7,畏怖と敬意。
気絶中の犯人の手足を拘束。縛るのには蔓性植物を使った。
「せっかくだから王都行きの乗合馬車を待って、それに乗っていこう」
拘束した人物を連れていても、冒険者証を見せれば変に思われない。
犯罪者追跡クエストというのもがあるし、それ専門にしている冒険者もいる(彼らはハンターと呼ばれている)。
「それは賛成だけど、ちょっと待ってよ。節約なんかでどうして、あたしを出し抜けるのよ」
クローイはいい加減な性格だが、一方で負けず嫌いでもあった。
敏捷性はクローイの得意とするところだから、納得いかないのだろう。
「空を飛んできたから」
「冗談はいいから。あんた、飛翔スキルなんて持ってないでしょ」
「節約の結果、飛翔することになったんだけどなぁ──じゃぁさ百聞は一見にしかずというし、今度こそ【エコ領域】に入ってみなよ」
「うーん」
クローイが悩んでいるのは明らか。
おかしい。それほど節約されるのは気が進まないものなのか。こんなに素晴らしいのに。
この節約への世間的な軽視を、もし姉が知ったら激怒することだろう。
何と言っても僕に節約の素晴らしさを教えたのが姉なので。おかげでユニークスキル《節約》に目覚めた。
「【エコ領域】というのを我慢したら、空も飛べるの?」
「今のところ節約効果で飛翔できるのは、僕だけだと思う。《節約》がさらに進化したら、パーティ全員を飛翔させてあげたいけどね」
「ならどんな恩恵があるのよ?」
「たとえば、速く走れる」
「あたしは速いわよ」
「もっと速くなるよ。どんなに効率よく動いているように見えても、節約する余地はあるんだ。ま、説明よりも実践。というわけで観念しろ、クローイ」
僕は《節約》を発動。
誰かを【エコ領域】の影響下におくためには、はじめに視認する必要がある。
クローイを見ながら、彼女を【エコ領域】に登録した。
「これでよし。ちなみに【エコ領域】の節約効果は、僕から離れるほど弱まるからね。現状だと僕から33キロ離れると、節約0になるから」
「ふーん」
クローイはその場でぴょんぴょん跳ねた。
「体が軽くなったり、筋力が強くなった感じはしないけど?」
「身体強化スキルとは違うんだって。何を節約したいのか、ちゃんと目的を持たないと。まぁ、僕がかわりに設定するから、クローイは好きに走ってみなよ」
≪来航の善≫にいたころも、パーティ・メンバーの節約目的は僕が設定していた。いつかはメンバーが自分で設定できるようにしたかったが、その前にクビにされたので。
「じゃ、走ってみるわ」
半信半疑の様子で、クローイが走り出す。
同時に僕は『移動エネルギーの節約』を指示。
とたん神速ともいえるスピードでクローイが走り出し──一瞬で見えなくなった。
クローイの敏捷性+《節約》の合わせ技。
しばらく戻ってこないと思ったら、やっと帰ってきた。
湯気のたったマグカップを2つ持っている。珈琲の香りが漂ってきた。
「はい、お土産よっ!」
「あ、これは王都のカフェ〔ゴダール〕のマグカップ。じゃあ王都を往復してきたの?」
凄まじい速度だな。さすがに〔ゴダール〕での注文時は、普通の速度だっただろうけど。
クローイはすっかり興奮した様子だ。
「ねぇ、とてつもない速度だったわ! 通常の速度の3倍──いえ3・5倍は速かったわね」
「え、そんなに?」
せいぜい2倍だろうと思っていた。想定よりも節約効果が高かったのはなぜだろう。
《節約》のレベルが上がったのか、クローイと僕の相性がいいのか。
「けど速いだけじゃないの。普通だったら敏捷性がこんなにUPしたら、戸惑うはずよね? 障害物をうまく避けきれなかったり。けどそんなことはなかったわ。どんなに速くなっても、普段どおり落ち着いて走れた。なぜなの?」
「それが【エコ領域】の優れたところだよ。よくある身体強化スキルで速く走っても、慣れるのに時間がかかる。それはただ、『身体を強化して敏捷性を上げている』だけだから。
だけど【エコ領域】では、『移動エネルギーを節約する』わけだからね。
つまりさ、いくら速く走れても障害物にぶつかっていては、それは移動エネルギーの節約にはならないわけだよ。だから君は障害物もすいすい避けることができた」
「ぜんぜん疲れてないのは、なぜなの?」
「疲労が0なわけじゃないよ。もっと距離を走っていたら、やはり疲れが出ていたはず。ただ『移動エネルギーの節約』は、『疲労量が減る』ことにもなるからね」
「つまり【エコ領域】の中では、めちゃくちゃタフになるってこと?」
「そういうこと」
僕は珈琲をすすった。美味しい。
にしても移動中、よくこぼさなかったものだ。
クローイが器用なのか、それも【エコ領域】のおかげなのか。《節約》の深みは、僕でさえまだ理解しきれていない。
ふと見ると、クローイが僕を凝視していた。いま初めて、そこにいるのに気づいたという感じで。
「まって……トラのユニークスキルって、ありえないわよ。応用次第で、存在する全てのサポートスキルを代用できる。いえ、それ以上だわ」
「もちろん、それ以上だよ」
サポートスキルで飛翔なんてできないからね。
クローイは畏怖と敬意の混ざった声音で言う。
「トラ──あんたチートスキル使いだったのね」
やっと理解してくれたらしい。
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