5,採取と死体。
「ところでトラも、何か武器を装備したら? ゴブリン1体くらいなら、まぐれで倒せるんじゃないの?」
「僕は武器を持たない主義なので」
「ふーん」
クローイの装備は、太刀。詳細は骨刀であり、種類は〈ワイブガ〉とのこと。つまりワイブガというモンスターの骨で作られた太刀。
「ポーション持ったわね?」
「持った」
回復魔法を使える仲間がいないので、ポーションは必需品。収納系の魔法やマジックアイテムはないので、鞄に持ち運べる分だけ。
あとは、半日もかからないクエストなので食料はいいとして、水は必須だ。
王都を出る直前、クローイが思いついた様子で言った。
「サンドイッチ」
「はい?」
「お昼のサンドイッチを買うの忘れたわ」
この子、完全にピクニック気分だよ。
そういえばクローイはクラウドコントローラーとして、Aランクのパーティに参加していたこともあるとか。
となると、難易度の高いダンジョン探索も行っているわけか。確かに近場での採取クエストなんて、ピクニックのようなものだろう。
まぁ、僕も≪来航の善≫にいたころは、ダンジョンにも入っているけどね。
サンドイッチを購入して、改めて出発。
今日は天気もいいので、採取クエストには絶好の日だ。
途中までは街道を移動し、途中からは自然のままの大地を行く。
「王都付近って、安全管理が行き届いているのよね~。だから、たいていの危険なモンスターは駆除されちゃっているわけ。それって退屈」
「モンスターなんか見かけても、交戦は避けたほうがいいと思うけどね」
無意味な戦闘を避けるのも、一種の節約だ。
「その骨刀、買ったの?」
「違うわ。以前、魔鉄鉱山アーガに探索クエストで行ったとき、ワイブガを狩ったの。そのとき採取した素材をもとに作ってもらったわけ」
「魔鉄鉱山なんて行ったことないなぁ」
「じゃ、今度行く? 楽しいわよ。けど冒険者の生存率が20パー切ってる場所だから、出発前の遺書の更新はしておいたほうがいいかもだけど」
「……考えとく」
やがてレベ草原に到着。
「本当に何も起きなかったわね!」
残念そうなクローイは無視して、僕は採取用道具を出してロイナ花を探した。あった、あった。一面に咲き誇っている。花のみつを頂戴して、採取クエスト完了。
「トラ、お昼にするわよ」
すっかり退屈した様子のクローイと、傾斜のある場所で座って遅めの昼食とした。
ベーコンたっぷりのサンドイッチを食べる。旨味が口の中に広がる。
これは美味しい。ピクニック気分になるのも無理はないな。
不意にクローイが言う。
「血の匂いがする」
「生焼けだった?」
クローイは残りのサンドイッチを早食いして、駆けだした。
僕は慌てて追いかける。
レベ草原を外れると、木々が鬱蒼と茂っている。その中をしばらく移動し、クローイは屈んで下生えを指さした。
隠すようにして、死体が押し込められてある。
「モンスターの仕業かな?」
冒険者稼業に死体は付き物だが、何度見ても慣れないものだ。
クローイは死体の傷口を確かめる。背中を鋭利なもので切り裂かれている。革鎧の防御は効果がなかったようだ。
「これはモンスターの鉤爪とかじゃないわね。間違いなく剣による斬傷よ。この冒険者は、誰かに殺されたようね」
死体が冒険者と断定できたのは、冒険者証を身につけていたからだ。ギルド所属も無所属も、冒険者証がなければクエストを受注できない。
「武器を使うモンスターはたくさんいるよね。ゴブリンなんか代表どころだけど」
「ゴブリンの仕業じゃないわね。というかモンスターの仕業でもないわ。モンスターはこんなふうに死体を隠したりしないものね。それに──何か盗まれている」
死体は鞄を身につけていたが、中は空っぽだ。
僕たちみたいにサンドイッチを入れていて、殺される前に昼食で食べたか。または何か高価な品を運んでいるところを襲われ、奪われたか。後者だろうなぁ。
「どうする、トラ?」
「僕に聞くの?」
「≪エコの王≫のリーダーはトラでしょ」
「確認だけど、この人は殺されてまだ何時間も経ってないよね?」
「ええ、間違いないわ。いまの季節だと、死後硬直が始まるのは死後2~3時間ってところ。まだその兆候が死体にはないもの」
「盗賊ってクラスは、そんなことも知っているものなの」
「長生きしていると、いろいろと学ぶものなのよ」
クローイって、僕より年下じゃなかったっけ。
「で、どうするの?」
「王都に戻って通報していたら、殺人犯は遠くに逃げてしまう。だけど、いま僕たちが追跡すれば──」
「捕まえることができるかも?」
「そう。だから犯人を追跡する」
「意外な決断ね。トラって臆病なタイプかと思っていたから」
「違うんだよ、クローイ。臆病と節約は、違うんだ」
格言のようなことを言ってしまった。クローイも感じ入っていることだろう。
「うん。カッコつけている感じで言ってるけど、意味わかんないわ」
「あそう」
「追跡するなら急いだほうがいいわね」
「そうだね。急ぐ──それは追跡時間を『節約する』という意味だ」
「どういうこと?」
「僕のユニークスキル《節約》の出番が来たということさ」
気に入って頂けましたら、ブクマと、この下にある[★★★★★]で応援して頂けると嬉しいです。励みになります。