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第2話 必勝の策?



「まだ何かあるんですか」


 ティガス殿下の浮気という事実だけでも衝撃的でしたが、更にその先があると聞いて私は失望のあまりがっくりと肩を落とします。

 そしてどんな話が出てくるのか身構えながら続きを催促するとティガス殿下は開き直ったのか私の目を見据えながらはっきりと答えました。


「ああ、実は私はお前との婚約を破棄してリッチェルを娶ったんだ」


「……はい?」


 ティガス殿下は今何と仰ったのでしょうか。

 リッチェルを娶ったと聞こえましたがそのような話は初耳です。

 勿論ティガス殿下から婚約破棄をされた記憶も全くありません。

 私の聞き間違いでしょうか。


「申し訳ありません、もう一度お願いします」


「私は君との婚約を破棄してリッチェルを娶ったと言ったんだ」


 どうやら聞き間違いではなかったようです。


「あの……ちょっと仰っている意味が良く分からないのですが」


「そうだろうな、どうやら私以外は誰も何も覚えていないらしい。とにかくまずは最後まで話を聞いてくれ」


「……どうぞ」


「私はお前との婚約を破棄した結果父上の怒りを買って王太子の座から降ろされてしまったんだ」


「はあ、そうですか」


 仮定の話でしょうか。


 国王陛下の許しもなく独断で私との婚約を破棄すれば当然そうなるでしょうね。

 元々陛下が王室とサンドリッジ公爵家の関係を強固にする為に話を纏められたという経緯がありますからね。

 殿下自らがそれをぶち壊したとなれば国王陛下がお怒りになるのも当然でしょう。


「その後父上の顔に泥を塗った罰として私は王都から追放され、森の中を彷徨った揚句に野たれ死んでしまった」


 ティガス殿下はまるでそれを実際に体験したかのように身ぶり手ぶりで説明をします。

 その真に迫った解説に私の脳裏にもその時の情景がはっきりと浮かびました。

 どうやらティガス殿下には講談師の才能がありそうです。


「しかし私が自らの最期を認識した次の瞬間、理由は分からないが今日、つまりお前との結婚の前日に時が戻っていたのだ」


「……という夢でも見られたのですか?」


「いや、私にとっては間違いなく現実だ。あの時体験した飢えと渇きに苦しむ感覚を今でもはっきり覚えている。あれは決して夢などではない」


「そうですか」


 ティガス殿下の言う通りそれが夢だろうが現実だろうが時間が戻ったのだろうが私にはそんな未来の記憶は全くありませんので重要ではありません。


 結局殿下が何を仰いたいのかが問題です。


「それでティガス様は私にその話をしてどうなされたいのですか? ティガス様が破滅される原因ははっきりしているのですからそのリッチェルという娘と別れて当初の予定通り私と結婚するだけのお話でしょう?」


「勿論最初に時間が巻き戻った時にそうしたさ」


「最初……という事は殿下は何度も同じ時間を繰り返されているという事ですか?」


 以前お母様に読んで貰ったおとぎ話の中に同じ時間軸を繰り返す転生者の物語がありましたのでその考えに至るのは容易でした。


 ティガス殿下はこくりと頷いて話を続けます。


「そうだ、実はこれで丁度十回目となる。私がリッチェルと別れた結果どうなったと思う? ある日私はストーカーに変貌したリッチェルに刺されて死んでしまったんだ。そしてまた今日という日に戻ってきたという訳だ」


「それはおいたわ……しい?」


 ティガス殿下の話に何と相槌を打てば良いのか分からず、自分でもおかしな事を言い出してしまった事に気付いた私は思わず顔を赤らめます。


「他にもお前と婚姻を結んだままリッチェルとの関係を続けたりと色々抵抗をしてみたのだがどう転んでも最終的には破滅してしまうんだ」


「……」


「いやそんな怖い顔をするな。破滅を回避する為に仕方なく考え得る限りの試行錯誤を繰り返しているだけだ」


「はいはい。それでどうしてその苦し紛れの策が失敗したんですか?」


「リッチェルの奴病的な程独占欲が強くてな。私がお前と別れる気が無いと察すると次の瞬間には躊躇なく刺してくる。恐ろしい娘だ」


 そう言ってティガス殿下はその時の感触を思い出したかのように自分の腹部を擦りました。

 ティガス殿下への同情心は全く湧き上がりませんがこんな人でも一応私の婚約者ですので私からも提案をします。


「リッチェルに刺される事が分かっているのなら陛下にお頼みしてもっと警護を厳重にすれば宜しいのでは? そうすればいくら彼女が父譲りの剣術の達人だからといってもティガス様に手出しはできないでしょう」


「いや、そうすると私とリッチェルの関係が父上の知るところになる。結果として私は父上の怒りを買い破滅するルートに突入する。お前と別れても破滅。結婚をしても破滅。父上の力も借りる事ができない。おお神は何故私に七難八苦をお与えになるのか」


 ティガス殿下はまるで悲劇の主人公にでもなったかのように大袈裟に嘆いていますがどう考えてもティガス殿下の自業自得であり神様に文句を言うのは筋違いというものです。


「でも何度も同じ時を繰り返しているのでしたらその内破滅しない未来が見つかるのではないですか?」


「私も最初はそう思っていた。だが違ったんだ。これを見てくれ」


 そう言って殿下が差し出した右手の甲には痣のような模様が浮かび上がっていました。

 よく見ると数字の一にも見えます。


「この模様は最初は数字の十だった。それが時を繰り返す度に数が減っているのだ。これがゼロになったらどうなると思う?」


「……そのままの意味と捉えればもう次はないという事でしょうね」


「ああ、そうに違いない。きっとゼロになった瞬間今度こそ私は本当に死んでしまうだろう。だからお前にも協力して欲しい。実は起死回生の策があるんだ」


「私は何をすれば宜しいのでしょうか?」


「お前はカリオンと幼馴染だったな」


「カリオン様ですか……」


 幼馴染のカリオン殿下はティガス殿下の異母弟です。

 私の母と陛下の側室であるカリオン殿下の母は親友同士だったので交流がありこの屋敷の中で私とカリオン殿下は姉弟のようによく一緒に遊んだものです。

 カリオン殿下はれっきとした王子ですが庶子の為現在は王位継承権を放棄して王宮騎士として日々働いています。

 その為近頃は直接お会いする事はほぼなくなりましたが今でもしばしば手紙で近況についてやり取りを続けている仲です。


「はい、物心ついた時からよく遊んでいましたけどカリオン様がどうかなさったのでしょうか?」


「うむ。お前がカリオンを想う気持ちが強く、お前の方から私との婚約を解消したいと申し出たというシナリオでどうだろう」


「は?」


「父上が重要視されているのは王室とサンドリッジ公爵家の繋がりだけだ。お前の相手が私でなくとも王室の一員であるカリオンならば父上も納得をされるだろう。その後私は大手を振ってリッチェルを妻に娶る事ができる」


 ティガス殿下は人差し指をピンと立てながらさも名案でも思いついたかのように得意気に説明を続けます。

 確かにそうすればティガス殿下は破滅を回避できるかもしれませんが私やカリオン殿下の気持ちはどうなるのでしょう。

 そもそもカリオン殿下は私にとっては弟のような存在です。

 恋愛感情を覚えた事は一度だってありません。

 きっとカリオン殿下にとっても迷惑な話でしょう。


「その計画はカリオン様にはもうお話しされたのでしょうか?」


「いやまだだ。だがあいつなら兄である私の頼みを断ることはあるまい」


 ティガス殿下はそう断言しますがその自信はいったいどこから来るのでしょうか。

 困惑する私にティガス殿下は続けます。


「そうだ、折角だからお前の口から直接伝えてくれないだろうか。あいつは今仕事中だが夜ならば空いているはずだ。その時に王宮へ行って話をしてくれ」


「はあ……」


「私にもこの後色々と準備があるのでな。なあに、この件は父上には私から良く言っておくから後の事は心配しなくてもいいぞ」


 ティガス殿下は私が口を挟む暇を与えないように早口で捲し立てます。

 この計画はティガス殿下の中では既に決定事項であり、私が拒否したとしてもどんな手を使ってでも結果的にそうなるように仕向けるつもりなのでしょう。


 ならば私が取るべき道はひとつ。


「……分かりました。私たちの婚約の解消について全力で協力をさせて頂きます」


「本当か? さすがエリーシャだ、話が分かる」


 ティガス殿下は私の両手を握りながら満足そうな笑みを浮かべます。

 そしてティガス殿下は席を立つとそそくさと屋敷から出て行きました。




「マリー、私ティガス様にフラれちゃったいみたい」


 客間のお茶を下げに来たマリーは私の言葉を聞いて怪訝な表情を見せます。


「エリーシャ様ご冗談ですよね?」


「本当よ」


「信じられません。でしたらどうしてそのように平然としていられるのですか?」


「平然としている? そうかしら」


 ここにきて私は自分でも驚く程冷静でいる事に気付きました。

 あれ程ティガス様との結婚を楽しみにしていたのです。

 普通ならその直前に婚約の解消を強要されて落ちついていられるはずがありません。


 私は苦笑いをしながらぼやきました。


「私、ショックで心が壊れてしまったのかしら?」


「いえ、むしろ元のお嬢様に戻られたとでも申しますか……初めから何事もなかったような……」


「……? マリー、あなたの言っている事が分からないわ」


「申し訳ありません、おかしな事を申しました」


「大丈夫、気にしてないわ。それよりも私これから出かけなければならないので準備を手伝ってくれる?」


「はい、エリーシャ様」


 私は大急ぎで外出用の衣服に着替え王宮へと向かいます。


 王宮の入り口に視線を向けると他の騎士たちと共に周囲の警備をしているカリオン殿下の姿がありました。


 カリオン殿下は私の姿を見て笑みを浮かべて手を振ります。


「エリーシャじゃないか。どうしたんだ? 兄上との結婚式は明日じゃなかったか?」


「実はその件でカリオン様にお願いがあるのです。勤務中に申し訳ありませんが少々お時間を頂けませんか?」


「どうしたんだ改まって。それに俺に対して様付けは不要だ。俺とお前の仲じゃないか。俺にできる事なら何でも言ってくれ」


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