異端児②
体育館に学校にいた全生徒が並んだのを前にいた教師たちが協力して確認すると舞台に立っていた校長に集まっていく。校長が何やらうなづくと校長が舞台裏に入っていき代わりに耳の尖っていて冠を被り、赤いマントを羽織ったまるで王子様の様な好青年が現れる。
一体これから何が始まるのか?体育館中からその様な雰囲気が漂っていた。
舞台の中央へと辿り着いた好青年は不意に生徒のいる方向を向く。
「ごきげんよう。何の力もなく美しくもない下等種族の人間の少年少女諸君」
彼の一声は見た目とは裏腹の下卑ていて自己優先的な吐き気を催すようなものだった。
体育館中がザワザワとざわめき立つと青年は手をピンと上げる。
「私は妖精の国、アルヴンの次期国王、オベロンである。これから呼ぶ者は私の前に来たまえ」
いきなり何なのだろうか?と俺が疑問に思う中、明らかにジャンヌさんが震えているのが傍目から分かった。
「そうだな・・・。ん〜、この娘にしよう。一年一組一番、蘆屋陽奈」
「!?」
ジャンヌさんの肩が大きく震えるのが分かる。それと同時に俺は舞台の方に視線を向ける。
既に陽奈はゆっくりと舞台に向けて歩き始めている。
ようやく陽奈がオベロンと名乗る青年の前に立つと、オベロンはじろじろと見た後に陽奈の後ろに回り込むと制服に手をねじ込み陽奈の胸を握りしめた。
「な、何を・・・」
「ほぉ、下等種族にしては良い肉付きをしているな。しかも下着すら着ない淫乱度合い。これなら余興も楽しめそうだ。」
「ち、違ッ!これは!」
「何が違う?」
少し何か考えた後オベロンが下卑た笑みを浮かべる。
「そうか!お前、好きな男がいるな?」
「!?」
楽しそうに笑うオベロンに俺が一歩前足を踏んだ瞬間ジャンヌさんが怯えながら俺の手を繋ぎ止める。
「行ってはダメだ。君じゃ、アイツに敵わない」
「あ?何でそんな事・・・」
分かるんだよ、と続けようとして、近くからものすごいスピードで何かがオベロンに向かって走っていく。
「お嬢に何してんだテメェ!」
健太だ。
健太は人混みをかき分けながら舞台に飛び上がろうとジャンプする。
しかし、それを予想していたのかオベロンの指から雷が飛び出し健太を焦がす。
「吠えるな劣等種」
低い声色で健太に言い放つとさて、と声の調子を戻して陽奈から手を離す。
「実は私はこの学校にいるある者を探している。その者を君達に探し当てて貰いたい」
また体育館中がざわめき立つ。
「期限は今日から一週間。それまでに見つからなければこの女を君達の前で発情期のオークの慰みものとする。もし仮に見つけても違っているのならその者も慰みものとする」
あまりにも大暴で、それでいてあまりにも漠然としたその要求に誰しもが唖然とした。
一クラスにつき約三十人程度の私立大江山高校は全員で四百五十人が在籍している。
しかし、誰もがある程度の予想は付いていた。エルフの国の次期国王が直々に来て探す人物など同じエルフであるジャンヌさん以外には考えられなかった。
「では一週間後、また会おう」
そう言うとオベロンは舞台を降りて何時の間にか敷かれていたレッドカーペットの上を歩き体育館を出て行った。
残されたのはジャンヌさんに向けられる生徒の視線と舞台上でへたり込んだ陽奈の荒い息遣いだけだった。
「何なんでいヤローは!お嬢に触れても良いのはお嬢の家族と旦那とオイラだけだってのに!」
「非常食、もし触ってきたら問答無用で祓うで?」
朝の集会から時間が経ち昼休憩へと突入すると、陽奈と包帯まみれの健太は昼食を持って屋上に座っていた。
「大体、お嬢も何で振り解かなかったんで?」
健太の質問に陽奈は一度考え込むそぶりを見せて神妙な面持ちで顔を上げる。
「動かんかってん、身体」
「え?」
「何て言うんやろな。頭では分かってんのに身体が言うこと聞かんかったみないな・・・」
まったく訳が分からないと言った様な困り顔を見せながら健太は何時も自分が飛んでいる青空を眺める。
最近ではドラゴンやグリフィンなども飛んでいて安全ではなくなってしまったが、それでもどこまでも続いていくこの大宙を羽ばたくのが好きだった。
「最近じゃ、妖怪よりもっぱら亜人で肩なしでさぁ。なのにソイツ等のお陰で畏れが戻ってくるなんて・・・」
皮肉で仕方ねぇやと自重気味に健太は笑う。そんな健太を見ながらも、一週間後自分がどうなっているのか不安になるながら陽奈は自分の作った弁当に口を付けた。
一方その頃、零は体育倉庫の中でぼっち飯を堪能していた。あんな事があったのに呑気な奴だと思う者もいるだろう。だが、零にもここで食べる理由があった。
「水に電気を加えると酸素と水素が二対一で・・・あれ?一対ニだっけ?」
担任であり姉である翠に出された課題を考えると言う理由が。零は別段頭が良い訳では無かったので課題も終えるのは早く無かった。
だから学校でもやるのだが、周りに見られたくもないと言う困った性分でもあった。
「一対ニだよ」
不意に聞こえたその言葉に俺は倉庫の入り口を見る。そこにいたのは朝はずっと怯えていたジャンヌさんだった。
「もう大丈夫なのか?」
「まだほんのちょっと怖いよ」
ジャンヌさんが隣に座り俺の課題を覗き込む。
「正直に話して欲しいんだけどさ、ジャンヌは何であんなに怯えてたんだ?何か、されたのか?」
今度は俺がジャンヌさんの顔を覗き込む。髪の毛で顔は見えないものの、やはり何かに怯えている様に見えた。、
「・・・・・君は卑怯だね」
「え?」
「ボクのこと毛嫌いしてるはずなのに優しくしてくれて」
ペンを動かす手を止めて箸を手に取る。
「卵と一緒だよ」
弁当の中にあった卵を摘みながら俺は言葉を続ける。
「俺は卵が嫌いだけどさ、それでも食べなきゃダメなんだよ」
卵を食べ飲み込むと俺は再びジャンヌさんに視線を向ける。すると彼女も何時の間にかこちらに視線を向けていた。
「確かにジャンヌの言動は俺のモテモテになりたいって言う目標にはクソ程邪魔だけどさ、だからってジャンヌを邪険に扱うつもりはないし困ってるなら助ける。それが短期間とは言え家族って奴だからな」
弁当を食べ終わり手を合わせて片付けると俺は課題も片付けて一息付く。
「んじゃ、話してくれるよな?」
俺が話を聞く体制に入るとジャンヌさんは入り口の方をじっと見ながらゆっくりと口を開き始めた。