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【無期限投稿休止】人もどきの復讐譚。【詳しくは活動報告からお願いします】  作者: 師走レツ
一章:この世界にいたい、そう願うことさえ私には許されないのでしょうか。
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はな子。

「え、なに……」

「痛かったですね、苦しかったですね」


 状況が飲み込めず抱きしめている夜歌を反射的に剥がそうとしたと同時に夜歌は言葉を発した。語りかけるように、懺悔するように……心の底から慈愛に満ち溢れた優しい声音。固まって動けなくなる。


「あなたの憎しみ悲しみ、否定することは出来ません。その感情は当然のことです、あなたは男が言っていた昨日家族のもとへ帰ることを諦められなくて最期まで足掻いて無残に命を散らされていた子ですね。ごめんなさい、助けてあげられなくて、知らずにいてごめんなさい」

「っ」


 女の身体のなかがざわめいたのを感じた。それは怒りと感じた女は暴れた。その小さな腕から逃れるべくその手足をばたつかせた。


「うるさいっ今更なによ!!あたしはもう死んだ!あいつのせいで!あんたらのせいで!!あたしはこうなった!」


 理不尽だ、頭で分かっていても口に出すのを止めることが出来なかった。いくら謝罪されてもあたしが苦しんでいるのを知らなかったからと言ってこの気持ちをすでになかったことなんて出来やしない。あたしはすでに、死んでいるんだから。女はこの優しい拘束から逃れようと試みるが、決して傷みを感じさせない抱擁なのに何故か振り解けなかった。それは単純に少女の力が強いから、だろうか。


「あんたたちの、せいで……!」

「ええ、そうですね。あなたの憎しみや苦しみはあなたのしかわからないことです。だから他の誰かがあなたより苦しい思いをしたとてそれはあなたには関係のないこと、あなたの苦しみはあなただけのもの、それをどうこうしようとまで私は考えていませんし先程も言いましたが否定するつもりは毛頭ございません」

「それなら!!」

 止めてくれるな!と言い放とうとして辞めた。否正確には何も言えなくなってしまった。抱擁していた少女がほんの少し距離を離して夜歌がどんな表情を浮かべていたのか見てしまったから。


「ええ、ええ。目の前に憎き相手がいる、手にかけることの出来る距離にいる、殺したいですよね殺されたときと同じように屈辱という屈辱を与えて苦しみを与えて藻掻き苦しむ顔を見たいですよね。そうですよね。わかります、わかっているんです。私もそうだったから。私も、そうしてきたから。でもごめんなさい。それでも、私はあなたたちに血を染めるようなことをさせられないんです」


 ずっと無表情を貫いていた少女。眉一つすら寄せず、起伏のない淡々とした声も相まって冷酷に見えた少女の表情は、哀しそうで今にも泣き出しそうな年相応の『人間の少女』のような顔をする夜歌。


(綺麗……)


 目を惹く青い瞳を見てさっきまで感じた恐怖は無く率直にそう思って女は見惚れた。優しくも切なそうで、哀しくなるほど胸が締め付けられるぐらい綺麗な瞳だった。夜歌はそっと女の頬に手を添える。その手は真冬の川の水の如く冷たかったが憎しみで火照った身体にその冷たさは心地よくて無意識に目を閉じた。

 目を閉じた女に夜歌は語りかけるように歌うように静かに話し始めた。夜歌の声は冷淡にも聞こえる起伏のない口調だが、子守唄のように安定した穏やかさがあるようにも感じられた。

「あなたたちが憎いと感じた人たちを殺すことで自分自身で自分たちを救おうとしていますが、実際のところその方法であなたの苦しみは消えることは無いんです。むしろ底無し沼かのように抜け出せなくなります。

1回でも誰かを殺してしまえばその感覚が殺した相手問わず癖となり最初こそ憎い復讐をしたいと思う方だけを殺そうとします、ですが段々とあれもこれもと欲しがるようになります。その欲しがるものはその方によってそれぞれですが……あなたたちの場合ですと、親の愛情を甘受し昼間健全に遊んだり仕事の手伝いをしてご飯を食べて今の時間ですと安全な家ですでに眠っている『今』を生きる子どもたちが矛先になる可能性が高いです」

 当初こそ目的を持って標的を決めて殺そうとして実際に殺してしまえば、人間を殺す感覚が癖となり徐々に自分が生きていたときに死ぬ寸前まで心からやりたかったことを、当たり前に受け取って生きている無関係な人間が標的になる場合が多い。女達の場合は、親の庇護にある子どもたちが殺す可能性が高いと夜歌は経験上そう評した。

「そうなってしまえば、自我を失いただただ飢えた理性の欠片もない『鬼』に成り果ててしまいます。それこそ、もう人間とは到底呼べる存在ではなくなってしまうんです」

 夜歌は哀しそうに伝えた。何とか、人を殺さないで済みますようにと願うように真実を伝える。

 女は緩急な動きで少女の肩を掴んだ、その瞳は未だ赤い、けれどさっきのような強烈さはなく弱々しく今にも消えてしまいそうに問いかける。


「……それなら、あたしはどうすれば良かったの?あいつを、許さないといけないの?あたしは……死にたくなかった……生きたかった、よ……」


 悲しそうに子どものような口調で呟くように問いかけ静かに一筋の涙を流した後、女の動きは糸が切れたかのようにガクリと崩れ落ちその場に緩やかに倒れ込む。夜歌は無言で少しだけ移動して倒れた女の頭上に座り込んで女の頭を少し持ち上げてそのまま膝に乗せる、その体勢のまま少し上を見上げて声をかけた。


「やっと本当の姿、見せてくれましたね」

 夜歌は声をかけた、視線の先には俯いた女の子が立ちすくんでいた。その頬にはそばかすがあるのがうつむいていてもわかる。先程の女の姿のような禍々しさはなく、その代わりその小さな身体に見合う弱々しさがあった。

「どうでしょうか。座っておはなしでも、しませんか?」

 反応なく項垂れている少女に夜歌は座って見上げたまま自分の左隣を叩いて座るよう誘う。夜歌の誘いに少女は暫し視線を彷徨わせ、戸惑い迷った後恐る恐るそっと夜歌の様子をじっと見つめながらもとなりにそっと座った。小さく自分を守るように膝を抱え込みながら、下から見上げるようにして夜歌を映す。夜歌はじっと自分を見つめてくるそんな少女から目を逸らして空を見上げながら

「あなたの名前はなんですか?」

 先程まで脅しとは言え命を狙っていた少女に向かってそう質問を投げかけた。遠巻きにする訳でも威圧を与えるでもなくただ普通に、普通に初めて会った人間の『女の子』のように問いかけてきた。少女は驚きながらも自分の名前をぽつりと答えた。

「……はな子」

「そうですか、良い名前ですね」

「あ……、ありがとう」

 名前を褒められてなんて返すべきかわからずとりあえずお礼を言った。そのあといくつか好きなものや嫌いなものや将来の夢がなにか聞かれて混乱する頭でそのまま自分の思う答えを伝える、最後に将来の夢を聞かれて『良い夢です』とだけ答えた夜歌はしばし黙ってしまう。

 そのまま夜歌は何も話さなくなった、はな子もこの後のことなど考えておらず夜歌の反応を待てどもなにも話さない。膝を抱えじっとりと夜歌の様子を伺っていたはな子、いつまでも話さない夜歌にはな子がしびれを切らして口を開こうとしたところで、漸く夜歌が言葉を発した。


「……あなたには、私のようになってほしくなんです」


 ぽつり。

 静かながらにその声は切実さを表していた。夜歌は未だはな子のほうを見ない。だが、月明かりに照らされ空を眺める夜歌は物憂つげであり悲しげで弱々しく見えた。


「私はすでに手遅れで、もう自分の名前すらも思い出せないほどの底なしの絶望に沈んでしまった。私にあるのは、殺されたときの憎悪と復讐への炎しかありません。生きていたときに好きだったものも好きな色も何もかもすでに分かりません」

「……夜歌。その名前は、名前じゃないの?」


 はな子は口を開く。そう、この青い瞳の少女は自身のことを『夜歌』と名乗っていたはず。それは違うのだろうか、疑問は当然であった。


「現在はそう名乗っていますが、生きているときに呼ばれた名前はもう思い出せないのです。そもそも名前すらも無かったのかもしれません。こうなってから名付けられた名前を現在の自分の名前としています」


 はな子の純粋な質問に静かに、残酷な答えを伝えた。夜歌の特段悲しさもなさそうな、抑揚のない声で逆にはな子は悲しくなった。


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