり腰を伸ばす。
軽くはない鈍痛を訴えてくる腰を煩わしく思いながらもエルザは事務処理を進めることにした。
今回も同様に任務後のミーティングをカナン、マナミアと行う予定である。
といっても特に言うことはなさそうではあるが。
「もうぼちぼちくるだろ」
事務処理をマナミアへ引き継げるところまでササっと終わらせたエルザは、マナミアのアドレスへデータを送信した。
コンコン。
ベストタイミングでノック音が鳴った。
「入っていいぞー」
「お邪魔するわね」
現れたのはカナン。ノック音で彼女だと気づいていたエルザはいつも通りベットに座るように促す。
「なんか・・・、薬?湿布臭くない?」
いきなり核心をつくようなカナンの言葉にドキドキするエルザだったが、
「さっき弾薬とか整理したからそれじゃね?」
「そういうことね」
と、言い逃れに成功する。
(なんでこんなんでドキドキせねばならんのか)
あの時の自分を蹴り飛ばしたいエルザであった。
こんこん。
2回目のノック音。
「どうぞー」
「お邪魔しまーす」
これ以上話が広がる前にマナミアが来たことに内心安堵したエルザは、これ幸いとすかさず本題に入る。
「よし。揃ったことだし今回の演習を振り返ってみよう」
エルザの指示通り、マナミアがドローンによる空撮で今回の演習を記録していた。
マナミアが持参したノートPCをデスクに置いて、鑑賞会のように三人で画面をのぞき込む。
映像の始まりはエルザが空中に向けて霊気を打ち上げるシーン。
ドンっと控えめな炸裂音の後に林から霊魔が飛び出してくる。
俯瞰視点のためエルザの頭頂部が見えている。
エルザが弾き飛ばされ、木を何本かへし折っていく。
それを追撃する上級霊魔。
「さて」
ここで映像を止めたエルザは、カナンとマナミアの視線を集める。
「マナミアはオペレーター。カナンは後方からの火力支援を行うことがあるが、どちらにしても需要なのは味方に明確な指示と意思表示をすることだ。ハッキリしない指示、誘導は相手を余計に混乱させる。例え救助相手が格上だったとしても甘んじることは許されない」
カナンもマナミアもエルザが言ったことは理解している。
エルザもそれは把握しているため、深掘りはせず映像を再開する。
体勢を立て直したエルザがインカム越しに喋っている様子が映し出される。
「来た道を引き返せ。というのがカナンの指示だったわけだが、この理由を一応聞いておこうか」
再度映像を止めたエルザは少しでも不安材料などがあれば、回答に淀みが生まれる程度に圧力を出しながらカナンの目を見て問いかける。
「わかりやすい、かつ最短ルートがそれだったから。加えて冷静さを取り戻したエルザなら、丸腰でも上級霊魔をやり過ごすことは問題ないと判断したからよ。精神状態はインカムの声で判断したわ」
(さすがクールビューティー)
カナンの回答を聞いたエルザは、わざとそれを飲み込むような仕草をする。
ここでつけて欲しいのは自信というよりは、慎重さと正確さである。
「俺に対する指示としてはまぁ正解だろう。正直、今回の演習は無理がある部分もあるし・・・。」
(自分が強すぎるって言いたいのかしら)
(エルザがピンチになることってなさそう・・・)
「じゃあ状況を変えてみよう」
エルザは二人の思考に気づかないふりをしつつ続ける。
「もし、同様のパターンで、グスタフ、カナン、マナミアを誘導するとしたらどうだ?」
「「・・・・・」」
「パッと思いつかない理由は、まだお互いの戦闘能力を理解しきれていないのと、経験不足だ。じゃあ実際に起きたらどうするのかについては、俺がなんとかする」
「私たちにはしばらく期待できないってことかしら」
エルザの言葉にカナンが噛み付く。
むっ。としたカナンの視線を正面から受け止めるエルザは言葉を濁さず返す。
「実戦には様々なファクターがある。その一部である今回のことについては、まだ、そもそも、期待をしていない。ではなぜ危険を犯してまで時間を作ったかというと、考えるきっかけを与えることにある。未経験のまま突然窮地が迫ってきたとして、対応ができるわけがない」
「そう・・ね・・・」
(そうだよね。答え合わせができてよかったな)
2人の表情の機微を読み取ったエルザは自然な流れで反省会の締めに入る。
「そうは言っても失望しているわけじゃない。こう見えて、お前たちには大いに期待している。なにせこの俺が認めている才能たちだからな。前に俺に挑戦してきた奴らとは才能の格が違う。後は仲間と自分自身を理解し磨くのみだ。見立てでは数年で俺に勝るほどに成長しているさ」
「ふんっ、見てなさいよ」
「がんばるっ」
「ま、俺の強みは総合力だから全部が全部越えられてしまうことはさせないが」
クックック。と最後の最後に煽りを交えたエルザは今回の演習を終了した