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07. デート服のコーディネートは最大の難関の一つ

 その日の夜、相談のためにてっちゃんに電話をかけた。

 デート(と呼ぶのはためらいがあるけど)となると、当然私服を着ていくことになる。橘さんの隣に立って恥ずかしくない服装がどういうものか、俺にはさっぱりわからなかった。

 服装になんて気を遣ったことがない……とまでは言わない。特に興味はないが、ダサくはないはずだ。けどだからといって、ダサくない、程度の格好で橘さんと出かけるのは許されないだろう。



『え、なに、相談ってそんなんなの?』


 電話先のてっちゃんの声は、あからさまに拍子抜けしていた。


「そんなん、ではないよ……。大問題だと思うんだけど」


 橘さんとの猫カフェは日曜日に行くことに決まった。だから服を買いにいくとしたら、残り三日でどうにかしなくてはいけない。時間がないのだ。


「こういうので頼れるのてっちゃんくらいだし、何かアドバイスとかない?」

『えー、そりゃあそうやって頼られるのは嬉しいけどさー、オレだって別にそんなセンスいいってわけでもねぇんだよなぁ』


 電話の向こうの声音は、ちょっと困っているようだった。


『なんでもいんじゃね?』

「いや、だって橘さんの隣にダサい格好で立つわけにはいかないじゃん」

『椿の服、普通にお前に似合うしダサくはないだろ』

「ダサくない程度じゃ駄目だよ。橘さん、絶対めちゃくちゃ可愛いんだから!」


 引っ越しの挨拶に来たとき、橘さんが着ていたのはシンプルな服装だった。それでも並外れた可愛さだったのだ。橘さんが『デート』という認識で本気を出してきたら絶対にやばい。釣り合わない格好で俺が恥ずかしいだけならまだいいが、橘さんにまで恥をかかせるわけにはいかなかった。

 だから俺もできるだけの努力はしたほうが、と訴えれば、『あーはいはい』となぜか呆れ声で遮られた。


『まあマジな話、お前なら橘さんに見劣りしたりしねーから安心しろって』

「……どこに安心要素があるの。見劣りしまくりでしょ」

『顔はそりゃあ、橘さんが上の上としたらお前は中の上あたりだろうけど』

「意外と上なんだな……」


 中の中か、あるいは中の下くらいかと思っていた。でもてっちゃんが言うなら客観的判断だろうし信頼できる。

 てっちゃんは『んー』と言葉を探す。


『安心要素? としたら、雰囲気、かなぁ。お前らどっちもほわほわしてるし』

「ほわほわ……?」

『見てて微笑ましいから大丈夫、って話だよ。つまりお似合い』

「いやお似合いとか橘さんに失礼だよ」

『お前に告白したのは橘さんなんだから、むしろ橘さんは嬉しいだろーが』


 ……たし、かに? そうなのかもしれない。っていうかそうだな。つい反射的に文句を言ってしまったけど、それこそ橘さんに失礼だった。


『オレがアドバイスするより、椿が自分で考えた格好のほうが絶対橘さん喜ぶぜ?』

「……いや、自分で考えたとかのアピールは特にするつもりないしなぁ」

『そこはしとけよ。三時間考えたんだとか冗談っぽく言っとけよ。たぶん橘さんはそれだけで嬉しいと思うし』


 この調子だと、どうしたって俺にアドバイスをくれる気はないらしい。これ自体がアドバイス、なのかもしれないが、求めていたものとは違った。

 うーん、と不満げに唸る俺に、てっちゃんはかすかに笑って『デート頑張れよ、それじゃ』と電話を切った。……えー、切られた。

 しょんぼりしていたら、トーク画面にひょこっと新しいメッセージが浮かぶ。


『椿はもっと自分に自信持つべき』


 どう返せばいいのかわからなくて、とりあえずありがとうのスタンプを押しておいた。


     * * *


 翌日の木曜日は橘さんに直接会うことはなく、少しのメッセージのやりとりだけで終わった。

 メッセージでも告白されたらどうしよう、と少し身構えていたのだが、そんなことはなかった。帰り道に猫がいました、と写真が送られてきて、二人して可愛い可愛いと話したくらい。平和なやりとりだった。猫を見つけたら、今度俺も橘さんに写真送ろうかな。


 そして金曜日は、橘さんとお昼を一緒に食べる日だ。教室にやってきた橘さんは、今日もクラス中の視線を集める。とはいえ、月曜に比べればその視線も軽くなっていたが。


「こんにちは、橘さん。今日は髪の毛結んでるんだね」


 変装としての三つ編みとも違い、今日の橘さんはポニーテールだった。

 髪を下ろしていたときは気づかなかったけど、橘さんの髪の毛は少しだけ癖があるらしい。先の方がぴょんっと上を向いていて可愛かった。


「こんにちは、椿さ……椿くん。これは色んな髪型をしてみて、椿くんの反応を窺おうという作戦なんです!」

「え、それ俺に言っていいの?」

「それも込みの作戦です」


 ふふ、と橘さんは笑った。

 俺の反応を、ってことは、それぞれの髪型についての感想を言ったほうがいいんだろうか。隣の空いている机と自分の机が向かいあわせになるように動かし、二人ともが席に着いたところで再び橘さんの髪の毛に目をやる。


「んー、下ろしてるのも三つ編みもポニーテールも、全部可愛いし似合ってるから、あんまり俺から言えることはないかも。参考にならない意見でごめんね」


 一つ一つにコメントできればよかったんだけど、本当にどれも似合ってるのだ。反応を確かめたかったのはたぶん、俺が……その、どういう髪型が好みなのか、知りたいと思ってくれたんだろうけど。力になれず申し訳なかった。

 橘さんはぴしりと固まって、それからぎこちなく笑みを浮かべ、最後にはじわじわと赤くなった顔を両手で覆った。


「さ、作戦失敗みたいです……そういうことを言われるのを予想しておくべきでした……」

「え、あ、うん?」


 今日はそんなに褒めたつもりはなかったんだけど。橘さん、褒め言葉に対する耐性がないんだろうか。でも橘さんほどの美少女がそんなわけ……とまで考えて、気づく。


 …………相手が俺だからかぁ。


 気づかないままでいたかった。気づいてしまったら迂闊に褒められない。褒めた俺まで照れてしまったら、橘さんだって困るだろう。

 でもなぁ、人を褒めるの好きなんだよな……あんま意識せずに褒めちゃうんだよな……。もちろんてっちゃんに窘められてからは気をつけているけど、無意識のクセというものはなかなか抜けないものだった。

 あとやっぱり……橘さん相手だと、なぜかいつもより気が緩む、気がする?


「その、ちなみにですが」


 弁当の包みを開けながら、橘さんがそう切り出す。俺も弁当を机の上に出した。


「椿さんはどういう服がお好きでしょうか」


 ちょ、直球だ。恥ずかしげに目を逸らす橘さんに、俺までちょっと恥ずかしくなる。

 どういう服、っていうのは……デート、に着る服を考える参考に、ってことなんだろうな。……服、服か。好みの女子の服? 考えたことなかったな。


「あんまりよくわかんないんだよね、服って……。その人が好きで着てる服なら何でもいいんじゃないかなぁ、って思っちゃう」

「そうですか……では、椿さんのお好きな色は何ですか?」

「色? んー……赤、とか、桜色とか? 単純なんだけど」


 小さく笑いながら答えれば、それだけで理由を察してくれたようで「なるほど」と橘さんも笑ってくれた。

 まあ本当に単純だからな。椿の代表的な色が赤で、咲良はそのまま桜色。自分の名前から連想される色に、なんだか愛着がわいてしまうのだ。


「赤、ですか……赤……桜色……」


 何やら考え込む橘さん。この答えにそんなに考える部分があっただろうか。……色も服の参考にするつもりなのかな。

 とりあえず「いただきます」と手を合わせれば、橘さんも同じように手を合わせてくれた。

 そうして食べ始めてから、あ、と思いつく。この流れで俺も橘さんの好きな服を訊けば、服装の参考になるんじゃないか?


「橘さんはどういう服が好き?」

「私ですか? あまり派手じゃないもので、フリルとかレースがさりげなくついたようなものが……あっ、えっと、だ、男性の服装についてでしょうか!?」

「だね。訊き方が悪かったな、ごめんね」

「いいえ!! 男性の服……椿さんの服……椿さんの……?」


 思いつかないのか橘さんは焦った顔で固まってしまったので、同じように質問を変える。


「それじゃあ、何色が好き?」

「白、ですかね?」

「白かー」


 だとすれば白いシャツが無難だろうか。下は黒スキニー? シンプルすぎるか? いや、でもそのくらいシンプルなほうがかえっていいのかもしれない。

 手持ちの服で全然いけるコーディネートだが、一応服屋を見にいくべきだろうか。……万が一タグを外し忘れたりしたらとか考えると、安全性をとってすでに持ってる服を着るべき……?

 とりあえず帰ったら服確認して、シャツは皺になってたらアイロンかけて……。


 橘さんも何かを考えているのに甘えて、俺も無言で思考を巡らせた。

 その日は会話自体が少なかったせいなのか、橘さんが帰った後、そういえば今日何も奇声を発さなかったなぁ、なんて思った。珍しい。





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