8,〈龍の眼〉。
乗合馬車が来る前に、犯人が目覚めた。
装備していたバスタードソードは取り上げてあるし、手足は縛ってあるので危険はない。
ところでクローイは、これを待っていたらしい。
両ひざを曲げて、転がっている犯人と同じ目線になる。
「はじめまして~。あたしのことは冒険者Aと呼んでくださいね、人殺しのおじさん」
犯人はクローイを睨みつけるだけで返事しない。
「おじさんが気絶している間に身体検査はしたのよね。だけど見つからなかったの。おじさんがさ、気の毒な冒険者を殺してまで奪いたかった『何か』が」
殺された冒険者の鞄は空っぽだった。よって犯人は鞄の中身が目当てで殺したと考えられる。
《節約》の実践後、クローイはさっそく犯人の身体検査をしてみた。
ところが、盗んだらしき『何か』は見つからずじまい。
盗賊クローイによるチェックなので、隠しポケットを見逃したとかはない。
となると、収納系の魔法かスキルで隠したのだろう。
クローイが右手を差し出し、
「おじさん、盗んだものを出して」
犯人が唾を吐きかけてくる。
対してクローイは最小限の動きで避けた。
「まぁいいわ。このスキルはね、対象者が目覚めていないと使えないの。だから待っていたのよ──」
ところがクローイがスキルを使う前に、犯人が先んじた。
「《煙幕》!」
犯人のスキルによって、煙幕が立ち込める。だけど手足を縛られているのに?
ところが煙幕から犯人が飛び出し、駆けだす。何らかのスキルで手足の拘束を解いたようだ。
この犯人、《煙幕》を使えるあたり、クラウドコントローラー的だね(冒険者かは不明だけど)。
バスタードソードを使いこなせていなかったのは、アタッカーが向いていないから。
クローイは慌てずに、犯人の背中を指さす。
「《無抵抗》!」
とたん犯人が立ち止まった。
いや、立ち止まらされたというのが正解か。
《無抵抗》は、狙った相手の動きを封じるスキル。
ただし発動者のレベルによっては、《無抵抗》が効かないこともある。
少なくともこの犯人ごときなら、クローイは余裕で《無抵抗》できたわけだ。
クローイは犯人のもとに歩いていき、さらなるスキルを発動。
さっき使おうとしていたスキルだね。
「《あなたは差し出す》」
とたん空中に紅い宝石が出現した。
自由落下してきたので、クローイがキャッチする。
「クローイ、今のスキルは?」
「あたしの大好きなスキルよ。相手が収納系で隠しているものを、強制的に出現させるスキル」
盗賊にはもってこいのスキルだなぁ。
「おじさんはもう用無しだから、また眠っててね」
それからクローイは、鮮やかな回し蹴りを披露。犯人をノックアウトした。
「格闘家クラスでもいけそうだね」
「今のが? 本職はこんなものじゃないわよ。だいたいあたし、格闘系のスキルは開眼しなかったし。そんなことよりもトラ──これを見てよ」
クローイは手のひらに乗せた紅い宝石を見せた。
とにかく大きい。卵くらいのサイズ。そして、まるでドラゴンの瞳のような輝きを発している。
「これは?」
「〈龍の眼〉よ」
「あ、本当にドラゴンなんだ」
「ドラゴンは実際のところ関係ないのだけどね。誰かが『ドラゴンの瞳』のようだと言ったんでしょ。この宝石を奪うため人を殺したくなる気持ち、分からなくはないわ──」
「え、なんだって?」
非難の眼差しで睨むと、クローイは慌てて言う。
「まって。あたしはそんな罪深いことはしないわよ。無実の人を傷つけたりなんて。……ただ、〈龍の眼〉は本当に貴重なのよ。神話の時代のものと言われているわ。つまり個数アイテムね」
神話の時代──というのは、ようは大昔のこと。その時代に生まれたアイテムは、いまの時代も世界のどこかで眠っている。
ただし数に限りがあるので、個数アイテムともいう。
「個数アイテムの中でも、さらに特別よ。〈エクサの図録〉に記載されているのだから」
「〈エクサの図録〉って、錬金術師だったエクサ卿が記したアイテム図録だよね。超レア級のアイテムだけが記されているとか」
「王都の図書館にあるわよ。あたし、何度も閲覧したわ」
「へえ……」
クローイは魅入られたように〈龍の眼〉を見ている。
そんな彼女を見ながら、僕はいやーな予感がした。まさかと思うけど、このままネコババするつもりじゃないだろうね。
「僕が預かっておくよ、クローイ」
クローイは催眠でも解かれたように、ハッとした。
「え、なに?」
「殺された冒険者は、冒険者証によるとギルド≪亀の牙≫に属していたようだ。きっと≪亀の牙≫のクエスト中に襲われたんだと思う。だからその〈龍の眼〉は、≪亀の牙≫に渡すのが筋だ。そうだよね、クローイ?」
「そうね……それが筋かもね。けどトラ、考えてみて。このまま〈龍の眼〉を頂戴しても、誰も気づかないわよ。
王都には戻らず、どこかの商業都市に行って、〈龍の眼〉を売るの。いえ、コレクターの貴族たちを集めて、オークションにかけるのがいいわね。うまくすれば一生遊んで暮らせるお金が入るかも。どう思う、トラ?」
「別に構わないよ、クローイ。君がこのまま〈龍の眼〉を持って行っても、僕は止めない。ただその瞬間、≪エコの王≫は解散だ。僕たちはもう会うことはないだろう」
クローイは溜息をついた。
それから〈龍の眼〉を僕に放った。
「大切なのは、お金より仲間よね。あぁ、盗賊にあるまじきことを言ってしまったわ」
僕は〈龍の眼〉をキャッチした。
「ありがと、クローイ」
乗合馬車がやって来た。
さて、王都に戻ろう。
気に入って頂けましたら、ブクマと、この下にある[★★★★★]で応援して頂けると嬉しいです。励みになります。