表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/45

ラエルの森 4

 地面に打ち付けられ、草むらに引きずり込まれたエルザは、とっさに草の茎を握り締める。

 足首が痛い。必死にこらえようとするが、身体が引っ張られていくのを止められない。

「エルザ!」

 アレックスの声だ。

「足が!」

 エルザは叫ぶ。

 視界にあるのは草の根元だけで、何がどうなっているのかわからない。

 あっという間にアレックスの姿もわからなくなった。

 エルザの身体で強引に草葉を割っていく。

 手にした草の茎は、いつの間にか大地から抜けてしまい、エルザはさらに引きずられる。

 この状態では、魔術も、用意してきた薬品も使えない。

「これかっ!」

 アレックスが叫び、何かが断ち切られる音がした。

 不意に左足が軽くなる。

 ようやく身体の自由を取り戻し、エルザは、草むらの中、体勢を立て直す。

 足元はややぬかるんでいる。

 バチャバチャと水の中を走る音。

 音の方角に目を向けると、剣を構えたアレックスが見えた。その先にいるのは、長い蔓を触手のように操る、細い木のような生き物ーーバンパイアバインだ。

 蔓が宙を走った。

 アレックスは自分に振り下ろされた蔓を剣で断ち切る。

 断ち切られた蔓が水音を立てて落ちた。

 だが、蔓は一本ではない。間髪を入れずに、もう一本の蔓が、アレックスの左腕に襲い掛かった。

「雷よ!」

 咄嗟にエルザは、呪文をバンパイアバイン本体に放つ。

 白い雷がバンパイアバインに落ちた。

 バンパイアバインの動きが一瞬止まる。エルザの魔術では、一発で仕留めるのは無理だ。

「蕾のある蔓を先に落として!」

「了解!」

 エルザの叫びとともに、アレックスは一気にバンパイアバインとの距離を詰め、触手のような蔓を切り落としていく。

 花は眠りの魔術がある。アレックスなら、魔術に抵抗できるかもしれないが、危険はさけるべきだ。

「くっ、かてぇ」

 アレックスは木の本体に剣を向け、叫ぶ。バンパイアバインの本体は木の部分だが、急所はよくわからない。顔というものがないのだ。だから表面をいくら傷つけても、なかなか致命傷にはならない。

 バンパイアバインは残った蔓をアレックスに振り下ろして抵抗をつづける。すでに蔓はそれほど残ってはいないが、致命傷は与えられずにいる。

 エルザは背負い袋から小さい瓶を取り出した。

「アレックス! 離れて!」

 エルザは叫びながら、瓶をバンパイアバインめがけて投げた。

 瓶は、バンパイアバインの本体にあたって砕け散る。

 白いもやがひろがり、ペキペキと音を立ててバンパイアバインが凍り始めた。

 動いていた蔓は急激に力を失いぐったりと地に落ちる。

「どうなったんだ?」

 アレックスは剣をしまいながら、エルザに問いかける。

「凍結剤を使いました。止めを刺したわけじゃなくて、しばらく動かなくなるだけですけど」

「凍結?」

「植物系モンスターは、低温に弱いんです。死にはしませんけど」

 実際、寒い冬枯れの季節になると、植物モンスターはほぼ活動しない。

「切り落とした蔓を何本か回収したら、撤退しましょう」

「そうだな」

 アレックスは頷いて、落ちている蔓を集め始めた。




 アレックスが蔓を回収している間、エルザは左足の足首に巻き付いたままだった蔓をゆっくりとはがす。蔓についた棘が食い込んで、引き離すと血がダラダラと流れ始めた。

 バンパイアバインは、蔓の棘から吸血をする。短い時間だったから、大きな傷にはならなかったが、それなりに痛い。

 エルザは水筒の水で傷口を洗うと、清潔な布を当て、止血をした。

「大丈夫か?」

「傷はたいしたことないわ」

 戻ってきたアレックスにエルザは頷く。

「しかし、顔色が悪いぞ」

「少し血を吸われたからだと思います。大丈夫。すぐ治ります」

 傷の手当てを終えると、エルザは立ち上がろうとして、一瞬、よろめいた。

 先ほどは緊迫した状況のせいで、気にならなかったのだが、かなり体にダメージがはいっているようだ。

「大丈夫じゃねえな」

 アレックスは、荷物を置いて、エルザに背中をむけた。

「背中に乗れ。安全なところまで運んでやる」

「大丈夫です。荷物もありますし、歩きます」

「馬鹿野郎。荷物は後で俺が取りに来る。こういうところで無理をするな」

 アレックスの目は怖いくらい真剣だ。

「途中で倒れたら、どうにもならない」

「……そうね」

 エルザは頷き、アレックスに背負われることにした。

「重くてごめんなさい」

「別に。気にすることはない。もともとは俺のミスだ」

 アレックスの足取りは、エルザを背負っているとは思えない速さだ。

「あなたのせいじゃないわ」

 巧妙に隠れていたバンパイアバインの不意打ちは、防ぎようがなかった。

 責められるとしたら、足元への注意を怠った、エルザの方だろう。

「エルザは、格好よすぎる」

 アレックスは呟く。

「なんでも自分で背負ってしまう。それがエルザなんだけれども、たまには俺にも背負わせてくれ」

「……アレックス」

 それは、今の状況のことなのだろうか。それとももっと違う意味なのだろうか。

 エルザは、その問いを発することはできなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] アレックス頑張れ!小出しにするなら手数を増やすのだ!(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ