入学初日に留学生③
時刻はそろそろ夜七時。今日の晩御飯はジャンヌさんが来たこともあり少し豪華になっている。
とは言っても煮たりしている間に時間もあったので朝登校する前に干していた洗濯物を取り入れたり掃除をしたりと休む暇は俺にはない。
ジャンヌさんはその間俺が昔からお年玉で一気買いしたワンピースのDVDを見ている。今はちょうど麦わらのルフィと道化のバギーが戦っているシーンだろうか。先ほどからゴムゴムとかバラバラと聞こえてくる。
「ただいま〜」
ようやく天野家の主である天野翠が帰宅してくる。俺は掃除機を壁に立て掛けて黒いエプロンを整えながら玄関へと歩を進める。
「おかえり、家計簿を改竄して奪った金をパチンコに突っ込んだ挙句結局負けてその上家族に留学生がくる事を話さなかったクズな姉ちゃん」
「恨み半端ないな」
たりめぇだろ、と悪態をつきながら俺はキッチンへと向かい夕食の用意をする。
「ジャンヌさん。今から机にご飯ならべるから手伝ってくんない?」
「うむ、任された!」
元気にそう返事を返したジャンヌさんがソファから立ち上がってキッチンに置かれた料理が入った皿を食卓へと運んでいく。
ところで、実は我が家の食卓にはもう一人客人がいる。彼女俺とジャンヌさんと同じ高校の新入生で結構遠い俺の親戚兼幼馴染だ。
味噌汁の濃さを確認するため小皿で味見をしているとピンポーンと我が家のインターホンが鳴り響く。
「あ、俺が出るからジャンヌさんは・・・て、居ねぇ!」
天野家の玄関の前にあたりがもう暗いにも関わらず黒光りするような綺麗な黒髪を一本に結ったジャンヌほどでは無いものの側からみれば巨乳の部類に当てはめられる大阪出身の少女蘆屋陽奈は零が玄関のドアを開けるのを今か今かと待ち侘びていた。
ガチャ、とドアが開き自分を迎えてくれる零のアホ面を拝もうと陽奈は顔を上げる。
しかしそこに居たのは零とはまた別のアホ面だった。
「よく来たな客人」
「だ、誰やねん自分・・・」
ただただ純粋な疑問が陽奈の口からこぼれ落ちる。この家はほぼ赤の他人と言っても差し支えがないくらいの遠い親戚である幼馴染の家のはずだ。
陽奈はとりあえずファイティングポーズをとりながら警戒して目の前の美少女を見る。
「ふむ。モラトリアムと言う奴だな」
何を言っているのか分からなかった。よく見れば美少女は人間ではない。尖った耳がその証拠だ。そんな美少女ジャンヌ・タイタニアが誰かを聞かれてモラトリアムと答えたのだ。
「もしかしてふざけとる?」
「ふざけてなどいない。君こそここには君に関する答えはないと思うが・・・」
「埒が開かんわ。直接零に聞くから邪魔すんで」
ジャンヌと話していても時間の無駄だと言う判断に至り陽奈はジャンヌを横に退かして家に無理矢理入ろうとする。
「いや、邪魔は困る帰ってくれ」
「あいよ〜」
しかし関西出身の性なのか「邪魔すんで」の後に「邪魔すんなら帰って」と言われればそのまま踵を返してしまう悲しい習性が蘆屋陽奈には存在した。
「って、なんでやねん!用があるから来たのにそのまま帰れるかい!零だせやコラァ!」
「待て待て待て待て。二人とも落ち着けって」
美少女二人の間に割って入り陽奈の拳が零の方に鋭く入っていく。零がドラゴ◯ボールのセ◯のような断末魔を上げながら玄関に吹き飛んでいく。
その光景にジャンヌも絶句する。160センチメートルの小柄な男子高校生とは言え到底人間が出せるような力ではない。
「あ、悪い!思いっきしやってもうた!」
陽奈が倒れて痙攣している零に急いで駆け寄り様子を確認する。大事には至ってなさそうだがそれでも気を失っている。
「・・・・・君はいったい何者なんだ?」
「それを赤の他人に、それも人間ちゃう自分に教えるつもりはあらへんで」
零を抱き上げてリビングに運ぶ陽奈を見ながらジャンヌは何とも言えない感情を持っていた。日本が異世界に転移してから排他的な主張をする者が圧倒的に増加した。
理由としては自分達と見た目が違うことや力が人間よりも遥かに強く魔力を有していることにある。
ジャンヌはそう言う人間がいることは知ってはいたが日本に来てから初めて排他的な言葉を投げつけられたのだ。
だがジャンヌは何も言い返すことが出来なかった。予想ではあるが偶然にしろ必然にしろ日本がこの世界に転移した原因はこちら側の世界にあるはずだ。つまり日本側は完全に被害者であり、その上で魔法も使えない弱い人間として差別を受けている。
自分とは正反対の存在を見てジャンヌはただただ黙って扉を閉めた。
夕飯が冷め切った頃、陽奈に殴り飛ばされて気を失っていた俺は目を覚まして上半身を起き上がらせる。少し寝ぼけ眼を擦り現在の状況を確認する。
正座した陽奈とジャンヌさんが椅子に腰掛け脚を組む我が姉に説教されていたのだ。
「いいか。外で喧嘩はするな。近所迷惑だ。やるなら家の中でゲームでもして決着をつけろ」
「すんません・・・」
「すまない・・・」
俺の心配は?なんて絶対に思わない。何故なら俺の姉はそう言う奴だから。弟のことなんてきっと奴隷程度にしか思っていないのだろう。
泣きはしない。泣きはしないぞ。
「・・・あれ?おかしいなぁ・・・。家の中なのに雨が降ってる・・・」
視界の歪みを無くすため俺は何度も何度も目を擦るのだった。