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リンとの夕食

 家に入ると、とてもいい香りがただよっている。何か料理を作ってくれていたのだろうか。

「エルザさん!」

 台所に行くと、リンが泣きそうな顔で出迎えた。

 慣れない土地でただでさえ不安なのに、事件に巻き込まれたのだ。無理もない。

「ごめんなさい。心配をかけてしまって」

 エルザは頭を下げた。

「あなたにも怖い思いをさせてしまったわ。本当にごめんなさい」

「そんなの。私は全然大丈夫です。エルザさんの言うとおり、すぐ騎士隊の方たちと会えました。エルザさんは本当に凄いひとです」

 リンは首を振った。

「それよりもエルザさんがなかなか目を覚まさなかったほうが、よほど怖かったです。騎士さまも本当に心配しておられました」

「そうね。本当に迷惑をかけたわ」

 エルザは頷く。無論、エルザがあそこで飛び出さなければ、騎士隊も間に合ったかどうかわからない。奴らを取り逃がしてしまったかもしれないとも思う。

 だが、何の用意もしていない錬金術師のエルザは、あまりにも無力で、無謀だった。絶対にしてはいけない行動だったと、今なら思う。

「迷惑じゃないです。エルザさんが大好きってだけです」

「ありがとう」

 エルザは胸がじんと熱くなった。誰かに心配してもらえることは、本当に嬉しいことだと思う。

「簡単なスープを作りました。今日はエルザさん、何もしないでゆっくり休んでくださいね!」

 リンは胸を張り、皿にスープをよそいながら、手伝おうとするエルザを制する。

「アレックスと同じことを言うのね」

 思わず笑みがこぼれる。

 自分はそんなに仕事人間に見えるのだろうか。そう思いながらも、あながち間違っていないとも思う。

 エルザの人生は仕事中心に回っている。それがなければ、食べていけないのだから仕方ないとはいえ、それ以外は何もないと言ってもいい。

「そりゃあ、騎士さまは当然そうおっしゃると思います。エルザさんを抱き上げて真っ青な顔をしていらっしゃいましたもの」

「そう……」

 舟で気を失ったエルザを見て、アレックスは気が気ではなかったとは思う。

「大変だったんですよ? 私がエルザさんを看病するから家に送ってくださいってお願いしたら、医者に診せる必要があるから自分の屋敷に連れていくっておっしゃって。詰め所にも簡単な医務室があるからって、騎士隊のかたがおっしゃったのですけれど、それも反対なさって」

「そうなの?」

 医者に診せたほうがいいというのはわかるから、家に帰さなかったのだろう。でも、どうして詰め所の医務室ではダメだったのか。軍の医務室に部外者をいれたくないってことかもしれない。

「軍の医務室だと、軍の方たちがいっぱい来るみたいで。たぶん、騎士さまは、エルザさんをそういう方たちに見せたくなかったんだと思います」

「それは違うと思うけれど」

 エルザは苦笑する。

 リンの中では、エルザとアレックスは恋人同士になっているみたいで、アレックスの行動一つ一つが、エルザへの求愛行動に見えているらしい。

 もしそうならエルザとしても嬉しいが、冷静に考えればアレックスの行動はいちいち合理的で辻褄があっている。彼がエルザを大事にしてくれていることに疑いはないけれど、それがリンの考える『愛』ではなく、長年の『友愛』のようにエルザは思える。

 そうやって自分に言い聞かせなければ、ずるずるとエルザは自分の都合の良い方に受け取ってしまうだろう。勘違いのまま突き進んでいけば、そのうち取り返しのつかないことになる。

「エルザさんは騎士さまがお嫌いなのですか?」

「え?」

 突然の質問に、エルザは口ごもった。何故そこで、そんな質問が出てくるのか。

 エルザは、顔に熱が集まるのを意識した。

「そっか」

 リンは突然頷いた。妙に悟ったような大人びた表情だ。

「エルザさんは優秀だけれど、優秀すぎて難しい事を考えちゃうんですね」

「……何の話?」

「なんでもありません。ご飯にしましょう」

 リンは話を打ち切って、自分も椅子に座る。

 完全に自分の気持ちをリンに悟られてしまったようで、エルザは気まずい。

 自分よりはるかに年下で、ひょっとしたらリンくらいの子供がいてもおかしくないのに、エルザはリンに全く勝てる気がしないのは何故なのか。

 こんなことだから、アレックスに翻弄されるばかりなのだろう。

 仕事ばかりの人生を送ってきたエルザに、突然大人の恋などできるわけがない。どんなに背伸びしても、大人の女として、ウイットに富んだ返しなど無理だ。

「エルザさん?」

「え? あ、はい。いただくわね」

 エルザは慌てて微笑んだ。

 今日の食事はリンの作ったスープとパン。

 よく煮込んだスープは出汁がよく出ていて、とても美味しかった。

「ああ、そういえば、アレックスからナオス商会の住所を聞いたの」

「本当ですか!」

 リンの目が大きく見開く。

「落ち着いて。あのね、その商会は、カーナル男爵という貴族の方が経営していて、格式がとても高いそうなの」

 エルザは、今にも家から飛び出しそうなリンに静かに話す。

「幸い、今、私はカーナル男爵にお仕事をいただいているわ。いきなりお店に行くより、まずは男爵にお話を聞きにいけるようにお願いしてみようと思うの」

「お貴族さまとお知り合いなのですか?」

 リンは目を丸くする。

「知り合いというほどのこともないけれど。まずはお手紙を出して、お願いしてみるわ。それでいいかしら?」

 直接屋敷に行って交渉する方法もあるけれど、相手の心象を悪くしないとも限らない。手間はかかるけれど、手続きを踏んだ方が、話もゆっくり聞くことができるだろう。

「はい。お願いします」

 少しはもっと早く店に行きたいというかと思ったリンは、案外素直に頷いた。リンは年齢より大人で、ものの道理をエルザ以上にわきまえているのかもしれない。

「じゃあ、食事が終わったら、手紙を書くわね」

「駄目です」

 エルザの言葉に、なぜかリンは首を振った。

「さっき約束したの忘れたのですか? 今日はもう何もしないで寝てください!」

「でも、手紙を書くくらいなんてことはないわよ?」

「駄目です。私、騎士さまからもエルザさんが無理しないように見張るように言われているんです! 少なくとも今日は寝てください」

 ぷくっとリンは口をとがらせた。

「……わかったわ。手紙は明日の朝に書くわね」

「早起きしなくていいですからね! 今日は本当にすぐ寝てください!」

「ええ。ありがとう」

 自分よりはるかに年下のリンに、世話を焼かれてエルザは苦笑する。

 義父が亡くなってから、こうして誰かに心配してもらうことなんてほとんどなかった。

 リンもアレックスも心配しすぎだとは思うけれど、エルザの胸は温かさに満たされる。

 その一方で、人のぬくもりに慣れてしまう自分を少し怖いと感じていた。

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