野盗 2
エルザはかたまった頭の寝台の周りを見回した。
彼の私物であろう。木箱がいくつか置かれている。箱の中身は衣類のようだ。その横に酒瓶がいくつも置かれていた。かなりの酒豪のようだ。
栓を抜くとキツイ匂いがする。火酒だ。
──いけるかもしれない。
寝台にかけられている古びたシーツを破ると、それを瓶のふたにする。
三本ほどそうして、エルザは瓶を抱えて、先ほどの広間の場所の近くまで戻った。
岩壁に隠れながら、エルザは様子をうかがう。野盗たちはどうやら食事の時間のようだ。
先ほどテーブルの上に置かれていたエルザのカバンは、食事の邪魔だからだろう。片隅に積み上げられた木箱の上に置かれている。
野盗は浴びるように酒を飲んでいるようで、洞内にはキツイアルコールの臭いが満ちていた。
どうやら荷物置き場と反対側に彼らの酒樽や厨房があるようで、何人かが行き来している。
ランプの明かりがあるといっても、洞内はそれほど明るくはない。幸い男たちの意識は食事に向いている。
──いちか、ばちか。
エルザは足音を忍ばせながら、壁面に沿うようにして荷物置き場の方へと歩いた。
「お前?」
あともう少しで荷物に手が届くというところで、たまたま立ち上がっていた男と目があった。
「点火」
エルザは一本の瓶の栓に火をつけて、男たちの方へ投げつけた。
たたきつけた瓶は粉々に割れて、火が広がる。
「うわぁ」
悲鳴が起こる。
エルザはカバンを背負うとそのまま走った。机が燃えている。
幸いというべきか、人に火はつかなかったようだ。
「この女ッ」
消火作業もそこそこに怒りの野盗たちにエルザは囲まれる。
「近づかないで。まだあるの。火をつけるわよ」
エルザは瓶をみせた。さすがに、男たちはひるむ。
しかし輪を解く気はないようだ。
エルザは壁に背を向けてなんとか隙を探そうとする。
囲みが近すぎて、瓶を投げつければ自分にも火がつく可能性もあって、うかつには投げられない。
その時だった。
洞窟の入り口のほうが何だか騒がしい。
「役人だ!」
野盗たちが慌て始めた。
エルザを人質にとることは不可能だと判断した野盗たちの囲みが解け、彼らは一斉に厨房の方角に走り出した。
「エルザ!」
聞きなれた声とともに、騎士たちがなだれ込んできた。
「アレックス!」
騎士たちが野盗たちを追いかけ、捕縛していくのを見て、エルザは瓶を抱きかかえたまま、膝をつく。
「大丈夫ですか、マーティンさん」
「はい。ありがとうございます。ケストナーさん」
走り寄ったケストナーに手を差し出され、エルザは瓶を静かに置いて立ち上がる。
逃げ惑う野盗たちと、燃える机。
倒された野盗たちに縄がかけられていく。
「まさか騎士隊のかたが来てくださるなんて」
アレックスは先陣を切って、野盗たちを切り伏せている。
「そりゃあ、警備兵のところで、隊長の『婚約者』が人質になったなんて言われたら、警備兵だって、慌てますよ」
ケストナーはにこりと笑う。
「え?」
「隊長の強さは、兵士なら皆知ってますからね。あなたに何かあったらと思うと、彼らは迅速に行動するしかなかった」
「すみません。ひょっとしてリンが?」
「ええ。賢い少女ですね」
ケストナーに肯定されて、エルザは場違いにも顔に熱が集まる。
「まあ、実際、あなたに何かあったら、隊長のお怒りは頂点に達しますから、賢明な判断だったかと」
「……申し訳ありません」
おそらくリンは、警備隊だけではエルザを救うことは出来ないと踏んで、警備隊に発破をかけるために、エルザをアレックスの婚約者だと偽ったのだろう。
誰が人質になっても対応は同じというのは、建前だ。
警備隊の人間は、慌てて帝都のアレックスの下に連絡をよこしたのだろう。
「エルザ」
掃討にめどをつけたのであろう、アレックスがエルザの方に向かって歩いてきた。
「隊長が来ましたね」
ケストナーが楽しそうに笑う。
「エルザ、無事か?」
「はい。ありがとうございます」
アレックスを見るとエルザの胸がドキリと音を立てた。
少なくとも、リンの嘘を受け入れて来てくれたということだ。アレックスにも都合があるだろうにと思うと、非常に申し訳がない。
「机が燃えているのは、エルザの仕業か?」
「ええ、まあそうですね」
苦笑を浮かべたアレックスにエルザは頷く。
「カバンを奪われたので、致し方なく。あと、ここの頭を氷漬けにしてきました。あちらのほうになります」
洞窟でむやみに火をつけるのは危険なことはエルザにもわかっている。
燃え広がらない場所を選んだとはいえ、自分の退路もなくしてしまう可能性だってないわけではなかった。アレックスの表情にエルザはちょっと後ろめたさを感じた。
「ベン」
エルザの指した方にケストナーを向かわせる。アレックスと二人きりになったエルザは、リンのついた嘘のことを思い出した。
「あの……すみませんでした」
野盗につかまったことは、エルザの無茶でもなんでもないし、不可抗力だ。でも、婚約者だなんて嘘をつく必要はなかったと思う。
「謝ることは何もない」
アレックスは言いながらエルザの身体を抱き寄せる。
「……無事でよかった」
アレックスはかすれるような声で告げると、エルザの唇にキスを落とした。




