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お隣の橘さんは、どうやら前世で俺のお嫁さんだったらしい  作者: 藤崎珠里


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26. ただ、そこにいた二人だけのもの

「私が告白したりするたびに真っ赤になるのが、本当にとっても可愛いです。いつもは私が翻弄されてばかりですが、真っ赤になってくれると、ちゃんと椿くんも私の言葉で心が動かされているんだなってわかって嬉しいです。振り回されるのが私だけって、少しフェアじゃありませんからね!」


 ふふ、とどことなく自慢げに笑う橘さんは、案外負けず嫌いだ。


「車道側を歩こうとしてくれたりとか、歩く速さを合わせてくれたりとかがすごく自然で、昔から人にそういう気遣いをしてきたんだってわかりました。気づかれることすらないかもしれないのに、小さな優しさを積み重ねてきたあなたの人生を、私は愛おしく思います」


 ……愛おしい、って。好きって言われるよりも、なんだか恥ずかしかった。普段言われることのない言葉だからかもしれない。

 あるいは。

 橘さんの微笑みが、目が、声が、()()()()愛おしいのだと切々と伝えてくれているから、かもしれない。

 橘さんは俺の目を真っ直ぐに見ている。俺も、その目を見返す。初めて顔を合わせたあの日に、『まともに目が合うと、うっかり逸らせなくなってしまいそうだ』と思ったことをなんとなく思い出した。


「私が悩んでいたメニューを二つ頼んで半分こにしてくれたのは、嬉しかったですが悔しかったです。本当に椿くんは、あまりに自然に人に優しくしすぎだと思います。もう少し自分の気持ちも優先してください。自分が傷ついてるときにも、椿くんは私の気持ちばかり優先したじゃないですか! よくないです、とても。絶対によくありません」

「……橘さんだって俺の気持ちばっかり優先してたじゃん」

「椿くんは度が過ぎていると言っているんです!」


 まさか告白からお説教に移行するとは思っていなかった。納得できない気持ちでしゅんとしていると、橘さんは我に返ったように咳払いをした。話が逸れたことに気づいたらしい。


「椿くんは、自分が美味しいものを食べているときより、美味しいものを食べて幸せそうにしている人を見るときのほうが幸せそうですよね。あまり意識していないとは思いますが、すごくふわふわした感じで笑ってるんですよ、椿くん。その笑顔が見たくて、チーズケーキも一緒に食べたいと思ったんですが……それはちょっと、考えなしでしたね」


 あのお願いにそんな意図があったのか、と目を瞠る。

 断ってしまった罪悪感が、またじわじわとわいてきた。その意図を知っていたところで、あそこで一緒に食べるという選択肢は取れなかっただろうけど。


「……実は、チーズケーキは彰彦さんの得意スイーツだったんです」


 橘さんは少し気まずげだった。

 ……ああ、そういうことだったのか。あのときの橘さんが不思議なくらい喜んでいた訳が、これでようやくわかった。


「でも、彰彦さんのチーズケーキとは味が違いました。と言っても、味に関してはそこまではっきりとした記憶がないのですが……それでも、違うと思ったんです。すごく美味しいけど、前世の私がよく食べていたのはこれじゃない、って。なのに私は、ほっとしたんです。椿くんのチーズケーキを彰彦さんのものと重ねて喜んでおいて、味が違ってほっとするなんて矛盾していますよね」


 橘さんの笑みに自嘲の色が混ざる。


「だけどほっとしたんです。これは……前世の私が知らない、私だけが知っている味なんだ、って。前世の私と張り合ったってしょうがないんですけど。でも、張り合うっていうのも私と前世の私が別人だからできることで……味が違ったのも、椿くんと彰彦さんが別人だからで。そこも、気づけるチャンスだったのに、馬鹿な私は気づけませんでした」

「……」

「えっと……あとこの前言ったのは、なででくれる手と傘、でしたっけ」


 記憶を探るように、橘さんの視線がわずかに揺れる。……やっぱり、あえてあの日のやり直しをしてくれていたらしい。


「彰彦さんも、前世の私をたまになでていました。なで方に関しては……すみません、あまり違いを言えない、んですが。なでていただいているとき、私はすごく幸せでした。その幸せは()()()()にくれたものです。それを信じていただくしかないのが、少し……いえ、とても、歯がゆいですね」


 信じる、も何も。

 橘さんがあのとき幸せだったというのなら、それは彼女の言うとおり、()()()()にあげたものなのだ。前世なんて関係なく、ただ、()()()()()()()()()()()()


「人に貸すために、わざわざ折りたたみと普通の傘を二つ用意しておくのも、実は彰彦さんと同じでした」

「……だから、変わらないって言ったんだね」

「はい。でも変わっていないんじゃなくて……単に、二人がたまたま同じことをしていただけだって後から気づきました。失礼なことを言ってしまって、本当にすみません。好物が同じ人がいるように、嘘をつくときの癖が同じ人がいるように……似ている、だけです」


 悔いるような声音だった。


「私はあの日、傘を貸していただけてとても助かりました。嬉しかったです。目の前に困っている人がいなくても、それを想像して手助けの準備をする、その気遣いを好きだと思いました。無駄になるかもしれなくても、きっとあなたは、使わないなら使わないでよかったと安心すると思います。

 私は椿くんの、そういうところが好きです。彰彦さんと似ているからではなくて、椿くんだから、好きなんです」


 言われていること自体は、以前と変わらないのに。言い方が変わるだけで、本当に俺自身に向けられているように錯覚してしまう。

 ――いや、錯覚、ではないのか。


 今俺の前にいるのは、橘さんだ。

 橘さんの前にいるのは、俺だ。


 橘さんが語ったのは俺との思い出と、そのときに彼女が何を思ったか。だからそこに、前世の橘さんの思いや彰彦さんが関与する隙は……ない、とは言い切れないけど、ほとんどないだろう。


「私がどれだけ椿くんのことが好きか、わかっていただけましたか」


 言葉は強気なのに、その表情も声もとても不安そうだった。


 ――ちゃんと椿くんのことが好きなんだって気づいても、あなたに否定されることや傷つけることが怖くて、何も伝えられませんでした。


 橘さんはきっと今、すごく怖いはずだ。話している間中、ずっと怖かったはずだ。

 俺が橘さんの気持ちを決めつけて、耳を塞いで、勝手に線を引いたから。


「わかっていただけないというなら、私はまた、椿くんに毎日告白をすることになります。あっ、いえ、もちろんご迷惑であればやめますが! 今のを聞いてやっぱり恋人は無理だと思ったのならそれはそれでいいですし!」


 さっきまでの落ち着きようが嘘のように、橘さんはあわあわと手を動かす。それが可愛くて、ついぷっと吹き出した。


 ――ああ、負けだ。完敗だ。


 敵わないなぁ、と思ってしまった。

 思ってしまったら、もうだめだ。

 こんなに丁寧に思いを告げられて。愛おしい、という目で見られて。そのうえでそんなことを言われてしまったら、信じていいのか、なんて悩む間もなく、勝手に心が決まってしまう。

 小さく笑い続ける俺に、橘さんはびっくりしたように手を止める。


「ふふ、ふ、ごめんね。さっきも言ったけど、俺は、君の気持ちに応えたいんだ。橘さんは俺と、付き合いたいと思う?」

「……え」


 さっきは、俺を俺として見てくれるなら、と条件をつけた。今度はそれを言わずに訊いてみれば、橘さんの目が見開かれて、やがてその瞳はさまよいながらどんどん下を向いていく。どういう意味の反応かわからなかったのは少しの時間だった。

 徐々に赤くなっていく顔と、思わずといったようにふにゃふにゃと緩んでいく口元を見れば、伝わったことは一目瞭然だった。

 顔を上げて、橘さんは期待のこもった目で見つめてくる。


「それ、って」

「うん。……ありがとう。信じられないなんて言って、ごめんね」

「いえっ! いえ! ……いえ。伝わったなら、いいんです」


 くしゃりと橘さんの顔が歪んだ。


「信じてくださってありがとうございます……ありがとう、ございます」


 安堵したように息を吐く橘さんの目に、じわじわと涙が浮かんでいく。……泣かせたくないとは思ったけど、悲しんでいるわけでも傷ついているわけでもない嬉し涙なら、いいかな。

 橘さんも似たようなことを考えたのか、止めようとする素振りはない。ぽろぽろとこぼれるままに、ハンカチでそれを拭き続ける。


「うぅ……なきがお、ぶさいくなので、みないでください……」

「え、可愛いけど……でも確かに見られたくないよね、ごめん」


 泣いている顔を眺めるなんて、デリカシーがなかった。謝って慌てて目を逸らし、アイスコーヒーのストローに口をつける。……またミルク入れ忘れてた。氷が溶けていることもあり、苦みは薄くなっていたのでそのまま飲めなくもない。でもせっかくつけてくれているのだから、と添えてあったミルクをコーヒーに注ぐ。くるくるストローでかき混ぜてから、もう一口。

 ……いつまでそっとしておけばいいかな。

 ちら、と橘さんのほうを確認すれば、彼女はさらに真っ赤になった顔を両手で覆っていた。


「……大丈夫?」

「いえ……耐性というか……免疫力の衰えを感じていただけです……」

「どういうこと?」

「お気になさらず! そのままの椿くんでいてください!」

「……もしかして、俺に可愛いって言われるの久しぶりだから?」


 ふと思いついたことを口にしてみると、橘さんはぐっと言葉に詰まった。どうやら図星だったらしい。ふるふる震えて、こちらを見ようとしない。

 それもまた可愛くて、笑みがこぼれた。


「橘さん」


 好きだという気持ちが伝わればいいな、と願いながら、彼女の名前を呼ぶ。


「――俺と、付き合ってくれませんか」


 もうすでに答えをもらっているようなものだったが、こういうのはきちんと言葉にしておきたい。

 最初に返ってきたのは、「ひゅぇっ……」という相変わらずの奇声。申し訳ないと思いつつも、俺は思わず声を上げて笑ってしまった。





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