異端児①
本作品の主人公である天野零や蘆屋陽奈が通う高校、私立大江山高校には超が付くほど恐ろしい生活指導の教師がいる。彼の名前は五里山武。
体操のギネス記録を更新した程の男であり、偶然銀行で遭遇した銀行強盗グループを一人で制圧し警察から表彰状が授与されるほどのとんでも人間である。
そんな五里山は朝から毎日始業時間になるまで校門に立ち、身だしなみが整っていない生徒を指導する。今日も今日とで始業時間になるまで生徒指導に明け暮れていた。
「・・・・・そろそろ時間だな」
時計を見ながら校門の外を眺める。今日も平和に一日が始まって良かったと思いながら職員室に戻ろうとしたその時だった。
「おはようございます!」
「おはようさん」
不意に後ろから女子生徒を背負った男子生徒が駆け足で校舎に向かっていく。
「待てそこの生徒!」
五里山が止めた事により二人が五里山を見る。
「何ですか?」
「ウチら早よ教室行きたいんやけど」
「お前達どこのクラスだ?学校でその様な不純異性交遊など許されるものではないぞ」
「すいません。コイツ今ノーブラで歩いたら擦れて痛いっぽくて」
男子生徒がそう言うと、背負われていた女子生徒が男子生徒の頭を思いっきり殴る。
「デリカシーっちゅうもんがないんか自分!」
「はっきり言うとお前に対してはほぼないな!」
「何でやねん!」
「オメェ家族相手にそんなデリカシー考えんの?」
「いや、考えるやろ」
男子生徒がしばらく黙ってそれから再び足を動かす。しかしその男子生徒の肩を五里山が掴み動きを止める。
「待て!とりあえずクラスと名前を言え」
五里山が抱えていた遅刻者の名前や理由などを記入シートを見ながら二人の生徒の返答を待つ。
「一年三組天野零です」
「一年一組蘆屋陽奈」
「一年三組?鬼塚先生のクラスか?」
「そ、そうですね・・・」
零は困った様に相槌を打つ。
「鬼塚先生をまんまり困らせるんじゃあないぞ?彼女は大学の卒業論文で書いた薬物の研究が認められた天才だ。そんな彼女がこの学校で教鞭を取っていると言うのはものすごい事であり、担任をして貰えると言うことはとてつもなく幸運な事なんだぞ?それに加えて・・・」
五里山の翠自慢が始まり、零と陽奈が顔を見合わせる。正直に言ってそんな事は物心ついた頃から二人とも知っていたし、彼女が五里山の言う様な素晴らしい人間でもない事も二人は知っていた。
家の金を使い込むのは当たり前、競馬やパチンコは大体をスって帰って来る。良いところよりも悪いところが先行して出てしまうのが天野零の姉、鬼塚翠もとい天野翠なのだ。
「じゃ、じゃあ自分ら行くんで」
「失礼します」
未だに翠の素晴らしさを熱弁している五里山を尻目に二人は校舎へと入っていった。
突然ながらうちの学校は一学年につきクラスが五つ存在する。クラス編成の基準は成績順に上から均等に割っていくのだ。つまり、一組である陽奈は結構頭が良い部類の人間と言うことだ。
対して俺は三組と言う平々凡々な頭をしている。顔も、勉強も、運動神経も並。その上身長は下、下、下下下の下。何故陽奈が一緒に居てくれるのか分からないほどだ。
ちなみに健太は四組で俺よりバカ。
「おはようございまーす」
ギリギリではあるが、何とか間に合って扉を開けるとクラス中の男子が俺を取り囲み強引に席へと座らせる。
何事かと思いながら次の日行動を待っているとまるで刑事ドラマの尋問の様に目の前に如何にもモブっぽい山田が座る。
「天野、お前ジャンヌさんと付き合ってるってマジか?」
「は?」
あまりの衝撃的発言に驚きを隠せなかった。何時何処で誰がそんな戯言を言ったのだ?
「それ、ソース何処?」
「?ジャンヌさんが教室に入ってきて早々重大発表があるって・・・」
俺は山田のその言葉を皮切りに勢いよく席から立ち上がりジャンヌさんに向かって走り出す。
「ジャンヌゥゥゥゥゥゥ!!!!」
俺の言葉にクラスメイトが驚く中、ただ一人ゆっくりと立ち上がり俺を見据える。ジャンヌさんだ。
「人の名を!ずいぶん気安く呼んでくれるじゃあないか」
「喧しいわ!何で俺とジャンヌが付き合ってることになってんだ!あ!?」
ジャンヌさんが泣くまで殴るのを止めなさそうな感情を抑えてとりあえずジャンヌさんの返答を待つ。
「ボクが結婚しようと言ったら君は分かったと言ってくれたじゃないか」
「そっちに了解したわけじゃねぇよ!ジャンヌ呼びだよ、了解したのは!」
もういい、と溜め息を吐いて俺は自分の席に戻る。周りからジャンヌ呼びした事や結婚と言う単語が聞こえた事に騒いでいるがもう弁明するのも面倒くさい。
そして、もう直ぐ先生が来るだろうと思った時だった。
ピンポンパンポーン
黒板の上に設置されたスピーカーから流れた音声にクラスの全員がスピーカーを見る。
『只今より緊急集会を開きます。生徒は整列して体育館に集合しなさい。繰り返します・・・・・』
たったそれだけの放送に何故か嫌な予感が隠せなかった。理由は分からなかったが手から嫌な汗が出てくる。
そんな不安を抱えながら俺は列に並び体育館へと向かった。