6,節約スキルの凄み。
ユニークスキル≪節約≫を発動する前に、クローイは駆けだしていた。
「ちょっと、クローイ! まだ【エコ領域】の状態になってないよっ!」
「節約なんかしている場合じゃないでしょ! 先に行って、犯人捕まえておくから!」
とだけ言い残して、クローイは走り去っていった。
その速度は、≪来航の善≫の誰よりも速い。クラスからしても敏捷性が高いのは納得だが。
ところで僕は置いてきぼりをくったのか。
癪なので、クローイに先回りして犯人のところに到着しよう。
ただ問題は、いま犯人がどこにいるのか分からないことだ。クローイは犯人の移動の痕跡を瞬時に読み取って、追跡していったようだけど。
それが可能なのは、盗賊には斥候的な役割もあるから。
僕も真似るためには、どうすればいいのか?
やはり、観察するしかないなぁ。
移動による草木の不可解な折れ方とか、かすかに残った足跡とか。まぁ犯人が足跡を残さず移動した可能性は高いけど。
というわけで、じっくり観察してみた。けど、よく分からない。
そりゃあ、僕はバッファーですからね。斥候的な能力はないので。
観察に疲れてきたとき、ふと思いつく。
『観察するエネルギー』を節約できないものかと。
そこで《節約》を使って、『観察するエネルギー』を極限まで節約した。
【エコ領域】は凝縮すればするほど威力を増す。つまりパーティに対して行うときよりも、自分というソロに対して行うほうが何倍も効果が出る。
そして《節約》の効力はすぐさま発揮された。
『観察するエネルギーの節約』とは、つまり『観察する能力の飛躍的な向上』だ。
見える、見える。
草地の不自然な凹み、こすれた砂が示す移動した方向。犯人の痕跡だ。
ただこれを追いかけていても、クローイを追い越すことはできない。
もっと効率的な方法、すなわち抜群な節約法はないものかなぁ。
で、閃いた。
『犯人を追いかける労力』を節約してみたら、どうだろう。
試してみる。
しばらく何も起こらなかった。やっぱり条件が漠然としすぎていたかな?
ところが、ふいに脳裏に浮かんできた。
ある一つの光景。
街道沿いにある乗合馬車の停留所だ。
そうか。犯人は乗合馬車に乗って、遠くへと逃げようというわけだ。
この停留所へ行けばいいわけか。痕跡とか追わずに済むので、労力節約だ。
次に『移動するエネルギー』を節約しよう。
これで移動速度が速くなり、一方で体力は消費されにくくなる。
ただ、それはパーティ全体を【エコ領域】にしていたときの場合だった。
今回、僕は自分だけに【エコ領域】を凝縮していた。ので節約効果もより強くなる。
『移動するエネルギー』をより節約するためには、どうすればいいか?
飛んでいけばいい。
というわけで僕の体は浮き上がった。とんでもない勢いで。
あっという間に高度30メートル付近。
「まった、まった! いきなりやるな!」
しかし【エコ領域】はお構いなしに、僕を飛ばしていく──
とんでもない速度で飛び、さらに急降下。
ただ着地だけは優しく。
気づけば目指す停留所にいた。
乗合馬車を待っているのは1人だけ。30代の男で、僕をポカンとした顔で見ている。
「……てめぇ、飛翔魔法が使えんのか?」
飛翔魔法は高位魔導士しか会得できない。驚かれるのも無理はない。
「ええ、まぁ似たようなものです」
「しかし何だって、飛翔できるのに乗合馬車に用があるんだ? 飛んでいけばいいだろうが」
「えーとですね。それは殺人犯を追いかけているからでして──あ」
男はバスタードソードを装備していた。殺人に使われた凶器も剣。
いやいや、けどバスタードソードって一般的な装備だし。
「畜生、追手か!」
男がバスタードソードを抜く。
あ、やっぱり犯人さんでしたか。そうですよね。
「死にやがれ!」
呆気なく僕は斬られた。
だがダメージはない。
節約を極めると、ダメージ0になるのか?
いや単純に、この男の攻撃力が低いだけだろう。この程度の攻撃ならば、【エコ領域】の節約効果によってダメージにはならない。
「くっ、思ったより手練れってわけかよ!」
男は毒づくと踵を返して逃げ出す。
僕は『追跡して男を倒すエネルギー』の節約を指示した。
さて、どうなるか──
勝手に自分の頭が動いた。斜め下向きへ。そこには手ごろな石が落ちている。
なるほど。この石を取り上げて、そして──投げるのかな? 投擲スキルとかないけど?
しかし、そこは【エコ領域】が上手くやってくれる。
軽く投げるなり、石は凄まじい勢いで射出される。
『投擲するエネルギー』を節約したわけだ。
そして石は男の背中に命中。男は衝撃で前方へと吹っ飛び、倒れた。
「捕縛完了」
茂みがガサゴソいって、猛スピードでクローイが駆けだしてくる。
そして急停止して、倒れた男と僕を交互に見た。唖然とする。
「これ──どうなってるの?」
その問いかけに簡潔に答えるならば、
「節約したんだよ」
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