14,ハンマーと盾。
早朝。
僕たちは王都外れの街道にいた。
そこは不人気な街道なので、こんな時間には人通りもない。果し合いをするには丁度いいわけだ。
朝陽のなか、チェルシーは準備体操に励んでいる。
何となく小さな子供が海に入る前の準備体操に見えてきた。
「あのさチェルシー。君のことを信用していないわけじゃないんだけど──」
「アタシに全幅の信頼を寄せてくれているんですね! さすがアニキです!」
「え? うんそうそう、信頼を寄せているよ。ただ一応ね、聞いておこうと思うんだけど──どれくらいの攻撃なら防御できるのかな?」
チェルシーは腰に手を当て、「ふっふっふっ」と笑う。
「アニキが心配する気持ちも分からんじゃないですよ。確かにアタシは冒険者としての実績は0です」
「まぁ、まだ冒険者じゃないからね」
「だけどアニキ、心配ご無用。アタシは地元で血も滲むような努力をしてきたんですよ。ウチの村の近くでは、よく暴走イノシシが出現するんですがね。アタシは全ての暴走イノシシを、この盾で弾いてきたんす!」
「暴走イノシシ? はじめて聞くモンスターだ」
「あ、モンスターじゃなくて、ただの暴走しているイノシシっす」
「あそう」
心配だ。大いに心配だ。
あとはリビーの攻撃が、どの程度のものか。元アタッカーとはいえ、一線を退いて久しいはず。それにアタッカーを辞めたということは、通用しなかったということでは?
つまり、たいした攻撃力ではないはずだ。
「リビーさん。試しに一撃を見せてくれるかな?」
リビーの足元には、布にくるまれた棒状のものがある。アタッカー時代の武器だろう。
「かしこまりました」
すると布が取られ、ウォーハンマーが姿を現す。
そんなウォーハンマーを軽々と持ち上げたリビーは、街道外れにある大樹まで歩いて行く。
そしてウォーハンマーを腰の位置で水平に引く。
そこでなぜか固まった。気合でも入れているのだろうか?
さらに何秒か経ってから、ようやくウォーハンマーが動く。
ウォーハンマーが衝突──とたん大樹は裂け、上半分が吹っ飛んでいった。
唖然。
いまスキルも発動していなかった。通常攻撃で、この威力。ではスキルを発動したら? とんでもない破壊力だぞ。
リビーはゆっくりと歩いて戻ってきた。
「ご満足いただけましたか?」
「……どうかな、チェルシー。いまの打撃に耐えられる自信は──」
チェルシーは死んだような目で、僕を見た。
「だ、大丈夫ですよ、アニキ! アタシのこの体が肉塊になろうとも、アニキだけは守りますから!」
いやいや。もう死ぬ気満々だよ、この子は。
ただ、これはチェルシーが悪いともいえない。正直、リビーの攻撃力がこれほどとは想定できるはずがない。ハッキリいって、Aランクパーティにいてもおかしくないレベルだぞ。
「チェルシー。ここは潔く負けを認めよう。君とリビーさんじゃ、レベルが違いすぎる」
「そんなアニキ……やっぱりアタシじゃ、冒険者としてやっていけないんすかね」
冒険者を目指す第一歩で躓いたことで、チェルシーはすっかり落ち込んでしまった。
パーティのリーダーとして、このまま放ってはおけない。
僕はリビーに声をかけ、交渉してみる。
「チェルシーはまだ冒険者にもなっていないんだ。だから今回は特例として、僕がサポートスキルを使うことを許してほしい」
「トラヴィス様のサポートスキルですか?」
リビーが言いたいことは分かる。≪来航の善≫に戦力外とされたサポートスキルで、何が変わるというのか、と。
もちろん、全てが変わるわけだが。
「ではこちらからも条件があります。わたくしとしましても、このような茶番で人を殺したくはありません。ですので、3回の打撃を行いたいと思うのですが?」
「3回の打撃?」
「はい。1撃目は手加減いたします。2撃目は通常攻撃での本気を出します。ここまでトラヴィス様たちが耐え抜かれましたら、わたくしはスキルを発動いたします。それは容赦のない、破壊の3撃目となることでしょう」
つまり打撃ごとに破壊力は増していくわけか。
「その条件を飲めば、僕のサポートスキルは有りなんだね?」
「ええ」
「分かった。じゃ確認だ。こちらの勝利条件は、君からの3回の打撃を耐えること」
「わたくしの勝利条件は──わざわざ申すまでもありませんね」
僕はチェルシーを見やった。
「僕を信じるか、チェルシー」
「もちろんですよ、アニキ!」
「じゃ盾を構えろ。まずは1撃目だ」
チェルシーが僕の前に立ち、対峙するリビーへ盾を向ける。
《節約》を発動。
チェルシーを【エコ領域】に登録する。
『受けるダメージを節約する』ことで、チェルシーの防御力をUP。
さらにチェルシーの盾に対しても、『受けるダメージを節約する』で防御力UP。
「では参ります」
リビーがウォーハンマーを振り上げる。またもそこで停止。
いつも攻撃のたびに固まっていたら、実戦だと簡単に回避されてしまうのに。
そうか。リビーが冒険者を辞めた理由って──
ウォーハンマーが振り下ろされる。
対するチェルシーは防御に成功。
リビーは意外そうな顔をする。
それから休まず、2撃目──。
といっても、また攻撃前に停止したが。
そして、来た。
1撃目の倍の破壊力。そんな2撃目も、チェルシーは何とかしのぐ。
「アニキ! 凄いです、アニキ! アタシの防御力が、とんでもないことになってますよ! これがアニキの《節約》の力なんですね!」
「集中するんだ、チェルシー。はしゃぐのは早いぞ」
リビーは笑った。笑ってはいるが──目がマジだ。
「2撃目も耐えられるとは、正直なところ想定しておりませんでした。先に謝罪させてください。あなた方は戦力外などではありません。ですから、わたくしもプロを相手にするつもりで参ります。正真正銘の『本気』で」
瞬間、この場の空気が変わる。リビーが変えたのだ。
まずい。
3撃目の攻撃は、これまでとは次元が違うものが来る。
いまの状態のチェルシーでは耐えられない。
『受けるダメージを節約する』だけの《節約》では。
賭けだが、ここは奥の手を使うしかない。
「チェルシー! 今から防御スキルを会得してもらうよ!」
「えぇ! 今からですか!?」
《節約》のさらなる応用。
『スキル取得までの時間と経験値を節約する』。
チェルシーにとって、最も早い段階で会得できただろうスキル。
それを【エコ領域】によって、いまこの瞬間に会得させる。
さぁ、どう転ぶか。
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