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「黒炎の隼」  作者: 蛙鮫
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「温泉」

 金剛杵学園の屋上。隼人は寝転がり、ため息をついていた。


 校内で無数の生徒に興味を持たれて、質問責めにあっていたからだ。


「一躍有名人ね」

 結巳が太陽を遮るように端正な顔を向けてきた。


「勘弁してくれ」


「そんなに悪い気分じゃないでしょ?」


「悪くはいけど慣れない」

 ヴリトラと迦楼羅の討伐という功績を挙げた隼人は学校中での知名度がさらに倍増した。


 中等部、高等部クラス問わず隼人を見るなり迫ってくるのだ。

「でもお前も同じだろ?」


「まあね」

 結巳が端正な顔に似つかわしくないくらい重いため息をついた。


「本当にゆったり、温泉でも浸かりたいわね」


「温泉? あっ!」

 隼人は思い出した。合宿の時にもらった温泉旅行券をまだ使っていなかった事だ。


「そういえば、温泉の券。まだ使ってなかった!」


「ああ、あの遠征合宿で手に入れた」


「そう! 早速今週の土曜行くぞ!」

 さっきとは打って変わり、腹の底から元気が湧いてきた。


 温泉を楽しみに隼人は日々を乗り切り、無事土曜になった。


 当日。隼人と結巳は電車に乗りながら、目的地である温泉街に向かっていた。


「なんだがこうして普通に休日過ごすのって久しぶりね」


「そうだな。ここ最近、色々な事が起こりすぎたからな」

 夏休みを終えてから、激動の日々だった。隼人が対策本部を抜けてからはさらに混沌とした時間を過ごした。


「今日くらいはゆっくりしようぜ」


「ええ」

 結巳が嬉しそうに微笑んだ。彼女も隼人の行動にかなり付き合ってくれていた。


 隼人自身、彼女にも羽を伸ばして欲しいのだ。


 目的地付近の駅について、改札をくぐると温泉街特有の硫黄の匂いが鼻腔に流れ込んできた。


「おお。さすが温泉街ってところだな」


「確かに嗅ぎ慣れてないぶん、凄い鼻にくるわね」

 慣れない匂いに顔をしかめながら、宿へと向かって行く。温泉街ということもあり、辺りから湯気が出ている。


 そうこうしているとようやく宿が見えてきた。他の建物より一際大きい日本家屋だ。



「これまた立派な宿だな」


「早速入りましょう」

 すぐさま建物の中に入り、チェックインを済ました。


 広々とした畳の部屋に招かれて、隼人と結巳は荷物を降ろした。


 場所が良かったのか、窓の外からは温泉街を一望出来るようになっていた。


「いい部屋が取れたな」


「ええ。なかなかいい眺めね」


「それじゃあ早速、温泉に浸かるか」


「そうしましょ」

 隼人と結巳は早速、宿の風呂場に向かった。


 風呂場の引き戸を開けると広々とした温泉が目の前に広がっていた。風呂場には誰もおらず、貸し切り状態となっていた。


「さて、堪能させてもらうとするか」

 湯に浸かった瞬間、日頃の疲れがお湯に溶けていく感覚を抱いた。今までこうして気をぬく時間があまりなかった分、心地よく感じているのだ。


「あーいい湯だな」


「本当ね。疲れが取れていくのを感じるわ」

 策を通して、言葉を交わして行く。極楽とはよく言ったものだ。


 湯に浸かりながら、今までの事が脳裏によぎった。対策本部に捉えられて、金剛杵学園に入学が決まった。


 そこで結巳と出会い、学業と任務の日々。激動ではあったがとても充実していたとも言える。


 最初はそりが合わなかった結巳とも次第に打ち解けあっていき、今ではこうして任務以外でも共に行動するようになった。


「人生、何があるかわからないもんだな」

 深くため息をついたのち、熱いお湯を顔にかけた。



 夜。お湯から上がり夕食を終えた後、窓の外を結巳と見ていた。ただなんの気もなく、強いて言えば月が綺麗だったからといったところだ。

「そういえば松阪君。将来はどうするの?」


「将来か」

 夜空で真珠のように輝く満月に目を向けた。シライに将来のことを考えるように言われていたが、実際そんな暇はなかった。


「正直、分からない。でもそうだな。ひとまず色々なところをぶらつきたいかな」


「旅ってことね。それもいいわね」


「出てくるとしたらそれくらいだな。聖堂寺は?」


「私はどうだろ。元々、聖堂寺家を継ぐつもりだったけど『蛇災』の一件で潰れそうだし。どうにもならなさそうね」

 聖堂寺家当主になることを目指していたが、ヴリトラの一件で聖堂寺のこれまでの悪行や様々な行いが世間に知れ渡った。


 世の中からのバッシングと政府の圧力を受けて、聖堂寺家は崩壊する事が目に見えていた。


 そうなると結巳は別の道を探す他ない。


「これからどうしようかしらね」

「なら俺と一緒に旅に行かないか?」


「えっ?」


「嫌なら構わない」

 慰めのつもりというのもそうだが、視野狭窄ではやりたい事が見つからない。


 なら自分とどこかに行き、知らないものに触れてみる。そうすればいずれやりたいことも見つかるのではないと隼人は思っているのだ。


「いいの?」


「ああ。お前は一人じゃない」

 その言葉を発した時、結巳の瞳が震え始めた。


 過去に囚われていた自分を助けてくれた結巳。そんな恩人が迷い、苦しんでいるのなら手を差し伸べるのは当然と言える。


 月が見守る中、隼人は結巳が泣き止むまで背中をさすり続けた。


ありがとうございました! 次で最終話です!

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