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02. 三つ編みお下げと黒縁眼鏡

 昨日のあれは夢だったんじゃないか。


 昼休み、友人の住吉(すみよし)(てつ)ことてっちゃんと弁当を食べながらそんなことを思う。

 いや、朝から何回も思った。朝からどころか、昨日の時点でもう夢だと疑っていた。

 橘さんみたいな完璧超人美少女が、俺みたいな平々凡々な男を好きになるなんてそうそうないだろう。好意を疑うなんて失礼なことしたくないけど、それはそれとして簡単に受け入れられることでもなかった。夢だと疑うくらいはいい、だろうか。


 昨日あった、かもしれない出来事を頭の中でぼんやりと再生する。

 引っかかる部分は多々あるが、その中でもすぐに解決できそうなものを、さりげなくてっちゃんに訊いてみることにした。


「……ねぇてっちゃん、そういえば隣のクラスの橘さんって、下の名前何だっけ?」

「は? 杏香(きょうか)だったと思うけど」

「そんなさっと思い出せるんだ……」

「そりゃあ橘さんだしな」


 即答に呆然とすれば、てっちゃんは当然のようにそう言った。

 てっちゃんはこんなにすぐ名前が出てきたというのに、俺は名字しか思い出すことができなかった。……夢にせよ現実にせよ、すっごく申し訳なくなってきたな……。


「なに、椿も橘さんに興味あんの? 珍しーな、お前が恋バナとか」


 楽しげに身を乗り出してくるてっちゃんに、「そんなんじゃないよ」と苦笑いする。広い意味で捉えれば恋バナなのかもしれないが、現実かどうかも確定していないのだ。

 ……でも、明日からアピールする、って言ってたよな。

 夢か現実か、きっとそのときになればわかる。


「橘さんってさ、やっぱり人気あるよね?」

「めっちゃくちゃ人気だなー。オレはちょっと……あんまりお近づきになりたくねぇなって思うけど。なんか完璧すぎるっつーかさ? でも男にも女にもモテてるっぽいぞ」

「女子にも!?」

「おー。そんだけ可愛いってことじゃん?」


 こともなげに言っているが、大分すごいことじゃないだろうか。やっぱりますます夢である線が濃厚だ。

 ほー、と間抜けな声を上げながら、口に卵焼きを放り込む。今日の卵焼きはチーズ入りだ。なかなか美味しくできた、と自画自賛する。明日はどうしようかな。久しぶりに甘いのを作ろうか。

 そんなのんきなことを考えながら食べ進めていたら、俺とてっちゃんの机の脇に誰かが立った。周りのざわめく空気に、自然とその誰かを確認して――


「え、橘さん?」


 目を瞬く。橘さんがうちの教室にいる、ということにもびっくりだし、何よりその格好にびっくりした。

 いつ見かけても真っ直ぐ下ろされていた髪の毛は、今は三つ編みのお下げになっている。たまに女子がするような……なんだろ、こう、ふわふわしてる感じじゃなくて、きちっとまとめられていた。

 おまけに橘さんは黒縁の眼鏡をかけていた。スクエア型のフレームで、知的な印象を受ける。

 きっちりとした三つ編みお下げに、眼鏡。普通の人がやったらダサくなる危険があるようなスタイルでも、橘さんがやると、どこの雑誌の表紙を飾るんですか? というレベルに可愛かった。


「こ、こんにちは、椿さん」


 そわそわしながらはにかんで、橘さんは俺の名前を呼んだ。正面にいるてっちゃんからの視線が痛い。お前いつの間に橘さんと仲良くなったんだよ、ってことだよな。わかる。いやわからないんだけど。

 一つだけわかることは、昨日のあれは現実確定、ということだ。


「こんにちは。えっと、その髪の毛と眼鏡は……?」

「私は結構目立ってしまうので、少し変装をと思いまして……」


 眼鏡のフレームを指でくいっと上げ、「変でしょうか?」と不安そうに訊いてくる橘さん。

 変装、変装かぁ。やっぱりこの子、完璧超人なんて呼ばれてるけど、ちょっと天然なんじゃないだろうか。

 笑いをこらえながら、正直な感想を伝える。


「うん、変ではないけど、逆に目立ってるね。可愛い人はどんな格好しても可愛いし、橘さんが目立たないようにってかなり難しいと思うよ」

「……っか、可愛い、ですか?」

「あ、ごめん」


 はっと口元に手をやる。

 お前は人を褒めすぎる、と以前てっちゃんに怒られたことがあった。オレとか仲いい奴以外はあんま褒めないほうがいいぞ、と言われていたので気をつけていたのだが、びっくりしすぎて気が緩んでいたみたいだ。


「全然! 全然謝る必要は!」


 橘さんは両手をあわあわと動かす。不快に感じなかったならよかった、と安堵する。


「でも目立っていましたか……となると、もう変装はやめたほうがいいですよね。ご迷惑おかけしてすみませんでした」

「ううん。迷惑なんかじゃないよ。それで、どうかした?」


 眼鏡を外そうとしていた橘さんに尋ねると、橘さんはなぜかすちゃっと眼鏡をかけ直してうつむいた。


「……お昼を」

「うん?」

「お、お昼をご一緒したいなぁ、と……思って……」


 恥ずかしそうだったが、うつむいているのと眼鏡のせいで表情は窺いづらい。なるほど、眼鏡をかけ直したのはこのためか。

 ……これもアピールの一つ、ってことなんだろうか。

 好きと言われたことを思い出して、俺まで恥ずかしくなる。真っ直ぐな好意を向けられるというのがこんなにも照れるなんてこと、初めて知った。

 昨日、返事は今じゃなくていいと言っていたが、だったらいつ答えを出せばいいんだろう。正直まだ橘さんのことを全然知らないから、イエスともノーとも言いづらいのが現状だった。


 とりあえず、それは一旦置いておこう。今考えるべきことは、この昼休みをどうするかということ。

 今日、俺はもうてっちゃんと弁当を食べ始めている。てっちゃんを置いて二人で食べるわけにもいかないし、かといって、てっちゃんは橘さんのこと苦手っぽいから、三人で一緒に食べるというのはいい選択ではないだろう。


「その、ごめんね、今日は先約が」


 てっちゃんのほうをちらりと見ながら謝ると、てっちゃんは「はあ!?」と目を見開いた。


「バッカお前何言ってんだよ!? いーよオレは。橘さんとどっか二人で食べてこいよ。……ってか後で何あったかぜってぇ訊くからな?」

「いや、でも」

「いいっていいって」


 にやにやするてっちゃんは何か誤解してる気がする。

 でもどこかで二人で、って言っても、どこがいいだろうか。屋上、は……座れるようなものがないから地面に座ることになるけど、橘さんにそんなことさせられるはずがない。昇降口前のホールとかは人目につく。中庭は人気だから昼休み始まってすぐじゃないとベンチが埋まっているだろう。

 となるとやっぱり教室、かな。でも今でさえ注目されてるのに、これで一緒に食べ始めたりしたら……うーん、意外と皆、他人のことは気にしないだろうか。

 考え込む俺に、橘さんは「す、すみません!」と慌てて謝ってきた。


「椿さんだけでなく、そちらのご友人さんともご一緒させていただきたいという意味でした……! さすがに今から椿さんと二人で、なんて図々しいことはお願いできません!」


 そう言って、橘さんは眉を下げながらてっちゃんに視線を向ける。


「あの、初めまして、橘杏香です。名前教えてもらってもいい?」

「エッ……ああうん、住吉徹、だけど」

「住吉くんだね。今日は私も一緒に食べていい、かな?」


 住吉くん。そして敬語じゃない。

 ……えっ、なんで俺、さん付けのうえに敬語で話されてるの? てっきり橘さんの癖みたいなものかと思ってたのにな……? 怖そうに見えたとか? だったらかなりショックだ。

 橘さんの言葉に、てっちゃんは「んんん?」と俺と橘さんの顔を見比べる。


「いいけどさ、橘さんはそれでいいの?」

「うん、住吉くんと椿さんさえよければ」

「……あの、俺のことも椿くんでいいんだよ? 敬語も使わないでいいし」

「ぴあっ」


 関係ないことで口を挟んだ俺に、橘さんがびくりと肩を跳ねさせる。びっくりしたときとか動揺したときに、どうも橘さんは奇声を発するらしい。俺は昨日のを聞いていたから別に驚かなかったが、てっちゃんは目を丸くして「ぴあ……?」とつぶやいていた。

 それにしても、こんな反応されるってことはやっぱり俺怖いのかな……。でもてっちゃんには、お前の顔見てると気ぃ抜けるって言われたことあるし、どっちかっていうと怖くない顔してると思ってたんだけど。

 ぷるぷる震えた橘さんは、何かを我慢するような顔で叫んだ。


「つ、椿さんは椿さんでっ! お願いしますっ!」

「そっかぁ……わかった。じゃあ慣れてきたら普通に話してね?」

「ぐっ……慣れる慣れないの話ではないのですが……はい……善処しますね……」


 絶対善処されないやつだなぁ、これ。





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