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ハナザ村 3

 ロゼッタの症状は、医者が手を焼くだけあって、かなり厄介なものだった。

 繰り返す熱。時折、息苦しくなったり、めまいがしたりするらしい。

 いずれにせよ、胸の病のようだ。

 ただ、ゆっくり座っての移動なら、なんとかできるかもしれない。

「とりあえず、栄養剤を飲んでください。体力がかなり低下しているようですので、まず力をつけないといけません」

 食事の量も足りていない。

 これは場合によっては解熱剤なども投与しながら行かなければいけないなとエルザは思う。本当は寝かせて運べれば一番いいのだろうけれど。

 エルザは医者ではないので、病状の対処療法しかできない。根治治療をするには、やはり医師の診断がないと無理だ。

 まして、いつもの医者が手を焼いているという以上、下手な薬事療法をするとかえって悪化させる危険がある。できるだけ影響の少ないもので、症状を緩和させるようにしなければいけない。

「ロゼッタさんは私が見ておくから、リンは準備を。ご親族の方にも説明をしておかないといけないわ」

「エルザさん」

「メイさん、ロゼッタさん、急な話ですが最善を尽くしますので、どうかご了承ください」

 エルザは丁寧に頭を下げた。

「姉をよろしくお願いいたします」

 メイが礼を返す。

「さあ、リン、ラルク兄さんに話に行きましょう」

「はい。じゃあ、エルザさん、ちょっと行ってきます」

「ええ」

 二人が部屋から出ていくと、ロゼッタが「すみません」と呟いた。

「なんだかお世話をかけどおしで」

「いえ。リンと一緒にいると楽しいです」

 エルザは微笑みながら、ロゼッタの額に手をのせる。

「熱が少しあるようですが、苦しくはないですか?」

「ええ。これくらいでしたら」

 ロゼッタは頷く。

「いつも眠れていますか?」

「ずっと寝ているようなものですけれど。ただ、ここのところはリンのことが心配でしたから……今日はゆっくり眠れると思います」

「そうかもしれませんが、少しだけお熱を下げるお薬を飲んだ方がいいかもしれませんね。馬車の移動はそれなりに体力が必要ですから」

 エルザはカバンを引き寄せて、薬瓶を取り出す。

「ロゼッタさんは、語学が堪能だとお聞きしましたが?」

「私は住み込みで働いていたのですけれど、同室の子がバルバロ帝国出身だったの。港の食堂だったから、異国のお客さんも多くて、耳で聞いているうちに自然にね」

 ロゼッタは苦笑する。

「バルバロ語を話せる人って少ないから、片言でもいいからって、ナオス商会のひとにスカウトされたの。最初は一度限りのはずだったのだけれど、いつの間にか専属になったわ。勉強したのはむしろその後からだったの」

「そのキャリアをすべて投げ捨てて、この村に帰ってみえたのですね」

「そんなにきれいごとじゃないの。私は手切れ金をしっかりカーナル男爵家からもらって、帝都をはなれたのだから」

 ロゼッタは大きく息を吐いた。

「本当だったら、お金をもらうべきじゃなかったけれど、お腹に子がいる以上、格好つけている場合じゃなかったの」

「それは当然です」

 エルザは頷いた。

「お子さんが生まれれば、お仕事もしばらくは思うように出来なくなります。あなたのしたことは間違っていないと思います」

「でも本当は、お金で解決できる女と彼のご両親にも思われたくなかったの。彼を傷つけて、お金をもらって、ここに帰ってきた時は自己嫌悪でいっぱいだった」

 ロゼッタは哀しげだった。

「田舎だから、父なし子のリンと私への世間の目は厳しかった。弟夫婦は私を護ってはくれたけど、やっぱりつらかったわ」

「それなら、なおのことお身体を治してくださいね」

 エルザは笑いかける。

「あなたのおかげで、私はリンと過ごせて楽しかったですから。ついこんなところまで、仕事を休んで来てしまうくらいに」

「……ありがとうございます」

「いえ。ゆっくり休んでくださいね」

 エルザはロゼッタを抱き起して、薬を飲ませた。



 明朝。よく眠れたせいか、ロゼッタの顔色は少し良かった。

 朝いちばんでリンは御者のダイスの泊った宿屋に赴いて、家の場所を教えた。ロゼッタはとてもじゃないけれど、あまり歩ける状態ではない。

 家に横づけしてもらう状態で、ロゼッタの弟ラルクと、ダイスの二人で抱きかかえるようにして、ロゼッタは馬車にのせられた。

 馬車の移動ではあるけれど、やはり病人にはきつい。

 ダイスは昨日よりゆっくりと馬車を走らせたこともあり、体調はそこまで悪くなさそうだ。

 ただ、速度が遅いので、やむを得ず途中一泊した。

 エルザとしては、仕事が気になったが仕方がない。

 予定より一日遅れとなったが、夕刻、帝都のはずれまで戻ってきた。

「あともうすぐで、帝都ですよ」

 見慣れた町はずれの景色にホッと一息ついて間もなく、馬車が急に止まった。

「……何?」

 リンが首をかしげる。

「止まれ!」

 男の声がした。どうやら囲まれているようだ。窓から見える林の中に武装した男たちの姿をみつける。

 このあたりは林道になっていて、街道の中でも見通しの悪い場所だ。民家も少ない地域なので、たまに野盗が出る。

「リン、ロゼッタさん、まずいことになったかもしれない」

 エルザは自分の鞄を引き寄せ、いくつかを用心のため上着のポケットにいれた。

 おそらく、男爵家の馬車ということで狙われたのだろう。

 とはいえ、金目の物など何もない。あえて言うならば、エルザの作った薬品くらいだ。もっとも、その薬品に価値を認めてくれるかどうかは別だけれど。

「大丈夫。街道警備の詰め所はそれほど遠くないわ。リン、あなたもロゼッタさんと同じように病気のふりをしていて。なんとかするから」

 刃をもっていた男が乱暴に扉を開いた。

「降りろ!」

「近づいてはなりません!」

 エルザは、大声で男を制した。

「この二人は、病にかかっております。ヤリクラナの果肉を食べたことがないのであれば、どうなっても知りませんよ。お話があるなら、私がお聞きします」

 エルザは鞄を抱えて、男を睨みつける。

「な?」

 男は、本当に体調の悪そうなロゼッタを見て、慌てて飛びのいた。

「私と御者は既にヤリクラナの果肉を食べておりますから、この病にはかかりませんが、そうでないなら、覚悟をなさってくださいね」

 男を牽制しながら、エルザは鞄を抱えて馬車を下りる。御者のダイスが剣をつきたてられて、ぶるぶる震えているのが見えた。

「お頭」

 病の話で、及び腰になった男が、比較的身なりの良い男を見上げる。

 髪が長く髭もじゃの男は、おそらく二十代だろう。

「どういうことだ?」

「カーナルさまは、現在、この病に効くという売り込みの薬が果たして正しいのか確認するために、患者を移送中なのです。ヤリクラナの実を食べていればかからない病ですが、バルバロ帝国ではヤリクラナが育ちませんのでね」

 エルザはもっともらしく嘘をつく。

 背中は汗でびしょびしょだが、それを顔に出してはいけない。

「お前はなんだ? 貴族の娘には見えん」

「そうでしょうね」

 エルザは苦笑した。

「錬金術師です」

「錬金術?」

「ご存知ないですか? 魔法薬を作っています。こんなものも作りますよ」

 エルザはカバンのポケットから魔石をひとつ取り出した。エルザの魔力を込めたもので、キラキラと光を放つ。かなり大きなものだ。魔石は比較的身近なものなので、門外漢の人間でも、価値がわかるものだろう。なんにせよ、宝石並みに輝きを帯びている。

「ダイスさんを放してくださるなら、差し上げます。光玉の呪文が入っていますよ」

 エルザは頭と思われる男に近寄り、魔石を見せた。

「呪文が入っているとしたら高級品だが、その保証はあるのか?」

「唱えてみましょうか」

 エルザは魔石を持った手を頭の上にあげた。

「光よ!」

 魔石から光の玉が上に向かって打ちあがり、黄昏の空に光点がうまれた。

 野盗たちは魔術そのものをみたことがないのだろう。驚きの顔でその光を見上げる。

「どうしますか?」

「なるほど。では、お前が残るなら、見逃してやろう」

 にやりと頭は笑った。

 エルザ自身に『価値』があると踏んだのであろう。

「私を人質にとっても、身代金は取れませんよ?」

「そんなものはいらん。お前は魔石が作れるのだろう?」

 風向きが随分変わった。ただ、この様子なら、たとえ捕らえられても、エルザに危害を加えるような真似はしないだろう。

「わかりました。欲張りですね。では、まずダイスさんを放して、御者台に乗るところまで確認させてもらいます。そうでなければ、おとなしくはいたしません」

「マーティンさん!」

 ダイスが引きつった顔でエルザを見る。エルザはにこりと微笑んだ。

「よし、放してやれ」

 頭である男が頷くと、ダイスはどんと馬車の方へと押し出された。

 ダイスはのろのろと御者台へとのぼる。

「エルザさん!」

 馬車の中からリンが声を上げた。

「行って! ここは任せて」

「でも!」

「早く!」

 エルザの声に押されるように、馬車が走り出した。

 光の玉はまだ上空に輝いている。うまくいけば警備兵が気づくだろう。

 エルザとしては、できるだけ()()で、時間を稼ぎたい。

「それで、私に何をお望みでしょうか?」

 エルザはポケットに手を入れながら、にこやかに微笑んだ。



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