表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

龍都

 ヒマラ・オンラインに存在する十二国のうち、最も発展している国がどこかと問われれば、ほぼすべてのプレイヤーが龍都と答えるだろう。

 他の国がネの国、ウシの国といった十二支の呼び名をそのまま冠されている中、龍都だけがわざわざ都と名付けられているのには理由がある。

 HOヒマラ・オンラインを運営するソーザン社の公式ウェブサイトに掲げてある世界設定によると、このゲームの舞台となるヒマラの大地が、霊峰ヒマラを中心とした円状に十二分割される前、すべての大地はただ一つの国に統治されていた。その際の首都が現在の龍都であるということだ。

 リアル準拠の係わりでいうならば、HOが正式サービスを開始する前のテストプレイ期間、いわゆるオープンベータ時代のスタート地点が龍都であった。サービス開始後の現在では、開始時にプレイヤー自身が所属したい国を選択できるようになっているが、所属地を選択しない場合は、自動的に龍都から開始されるようになっている。

 そんなわけで、龍都は全十二国中最も所属プレイヤー数と滞在プレイヤー数の多い国である。

 であるからして、当然マンパワーと情報集積を必要とする集団コンテンツである国像修復イベントも他国より遥かに進んでいる……。

 とはならない。そう、オンラインゲームならね!

 龍都は確かに発展している国ではあるが、ゲームデザインとして鑑みた場合、一つの国というよりは「はじまりの町」としての側面が強い。はじめてこの世界にやってきたプレイヤーに、このゲームはこういうゲームですよ、とお披露目したいというデザイナーの意思が色濃く出ており、商店やイベントなどのコンテンツは揃っているが、拡張性や専門性は低く、上級プレイヤーには物足りない仕様となっている。また、オープンベータ時代から存在する最も古いフィールドでもあるため、ほぼすべてのイベントが暴かれ、ボスは対策を練られ、それらの情報ことごとくがWikiに掲載されている。

 結果、現在龍都にいるプレイヤーの大多数が、中級くらいまでのライトユーザーであり、コンテンツの最前線を走っているようなプレイヤーはわずかしか所属していないのだ。フロンティアの失われた国。それが龍都である。

 だからまだ、この像はいまだに尻尾と後ろ脚までしか完成しておらんのだとアバター名「フデドラゴン」は毒づく。

 フデドラゴンはその名が示す通り経師屋である。いや、経師屋になったのは欲しいスキルがあったからでたまたまなのだが、アバター名とも合っているので今では気に入っている。

 経師屋は主に文書や呪文書を複製するジョブだが、中級以上になれば筆や紙も自分でつくるから木工も扱う。なぜだか「心刺し」という名の暗殺スキルまで持っている怪しいジョブでもある。それはともかく。

 完成した像の目を入れるのは経師屋であると考察サイトでは言われているし、フデドラゴンもそう思う。少なくとも龍都の像に関して言うならほぼ間違いないと断言できる。HO運営はわかっている連中なのだ。期待には裏切っていいものと、そうでないものとがある。お約束というのは、ときにとてもとても重要なものだ。

 フデドラゴンは龍都で国像修復イベントに取り組んでいる数少ない上級プレイヤーの一人であった。

 龍都の国像はこれまで五回にわたる大規模な修復失敗に見舞われ、修復率の大幅な巻き戻りを経験している。とはいえ、それだけに修復データは大量に蓄積されているため、失われた修復率を取り戻すこと自体はたやすい。

 だが、その間にヒマラ・オンライン内においては数々の新イベントや新フィールドが追加され、上級プレイヤーは各地へと分散してゆくこととなった。

 そう、環境の変化だ。

 己がどれだけ努力したとしても、環境の変化によって積み上げたものが無価値と化してしまうことはある。そこまでではなくとも、蓄えた価値が目減りしてしまう程度のことなら、頻繁に起こるものだ。HOにも搭載されているAI技術の黎明期などは、社会全体においてその傾向が顕著であったらしい。

 そしてそれは、頻繁にアップデートが繰り返されるオンラインゲームにおいても同様だ。

 リアルとバーチャル、という比較がよくなされる昨今だが、この一点に鑑みれば、オンラインゲームはプレイヤーに対してまさしくリアルなのだと思う。

 たとえデジタルデータであろうと、それが短い間隔で更新され、その現象が不可逆であるならば、それを享受しているプレイヤーにとっては、まさに今進行しているリアルであり、その瞬間を逃しては二度と楽しめない経験だ。だからプレイ時間制限のなかった過去には、社会問題になったりもしたのだ。

 だからこそ未だ見ぬ経験と体験を求めて、上級プレイヤーは早々に最前線へと散ってゆく。

 今ではここに修復パーツを持ち込むプレイヤーはフデドラゴンを含め数人しか確認されておらず、修復は遅々として進んでいない。

 ではどうするのか。

 フデドラゴンは無造作にパーツを投入すると、眼前にポップしたOKパネルをタップする。

 かまわない。一人になっても、続けるだけだ。

 フデドラゴンがHOをはじめたのは、まさに働いていた運送会社が自動運転車での営業中心に舵を切った頃だった。それまで時間外勤務や超過勤務が続いていた勤務体制が、急速に改善され、途端に暇な時間が増えた。そこで始めたのがオンラインゲームだったというわけだ。

 あのときは、失われた残業代への不安と、自分の仕事をAIに取られてしまったような憤りで、相当に荒れたものだ。そのやるせない気持ちを抑えるために、もしくは自分でも持て余す気持ちから逃れるために、当時サービスが開始されたばかりのHOへと走った。そういうところはある。

 それで自身が慰められ、助けられたのも事実だ。

 この龍都には恩がある。

 だから所属国を移すつもりはないし、ずっとこの場所を拠点としてプレイしてゆきたいと思っている。

 ならばこそ拠点の環境は、少しでも使いやすいものにしておきたい。

 国像の修復は、その進行度合いによって所属プレイヤーに様々なボーナスが付与される。ゲーム的なメリットとしても、修復は進めたいのだ。

 次のパーツを投入しようと、葛籠から次のパーツを取り出す。

「フデドラゴンさん?」

 後ろから声を掛けられた。振り向くと、全身を黒衣で覆い、木の札をジャラジャラと身に着けた呪い師らしき女性アバターが立っている。装備品からして、そこそこ上級のプレイヤーだろう。

 頭上に表示されたアバター名に見覚えがある。確か、別の国へと移っていった元龍都所属プレイヤーのひとりだ。

「おお……。久しぶり」

 なんて声を掛けていいかわからず、無難な挨拶を返す。

「お久しぶりです。フデドラゴンさん、まだ龍都にいたんですね」

「ああ……。そっちは確か、新フィールドへと行ったんじゃなかったか?」

 そうだ。龍都にいた上級プレイヤーは皆、新フィールドへと去っていった。そのはずだ。

「ええ。ずっとあっちでプレイしてたんですけど……ほら、先日のアップデートの」

「水龍か」

 先日行われたアップデートで、かなり久々に龍都に大きなイベントが実装された。龍都にあるフィールドの一つ、竜神沼に水龍という強大なエネミー、いわゆるボスモンスターが追加されたのだ。

 どうやらそのモンスター討伐を目的に、戻ってきたらしい。

「あたしだけじゃないんですよ」

 彼女がいくつかの名前を挙げる。どれも聞き覚えのあるアバター名ばかりだった。

 そうか。戻ってくるのか。

 何気なく像を見上げる。そうだ。環境の変化というのは、何も悪い方にばかり起こるわけじゃない。悪い方がよく取り上げられるし、記憶にも残ってしまうから忘れられがちだけど。

 変わって助かった人たちも、確かにいるのだろう。かくいうフデドラゴンだって、以前の職場環境でいつまで働けていたかは定かではない。若いうちはそれでもよかったかもしれないが、果たして今、あの頃と同じ働き方が可能かと問われれば、正直難しいところだ。

 よい方に変わることだって、確かにある。そして、よい方に変わったことが、五年後十年後になってみないとわからないこともある。

 ……もちろん逆もまた然りであるし、そっちの方向は勘弁願いたいものだが。悪い方向性のSFフィクションはいつまでもフィクションのままにしておいて欲しいと、心の底から思う。ビッグブラザーは見守らなくていいし、AIは人間に反旗を翻さないでいただきたい。いやマジで。

 俺の隣に来た彼女が、驚きに目を見開く。HOアバターの感情表現は本当に豊かだ。

「わ! 後ろ脚まで修復されてる! マジで? じゃあもしかして、素材買取ボーナス復活したの? うわぁ……だったらこっちに拠点移すのもアリかも……」

 彼女の台詞に、思わずドヤ顔をしてしまうフデドラゴン。今年はちょっとだけいい一年になるんじゃないかと、根拠はないがそう思えたのだった。


(完)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ