表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/34

13,果し合い。

 



 節約心のわかるチェルシー。

 実家が貧乏なので、自然と節約術を会得していったのだという。


 とりあえず『ケチと節約は、トカゲとドラゴンほどに違うものだ』と意見の一致。

 この子の将来は明るい。


 ただ残念なことに、スカウトに成功したのはチェルシーだけだった。

 つまりタンクのみ。≪エコの神≫のアタッカー不在は続く。


 その夜。

 チェルシーの行きつけという〔馬糞亭〕へ飲みに行った。店名の汚さに反して、清潔な店内で料理も美味しい。


「外食している時点で節約精神に反するじゃん、という人もいるんですよねー、アニキ」


 と、エールのジョッキを呷りながらチェルシーが言う。

 僕は嘆かわしいと首を横に振った。


「そういう人は分かってないね。一人で外食するなら自炊しろという話だけど、新たな友と親睦を深めることが目的ならそれは人生の糧。そこでお金がもったいないと言い出すのが、それこそ節約でなくケチなんだよ」


 節約について語り合っていたら、ふとカウンター席に知った顔を発見。

 チェルシーは僕の視線を追いかけて、カウンター席の女性を見た。


「アニキの元カノですか~?」


「違うよ。僕が以前≪渚の剣≫にいたことは話したと思うけど」


 チェルシーがジョッキをテーブルに叩きつけるようにして、


「大手ギルドに見切りをつけて独り立ちしたアニキ、カッコいいです!」


「……いや、クビになったんだけど」


「あえてクビになるよう仕向けたんですよね、アニキ!」


「うん、まぁそれでいいよ。とにかく、カウンターの女性はそこの受付嬢さんだよ」


 さらに言うなら、僕に追放を宣告した受付嬢である。そのさい隠れドSを見せてきたっけ。


「名前はリビーさんだったかな。せっかくだから挨拶してくる。ちょっと待ってて」


「エールお代わりしときますね。今夜はアニキのおごりですし、飲むっスよ~!」


「……ほどほどにしてくれよ」


 カウンター席まで行き、リビーに声をかける。


「こんばんは。その節はありがとうございました」


 あれ。今の皮肉っぽいかな。そんな気はなかったんだけど。何と言っても、『その節』は追放宣告のことだからなぁ。


 リビーはとろんとした目で僕を見た。だいぶ酒が入っているらしい。


「あなたは──トラヴィス様でしたか。意外ですね。いまだに王都にいらっしゃるとは」


「そう? 今は新しいパーティを組み始めてね。いつかはギルド登録するため、努力しているところだよ」


 リビーは頭を傾げてから、楽しそうに笑った。


「ギルド登録とは、だいそれたことを思いつきましたね」


「でも不可能ではないし」


「トラヴィス様。老婆心ながら忠告させてください。身の丈を知ることです。あなたは『無能』と判断されたバッファーではありませんか。そんなあなたがギルド登録とは──分不相応な夢を抱いても、あとで絶望するだけですよ」


 この人、悪酔いするタイプだなぁ。

 または不味い酒を飲んでいるのか。普段の日常に不満を抱えていては、どんなお酒も美味しくなかろう。


「僕が無能かどうかは、自分で決めるよ。じゃリビーさん。会えて良かった」


 席に戻ろうと振り返ったら、すぐ後ろにチェルシーがいた。この子、地味に気配を消すね。


「ちょっとそこのお姉さん、今のはうちのアニキに失礼じゃぁないですかね! アニキは既存ギルドに囚われない凄い人なんですからね!」


 リビーに掴みかからんばかりのチェルシー。

 僕はそんなチェルシーを抑えた。


「チェルシー、君も酔ってるだろ。さ、席に戻ろう」


 リビーはチェルシーを見てから、僕へと視線を向けた。


「この可愛らしい方はどなたですか?」


「うちの新戦力、タンクのチェルシー」


 リビーはくすくすと笑い出す。


「そんな小さな体でタンクをされるのですね」


「あ、バカにしましたね! アニキ、このお姉さんにバカにされましたぁ! アタシは体が華奢でも、鉄壁の守りを発揮できるんですからね!」


「これは失礼しました。わたくしも昔は、アタッカーをしておりました。体の華奢さなどは、実際の戦闘力には関係がないものです」


 これは初耳だ。といってもリビーとは追放宣告のとき話したのが初めてなので、知らなくて当然だが。

 それにしても、彼女も以前は冒険者だったのか。なぜ辞めてしまったのだろう。


「ですが──やはりチェルシー様。あなたがタンクを全うできるとは思えませんね。体格の問題ではありません。あなたからは、どんな攻撃からも仲間を守り抜こうという気概が感じられません」


「なんですとぉ! 分かりましたよ、元アタッカーのお姉さん。こうなったら果たし合いです!」


 いやいや、それこそが『なんですとぉ』だ。


「無茶苦茶なことを言うなよチェルシー」


「果たし合いですか? 構いませんよ、わたくしは」


「リビーさんも本気にしないでくれよ。だいたい防御特化のタンクが果し合いなんかできるか」


「できるんですよ、アニキ。こういうルールではどうですか、元アタッカーのお姉さん。お姉さんが渾身の一撃を叩き込むんす──アニキに」


「なに、僕に?」


「大丈夫ですよ、アニキ。このアタシが、アニキを守りますから! この体と」


 いまも背中に背負っていたシールドを指さして、


「この盾で!」


「だけどな、リビーさんはもう冒険者を引退した身で」


「承知いたしました」


 そう言ってリビーは椅子から立つ。その華奢な体からは、どれほどの一撃を放てるのか想像ができない。貧弱なものかもしれない。

 または、想像を絶する一撃かもしれない。


「明日の朝。出勤前でよろしければ、お相手して差し上げます」


 チェルシーは自分の右手にぺっと唾を吐いて、リビーに差し出す。


「決まりっスね!」


「……なぜ唾を?」


「命の約束をするときは唾を吐くんです。うちの地元じゃ、こーするんですよ」


 リビーは不快そうな顔をしたが、溜息をついてから自分の右手にも唾を吐いた。

 そしてチェルシーと固く握手する。


「果し合いを望まれたこと後悔されますよ、チェルシーさん」


「どっちが泣くことになるかは、明日になれば分かることですよーだ」


 どうしてこうなった。



気に入って頂けましたら、ブクマと、この下にある[★★★★★]で応援して頂けると嬉しいです。励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ