六日目・覚悟
ついに訪れた初めての休日。これまで俺は盛大に夜を更かし大体三時に就寝。昼まで起きない生活だった。
これはもちろん生活習慣がガバガバな姉も同じであり、尚且つ陽奈も休日にはご飯を食べにこないので朝ごはんの用意が不必要である前提の話だ。
だが今年からは居候が三人もいる為そう言う事は出来ない。
「兄貴!お腹空いたのだ!」
「今日の朝ごはんは何?」
「私は出来れば野菜メインが良い。最近少し腹回りが気になって来てな」
三者三様の文言にとりあえず俺は朝ごはんっぽくてあまりカロリーがなくしかも腹が膨れるであろうご飯を考える。
うん、あるわけがない。
「今日は米と味噌汁、魚に菜葉のザ朝食です」
二人に一人前、ルリに十人前を用意して俺はキッチンの片付けへと入る。
「兄貴!食べたら一緒に遊んで欲しいのだ!」
「どんな遊び?」
「リアルファイトなのだ!」
「却下、兄貴が死んじゃいます」
キッチンを片付け終わりようやくご飯を食べ始める。
「あ、零」
「何ですかノワール先生?」
「少し手を出してくれ」
ノワール先生の言う通りに俺はノワール先生に右手を差し出す。するとノワール先生は俺の手の甲に丸を描き「ステータス」と唱えた。
次の瞬間俺の手の甲が光だし丸の中に8と数字が現れる。
「その数字は今のお前のレベルだ。他にも筋力、体力、防御力、魔力、素早さも念じれば見ることが出来て基本その五つがステータスとなる」
「先生!ボクも!」
「ルリもなのだ!」
二人もはしゃぎ出してノワール先生に自分からもステータスが見れる様にとせがむ。
「まぁ、待て。先ずは零の話だ」
そう言うと一度お茶を飲み、ノワール先生が俺の手の甲を見る。
「至って平均的だな」
「うるさいよ!」
「だが、一つだけ奇妙な事がある」
そう言うとノワール先生は俺の甲に手を翳しスキルと言い放つ。すると円の中に今度は文字が浮かび上がって来た。
その文字を見るとこう書かれていた。
「天邪鬼」
俺は呟く。
「こんなスキルは見たことも聞いたこともない。勝手ながら翠にも寝ている間にこれをやらせてもらったが緑鬼と出た。もちろん知らないスキルだ。さて、君は、いや、君達は何者だ?」
ノワール先生の言葉に俺の鼓動が早くなる。ジャンヌさんにも一度問い詰められた事があるがその時も俺ははぐらかした。
「世の中には知らない方が良い事もあります」
「いや、私達は知っておくべきだ。この家に住む以上はな」
「ノワール先生、これは日本の裏の話ですよ?」
「それでもいい」
俺は諦めてため息を吐く。そして話始めようとしたところでインターホンがピンポーン、と鳴り響く。
「出て来ます」
そう言って俺は何とかその場を離脱する。そのまま玄関に向かいドアを開けるとそこに立っていたのは陽奈だった。
「どうした陽奈?飯なら・・・」
俺が振り返ろうとした時陽奈が俺の肩を掴む。俺は何だか様子のおかしい陽奈を不審に思い外に出て玄関を閉める。
「零、ウチに調伏されてくれ」
いきなりの事だった。陽奈が札を出すとその札から鎖が現れて俺を縛る。
俺が驚いていると陽奈は鎖を引っ張って俺を引きずって行く。
外の騒ぎに気付いたのかジャンヌさん達がゾロゾロと家から飛び出してくる。
「陽奈!何をしている!」
「ちょうどエエわ。先生らもついて来て。証人や」
そして俺たちが辿り着いたのは大江山市唯一の一級仮説である鬼神川の川原だった。
この鬼神川は昔鬼子母神が降臨したなどの伝説が残っている川で仏教や何故か陰陽道の聖地とされている。
「こんなとこまで連れて来て何す危なッ!」
俺が話してる最中に陽奈が殴りかかってくる。それを俺は紙一重で避ける。
陽奈の拳が俺に当たらずに地面に当たる。すると地面が抉れてしまった。
「避けんな!それでも男か!」
「男でも避けるわ!呪力混ぜやがって!」
俺はいったん体制を整えようと陽奈から離れる為に背を向ける。
だがそれが間違いだった。陽奈は脚に呪力を纏わせて一瞬にして距離を詰めてくる。そして背中のちょうど肺がある辺りを殴られてる。
「ガッ!」
口から血を吹き出し俺は地面に倒れ込んだ。
「零!」
「待て!」
ジャンヌさんが倒れる俺に近づこうとしてノワール先生に止められる。
「何で止めるの!?このままじゃ零が!」
「私は騎士だ。人を殺そうとする目とそうでない目くらい見分けが付く。それに言葉では伝わらない事もある。今は二人を見守る時だ」
そう言うとノワール先生はジャンヌさんの肩から手を離す。俺的にはもう助けに来て欲しいのだがノワール先生はそれを許さないらしい。
残りの頼みの綱であるルリも川で魚を捕まえて遊んでいる。
「立てや零。自分そんな弱ないやろ」
俺を見下ろしてくる陽奈を俺は睨み返す。
「ハァハァ・・・・・。理由がねぇのにやれるかよ」
「理由ならあるやろ。ウチに調伏されたない。それとも調伏されたいん?」
「んなわけあるか。ただ、何で今更?」
地面に倒れたまま俺は陽奈に質問する。このままじゃ何も納得できない。
「この一週間、ずっと見ててん」
不意に陽奈がそんな言葉をこぼす。
「見たって、何を?」
「零を!」
叫ぶ様に陽奈が言う。あまりの大きさにその場にいた全員が目を丸くして陽奈を見る。
「見ててん全部。零があのクソエルフとデートしてる時」
陽奈が俺の胸ぐらを掴んで顔を近付けてくる。
「ウチ、零に言ったわな?クソエルフ助けろって。せやのにどうや?自分クソエルフ見殺しにしてウチを助けようとしてるみたいやん。公衆の面前で無様に泣き崩れて許し乞うて、男として恥ずかしないん?」
見られていた。あの光景を。俺は背筋が凍る様な思いになる。迷いが吹っ切れたと言ったら嘘になる。だけれどもそれでも俺は陽奈に嫌な思いはして欲しくなかった。
幾ら西の蘆屋と呼ばれる程西日本最強の不良と言っても年端も行かない一人の女の子には変わりない。
「零がまだウチを助けるって言うんやったらウチは零を調伏して無理矢理にでもクソエルフを助ける。この世に命より優先してえぇもんなんて無いねん」
そう言って陽奈は再び拳に呪力を纏わせ始める。これが究極の二択を選ぶ最後のチャンスだ。
俺は今ここで選ばなくてはならない。陽奈の貞操か、ジャンヌの命か。
悩みに悩んだ末にフッと笑う。
「トロッコ問題だな」
「は?」
「一人の人間の命か、複数の人間の命か、どっちを取るかの問題だ。正解なんてねぇこの問題、陽奈ならどっちを選ぶ?」
「質問の意図が見えへんわ。これはトロッコ問題ちゃうやろ。選ぶのはウチのバージンと一人の命やで?話挿げ替えんなや」
「いいや、一緒だね。俺にとってはどっちも同じくらい大切なんだよ」
「それで選んだんがウチのバージンか?ほんまキッショいな」
「何と言われてもいい。キモがられようが嫌われようが、俺は何時も一緒に居たお前の貞操をお前が心から選んだ奴意外に奪われんのがどうしようもなく嫌なんだよ。だから、俺は選ぶぜ陽奈。どっちを選んでも後悔が残るこの二択で、俺はお前を取る。それが、俺の覚悟だ」
俺は静かに言い放ち身体を起こす。俺の覚悟を見せてそれでも陽奈が納得してくれないと言うのなら俺も調伏を甘んじて受け入れよう。
そう心に決めて俺は陽奈の次の行動を見守る。
「なんやねん、それ」
陽奈の拳に纏われていた呪力がドンドン消えて行く。
「何やねんそれ!」
陽奈が叫び出し再び俺の胸ぐらを掴む。
「何処の馬の骨とも知らんオークにウチの初めてが奪われる?嫌に決まっとるやろ!でもなぁ、一人の命に比べれば軽いもんやと思ってた!」
陽奈が俺を押し倒して馬乗りになる。そして動けない俺の両頬に何でもパンチを叩き込む。
「何やねん何やねん何やねん何やねん!ウチの初めてはウチが心から選んだ奴に渡して欲しい?なら自分がウチの初めてを奪えや!ウチがちっちゃい頃から心に決めとったんは零や!その甲斐性も無くって覚悟なんて口にすんな!その甲斐性も無くってウチの覚悟踏みにじんな!」
拳が止み、代わりに水滴が落ちてくる。ゆっくりと痛みに耐えながら目を開ける。
泣いていた。あの漢字の漢と書いて漢の中の漢でも泣かせると言われる様な陽奈が鼻水まで垂らしながらボロボロと涙をこぼしたのだ。
「それでも俺はお前を選ぶ」
もう俺は迷わない。
「ほんま・・・アホやな」
陽奈が諦めた様に俺の上から退く。しばしの間俺は空を眺めた。綺麗な青空だ。
そんな中太陽の光をジャンヌさんが遮る様に俺の顔を覗く。
「お疲れ様」
「俺の顔、どうなってる?」
「頬っぺたがパンパンに膨れてるね。後いっぱい血が出てる。待ってて。今治癒魔法を掛けるから」
ジャンヌさんの回復魔法のヒールを受けながら俺は陽奈を見る。
顔を見せてはくれなかったが耳が赤くなっているのがわかった。
対してノワール先生は満足した様にこちらを見ていて生魚を食べているルリを回収しに向かう。
「悪い。ちょっと寝るわ」
「うん。おやすみ」
そこで俺は目を閉じて深い眠りについた。
目を覚ましたのはその日の夜だった。周りを見ればそこは俺の部屋で誰が作ってくれたのか机には晩御飯が置かれている。
俺は部屋の窓を開けて真正面にある陽奈な部屋を見る。
灯りは付いているもののカーテンが閉められていて中が見えない。
仕方なく俺はご飯を食べようと陽奈の部屋から視線を離した時だった。
陽奈の部屋のカーテンが開けられて中から陽奈が顔を覗かせた。
「あ」
俺に気付いたのか陽奈が窓を開けて大体一、二メートルくらいある窓の幅を飛んで入って来た。
「ちょ!なんつうアグレッシブなことやってんだお前は!」
「ごめん!」
次に陽奈が発したのは謝罪だった。
「ウチの勝手な都合で零を殴って」
「そんなこと?別にもう治ったし怒ってねぇよ」
「でも、零を縛ろうとしたし・・・」
「あのなぁ・・・」
俺は陽奈の肩を持ってしっかりと陽奈を見る。
「陽奈には陽奈の信じるもんがあっての事だろ?それに普通なら俺は陽奈に従わにゃならん立場なんだ。俺の意思を聞き入れてもらって感謝すらしてるんだぜ、こっちは」
「ウチの事嫌ってない?」
「あぁ」
「好き?」
「あぁ」
「愛してる?」
「愛してる愛してる」
「さよか!」
そう言うと何かを納得した様に俺の部屋の扉に手をかける。
「ほら、はよご飯食べに行くで」
「う、うん」
俺は机に置いてあったご飯を持って陽奈について行くのだった。




