男爵家3
食事の後、魔道映像機の引き渡しになった。
応接室に案内され、ソファに腰かける。テーブルにはハーブティ。
照明は小さなランプひとつなので、薄暗い。暗い中の方が、映像がわかりやすいからだ。
エルザは木箱から取り出すと、魔道映像機の映像をスタートさせた。
カーナルはさすがに魔道映像機の画像に驚いたりはしなかったが、それでも興味深そうだ。
画像に映っていたのは、間違いなくフィリップ・カーナル。カーナル男爵の兄だと、カーナルは断言した。
映像を見終えると、部屋には魔道灯が灯される。
執事がエルザの前にそっと金の入った袋を置いた。
「映像の女性は、記憶にあります」
カーナルはリンの母に会ったことがあるらしい。カーナルは外国に行くことが多かったらしいが、この国に全くいなかったわけではなかった。
「ナオス商会の通訳をしていた、聡明な人だったと記憶しております」
「通訳?」
リンは驚いたようだった。想像もつかないことだったらしい。
「はい。語学が堪能なかたでした。そうですか。そんなかたをハナザ村に埋もれさせてしまうことになってしまったのですね」
カーナルは首を振った。その顔は険しい。
「おそらく私の両親はこの帝都から出て行くように、あなたの母親に要求したのだと思います。ハナザ村は、あなたの母親の故郷なのですか?」
「はい。母の父、私の祖父は、ハナザ村で農園を営んでいます」
リンは答えた。リンの祖父の農園は小さなもので、農園を継いだのは、叔母の夫であるが、母はそれを手伝いながら、いろいろ副業をしているそうだ。生活は決して豊かではないが、食べていけないと言うほどではないらしい。
「村から出稼ぎに行く人は珍しくありません。母は、その人たちとともに村を出たと聞いております」
農作物で不作が続くと、農民たちは仕事を求めて帝都に出る。
帝都は人が多いため、仕事が多い。農閑期に帝都で働き、村に帰る出稼ぎは珍しくない。
中にはそのまま帝都に住み着く者もいる。リンの母親は、そういった人たちと共に村を出て、帝都に住み着いたのだろう。
「母が外国の言葉を話すなんて今まで知りませんでした。それは本当に母なのでしょうか?」
リンはどうしてもその辺が納得できないらしい。リンの母は、帝都にいた頃の思い出を誰にも語らないばかりか、その時身に着けたスキルまでも手放してしまっていたようだ。
「兄の日記によると、ロゼッタというかたは最初港湾部近くの食堂で働いていたそうなのです。そこで、語学を身につけたという話です。港湾部近くには、異国からの客人が多いですからね」
日記に書かれていたリンの母親は、食堂で働いているところをナオス商会の当時の副社長にスカウトされて、通訳をすることになったらしい。最初は臨時雇いだったらしいが、いつのまにか主力として雇われたということだ。
「リンのお母さまは、優秀な方だったのね」
「なんだか、母とは思えないです」
リンは苦笑する。
「帝都で身に着けたスキルを使わなくても、あなたを育てあげることが出来たのだもの。すごいと思うわ」
エルザは錬金術を封じられたら、どうやって生活したらいいのかわからない。雇われ人をするには愛想がないし、きままな生活に慣れ過ぎている。
食堂の店員から商会の通訳に、そしてハナザ村の生活にと生活スタイルを変えていけるのは、やむを得ない事情とはいえ凄いことだとエルザは思う。幼子を抱えて、生きていくだけでも大変に違いない。想像を絶する努力と苦労があっただろう。
「なんにしても、お嬢さん、明日にはハナザ村へ馬車を出して、あなたの母親、私の義姉さんを迎えに行かせます。一度帝都の医者に診せたほうがいい」
カーナルは真剣な面持ちで、リンに提案した。
「明日?」
リンは目を丸くする。
「早い方がいい。私は行けませんが、馬車はうちのものを出します。馬車なら、一日でハナザ村に着く」
カーナルはエルザの方を見た。
「お嬢さん一人では心細いと思うので、エルザさん、どうか付き添っていただくことはできませんか? もちろんお仕事を休んでいただくので、今回の報酬とは別に報酬を用意させていただきます」
「いえ、付き添いについては、私の意志で付き添わせていただきますから必要ありません」
リンは一人で帝都までやってきた猛者であって、そこまで心配は必要ないとエルザは思っている。エルザが心配しているのは母親の方だ。馬車とはいえ、ハナザ村と帝都の距離はかなりある。
エルザは医者ではないが、薬を作ったりもしている。役に立てるかもしれない。
「エルザさん、お仕事は?」
リンは心配な顔でエルザを見る。
「大丈夫よ。二、三日休んだくらいどうということはないわ」
「……この前は無理して仕事しようとしたのに」
リンは戸惑っているようだ。
「あれはたいしたことがなかったからよ。今回は、リンのお母さまも心配だし」
リンやアレックスが心配するほど、エルザは体調に不安を感じていたわけではない。自分の体力に過信があったかもとは思うけれど、今回のこととは事情が違う。
「お医者様に見せた後、どうするかはリンやお母さま、そしてカーナルさまの気持ちになると思うけれど、私はいつでもリンの味方だから」
エルザはリンの手に自分の手を重ねて、リンに頷いて見せる。
リンは瞳を潤ませて、わずかに微笑んだ。
「カーナルさま、それではよろしくお願いします」
エルザはリンと一緒に丁寧に頭を下げた。




