アレックス
頭が重い。
節々が痛む。
エルザは、ゆっくりと目を開けた。
見慣れない部屋。
夜のようだ。ぼんやりと光を放つランプ。どうして自分はここで寝ているのだろうとエルザは思う。時間感覚がない。
「目が覚めたのか?」
「アレックス?」
ーーどうして、アレックスが?
自分を心配そうに覗き込むアレックスをぼんやりと見つめる。
そこまで考えて、エルザはようやく自分が何をしていたのかを思い出した。
そうだ。舟に乗り込んできた男と取っ組み合って、頭を打った。アレックスに抱き上げられて、名を呼ばれたような、そんな気がする。
「リンは?」
慌てて跳ね起きようとして、身体に痛みを感じる。
「リンは無事だ。無理して起き上がるな。医者の話では、頭を打っているから安静にした方がいいとのことだから」
アレックスに静かに制止され、エルザは再び横になった。
首を絞められたせいか、息も若干苦しい。
「そうですか」
エルザが自分で思った以上に、ダメージを受けてしまったようだ。
「ここは?」
「俺の家だ」
アレックスは答えた。
気を失ってしまったエルザをアレックスは家に連れ帰り、医者に見せてくれたらしい。
「相変わらず無茶をする。気持ち悪くないか?」
「いえ」
エルザは首を振った。
「今回はすみませんでした」
エルザとしても、無茶をした自覚がある。そもそも、舟に囚われた子供を見るまでは、あのようなことをするつもりは毛頭なかった。
今思えば、リンもそばにいたのだし、無謀としか思えない。
「準備もしていないのに、突っ走ってしまって」
自分ができることがわからない若者ならともかく、分別ついた大人であるはずなのに、無茶をした。
「正義感が、強いのはわかるけど、こんなのはごめんだ。本当に心臓が止まるかと思った」
アレックスはゆっくりと首を振る。
「間に合ってよかった。本当に、間に合ってよかった」
アレックスの手がエルザの頬に触れる。
「ごめんなさい」
謝る問題ではないかもしれないけれど。アレックスが来てくれなければ、自分の命はなかったかもしれない。
本当に、危なかったと思う。
「明かりが港を通り過ぎて、俺たちも慌てた。馬を走らせて追いかけてきたら、リンが死にそうな顔で助けを求めてきた」
きっと、リンは必死だったのだろう。自分も怖かっただろうし、エルザのしようとしていることも怖かったと思う。
「リンの安全を考えたら、本当に私、馬鹿なことをしましたね」
エルザは呟く。
当初の予定通り、やつらが通り過ぎるなり、騎士隊が来るまで、闇に潜んでいるべきだった。自分はともかく、リンを危険にさらしてしまったことは、反省すべきだと思う。
「リンのこともそうだが、エルザは、エルザの安全をもっと考えてくれ」
「……ええ」
エルザとて、自分一人なら何をやってもいいとまでは思っていない。
それなりに、命は惜しいし、痛い思いだってしたくはないのだけれど。
「本当にすみません。彼らは、舟を取り替えて、手早く取引しているみたいでした。騎士隊は間に合わないかもしれないと思ったら、身体が動いてしまいました」
「現実問題として、エルザの判断は正しかったし、おかげで奴らを捕まえることができたし、子供も保護できた。だから、駄目とは言えないのだが、それでもやっぱり、無茶をしないでほしい」
アレックスは大きくため息をついた。
「咄嗟に動いてしまうのも、エルザの良さだとはわかっている。だが、エルザは一人しかいないのだから」
「はい」
エルザは頷く。
「それで、リンは?」
「ああ、あの子は、先に寝かせた。かなり疲れているみたいだったしな」
アレックスは穏やかに微笑む。
「あの……お仕事はどうなさったのですか?」
「大丈夫だ。俺がいなくても、ケストナーがうまくやってくれる。そもそも俺は、本来まだ休みだったはずなんだ」
アレックスは苦笑する。久しぶりの長期休暇の前半をエルザと森に出かけ、最終日は仕事に駆り出されたらしい。
「それに、エルザが心配で仕事にならないからな」
「すみません」
「謝ることじゃない」
アレックスはエルザに背を向け、水差しからコップに水を注いだ。
「飲むか?」
「はい」
エルザが頷くと、アレックスはエルザが起きるのを手伝ってくれる。
水はとても冷たくて、喉にきもちよかった。
「ありがとうございます」
エルザは頭を下げた。
「最近、お世話になりっぱなしですね」
「気にしなくていい。いつか返してもらうから」
ニコリとアレックスが笑う。
「はい」
エルザは再び横になる。
「ああそうだ。リンが、バンパイアバインの蔓を回収しないといけないってうるさかったから、彼女に回収させた。だから、そっちも安心していいぞ」
「リンが?」
怖い目に遭っただろうに、覚えていてくれたのだ。
「優秀な弟子だな」
「そうね」
彼女は弟子になるためにエルザのそばにいるわけではないけれど。
少しだけ心が楽になる。
「ゆっくり休め。気分が悪くなったら、我慢するなよ」
「はい」
アレックスの手がエルザの頬を撫でた。
その手は優しくて、とても温かで。かつてないほどの安心感に満たされる。
エルザは、そっと瞼を閉じた。




