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お隣の橘さんは、どうやら前世で俺のお嫁さんだったらしい  作者: 藤崎珠里


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22. 深夜23時のカップラーメン

 恋愛感情と友情の違いがわからない。違い、というか、恋愛感情が、と言ったほうが正しいのかもしれない。

 それを今まで深刻な問題として捉えてこなかったのは、その必要がなかったからだ。初恋なんて当然未経験だし、誰かに告白されたのは橘さんが初めてだった。橘さんに告白されるまで、違いなんて考える必要がなかったのだ。


 告白されてからも、それほど真面目には考えていなかったのかもしれない。『好きになってくれた理由を教えてもらわない限り、きっと返事は出せない』なんて、言い訳して。

 好きと言われれば信じられないくらい恥ずかしくなるし、好意をもとに行動されればどきどきだってする。それは橘さんに会ってから知ったことだ。

 だけど。……やっぱり、よくわからない。恥ずかしくなったりどきどきしたりするのは、俺の中の常識のようなものが働いている、気がする。


 恋愛というものは、俺にとっては一種のファンタジーのようなものだった。想像することはできるし、他人のそれについて察することもたぶんできるけど、自分からはほど遠いもの。『好き』な気持ちを分類する必要性が理解できないから、俺はそこで止まってしまうのだ。

 原因はなんとなく見当がついている。もちろん俺自身の精神の問題であることは間違いないのだけど、要因の一つとしては、両親が挙げられるのだろう。


 俺の両親の間には、恋愛感情が少しもない。幼馴染で、性別は違うけれど親友で、一緒にいるのが一番楽だったから結婚したらしい。だから二人はすごく仲がいい。

 物心ついたときから、俺の両親の距離感は()()だった。二人それぞれから、親友としての互いの好きなところを語られたことだってある。



『パパはね、ママの大事な親友なのよ。だってね――』


『もちろん父さんは、母さんのこと大好きだよ。一番大切な親友だ。いつか咲良にも、そういう人ができるといいなぁ』



 俺は夫婦とはそういうものなのだと理解して――現代では『恋愛』結婚が一般的なのだと知ったとき、何それ? と思った。

 母さんも父さんも、お互いのことが大好きだ。だけど訊いてみたら、二人ともお互いに恋はしていないとはっきり言った。あくまで親友なんだ、と。

 それでも幼い俺にとっては、母さんと父さんの関係はとても尊いもの(昔の俺は尊いなんて言葉知らなかったから、適切な言葉を今当てはめた)に思えた。恋愛というものをして結婚する人たちが多くても、俺の両親のように、友達として結婚する人もいる。『好き』であれば家族になれるし、尊い関係を築ける。

 だから、それなら『好き』の意味を分ける必要はないんだろうな、と思ったのだ。


 周りが恋バナで盛り上がるようになってきても、とりあえず聞き役に徹した。恋ってそういうものなのか、ふーん、そうなんだ……という感じで、一応『恋愛』に関する常識はそこで身についた。下世話な話に対しては、さすがに友達にはそういう感情は抱かないのかな、とちらっと思ったが、結局両親を思い出すことになった。

 親友なのにどうして俺が産まれたかと無遠慮に訊いてみれば、両親からは、ある程度の好意さえあればそういう行為ができるのが人間というものだ、という同じく無遠慮な答えが返ってきて。

 そっか、と納得した。ならやっぱりそこも、決定的な違いにはならないんだろう。


 いつか考えなくてはいけなくなったときに考えよう、と後回しにし続けて、今に至る。

 てっちゃんは「いつかわかるようになるから大丈夫」と言ってくれたけど。


 ――本当に、わかるようになるのかな。


     * * *


「そういえばテストはどうだったの?」


 母さんからそう訊かれたのは、橘さんたちとパイを食べた日の夜のことだった。仕事から遅くに帰ってきて、俺の作った夕ご飯をぼうっと食べていた母さんは、ふと思い出したように口を開いた。

 ちょっとだけぎくりとしつつ、笑顔で答える。


「クラスでの順位は二位、学年では七位だったよ」

「あら、クラス一位じゃなかったんだ。残念ね……まあお疲れ様、咲良。次は頑張ろうね!」


 頑張ったからこの順位なんだよなぁ、と思ったけど、大人しくうなずいておいた。すごいわね、なんて言葉を期待していたわけでもない。その期待は無意味なものだと、とっくの昔に学んでいた。

 俺の両親はどちらもハイスペックなせいか、自分たちの子どもである俺も当然そうだろう、と思っている。だから小学校ではテストで百点を取ることが当たり前だったし、中学のテストでは学年一位が当たり前で、「お疲れ様」とねぎらわれることはあっても、褒められることはなかった。

 リレーの選手に選ばれても、書き初めで賞を取っても、作文で賞を取っても、喜んではくれたが褒めてはくれなかった。


 実はそれが、俺が人を褒めるのが好きになった理由だったりする。いや、自分でもよくわからないんだけど……褒められてこなかった分、誰かを褒めたいなぁって思ったんだ。褒めたらその人が喜んでくれるから、俺も嬉しいし。

 ……こう考えると俺、両親に影響受けすぎだな。


「俺もう寝るね。おやすみ」

「おやすみ」


 父さんが帰ってくるのを待とうかとも思ったが、なんとなくもう自室に戻りたくなった。

 自室に入り、ローテーブルの上に置いてあったスマホをつけると、数分前に橘さんからメッセージが来ていた。ぎょっとして、慌ててロックを解除する。


『夜遅くにすみません』

『よく考えてみたのですが、こうやって文章で少しずつ会話のリハビリしていくのはどうでしょうか?』

『それだったら住吉くんにも迷惑がかかりませんし…』


 ……なるほど。確かに、トークアプリ越しだったら会話しやすいかもしれない。お互い気まずさが和らぐだろう。

 ただちょっと、どんなテンションで返信をすればいいのかが難しい。びっくりマークや波線は使うべき? 絵文字は? スタンプは?

 参考にするために、今までの会話を遡ってみる。

 大抵、何か可愛いものや綺麗なものの写真から始まって、それに対するコメントをぽつぽつしているだけだった。たまに橘さんからの告白が混ざってはいたが、とりあえず内容としてはそんな感じ。びっくりマークは大分使う。波線はそんなに。絵文字はたまに。スタンプは結構頻繁。

 ……ふむ、うん、いける気がしてきた。


『それでいこう。今日はてっちゃんが急にごめんね』


 返信はすぐに来た。


『いえ!本当にお気になさらず。とても楽しかったので』


『それならいいんだけど…』

『もう寝るところだった?』


『その、実は』


 そこで言葉が途切れる。首をかしげながら待つと、そう間を置かずに続きが送られてくる。


『今からカップラーメンを食べようとしています…』


「ぶはっ」


 カップラーメン。カップラーメン!? こんな時間に!?

 表情が見えなかったこともあり完全に不意打ちを食らってしまった。ツボった。笑いながら時間を確認すれば、二十三時をとっくに過ぎていた。

 返信がないことをどう思ったか、焦ったように細切れでメッセージが表示される。


『パイでお腹いっぱいで』

『夜ごはんは食べなくてもいいかなと思ったら』

『こんな時間にお腹が空いてしまって』

『我慢しようとも思ったんですが』

『つい…………』


 しょんぼりとしたペンギンのスタンプに、とりあえず「ごめんね」と謝っている猫のスタンプを返した。笑いすぎてちょっと文字が打てない、スタンプくらいしか無理だ。


『いえ、椿くんは悪くないんです!』

『面倒くさがらずにきちんと何か食べておけばよかったんです…』


『作りすぎちゃった俺が悪いから…』

『今度からは自分で処理できる量しか作らないことにする』


『椿くんのお菓子とっても美味しいので、お裾分けいただけたら嬉しいんですが…』

『すみません、図々しかったですね!!』


『ううん、大丈夫』

『それならこれからもたまに、お裾分けするね』

『何か好きなお菓子とかある?』


 順調に会話できていることにほっとする。この調子なら、すぐ元どおり話せるようになるかもしれない。


『チョコ系のお菓子が好きです』


『了解、それじゃあ今度はチョコ系で作るね』


 ブラウニー、トリュフ、生チョコ、フォンダンショコラ、ガトーショコラ、タルト、マフィン、パウンドケーキ……うーん、何がいいだろうか。夏場にチョコのお菓子はあまり作らないのだが、幸いお隣なのだし、そのまま美味しい状態で食べてもらえるだろう。せっかくならできたてを食べてもらうとして……となるとフォンダンショコラかな。

 メニューを決めて、よし、と一人うなずく。近いうちに作ろう。


『そういえばカップラーメンはまだお湯入れてない?大丈夫?』


『あっ』


 ……いつから入れてたんだろうか。もしこのやりとりを始める前からだったとしたら、もうかなり伸びているかもしれない。

 しょんぼりしながらそれを食べる橘さんを想像して、申し訳ないがまた少し笑ってしまった。





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