人もどき。弐
ところ変わって無精髭の男と少女。澄んだ青い瞳を持つ少女は無精髭の男に組み敷かれていた。
「へっ俺だってあんな石頭にはほとほと愛想が尽きていたんだ、丁度いい」
縛られ猿轡をされている状態のままに押し倒しているので抵抗はままならない。……そもそも少女に抵抗する気があるかどうかは置いておくことにする。男は何も考えず少女が纏っている首に巻いていても地面に引きずってしまうほどの長い襟巻を雑に取り払い、少女の身の丈に合わない大人が着るような渋い色味と大きさのある羽織と着物を乱暴にはだけさせる。あえて帯を崩さずに着物の合わせだけをはだけさせており、少女の肌が見え隠れする。着込まれた奥にある白く柔らかい肌に男は舌なめずりにする。
未だこれから先成長する可能性を秘めているとひと目見てすぐにわかるほど幼く細い身体、乳房も張っておらず身体の凹凸は少ない、到底一般的な男の劣情を催すほど出来上がった体ではない。だから先程の男は商品にならないと言っていたのだ。だが男は少女の肉体を見て興奮している、まるで獲物を見つけて追いかけ回して追いかけ回して体力の尽きた餌を楽しむ獣の目でその肌を見ていた。呼吸を弾ませながら少女の腹部から胸部を繰り返し無骨で丸々とした指は撫でるように触り続ける。
「胸があるのに尻があるのも良い出来上がった整った顔だってちゃんとそういう仕事として躾された女どもを抱いていても当然興奮するし抱き心地が良い。だが、それ以上にお前ぐらいの年齢の女、いや男でも良いけどなぁ。未発達な身体の肌の張りといい何も知らぬ無知の餓鬼が無理矢理男根を捻り込まれて最初傷みを認識せずに呆然とした顔をした後、まず無理矢理慣らしもしていない秘部に捻り込まれる傷みに驚いて何をされたのか理解して絶望した顔をして泣き叫んで助けを乞うんだよ。『おかあさん、たすけて』とな」
一旦ここで区切り少女の顎を鷲掴みにし目を合わせて少女の顔に唾が飛んできそうなほどの近さで大笑いする。
「おかしいだろう?!てめえを売った母親の助けを求めるんだぜ!?おかしくて仕方ないだろ?だから言ってやったんだ!てめえはその母親に売られたんだってな!!そうすりゃ大体の餓鬼は諦めて俺のなすがままに揺さぶられ続ける!なーんもわかっていなかった餓鬼が絶望に堕ちて泣いて最終的に諦めて俺のされるようになっているのが堪らねえな!こんな楽しいことが出来なくなるのは少しの間だとしても我慢ならねえ!!」
小綺麗な男の提案を拒否したのは少女たちがすぐにでも売れれば即金が入ってきたのが当面の間……少なくとも店を開業して安定するまでは博打も酒も我慢せねばならないのは勿論だが、こうして商品の子どもに手を出すことも出来ないのも男には耐えられないことであった。この男にとって大事なのは己の私利私欲を満たすためのことでありそれ以外はどうだって良かったのだ。刹那的な快楽を男は好んだ。
「ガハハハハハハハ!!
……まぁー極稀にそれでも分かってねえのか諦めきれずにどうしたって抵抗する餓鬼もいるがな。昨日の餓鬼だって大人しくしてりゃ死にはしなかったのに、少なくともあのときは殺す気はなかったのによぉ俺も胸糞悪いぜ……」
自身が行ったことへの快感に笑いながら語りかけていたが昨日のことを思い出して眉を顰め溜息混じりで告げる。少女を連れてくる際、昨日の売ろうとした男曰く不細工な子どもは運搬中逃げようとして足を滑らせ川に落ちたと言っていたが、真実は違うところにあった。
この無精髭の男、行き場も無く帰れる家もないただ売られる運命が確定してしまった年端の行かない子どもたちをこうして組み敷き犯し逃げ道も助けを求める希望すらをも殺しさらなる絶望の淵へと追い込み瞳に光を映らなくなっていく様を快楽にしていた。昨日の子どももそうやって絶望へと堕とし込もうとしたのだが、諦めず抵抗を重ね……男の意にそぐわない事に腹を立て追いかけ回した挙句に川にその子どもの顔面を突っ込んだのだ。呼吸が出来ず藻掻き苦しみ手足をばたつかせ、何とか水面上へと上がろうとする小さな頭を男の大きく無骨な手は力任せに押し返し決して水面下から出そうとはしなかった。
男が冷静になったのはすでに子どもが事切れた後、そのまま子どもの遺体を川へ流し素知らぬ顔で小奇麗な男と売り先の商人に『逃げようとしてそのまま足を滑らせ川へ落ちた』と嘘を吐いたのである。流石に当初は殺すつもりは無かったのか男は苦虫を噛んだような表情を浮かべた、が、直後には
「傷ついた俺を慰めてくれよ、その可愛らしい身体でよ!」
卑しい顔で身勝手な命令を少女へ下して邪魔にならないよう縛られた両手の片方の肘を押さえつけ、覆いかぶさる。少女の首元に顔を埋めて平らな身体を弄ろうと肘を抑えていないもう男の右手が直接胸部を這う。
少女の青い瞳を見たときからずっと男は興奮していた。商品が2つになった上にそのどちらも容姿が10人に問えば10人美しいと答えるほどだ。この少女をいつも通りにその身を暴いて昨日のような失敗はせず商人に売りつければまた博打と酒と女三昧が出来る。自分が力仕事関連のことをし身なりに気遣っていたあの男が交渉ごとなど頭を使うことを任す、そうしてずっとやってきたしこれからもそうするつもりだったが、少しの我慢もしたくない。
あの男の提案は先の長い話だ。今が良ければそれでいいと考える自分には合わず、頭に血が上り勢いのままに少女を連れて来てしまったが、何の不安はない。またいつも通りにやればいい。この少女の身体の隅々まで貪り食らって、自分と組んでくれそうな奴が見つかるまでは自分のような小児趣味を持つ奴らにこの少女の身体を売って小遣い稼ぎをするなりすればいい。そのときまでこいつが壊れていなければ高く売るのも良い。処女という価値が無くなってもこのぐらいの容姿であれば既に仕込まれた身体を持っていても高く売れるだろう、どう転んだってこの男にとっては損なことはなかった。男は笑みを浮かべる。
どう足掻いたってこの餓鬼は俺の奴隷なんだ。容姿は申し分なく静かで無駄と分かっているようで抵抗する様子は見られない、大きく青い瞳にまっさらで真白な肌、今は冷静に見えても慣らさずに挿入すれば涙の1つは零すだろう。その青い宝石のような瞳から涙が溢れることを想像して興奮し、熱が入る。男は高を括り傲慢になっていた、自分の日常は今もこれからもずっとこのまま続いていき崩されることなどない、と。
少なくとも少女の身体に這わしていた指がひとつの違和感に気づくその瞬間までは、男は確かにそう思っていた。
「……?」
何かに気づいたように胸部を這いずる指を止めて違和感の正体を考え始めた。男は子どもたちの身体を暴く際、少年少女問わずまず胸を触る。女を抱くときまず胸部にある柔い感触を揉み込むときの癖、というのもあるが、指に伝わる心臓が跳ねる感覚が好きなのだ。
緊張からか恐怖からかドクドクと大きく鳴っている感覚とその歪んだ表情を見ると目の前の子どもを絶望に確実に自分が追い込んでいるのが直に伝わってくるのが罪悪感と背徳感からとても気持ちの良いことだと気がついてからは確実に心臓の脈打つ感覚を確認している。今回も、同じように確認して……できない?
「な、」
男は違和感の正体に気付き弾け出されたように少女から離れ油虫のように後ずさった。未知なるものと遭遇したかのような引き攣った表情、その図体に似合わず身を震わせている。自身の手と未だ寝転んだままの少女を交互に見ては恐れ戦慄く。傍から見て少女の身体を触れていたかと思えば突然弾かれたように後ずさり恐怖に怯えているのだから男の行動こそが不可解としか見えないだろう。
少女は縛られた両手と口を塞がれたままに寝転んだ状態で踵点を向けるように高く上げてそのまま地面に勢いよく振り下ろし反動を使って上体を起こす。突然自発的に動いた少女に男の身体は子どものように怯えた。
「……。」
少女は一言も発さない。男たちと対峙して住処へ連れて行かれても、激昂した男に突然また連れ去られて急に覆いかぶさられても悲鳴も泣き声も助けを乞う言葉だって何一つ上げていない。先程まで気にしていなかった男は徐々に違和感に気づいていく、いくら鈍感な子どもであったとしてここまで徹底的に何も言わないはずがない。少女の見た目は元服を迎えているとは到底思えない幼く先程も予想していたけれど十を超えているかいないかぐらいにしか見えない。子どもどころか成人であろうと今から乱暴されるのを抵抗もせず大人しくされるがままになる訳もない。
「っヒ、ィ!」
突如男は情けなく引き攣った声を上げた。誰もいない夜の森、風が木々を揺らす音と川の流れる音しか聞こえない静けさのなかでは男の悲鳴は良く響いた。まるで、そこに生きている人間が一人しかいないかのようにしか聞こえないほど。
「見るんじゃねえ、その目で!俺を見るなぁ!!」
顔を上げた少女の青く大きな瞳が男を射抜いた……男が初めて少女の瞳を認識したときには目玉をくり抜いて売っても良い値が付けられそうだと舌なめずりにしていたが……どういうことか零れそうなほど大きくて何処までも深く澄んでいて底の見えない青の瞳を見た瞬間、じっとりと男の体内から恐怖心が生み出されていく感覚に襲われ、そのことにまた恐怖しそれを誤魔化すかのように大声で叫んだ。
男は少女めがけて近くにあった石を投げつけ、腰が引け身体は震えて立てずそれでも這うように何とか少女から離れようと必死で客観的に見たら着物ははだけてほとんど全裸の状態で大きな男が泣きそうな顔で情けなくとも形振りかまっていれない、兎角少女から離れることを最優先に考えておりどれだけ無様な格好だろうと男はそこまで考えることも出来ずただただ震える足を奮い立たせて走る。
ただ少女に触れていただけで、ただ見つめられただけだ。だが、触れたことが間違いだったのだ。運ぶ際は衣類越しで、少女密着したときには男は興奮状態で気付かなかったが思い返してみれば何も聞こえなかった。息を吸って吐く音も、心臓の音さえも。男はそのことに気がついて青ざめていたであろう顔からさらに血の気が無くなっていくことを感じる。何故、男が少女に触れた後に恐ろしく感じていたのか。どれだけ脈の弱い子供であろうと胸部に手や指を添えれば血脈が打つ音が聞こえるはずだ。男はその音を楽しもうといつも通りに手をやっていた、当初こそ衣類で隠された白い肌に興奮していたから音は気にしていなかったし、少女の体温が低く感じたのは自身が興奮によって体温が上がっていたからだと思い込んでいた。
だがどれだけ胸を指先で這わしても手のひら全体で左胸を包んでみても、どれだけ確認しようとしても心臓が動く音が聞こえない。
指先に心の蔵に脈を打つ感覚は全く伝わらない上に、至近距離にも関わらず少女の呼吸音すら聞こえていないことにも気がついた。
それに気づくと『とある考え』が行き着いた。
(まるで、死人のように冷たく血が通っていないようだ)と。
考えが行き着いたと同時に男は恐怖にその胸を満たし、気づけば引き攣った悲鳴をあげながら無様に少女から退き、少女と目があった瞬間には子供みたいに石を投げつけて全力疾走で逃げた。
先程までは恐怖で身体を満たしていたため自分がどんな無様で情けないのかなんて気にもしていなかったが、しばらく走って少女から大分距離を放しただろうと少しの安堵を覚え動かしていた脚を止め木を背中を置いて座り込む。乱れた着物を正しながら深くため息を吐いた、と同時に微かに苛立ちがこみ上げ舌を打った。
「はぁ……ったく、とんだ化け物を捕まえちまったもんだ。俺が何したってんだ。いらねえ餓鬼どもを好き勝手していた罰か?ハッ、んなわけねえか。親からも不要な物とされた奴らをどうしようと俺の勝手だぁ、酒博打女は生きるために必要で餓鬼に手を出すのは息抜きの趣味だ、いらねえ奴らをとう扱おうと誰にどう言われようと辞める気はねえなぁ!だーれも俺のことを裁こうとしねえよ!現に村の奴らはどんなことが行われているのか知ってるくせして止める奴なんて僅かにいねえしな!まあ僅かにいるそいつらも俺がぶっ殺してるけどなぁ!」
得体のしれない不気味な少女を忘れるようにわざと大声で笑い混じりに悪態をつく。どうせこの山にはいらなくなった餓鬼や動物ぐらいしかいやしない、例え大の人がいたとてこのことを知っている大人が大多数で見てみぬふりをするだろうし万が一正義感の強い旅人が聞いて掴みかかったとて自分ぐらいの体格ならば大体の人間返り討ちに出来る。それを踏まえた上でこの場はすでに少女から随分離れていて安全だと思っていたからこそ大きな声でそう言えた。
着物を正し呼吸も整ってきた、とりあえずは住処へ戻ろう。で、またあいつと手を組む。こちらの話を聞くかどうかは分からないがいざとなれば力で物言わせればいいし今まで極少人数だがこのことを辞めさせようとした奴らは俺が始末していたことを伝えれば大人しく言うこと聞いてくれるだろう、お前も俺のことを断ったらどうなるんだろうなと脅せばあの軟弱は直ぐ土下座してでも俺の言うこと聞くだろう。
物騒なことを頭のなかで描きながら男は一つ息を吐いて立ち上がり、また脚を動かす。否、動かそうとした。
「ぐっ……?」
男は驚きにヒュッと息を飲んだ。気づけば男の首にはいつのまにか長い紐のようなものが絡みついているようで、ぐんっと引っ掛かりその脚をまた止めざる得なかった。