18,鋼鉄蜘蛛。
ロッコ洞窟は王都から南東8キロ地点にある。
第1~2深層までは出現するモンスターも脅威ではない。ので冒険者に優しい初心者安心コース。
ただし第3深層あたりからは強めのモンスターが出てくるので要注意だ。
しかし、なぜ鋼鉄蜘蛛は第2深層には上がってこないのか。
この『モンスター縄張り問題』はいろいろな論文が出されているけど、読んだことはない。いつか読んで勉強しよう、いつか。
「じゃあ洞窟に入る前に、パーティ陣形を決めておこう」
リビーが挙手して、
「では、わたくしが前衛を担当いたします」
「じゃあ僕とチェルシーは後衛担当で。チェルシーはリビーさんの後ろから出ないように。じゃ出発」
「アニキ、待ってくださいよ~! おかしいですよ、おかしいですよ。このアタシも前衛ですよね普通。みんなを守るのがタンクの役割じゃないですかっ! ロール崩しは許さんです!」
「いや、チェルシーはまだ冒険者じゃないし。ここは先輩の戦いを見ることで学びなさい」
「リビーの姐さんのですか? つまり年増さんの」
「チェルシー様。わたくしはまだ26歳ですが?」
うーん。営業スマイルから怒気が感じられる。
「それを年増というんですよ。ね、アニキ?」
「僕に振るな、振ってくれるな」
チェルシーがごねたので前衛はリビーとチェルシー2人態勢になった。まぁ第3深層まで降りる気はないので、そこまで心配することはないか。
とくに第1深層に出てくるモンスターは、暴走イノシシに毛が生えたレベルだし。
というわけで、ロッコ洞窟内へ。
ちょっと興奮でドキドキしてきた。久しぶりの『らしい』クエストなので。
しばらくしてチェルシーがふしぎそうに言った。
「洞窟に潜ったのに、周囲が明るいんですねアニキ?」
「浅い深層では光魔法がかけられているからね。四大ギルドの取り決めで、持ち回りで魔導士が来ているんだ」
こういう至れり尽くせりも初心者コースの所以。
ただ深いところに潜れば、そんなサポートも無くなるが。
しばらくして、ツチガウという四足型の低級モンスターが現れた。
≪エコの王≫、初のモンスターとのエンカウント。
騒ぐタンクっ娘。
「出たですよ、出た! アタシが倒します!」
僕はチェルシーの襟首をつかんで止める。
「まてまて。タンクが戦うな。せっかくだから、現メンバーでの鉄板の連係攻撃を作ってみよう。まずチェルシーが《挑発》でモンスターを引きつける。そこをリビーさんの一撃で仕留める」
「残念ですがトラヴィス様。わたくしの敏捷性では、その連係に遅れを取るかと」
「だからこそ、僕の《節約》を使って──」
ふいにツチガウが逃げていった。さっきまで交戦モードだったのに。
チェルシーが残念そうに見送る。
「ああ、アタシの獲物が。村のみんなに自慢するチャンスだったんですがね」
いまのツチガウの慌てよう。『何か』から逃げるようだったが──。
「トラヴィス様。どうやら想定外の出来事が起きたようです」
リビーが緊張した様子でそう言い、前方を示す。
小山ほどもある巨大な鋼鉄の蜘蛛が向かってくる。
鋼鉄蜘蛛だ。なんで第3深層から出てきた?
「いかがなさいますか?」
「逃げる余裕もなさそうだ。向こうはどう見ても、僕たちを獲物認定しているようだし」
それに第1深層に迷い込んだ鋼鉄蜘蛛と、低ランクパーティが遭遇しては気の毒だ。
「よし、僕たちで仕留めよう。作戦はいま言った内容で。チェルシー、そこの大岩の上に乗って《挑発》しろ。リビーさんはそっちの陰に隠れて。鋼鉄蜘蛛の注意がチェルシーに向いたら、死角から接近して仕留めて」
「そんなアニキ、無理ですよ~」
「トラヴィス様。わたくしの敏捷性の問題をお忘れですか?」
「これはリーダー命令だ。さ、頑張って。≪エコの王≫の正念場だ!」
正念場、来るの早いなぁ。
チェルシーが大岩にのぼり、リビーも配置につく。
鋼鉄蜘蛛は目前だ。
鋼鉄蜘蛛の厄介な攻撃は、《糸を吐く》か。面白みのないスキル名のくせに強力だ。鋼鉄製の粘液糸が吐かれるのだが、これに絡まると排除が難しい。
先に封じておくか。
《節約》発動。
前方の鋼鉄蜘蛛を【エコ領域】に指定。
『スキル発動の素早さ』を節約する。
これで《糸を吐く》が来るまで時間がかかる。
続いてチェルシーとリビー。
この2人はすでに【エコ領域】には登録済み。
2人に対して、まずは『受けるダメージ』を節約。
さらにリビーに対して、『遅鈍効果』を節約する。
リビーの敏捷性マイナスは、捉えかたによっては《遅鈍》スキルをかけられているようなもの。
この『遅くさせる要素』を節約することで、敏捷性は通常まで上がる。
鋼鉄蜘蛛が、チェルシーのいる大岩にタックル。
スキルが出ないので通常攻撃で来たか。
チェルシーが悲鳴を上げる。
「アニキぃ~!」
「持ちこたえろ、チェルシー! リビーさん、いまだ!」
念のためリビーに『攻撃回数』の節約をかけ、攻撃力もUPさせる。
リビーが隠れ場所から出て、死角から鋼鉄蜘蛛に接近。
決して速い移動速度ではない──だが遅くもない。
リビーが《爆裂撃》を発動。
タイムラグなしで、実行。
ウォーハンマーが鋼鉄蜘蛛に叩き込まれ──
蜘蛛の体が粉みじんに吹っ飛び、
それだけでは破壊の衝撃波は収まらず、
天井まで到達した。
結果、天井の一部が崩落し、瓦礫が降ってくる。
うーむ、凄まじすぎ。
『攻撃回数』の節約、いらなかったなぁ。
「みんな、衝撃にそなえてー」
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