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ハナザ村 1

 エルザとリンはエルザの家に戻り、翌朝カーナル家の馬車が迎えに来ることになった。

 カーナル男爵は泊っていくことを勧めたが、エルザは出かけるなら荷物の用意をしなければならないと断った。錬金術師であるエルザは、常に様々なことを想定して荷物を作らなければならない。

 道中の安全面についてはそれほど心配はしていないが、リンの母親の症状を緩和できる薬があるかもしれないのだ。

 リンは残っても良かったのだが、やはり見知らぬ男爵家に一人取り残されるのは不安だったらしい。

「リンは先に寝ていて。私は用意しなければいけないモノがあるから」

「手伝いましょうか?」

「ううん。大丈夫。錬金術師は荷物が多いのよ」

 エルザはリンに寝るように言うと、自分は作業を始める。

 リンの母親の症状は、風邪に似ているが、もっと重いもののように思う。長時間移動するのであれば、せめて熱を下げる薬はあった方がいい。

 それに、比較的安全な街道で一泊二日とはいえ、ある程度の武装が必要だ。

 この前の川港のことを思い出す。エルザは、何かあると反応して動いてしまうけれど、その身一つの戦う術はない。あくまでも念入りに事前に用意をしておかないといざというときに役に立てないのだ。

「錬金術師は準備していないとダメなのよね」

 荷物を鞄に詰めながら、エルザは独り言つ。

「そういうことではないと思う」

 どこからかアレックスの抗議する声が聞こえた気がして、エルザは思わず苦笑いをした。




 翌朝、リンとエルザはカーナル家の馬車に乗り、ハナザ村へと向かった。

 ちなみにエルザはハナザ村は初めてだ。そもそもエルザは帝都を出るときはほぼ、山や森などで、あまり他の町に出かけることはない。

 帝都にいればたいていの材料は手に入るし、入らないものは、魔物や野獣のいるような場所に立ち入る必要があるものばかりだ。

 考えてみれば馬車で街道をただ進むという旅は、ほぼ初めてと言ってもいい。

 山賊なども出ることがあると聞いていたが、旅は拍子抜けするほど順調で、その日の夕刻にはハナザ村に到着した。

 御者をしてくれたダイスは、早々に村の宿屋に向かった。

 リンの話では、彼女の家は決して小さくはないらしいけれど、病人のいる家に客人が押し寄せるのも迷惑な話だ。エルザも宿屋に泊まるつもりだったのだが、リンに家に来て欲しいと言われ、マートン家を訪れた。

 もともと、リンの母親の様子を確認したかったということもある。

 エルザは医者ではない。だが、錬金術師として薬は数多く調合している。治すことはできなくても、症状を緩和することは出来るかもしれない。

 マートン家はハナザ村ではかなりの豪農の部類に入るらしかった。

 ただ、マートン家を継いだのはリンの叔父夫婦で、リンとその母親のロゼッタは、小さな離れに住んでいるらしい。

 田舎の村に身重で帰ってきたロゼッタは、やはり外聞が悪いという理由で、ひっそりと離れに住まわされているということだ。ただ、叔父夫婦もリンと母親に冷たく当たっているということはなく、お互い助け合って生活をしてきたらしい。

「リン、帰ってきたのか? 無事でよかった」

 母屋の玄関の前で、大きな箱をかかえた男性がほっとした顔をした。ちょっとリンに似た感じがする。年齢はエルザと同じか少し若いくらいだろう。

「ただいま。ラルク叔父さん。お母さんの様子は?」

「悪くはなってないが、よくもなっていない」

「そう……」

 リンの顔が曇る。でも悪くなっていないのなら、希望がある。

「そちらの女性は?」

 男性、ラルクはエルザを怪訝そうに見る。リンが捜していたのは父親だ。見知らぬ女が一緒に帰ってきたのは予想外だっただろう。

「この人は、エルザさん。帝都でお父さんを探すのを手伝ってくれたの」

「エルザ・マーティンです」

 エルザは丁寧に頭を下げた。

「おお、そりゃあ、姪っ子がお世話になりました」

 ラルクは慌てて頭を下げる。

「叔父さん、お話は後でね。メイ叔母さんは?」

「姉さんの様子を見に行ってるよ」

「そう。ありがとう」

 リンはラルクに礼を述べて、エルザを離れの方へと案内した。

「あれです」

 リンの指さした離れは、母屋と比べると随分と簡素な建物だった。二人で暮らすには十分とは言うものの、母屋の奥に隠すようにそれは立てられている。

 エルザは、虐げられてはいないかもしれないが、母親のロゼッタは、かなり窮屈な思いで生活をしていたように思えた。

 とはいえ。このような田舎では、身重の状態で帝都から帰った女性を見る目は冷たいのかもしれない。

 この状況も、ある意味では世間の目から、ロゼッタを守るためなのかもしれなかった。

「まあ、リン!」

 扉を開けてきた女性がリンを見て彼女に抱き着いた。

「メイ叔母さん」

 リンはちょっとびっくりしたようだった。

「よく無事で。私、あなたがきちんとお金をもっていかなかったのに気が付かなくて、ごめんなさいね」

「え?」

 リンがきょとんとした顔をする。

「出かける前に渡そうと思っていたのに、あなたったら、朝一で出立しちゃって」

 メイは泣き笑いの表情を浮かべて、リンの頭をなでた。

「よく、無事に帰ってこれたわ。家にあったお金を全部持って行ったのかと思ったけれど、あなた、そういう子じゃないし」

 帝都に行けと言った叔母が帝都の物価を知らなかったわけではなく、リンがギリギリの金銭を手に帝都に来ただけだったらしい。

 リンの手持ちの金がどの程度だったのかは知らないが、随分と無謀な旅だったのは間違いない。

 見つけたエルザもびっくりしたが、送り出したメイやラルクも気が気ではなかっただろう。

「ああ、それでメイ叔母さん。お母さんの様子は?」

「そうねえ。微熱が出たり、下がったりを繰り返しているわ。少し貧血もしているみたい」

 ラルクの言うとおり、良くも悪くもなっていないというところだろうか。

「ああ、メイ叔母さん、こちらエルザさん。帝都ですごくお世話になったの」

「エルザ・マーティンです。この度、リンさんの叔父にあたるカーナル男爵から、ロゼッタさんを帝都へお連れするために参りました」

「男爵?」

「彼女の父親の弟さんですわ」

 メイは驚いた顔でエルザを見つめた。


 

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