13,果し合い。
節約心のわかるチェルシー。
実家が貧乏なので、自然と節約術を会得していったのだという。
とりあえず『ケチと節約は、トカゲとドラゴンほどに違うものだ』と意見の一致。
この子の将来は明るい。
ただ残念なことに、スカウトに成功したのはチェルシーだけだった。
つまりタンクのみ。≪エコの神≫のアタッカー不在は続く。
その夜。
チェルシーの行きつけという〔馬糞亭〕へ飲みに行った。店名の汚さに反して、清潔な店内で料理も美味しい。
「外食している時点で節約精神に反するじゃん、という人もいるんですよねー、アニキ」
と、エールのジョッキを呷りながらチェルシーが言う。
僕は嘆かわしいと首を横に振った。
「そういう人は分かってないね。一人で外食するなら自炊しろという話だけど、新たな友と親睦を深めることが目的ならそれは人生の糧。そこでお金がもったいないと言い出すのが、それこそ節約でなくケチなんだよ」
節約について語り合っていたら、ふとカウンター席に知った顔を発見。
チェルシーは僕の視線を追いかけて、カウンター席の女性を見た。
「アニキの元カノですか~?」
「違うよ。僕が以前≪渚の剣≫にいたことは話したと思うけど」
チェルシーがジョッキをテーブルに叩きつけるようにして、
「大手ギルドに見切りをつけて独り立ちしたアニキ、カッコいいです!」
「……いや、クビになったんだけど」
「あえてクビになるよう仕向けたんですよね、アニキ!」
「うん、まぁそれでいいよ。とにかく、カウンターの女性はそこの受付嬢さんだよ」
さらに言うなら、僕に追放を宣告した受付嬢である。そのさい隠れドSを見せてきたっけ。
「名前はリビーさんだったかな。せっかくだから挨拶してくる。ちょっと待ってて」
「エールお代わりしときますね。今夜はアニキのおごりですし、飲むっスよ~!」
「……ほどほどにしてくれよ」
カウンター席まで行き、リビーに声をかける。
「こんばんは。その節はありがとうございました」
あれ。今の皮肉っぽいかな。そんな気はなかったんだけど。何と言っても、『その節』は追放宣告のことだからなぁ。
リビーはとろんとした目で僕を見た。だいぶ酒が入っているらしい。
「あなたは──トラヴィス様でしたか。意外ですね。いまだに王都にいらっしゃるとは」
「そう? 今は新しいパーティを組み始めてね。いつかはギルド登録するため、努力しているところだよ」
リビーは頭を傾げてから、楽しそうに笑った。
「ギルド登録とは、だいそれたことを思いつきましたね」
「でも不可能ではないし」
「トラヴィス様。老婆心ながら忠告させてください。身の丈を知ることです。あなたは『無能』と判断されたバッファーではありませんか。そんなあなたがギルド登録とは──分不相応な夢を抱いても、あとで絶望するだけですよ」
この人、悪酔いするタイプだなぁ。
または不味い酒を飲んでいるのか。普段の日常に不満を抱えていては、どんなお酒も美味しくなかろう。
「僕が無能かどうかは、自分で決めるよ。じゃリビーさん。会えて良かった」
席に戻ろうと振り返ったら、すぐ後ろにチェルシーがいた。この子、地味に気配を消すね。
「ちょっとそこのお姉さん、今のはうちのアニキに失礼じゃぁないですかね! アニキは既存ギルドに囚われない凄い人なんですからね!」
リビーに掴みかからんばかりのチェルシー。
僕はそんなチェルシーを抑えた。
「チェルシー、君も酔ってるだろ。さ、席に戻ろう」
リビーはチェルシーを見てから、僕へと視線を向けた。
「この可愛らしい方はどなたですか?」
「うちの新戦力、タンクのチェルシー」
リビーはくすくすと笑い出す。
「そんな小さな体でタンクをされるのですね」
「あ、バカにしましたね! アニキ、このお姉さんにバカにされましたぁ! アタシは体が華奢でも、鉄壁の守りを発揮できるんですからね!」
「これは失礼しました。わたくしも昔は、アタッカーをしておりました。体の華奢さなどは、実際の戦闘力には関係がないものです」
これは初耳だ。といってもリビーとは追放宣告のとき話したのが初めてなので、知らなくて当然だが。
それにしても、彼女も以前は冒険者だったのか。なぜ辞めてしまったのだろう。
「ですが──やはりチェルシー様。あなたがタンクを全うできるとは思えませんね。体格の問題ではありません。あなたからは、どんな攻撃からも仲間を守り抜こうという気概が感じられません」
「なんですとぉ! 分かりましたよ、元アタッカーのお姉さん。こうなったら果たし合いです!」
いやいや、それこそが『なんですとぉ』だ。
「無茶苦茶なことを言うなよチェルシー」
「果たし合いですか? 構いませんよ、わたくしは」
「リビーさんも本気にしないでくれよ。だいたい防御特化のタンクが果し合いなんかできるか」
「できるんですよ、アニキ。こういうルールではどうですか、元アタッカーのお姉さん。お姉さんが渾身の一撃を叩き込むんす──アニキに」
「なに、僕に?」
「大丈夫ですよ、アニキ。このアタシが、アニキを守りますから! この体と」
いまも背中に背負っていたシールドを指さして、
「この盾で!」
「だけどな、リビーさんはもう冒険者を引退した身で」
「承知いたしました」
そう言ってリビーは椅子から立つ。その華奢な体からは、どれほどの一撃を放てるのか想像ができない。貧弱なものかもしれない。
または、想像を絶する一撃かもしれない。
「明日の朝。出勤前でよろしければ、お相手して差し上げます」
チェルシーは自分の右手にぺっと唾を吐いて、リビーに差し出す。
「決まりっスね!」
「……なぜ唾を?」
「命の約束をするときは唾を吐くんです。うちの地元じゃ、こーするんですよ」
リビーは不快そうな顔をしたが、溜息をついてから自分の右手にも唾を吐いた。
そしてチェルシーと固く握手する。
「果し合いを望まれたこと後悔されますよ、チェルシーさん」
「どっちが泣くことになるかは、明日になれば分かることですよーだ」
どうしてこうなった。
気に入って頂けましたら、ブクマと、この下にある[★★★★★]で応援して頂けると嬉しいです。励みになります。