「隼人の過去」
今回は主人公、隼人君の過去の話です。
夕暮れの公園。十歳の松阪隼人は街を一望できる丘に座り込んで夕日を眺めていた。
「はあ」
彼はいつも一人だった。原因は本人が口下手である事と父親似の鋭い目つきが災いしていた。
そんな彼が唯一やることは下校してここから自分の住む街を眺める。
初めて見つけた時は見晴らしの良さに心を奪われたが、何度も来るうちに慣れてしまい、夕食時までただの暇つぶしになってしまった。
「帰ろ」
夕食どきまで時間があったが早めに帰ろうとした時、後ろの茂みが揺れた音が聞こえた。
振り返って警戒態勢に入った。猪。鹿。色々な憶測が飛び交っていたが、それは杞憂に終わった。
白い髪をした色白の少年だった。甚平と草履という変わった格好をしていたので、隼人は妖怪か何かの類かと一瞬疑った。
「こんにちは」
「ああ、うん」
「君はこの街の人?」
「おう。アンタは違うのか?」
「僕はもっと向こうから来たんだ」
少年がそう言って茂みの方を指差した。隣の地区だろうか。そんな事を考えていると少年がゆっくりと隼人の隣に来た。
「綺麗だ」
少年が目を輝かせながら、夕焼けに目を向けた。それだけではない。街並みやそこらの木々にも目を向けているのだ。
「凄いよな。俺のお気に入りの場所だ」
隼人はどこか誇らしげに胸を張った。少年は目の前に広がる茜色の景色に魅了されている。
「なあ、アンタが良かったら明日もここにこいよ。そしたら色々なもの見せてやるよ」
隼人は照れ臭さを誤魔化すように頰を掻いた。少年が目を見開いて、少し固まった後、ゆっくりと口角を上げた。
「うん。お願い! あっ、名前言うの忘れてた。僕は鳳鷹」
「松阪隼人。よろしくな。鷹」
それから彼は鷹と毎日、丘で出会うようになった。
退屈に感じていた日々が徐々に彩られていく。その実感を感じつつ毎日を過ごしていた。
ザリガニ釣り。サッカー。森を使った鬼ごっこやかくれんぼ。一人で遊んでいた時よりも楽しく充実感を覚えた。
「この世界って僕が思っている何十倍も広いんだよな」
「おう。俺達も色々な場所行けたらいいな」
「うん」
鷹が少し、遅れて穏やかな笑みを浮かべた。
ある日、いつものように夕陽が突き刺す森の中、十歳の隼人は銀髪を揺らしながら走っていた。
「待てよー!」
「鬼ごっこで止まるやつはいないよ!」
前方では友人である鷹が白髪を靡かせながら、無邪気な笑い声を上げて隼人から逃げていた。
「はあ、はあ」
隼人は疲労のあまり、その場で尻餅をついた。
「僕の勝ちだね」
鷹が勝ち誇ったような表情で低い態勢の隼人を見下ろしている。
「ふざけんなよ。お前、速すぎるんだよ」
「えっ? 隼人が遅すぎるだけじゃない?」
「お前なあ」
鷹が口元を押さえながら、堪えるように笑い始めた。隼人も彼の反応に釣られて笑った。
すると森の奥が急に騒がしくなってきた。辺りから一斉に鴉が羽ばたく音が聞こえた。夕日が落ちてきたせいか、周囲は暗闇が侵食して不気味さが漂っている。
茂みが大きく揺れ動くたびに、鴉が飛び立ち、鳴き声を上げる。
「なっ、なんだ」
森の茂みから音の正体が現れた。隼人は戦慄した。見たこともないような巨大な化け物が出てきたのだ。
見え隠れする黄ばんだ牙と血走った目。唸り声を上げながら、隼人達を見ていた。
「忌獣だ」
目が合った瞬間、頭頂部からつま先に至るまで危険信号が流れた。こいつは危険だ。
「逃げるぞ!」
隼人は本能的に察した瞬間、右手で鷹の手を取って必死に走り出した。
「グオオ!」
忌獣が断末魔のような雄叫びを上げながら、凄まじい勢いで迫ってきている。
十歳の子供の身体能力では忌獣には到底、叶わない。追いつかれたら二人とも速攻で胃袋に送られる。
「クソッ! クソッ!」
危機感とともに全身から汗が出て、走る速度を早くなっていく。
「隼人! 僕はいい! 君だけで逃げてくれ」
「馬鹿言うな! お前を置いて逃げられるか!」
隼人は諦念を吐いた友人を咎めた。なんとか助かろうと全力で走るが怪物の足音がどんどん近づいてきている。
この現状をどうやって打破しようか、思考を巡らせていると右手にあった感覚がなくなっている事に気付いた。
恐る恐る後ろを振り返ると、遥か後ろに鷹が立っていた。
「鷹! 何やってんだよ!」
焦燥感が冷や汗とともに滲み出る。踵を返して隼人の元に駆け出した。
「隼人。またね」
隼人は駆け寄ろうとした瞬間、鷹が死に際と思えないほど、穏やかな笑みを浮かべたまま、怪物の口に消えた。
親友を呑んだ怪物はそのまま、隼人を襲う事なく踵を返して去っていった。
「ああああああああああああああ!」
隼人は言葉にできない程の悲しみの叫びを上げた。
隼人は自身の過去を打ち明けた後、予想以上の内容だったのか、結巳が目を伏せていた。
「じゃあ松阪君が戦闘員を目指す理由ってその友達の敵討ちをするためなの?」
「そう、ありふれた理由だろ?」
隼人はぎこちない笑みを浮かべた。何かを感じたのか、結巳が視線をゆっくりとそらした。
彼は決して一人が好きなわけでも、他者が嫌いなわけでもない。
ただ、失うのが怖いのだ。
ありがとうございました!




