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川港

 日は沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。

 ランプの明かりを頼りにムナ川の岸に降りる。

 ムナ川は帝都の水運を担う川だ。

「ひょっとすると、あなたのお母さまの働いていたナオス商会は川の水運に関係があるかもしれないわね」

 川のそばには倉庫街が並んでいる。遠い異国から来た品は、ここから少し離れた海の港から、川港へと運ばれてくるのだ。その関連でたくさんの商いが行われている。

「……暗くて、何も見えませんけど」

 リンは辺りを見回しながら、首を振る。

「あったとしても、倉庫ばかりね。業種も水運業、倉庫業とか、商品そのものを扱う商社とか、さまざまだから、歩いて捜すのは難しいかも」

 ここは数十年前の川港があった跡地で、現在は使われていない。現在の川港は、少し下流で、もっと大きい。もっとも商家の中には、これより上流に自分の港を持つものもいて、全ての舟が今の川港を使っているわけではない。

 川幅はそれほど広くないが、街は川港より一段高い位置に作られている。

「光よ」

 エルザは呪文を唱えた。ぽつりと小さな光が生まれる。

「わっ。エルザさん、魔術師なんですか?」

 リンが驚きの声をあげた。

「錬金術師も、初歩の魔術は使うのよ」

 初歩魔術はエルザもそれなりに使うのだけれど、リンに魔術を使うところを見せてはいなかったかもしれない。

 もちろん、魔術の光といっても、ランプより少し明るい程度だ。昼間のような明るさを作るとなると、かなりの力が必要になる。エルザもできないわけではないけれど、疲労が半端でないことになるので、やりたくはない。エルザの魔力は、瞬間的な呪術には向いていないのだ。

 エルザは川のそばの杭に手をのばした。もともとは、小舟を係留しておくために作られたものだ。かなり古くなっていて、現在は使われていない。

 本来の目的とは違うが、エルザの仕事に使う程度にはしっかりしている。

 エルザはバンパイアバインの蔓を束ねた紐を、杭に縛り付けた。

「これは?」

「蔓を強い流水で洗うの。家ではさすがにこんな風には洗えないから」

 煮たてた蔓のアクを洗い流すのだが、強い水流と豊富な水量が必要だ。

「へえ」

 光の魔術に照らされた水面に、蔓がそよぐ。

「どれくらい、こうしておくのですか?」

「そうね。この蔓が完全に白くなるまでだから、ちょっとかかるわ。何だったら、うちに帰る?」

「いつ取りに来るんです?」

「あなたを送ったら、こっちに戻るわ」

 ここまでの距離を考えると、時間的に家に帰って戻ってくるとちょうどいいくらいだ。

「それって、エルザさんが大変だと思います!」

 リンは首を振る。ものすごく遠いというわけではないが、それなりの距離はある。リンとしては、自分が一緒に来たせいで、エルザが往復するのは、気が咎めるのであろう。

「大丈夫よ。ほら、運動になるし。ここにいても退屈でしょう?」

 くすりとエルザは笑う。

 実際、待つよりほかにすることはなく、じっと水面を見ているだけだ。

「そんなことないです。面白いです」

 どうやら、社交辞令ではないらしい。リンは、水に浮かんだり、沈んだりする蔓をじっと見つめる。

「そう?」

 エルザは苦笑する。

 昼間なら、行き交う船を眺めているだけで時間は過ぎていくのだが、さすがにこの時間は、港の方も静かで動きがない。

 空を見上げても、やや曇り空だ。月もなく、倉庫が多いため、街明かりも少ない。

「おい、こら、そんなところで何をしている」

「え?」

 鋭い声に気が付いてそちらを見ると、ランプを片手に持った男がいた。その顔に見覚えがある。

「ケストナーさん?」

「ま、マーティンさん?」

 男もエルザの顔を見て驚いたようだった。

 アレックスの副官、ベン・ケストナーだ。金属鎧は着ていないが、帯刀している。どうやら『仕事』のようだ。

「こんなところで何をなさっているのです?」

「ちょっと、錬金術の材料を作ってまして」

 エルザは杭に縛った蔓を指さした。

「何かありましたか?」

 何もない夜の川のそばで明かりをともして、じっとしている人物は怪しいかもしれないけれど、今まで見咎められたことはなかった。街の真ん中であれば、何をしているのか怪しまれて取り締まられる可能性はあるけれど、ここではそんなこともないはずだ。

 そもそも、人通りがないのだから。

「実は、最近、見回りを強化しているのです」

「物騒なの?」

「はい。怪しい連中が夜陰に紛れて港で取引しているらしいのです。我々騎士隊も、見回りに駆り出されているのですよ」

 キラービー退治のあとは、夜間の見回り。騎士隊の仕事も様々だなあと、エルザは思う。

「そう。じゃあ、リンもいるから、気を付けないといけないですね」

 エルザは頷いた。

「マーティンさんは、これからお帰りですか?」

「いえ、もうしばらくここにいるつもりです」

「……それは、危ないですね」

 ベンは顔をしかめた。

「でも、ここは港から少し離れていますから、向こうから寄ってくることはないのでは?」

 明らかな異常を感じられなければ、エルザだって、どうこうしようとは思わないし、相手だって、そうなのではないだろうか。人目を忍ぶことならなおさら、そんな気がする。

「それにしたって、女性二人。相手は何をするのかわからない連中ですよ?」

「わかったわ。とりあえず、リンを家に送ってきます」

「エルザさん!」

 リンが不安そうな声を上げる。

「ちょっと、待ってください。マーティンさんおひとりなら、大丈夫ってことはないですから!」

 ベンは慌てたようだった。

「あなたに何かあったら、隊長に叱られるだけではすみません」

 ぶるりと身体をふるわせる。むろんエルザに何かあったら、ベンもアレックスも目覚めが悪いだろう。それは否定しないけれど、ベンの態度は少々大袈裟だと、エルザは思う。

「……そんなこと」

 ない、とエルザは口にしようとしてやめた。

 舟を漕ぐ音が微かに聞こえる。

 川下から、闇の中を小さな光が近づいてくる。

 夜に舟を出すなら、もっと明かりを灯すはずだ。明らかに怪しい。今日は月明りもない。普通に考えたら、危険な行為である。

「ここを動かないでください」

 ベンは走り出した。

 おそらく川港へと向かうのだろう。

「大丈夫でしょうか?」

 リンが不安そうにエルザを見る。

「とりあえず、明かりを消しましょうか」

 エルザは魔術の明かりを消し、手元のランプの灯を落とす。

 とりあえず、気づかれないように、息をひそめていたほうが良さそうだ。

 向こうからこの明かりは見えていたかもしれないけれど、まだ距離がある。突然消えたと不審に思っても、役人である可能性を疑って、近寄ってこないようにエルザは思う。

 エルザは、リンとともに石の上にそっと腰を下ろした。

 明かりはしだいに大きくなる。

 だが、港には人が来ている気配はない。

 嫌な予感がする。

「エルザさん!」

 リンが震えながら、川の上流を指さした。

 上流から明かりが近づいてくるのが見える。

「下がって」

 エルザはリンを伴って、川から少し離れた位置に寝そべった。

 二艘の船は、ゆっくりとこちらに近づいてくるようだった。

 

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