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お隣の橘さんは、どうやら前世で俺のお嫁さんだったらしい  作者: 藤崎珠里


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21. 強引な緩衝材くん

 俺と、てっちゃんと、橘さん。

 現在その三人で、俺の家のリビングで、同じテーブルを囲んでパイを食べていた。

 ――いやどうしてこうなった!?


「橘さん、細いのに結構食べるのなー。あっ、ごめん、もしかしてこれって失礼?」

「う、ううん! 大丈夫だよ! 普段はそこまで食べるほうじゃないけど、甘いものはついついいっぱい食べちゃうんだよね」


 和やかに会話をする二人を、微妙な顔で眺める。

 なぜこんなことになったかといえば、原因は一人しかいない。もちろんてっちゃんである。

 パイを持って橘さんちに突撃したてっちゃんは、俺たち二人を言葉巧みに操り、気づいたらこの状況になっていたのだった。……言葉巧みに操り、って言い方は悪意があるか。えっと、上手く誘導して、かな。チョロすぎた俺と橘さんも悪いだろうと責められたら言い訳はできない。


 それにしても、てっちゃんは何がしたいんだろう。俺たちの仲を取り持とうとしているのかとも思ったが、それにしてはただ自然に食べて、会話をしているだけだ。

 ちなみにだが、ひどいことを言ったことへの謝罪は、顔を合わせたときにすでにしていた。だからといって気まずさがなくなるわけでもなく、今だって目が合ってしまうたびに、二人して困った顔になる始末だった。


「あー、もうムリ! いくらちっちゃくても美味くても、パイは重いわ。椿やっぱ作りすぎだって」


 お腹を押さえるてっちゃんは、結局十個以上食べてくれた。橘さんが来たことで、とりあえず冷蔵庫のパイも全部出したからだ。


「……ごめんね、てっちゃん。橘さんも」

「いえ!! とっても美味しいのでお気になさらず!」

「そういえばさ、橘さんってなんで椿には敬語なの?」


 ……い、いきなりぶっ込んできたな。

 俺もちゃんとその理由を聞いたわけではないが、想像はできる。前世の橘さんは結婚当初、彰彦さんと上手くやれていなかったようだから、敬語を使っていたのだろう。そして使っているうちに癖になってしまったにちがいない。あるいは、そういう時代だったのか。

 どちらにしろてっちゃんの質問は橘さんの前世に関わるものであり、今の俺たちがふれたくない部分だった。


「あ、なんか訊いちゃまずかった感じか。ごめん?」


 固まった俺たちに、てっちゃんはきょとんと首をかしげる。素でやっているのか計算なのかわからなくてちょっと怖い。

 橘さんは「ううん、そういうわけじゃないんだけど」とちょっと首を振って、それからふと視線を落としてつぶやいた。


「……そっか。もう私、椿くんに敬語を使う必要はないのかも」

「え、橘さん?」


 あんなに頑なに敬語を使い続けてたのに。呼び名ですら、今でもたまに椿さんに戻るのに?

 前世からの癖だというのなら、直すのは相当大変なはずだ。どうしていきなり、必要がないなんていう結論に至ったのかよくわからなかった。

 だけどそんなことはてっちゃんにはわからないわけで、てっちゃんは「おー」と軽く歓声めいた声を出す。


「なら練習してみ、今」

「い、今?」

「てっちゃん、あんまり無茶ぶりは」

「無茶ではないです!」


 やめたほうがいい、と言おうとした俺を遮って、橘さんがぐっと拳を握る。


「いやー、橘さん、さっそく出ちゃってるぜ敬語」

「あっ……で、でもまだ、始めるって宣言してなかったから! セーフだよ!」

「だってさ椿審判。判定は? セーフ? アウト?」

「勝手に審判にしないでよ……。えっと、セーフでいいんじゃないかな?」


 いきなり何が始まったんだろう、これ。

 橘さんは真剣な顔で俺を見つめたかと思えば、はっとてっちゃんのほうへと視線を移す。


「あの、住吉くん、どんなことを話せばいいのかな」

「えー? じゃあパイの感想で」

「パイの感想!? わ、わかった」


 大真面目にうなずき、今度こそ橘さんは俺を真っ直ぐに見て口を開く。


「椿くん! カスタードパイ、す、すごく、美味しい。サクサクで、バターの風味が、ちょうどよく、て、色んな、味も、あるから、いくらでも、食べられそうだ、よ……ああ何これなんでこんな片言で棒読みになっちゃうの!?」

「あっはははは!」

「ふ、ふふ……」


 てっちゃんの爆笑につられるように、俺まで吹き出してしまった。俺たちに笑われた橘さんはというと、恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせてぷるぷるしていたが、やがてなんだか嬉しそうに頬を緩めた。

 ……橘さんの笑った顔、久しぶりに見たな。

 せいぜい二週間ちょっとだったけど、すごく長かったように感じる。いや、笑顔を二週間見ないなんて、実際長いと言えるのかもしれない。

 久しぶりに見ることができた笑顔に、心底安堵したのが自分でもわかった。思っていた以上に、泣かせてしまったことが心にきていたらしい。彼女を泣かせたのは、他でもない俺だというのに。


「ごめん、椿くん、私には、まだ、早かった、みたい……」

「ふっ、ふはは、うん、あは、大丈夫、無理しないで」

「無理は、してない、んだよ……! うぅぅ、すみません、やっぱり椿くん相手()()癖になってしまったみたいで……!」


 椿くん相手()()。それはまるで、彰彦さんと俺を区別しているかのような言い方だった。そっと橘さんを見ると、視線に気づいた彼女の笑みが陰る。けれどてっちゃんがいたからか、橘さんは今の発言に対して何も付け足さなかった。

 もしも橘さんが、彰彦さんと俺を別人として認識し始めているのなら。元どおり友達のように笑い合える日も来るのかもしれない。……なんて、身勝手な希望だろうか。


「ところでテストも終わったし、昼は前みたいにすんの?」


 ――ぶっこむタイミングがいいというか、なんというか。小出しでじわじわと追い詰められていく感覚だった。

 今度は固まるなんて失態は犯さず、自然な動作で首をかしげる。


「どうしようか、橘さん。どっちでもいいよ」


 本音を言えば、気持ちを整理する時間がもう少しだけほしかったけど。

 俺がそう言えば橘さんがそれに合わせてしまうだろうから、どっちでもいい、というずるい言い方しかできなかった。


「……私も、どちらでも大丈夫です」

「はいストップ」


 ぱん、とてっちゃんが手を叩く。


「椿、本音は?」

「え、本音って」

「本音は」

「……えっと」

「本音」


 だんだん端的になっていく促しに、折れるしかなかった。さっきの答えで納得してくれないのなら、ここは本当に本音を言わなければ延々と「本音」攻撃を受け続けてしまうだろう。

 橘さんのほうをちらりと見て、こわごわと口を開く。


「ごめんね、橘さん。もうちょっと時間がほしい、かな」


 当然聞いていた橘さんは、「そう、ですよね」とぎこちなく微笑んだ。……こんな顔をさせるのがわかってたから言いたくなかったんだ。

 てっちゃんは満足げにうなずいてから、今度は橘さんに狙いを定める。


「それで橘さんのほうの本音は?」

「わ、私は本当にどちらでも、椿くんがしたいほうで」

「本音、は?」

「……毎日だってお昼をご一緒したいです」

「おおっと想定よりも欲望に忠実な答えが来た」


 おどけたように言って、てっちゃんは「よろしい」とにっこり笑った。


「二人ともよく言えました。偉い偉い」

「なにそれ……?」

「どういうことなの……?」

「いや、特に意味はねぇけど」


 ないのかよ。

 突っ込みたい気持ちを抑えて、続く言葉を待つ。特に意味はない、と言っても、本当に少しもないわけがない。そしてそれを、今のてっちゃんが説明しないわけもなかった。

 どことなく気まずそうに、てっちゃんは頬をかく。


「オレ、二人が話してるの見るの好きだったんだよ。だからさ、ずっとそうやって二人してどよーんってされると困っちゃうわけ。っていうかお前ら、相手にされたことに対して落ち込んでるっつーよりは、しちゃったことに対して落ち込んでるじゃん? 罪悪感で。お互いがお互いのことめっちゃ考えてんのにさぁ、そのせいでますますこじれそうで……んー、上手く言えねぇけど……まあ、緩衝材として使われてやってもいいぜ、みたいな?」


 てっちゃんにしてはちょっと回りくどい言い方だった。だけどその分、その心配がひしひしと伝わってくる。

 黙り込む俺たちに、てっちゃんは慌てたように続けた。


「余計なお世話だったらいーんだけど! マジで! つーかよく考えたら普通に迷惑だな、うん、迷惑なことしちゃったなあ!? ごめん二人とも!」


 こんなふうにあたふたするてっちゃんも珍しかった。

 確かにてっちゃんの行動には戸惑ったし、何すんの!? とは思った。……でも、迷惑、ではなかった。少なくとも俺にとっては。

 橘さんとおそるおそる顔を見合わせる。その表情はやっぱり硬いし、俺だってそうだろう。それでも思っていることは同じようだった。

 二人揃って、てっちゃんに向き直る。


「ありがとう、てっちゃん」

「ありがとう、住吉くん」


 へ、とてっちゃんが目を丸くする。


「……正直に言って、まだ今日は橘さんと話す心の準備ができてなかったから、ちょっとだけ困ったけど……でも、橘さんの笑った顔が見れたのは嬉しかったし、」

「ぬっ……!?」


 久しぶりの奇声だった。どこに反応したんだろう。

 とりあえず今は聞き流しておくことにした。


「俺たちのこと考えてくれてるのも、嬉しかった。ありがと、てっちゃん」

「わ、私も、嬉しかったよ、住吉くん! こんなすぐ、椿くんと話せるなんて思ってなかったから……だから、ありがとう」

「……おー、ならよかったわ」


 照れくさいのか素っ気なく言って、てっちゃんはお茶をがぶ飲みした。……前に似たようなことをした橘さんは思いきりむせてたなぁ、とちょっと思い出す。名前を褒めたとき、だっけ。

 もちろんというべきか、てっちゃんがむせることはなかった。


「……でもやっぱり、もうちょっと時間がほしいかな」

「私も……毎日だってお昼をご一緒したいというのは本心ですが、それでも時間はほしいと思います」

「う、まあ、だよなぁ。今日はほんと強引ですまん。とりあえず、緩衝材ほしいときは言ってくれな。今日のとこはこれで帰るかなー、大分腹やばいし」


 てっちゃんはわざとらしくお腹をさする。本当にいっぱい食べさせちゃって申し訳ない……。残りは俺が責任を持って食べきろう。

 橘さんも「それじゃあ私も、これを食べてお暇します」と食べかけのパイを慌てて頬張る。とっても美味しいと言ってくれはしたけど、美味しいものを食べているときの幸せそうな表情を、今日は見れなかった。

 こんなことならあのチーズケーキを一緒に食べていればよかったかな、と思ってしまって、その考えを振り払う。


「そんじゃまた明日」

「……また」

「うん、またね」


 二人を玄関で見送って、ふう、と息を吐く。

 間に人がいれば、ちょっとは普通に話せることはわかったけど。……元どおり話せるようになるまで、どのくらいかかるかな。





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