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【無期限投稿休止】人もどきの復讐譚。【詳しくは活動報告からお願いします】  作者: 師走レツ
一章:この世界にいたい、そう願うことさえ私には許されないのでしょうか。
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ふたりの被害者。

「―――そうよ、みんなみんな、あたしと同じ目に合えばいいのよ」


 先程の取り乱し様が嘘のように体中の力を抜いたようでだらりと肩が下がり、俯いた際顔面にかかってしまった長い髪もどうでもいいのかそのまま顔を上げて、夜歌を見下ろす。長い髪の隙間から鈍く光る赤い瞳と三日月型に上がった口らしき黒いものが見え隠れするのを男は見なくて正解だったのかもしれない、見ればきっとさっきみたいに暴れることも叫ぶことも逃げることもすることも出来ずその人間の形をしているのに人間とは到底思えない姿を見てしまえば、普通の人間であれば見ただけで鳥肌が止まらなくなり下手をすれば正気すら保つことも出来ないであろう醜く歪んだ顔。

 そんな女の姿に夜歌は変わらずの無表情でじっと見つめる。自分の姿すらもどうなっているのか気付かないのか女は夜歌が驚くことも怯える様子も見せないことに関心を示すことはない、ただ自分の憎しみがどうすれば救われることだけを考えていた。


「あたしの手でちゃんとそいつを殺すの。そいつだけじゃない、さっき小屋に置いてきたあの男もあたしを売ったお母ちゃんもお父ちゃんも、このことを知っていて見ないふりをしてきた村の奴らだってあたしがされていることを知らずに眠りについている奴らもみんなみーんな、殺す。あたしがされたように嬲って弄んで追い掛け回して追い詰めて苦しめて苦しめて殺してと懇願されてもやめないあたしが飽きたら殺す。全員殺す。そして最期はあたしはあたしを殺す。これでやっと満足できる、これで死んだ後悔などなくなるの。」


 小声でこれから自分のしようとすることを呟きながら夜歌に近づいていく。裸の足が少しずつ少しずつ夜歌たちへとゆっくりと近付いてくる。これだけ近付かれても女が呟いている言葉のほとんどは聞き取れなかった、その目は見開き赤く濁り憎しみと何か違うものが入り混じり少し聞き取れた言葉のなかに「殺す」との単語は聞こえてくる。ゆっくりだが着実に夜歌たちに近づき、ついに目の前に立ち塞がった。少女は女を見上げる。

「だから、どいて。じゃないとあんたも殺す」

 女は今度は低い声で唸るように凄んだ。さっきまでは呟くようにしていたが今は宣言するかのように夜歌に伝える。小さな声ではなくかと言って荒い口調でもない。だがその言葉は本当に実行するだろうと重みと威圧感を与えた。その悍しい風貌も相まって大の大人でもこの女に脅えてしまうだろう。だが夜歌は。


「駄目です、どきません」


 女より頭二つ分小さな身体。長い髪がまるで少女を囲うかのように垂れており頬に当たってもその隠された髪のなかの白目部分も黒目部分も憎しみで真っ赤になった瞳を直視してもその表情が鬼のように恐ろしい形相を見ても夜歌の意思は変わることはない。怖じ気付くことなく否を答えた。女は忌々しく舌を打った。

「それなら!あんたから殺してあげる!!」

 ずっと夜歌に垂れていた髪が男を拘束していたときと同じように意思を持ったかのようにうぞうぞ蠢き始めた。夜歌の細い腕を髪は絡みつき両腕を後ろ手に拘束し、その白い首にも髪がまとわりつく。拘束され、動けなくなって首にも髪が絡みついている、今にも殺されそうにも関わらず夜歌は未だに抵抗もせず、なおも女を見つめていた。

「どう?今からでもここから立ち去るって言うなら開放してあげなくもないわよ?そうじゃないとこのままその細い首を締め上げないといけなくなっちゃうよ?」

 最後の確認と言わんばかりにここから去ることを推す女。確かに両腕を拘束して首に絡んでいていつでも首を締め上げられる状態だ。いつだって殺せる状態、だが夜歌は何かを確信したようで数回頷き、


「……あなたは、本当は誰も殺したくないんですね」と、いった。

 目の前の女と変わらずに視線を合わせ表情を変えないまま夜歌は静かに、そう言ったのだ。


「……はぁ?この状況で何寝惚けたこと言ってるの?さっさと去るか死ぬか選んでよ」

 心底有り得ないことを言われたと感じた女は一笑して答えを急かした。馬鹿馬鹿しいさっき自分が言ったことを忘れたんだろうか、この自称人もどきの少女は。女は夜歌の言うことを馬鹿だと感じていた、だがそれ以上この怖いほどに澄んだ青い目に自身が映されるのは何故か(まずい)と感じたからだ。脅すように軽く白い首を締めてみても夜歌は見つめるのも言い募るのもやめない。

「あなたは、誰かを殺したいわけじゃない」

「そんなことないっ」

 女は夜歌の言ったことを否定した、なんだか息苦しくて今度は笑みを作ることはできなかった、夜歌その否定をさらに否定はせず

「それなら邪魔者の私を首を締めて殺してください。」

 優しく女に促した。女は驚く、まさか殺していいとまで言われると思わなくて固まってしまう。

「さあ、どうぞ。」

 動けずにいる女に待ちくたびれたのか挑発するかのように首を少し傾げて女に向けて惜しげもなくその細い首を差し出してくる。……殺せばいい、髪にほんの少し力を加えればいいだけだ。邪魔をする奴らは敵だ、この少女は痛いことをしていないけれど、何度も警告してそれでもどかないと選んだ、それに殺せと促してくる、決めたことだ。自分を殺したあいつをあの子を殺したあの男に復讐してあたしを見殺しした父ちゃん母ちゃんを、あの子を見放した村の奴らを全員、みんな、みんな……!


ーーーあの子に遭わせたことを、あっしもするのか……?あの男と同じことを、あたしは……。あたしは、あの男と同じことをしようとしてる?あたしが男に嬲られたのと同じようにあたしは何の罪のない子どもあたしような子を、嬲って殺そうと、している、のだ。


「っ!!」


 真実に気づいた女……女たちは自分たちがしようとした罪に気が付いて頭が真っ白になる。どうして自分がされて苦しかったことを何も知らない子どもたちに同じ苦しみを与えようとしたのか。いくら、憎んで苦しみの果てに殺されたとはいえ、いくらあの子があいつに殺されたからと言ってあの子と同じ犠牲を増やそうとしていた、自分たちが考えていたことへの恐ろしさと後悔。己のしようとしたことへ後悔の念にかられて夜歌のことをすっかり忘れていた。


「……あなた方が、来ないのなら私から行きますよ」


 蹲る女の姿を見据えた後静かに断りをいれる少女の声。不穏なことを言っているのに声自体は穏やかなものでしかなく、女たちは混乱し夜歌の行動を視界に入れるよりも先に夜歌の行動のほうが早かった。女達は起こった様々なことにばかり頭がいっぱいになっていて忘れていた、男を縛っていた髪は焼切られていたということを。少女は炎を使えることを。女が夜歌へ視線を向けたときにはすでに拘束していたはずの髪は塵へと変貌していた。夜歌はその場に姿勢正しく立ち、真っ直ぐに女を見つめている。その瞳見ていられなくて目が合う前についっと俯くと少女の足は一歩女へと近づいたのか地面に落ちていた葉を踏みしめる音が聞こえると、女は後退る。

「来ないで」

 先程までの憎悪と怒りに塗れた威圧感は何処へ行ったのかと思うほど弱々しい声。女は怯えた。この少女はこの世の者ではなく、きっと自分のように怨念に取り憑かれたモノを殺すための存在だ、そう思った、そう思い込んだ。


「来ないで、こないでよぉ!」


 女は取り乱し、涙を零しながら叫び後退ることを辞めない、やめられない。どうやって自分を殺すのか分からないけれど、痛いことはもうされたくなかった。あの炎で殺すのだろうか、それとも何か札や術を使って殺すのか、考えたら止まらない。自分が復讐を目論見、挙句何も罪のない人間たちを殺そうとしたのだから当然の罰かもしれない、そう一瞬は思えてもやっぱり嫌だ。もう痛い思いなんてしたくない、どうしてあたしばっかり苦しまないといけないの、どうして自分をこうした男は助けるのに自分は助けてくれないの、嫌だいやだいやだいやだっ!!来ないで、誰かたすけて、わたしを。あたしを、


「救って……」


 それは女の心からの願い、そっと零れ落ちた哀しく小さな嘆きの声。半狂乱の女は夜歌がどんな表情を浮かべているのかなんてことも考えることも見ることも出来なかった。どうせ恐ろしい暗い赤黒い瞳でこちらを見ているのだ、女はあの瞳を頭のなかで思い浮かんで離れず少女の顔は見れない。逃れようと後ずさりを繰り返していたが不安定な体勢では少女の小さな歩幅でも追いつかれてしまうのはそう時間はかからなかった。葉を踏む音が目の前で聞こえて諦めに近い感情が芽生えた。


(ああ、これで、お終い)


ーーーあたしの人生は何だったのだろうか。ただ大人になって好きな人と結ばれて子どもを作って愛したかっただけなのに。親に売られた挙句不細工と蔑まれ、あの男には好き勝手弄ばれて。

 苦しくて憎くて死んでも遺体が運ばれてもここから動けずにいたところを……あっしと会ってあの男に復讐しようとしたのに。ああ、これがだめなのかなぁ。恨みも憎しみもくだらない、さっさと切り替えて浄化されるべきだったのかな、あの子を忘れるべきだったのかなぁ。でも、だめだね。きっと選択をやり直せるとしても、きっとあたしたちは同じことをするっすね。ごめんね、ごめんね。


 お互いに謝罪して、目を閉じて断罪されることを待った。出来ることなら、一瞬で終わらせてくれることを願いながら。身構えて待てどもいつまで経っても衝撃が襲ってくることはない。だが、全く予想だにしなかった感覚がやってきた。

 ふわりと何かに身体を主に肩や背中を、絡めとられたかのような感覚。ぎゅっと何かに身体を締め付けられている、だけど全く傷みも苦しみもない。

 それどころかまるで優しくなにかに身体を抱きしめられているかのような感触。

 女はそっと目を開ければ、遠くでもがき苦しんでいる男の姿と静かな森の中と濃紺の空に広がる星空と、なめらかな黒髪と小さな肩が微かに視界に映った。少女は自分の肩に顔を置いて幼い身体は女にもたれかけ膝をついて女の身体を両手を目一杯に広げて抱きしめていた。女は状況が自分がまさかと思いながらも予想していたことと同じことが起きている、起きているからこそ混乱する。


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