自覚
服が乾くまでは寝ているしかなくなったエルザは、昼までごろごろしていた。
こんなにゆっくりしたのは久しぶりだ。
リンは、先にエルザの家に帰ってもらった。どこにいても、彼女は落ち着かないかもしれないが、アレックスの家よりは、エルザの家の方がマシであろう。
それから昼食を食べ、自分の服に着替えてから、ゆっくりと昨日の話の聞き取り調査になった。
場所は、アレックスの家の食堂だ。騎士隊の詰め所に行った方がいいのではないかと、エルザは思ったが、過保護なアレックスは、詰め所までの移動させることをためらったらしい。
思ったよりも狭い食堂のテーブルにすわったのは、エルザとアレックス、そしてケストナーの三人。
もっとも聞き手はケストナーで、アレックスは脇にすわっているだけだった。
エルザは、質問に答えるだけであまり話すことはなかった。
そもそも、それほど『調書』に長い時間かからない。
「それにしても、本当にマーティンさんは、無茶をなさいます」
ふうっとケストナーがため息をついた。
「奴ら、ああみえて人身売買の常習犯で、かなり腕の覚えのある奴らばかりです。ご無事で本当に良かったです」
「騎士隊のかたが近くにいると思って、ちょっと無謀なことをしました。すみません」
エルザはそっと頭を下げる。
あの時、ケストナーと会わなかったら、ずっと川岸にいたと思う。古い川港に立っていたエルザたちを見て、奴らがどうしたかはわからない。場合によっては、港によることなく彼らは去るかもしれないし、逆にエルザたちに襲い掛かったかもしれない。
いずれにせよ、今回は反省すべきことが多い。
「錬金術師は、準備していなければだめだということを思い知りました」
「そういうことではないと思う」
アレックスが口をはさむ。
「もちろん、準備をしたエルザは強い。だけど、ひとりで飛び込むのはダメだ」
「すみません……」
バンパイアバインの時は、万全の用意をしていったにもかかわらず、アレックスがいなければ大変なことになっていただろう。
日常的な日々をひとりで生きることは出来ても、非日常的な出来事の場合はそうはいかない。
「とにかく、マーティンさんに何かあると、うちの隊長が使い物にならなくなりますので、本当にくれぐれもご自重願います」
「え?」
何を言われたのかわからずに、エルザは首をかしげる。
その様子を見て、ケストナーは大きくため息をついた。
「まったく。まだそんな状態なのですか」
「おい」
「私の知っている隊長と別人がいるらしい」
ケストナーは肩をすくめて立ち上がった。
「ケストナーさん?」
なんだか呆れられたらしいのだけど、何のことだかエルザにはわからない。
アレックスは何か気に食わなかったらしく、そっぽを向いている。
「調書は終わりましたので、私は詰め所に戻ります。それではマーティンさま、お大事になさってくださいね」
「ありがとうございます」
エルザは頭を下げる。
「隊長、ではまたあとで」
「ああ。わかった」
アレックスが立ち上がり、ケストナーを送っていくと、エルザはゆっくりと帰り支度を始めた。
アレックスの家からエルザの家まではそれほど遠くはない。
「歩いて帰れますよ?」
「駄目だ。やめろ。送る」
歩いて帰ろうとしたエルザをアレックスは強い口調で止める。
結局、アレックスの騎馬にのせられて帰ることになった。アレックスはエルザを送ったあと、そのまま仕事に出かけるらしい。ついでだからと押し切られた形だ。
騎馬に二人乗りなので、当然、アレックスに抱きかかえられた状態になる。
なんだかこの前からアレックスとの距離が近すぎて、それが当たり前のように思えてきた。そのことに気づいてエルザは怖くなる。
「馬に乗るのは初めてか?」
「はい」
馬上は揺れるので、アレックスの胸にしがみついてしまう。だから、どうしても耳元で囁かれる形になってしまい、耳がこそばゆい。
「その……思ったより揺れて怖いのですみません」
必要以上にしがみついている気がして、エルザは謝罪する。
「エルザにも怖いものがあるんだな」
「なんですか、それ」
アレックスの笑いを含んだ物言いに、不平を述べたいところだがやはり怖いものは怖い。
「いや、可愛いなと思って」
「な……」
アレックスの言葉に、エルザはどきりとした。
「からかわないでください」
アレックスに聞こえないほどの小声でささやく。ほんのちょっとした軽い言葉なのに、真に受けてしまう自分はどうかしているとエルザは思う。胸の動悸は止まらないし、顔に熱が集まっている。
この前から、自分はおかしい。エルザは思う。アレックスとは客と店主、あえていうならば古くからの友人である。
ここのところ、一緒にいることが多くなって、前と同じようには行かなくなってきた。
アレックスの広い胸が、これほど頼りがいがあるとは思っていなかったし、触れられるのも嫌ではないことに気づいてしまった。いくら鈍いエルザでも、これがなんの感情なのかは知っている。
ーーそういうのって、今さら面倒よね。
エルザは、アレックスの胸に抱かれながら、そっとため息をついたのだった。




