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【無期限投稿休止】人もどきの復讐譚。【詳しくは活動報告からお願いします】  作者: 師走レツ
一章:この世界にいたい、そう願うことさえ私には許されないのでしょうか。
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人もどき。参


「チッ……なんだぁ?蔦でも絡んだか?ったく邪魔くせえな。」


 随分と狙いを定めたかのように絡みついてはいるが、男が寄りかかっていたのは少し太めの木の幹だ、男は首になにか引っかかっていることには少し驚いていたがたまたま首に蔦が絡んだろうと思いすぐに冷静になりその首に絡みついているモノを掴む。


「……?」


 蔦、にしては感触としては随分とごわついているように感じた。それに絡んでいるのは一本の長い蔦ではなく、幾つもの細い蔦が重なって束になっているかのようだった。直ぐにでも取れるだろうと思った蔦は頭の方に引っ張っても取れず、両手で力ずくで裂こうとしても束になっているせいか裂くことも出来なかった。しかも心なしか自分の首にさらに食い込んでいるような気もして徐々に男は不気味に感じ、僅かに恐怖を感じた。

 少し焦って思いっきり前のほうにぐっと引っ張ってみた。引っ張れば僅かではあるが首から離れて食い込みから開放されて安心する。引っ張ったことで視認できるようになり、男は目が飛び出そうなほどに驚き、そして恐怖する。

 先程少女に感じたような訳のわからない恐怖ではなく目の前の蔦……と思っていたモノが明確に見えて本来あるはずのないものがあることに恐怖した。誰が見てもこうなっては恐ろしいと思うだろうと納得するものがそこにあった。それもそうだろう、男の首に引っ掛かりなんとか外そうとしていたまとわりついていたモノは蔦ではなかったのだから。


「っんだよ、これ……うげぇ!」


 それは、先程の少女のものとは真逆の艶がなく握りしめると不快感を覚えるほどの荒れ果てた黒い髪の毛が束になっていたもの。そう、男の首にまとわりついていたのは、何百本の髪の毛の束、だったのだ。


「だれか!誰かいねえか、たす……う!?グあ”、ぅあ”!」


 得体のしれない髪の束が自分の首にまとわりつかれていることの恐怖し全身の肌が粟立ちながら、周りに誰かいないかと叫ぼうとする男にそうはさせぬと言わんばかりに髪はもう一束どこからか出てきて意志を持っているかのように動き、男の口に捻り込まれる。突然何かが口の中に入ってきた驚きと口内に入ってきたのが大量の髪の毛という不快感から、つい髪の束を持つ手が緩みそのまま勢いよく男の太い喉仏を内側に入れるようにきつく締め付けられ男は息が出来なくなる。


「ふ、ぅぐ……、う”ぅ”……!」

「苦しいんすか、それは良かった良かった〜」

「!?」


 己の首を締める髪を何とか離そうと躍起になっている男に女の声が背後から聞こえた。後ろに人がいたような気配は無かった。声が聞こえた今もなお人がいるような感じはない。


「ああ、そっちからはあっしの姿が見えないっすね。それはすんませんね」


 高めの女の声に聞こえるが、適当な敬語を使いながら謝ってはいるが恐ろしく抑揚がなく棒読みにしか聞こえなかった。普段の男であれば激高しているところだが、今の男にとってはその淡々とした声さえも恐ろしかった。口振りから現在の自分の状態がわかった上でそう言われているのだ、確実に自分を狙ってのことだと男はわかった。足音がこちらに近づいてくる、気配はないのにそのくせ何故か音だけ聞こえる不気味さ。

 知らず知らずのうちに下を向いていた男は真後ろから少しずつこちらに移動してくる足音に怯えてはいたが、ほんの少し、本当に塵一つ分程だが好奇心もあった。この自分にこうしてくる化け物はどんな姿なのか、と。先程まで少女に怯えていたがそれはそれ。男はまだ自惚れていたのだ、自分は生きて帰れると。自分はここでは死ぬことはない、まだ先の話だと。少なくともこの瞬間まではそう思っていた。愚鈍であることにはまだ気づいていない。裸の白くて作られたように長い足の指先が見えたのと同時に顔を上げて、男は察した。


 目の前の『これ』は自分を生きて返すつもりはないのだと。


「ひ、ぎ……ぃ、ぅぅ”」


 悲鳴を上げたくともその口内には何百本、何千本もの髪で満たしている上さらに男の喉奥へと押し入ってきた。吐きたくとも吐けない苦しみと息苦しさに生理的な涙が出てくる。


「これから、お前を殺します」


 目の前の『女』は目を細め口角を三日月に釣り上げながらそう告げる。声音を上げて茶化すように告げて、表情も笑顔なのにそのすべてが今この場では異質にしか見えない。そもそも、この女の顔は……さっきの少女の前にこの辺りを彷徨いていたのを捕まえた、もう一人の『商品』であり、本来ならばもう一人の男のところ、今から戻ろうとした住処にいるはずの女だ。

 何故この場にいるのか、何故その長い髪は自在に動かしているように自分を締め上げ口を塞いでいるのか、何故自分が命を奪おうとしているのか。

 何故、その細めた目は真っ赤に血走っているのか。

 自分のためだけに生きている男には心底分からない。男のその考えを女は分かっているようでさらに頬に笑窪えくぼができるほどに更に釣り上げる。


「ぅ…!?、ぐぅぅぅぅ、ふ……あ”、ぁ”……ぎ!」


 男は呻き声とも取れる悲鳴を上げる。女は声をかけたときから少しずつ、ほんの少しずつだが男の首にまとわりついている髪の締め付けが強くしていったのだ。

「な、ぜ……お、えを」

「……へぇ〜わからないんすねぇ。お前は自分勝手にやってきた、それならあっしも自分勝手にあんたを殺すだけですのでお気になさらず」

 心底何故自分を殺しにかかっているのかわからず呂律の回らない舌で女に問いかけてくる男に、女は男の問いが気に食わないようで汚物を見るような目で見つめながら理由は敢えて言わずただ男の苦しむ姿を凝視しながら髪を緩めることなく喉を締め続けている。

 男は混乱と疑問が入り交じるなか、呼吸が出来ず酸素を体内に取り込めることの出来ない苦しみと目の前の感じたことのない憎悪に塗れた目に恐怖に襲われながら徐々に意識が遠ざかっていく。が、瞬時に髪が緩められて呼吸が自由にできる。何も考えずただ自由に呼吸のできる開放感に安堵して息を思いっきり吸い込んでは吐き出すを繰り返す、女は笑みを浮かべたまま男の呼吸する姿を見ている。

「〜〜〜っかは、ゴホっ、すー、はぁはぁ……!」

「うん、ちゃーんと吸って吐いてね〜……はい、もーいっかいね〜」

「……!?やめ、ぉ、え、ぐぇ……!」

 しっかりと呼吸を何度か繰り返し行っているのを確認した女はまた首を締め上げてくる。もう開放されたと思っていた男は女の言葉に絶望する間もなく再度苦しみに襲われた。

「あは、そんな簡単に楽にするわけないっすよねぇ。少なくとも朝が来るまでは保ってほしいとこっすねぇ」

 間延びした声も男の耳にはすでに入っていない。ただ開放されないことだけは理解した。いつの間にか男の口の中に入っていた髪の束は外に出ていてそれは男の腕を木の裏側にくっつけるように拘束しており完全に自由も奪われていた。

「あんたにも同じ苦しみをあげる、あの子がされたように。その苦しみの果てに殺してやるっす」

 女は苦しむ男を見てはいるが、どこか遠くを見つめている。その目は憎しみと混じって会いたくても二度と会えない人でもいるかのような深く悲しい目をしていた。


ーーーああ、こいつのせいだ、こいつのせいであの子は死んだ。あの子の親がこいつに売らなければ死ななくて済んだのに。……あっしが気づいていれば、死ななかったのに。助けてもらって餌も貰ったのに、あっしは命を救ってもらったのに。あっしはなにも出来なかった、何も知らなかった、せめてもっと早く戻ってきていれば。あの子がひとりぼっちで死ぬことはなかったのに!!


「こいつを殺して次にあいつらを殺して、最後にあっしが死ねば……そうすれば……きっとあの子も……。

あたしも救われるの」


 女の目が暗く濁り、男の呻き声に掻き消されそうなほど小さな声で呟く。その目は先程の悲しみの目ではなくどこか喜の色が入っているように見えた、言うならば言動もさきほどと少し違いもあるかもしれない。女は自分自身の変化に気付くことなく男に近づく。苦しむ男をさらに苦しませる方法を考えながら。その腕や足をもいで眼球も抉って、その眼球を食わせて。ああ、それはきっととても楽しいことで、救われるための一歩になる。そう信じて疑わない愉悦の目で男と目を合わせ、腕に手を伸ばす。


「救われませんよ。あなたの言う『あの子』もあなた自身も……誰ひとりとして、救われません」

「!だれ!?」


 突如として背後から聞こえた幼い声。誰もいないと思い込んでいた女はその声のする方へと振り返るも女の視界には誰のことも映すことは出来なかった。だが気のせいではなく確かに声は聞こえていた。けれど視界には誰もいない、何の匂いもしない。女は訝しんだ顔をしながらもとりあえずは、と男の方へ顔を戻そうとする。


「ゴホ!!ガハッ!……げぇぇえ、おぅえ……」

「!?」


 男の野太く咳き込んだかのような音に勢いよく女は男のほうへと振り返る。その太太とした喉を締め上げていた上、喉奥にも髪が詰めこまれていたはずでどれほど苦しくとも咳き込むことも不可能なはずなのに耳障りな音に不快感を感じる前よりも先に女は驚きに目を見開いており、その表情のまま振り返った。

 女は男から髪から開放したつもりなど無かったからだ。先程一旦開放したし、これを幾度も繰り返し行うつもりではあったが、まだ放すように動かしてはいなかったのだ。試しに髪を動かしてはみたけれど手応えはない。振り返る女が見たもの、それは不愉快に咳き込み蹲る男と……その男を拘束していたはずの今は何故か焼かれ千々となっている自分の髪、そして。


「……誰っすか、あんた」


 女から見て見知らぬ、青い色の目が印象的な少女がそこにいた。女の問いに無表情で淡々と丁寧な口調でこう答えた。

「はじめまして、私の名前は夜歌と申します。見た目こそ人間ではございますが私は『人もどき』ですので一緒くたにしないようお願いいたします」

「……ひと、もどき?」


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