12,タンクな少女。
≪暁の咆哮≫本部は、≪渚の剣≫以上に大きな建物だった。
実は冒険者登録数は、≪暁の咆哮≫が四大ギルドの中でも最大。
だからか入会希望者も多かった。
王都に来る『冒険者』登録者たちは、四大ギルドの一員になることを夢見ている。
ただ全員が叶うはずもなく、四大からあぶれた志望者たちは『その他ギルド』で妥協する。
とはいえ、どこかのギルドに引っかかれるだけで良いほう。
多くの志望者たちはどこのギルドに属することもできず、冒険者の夢破れて王都を去るのだから。
そして僕のように大手ギルドを追放され、一からやり直す冒険者もいる。
≪暁の咆哮≫本部前には、通りを挟んだところにカフェ〔シャブロル〕があった。
いまはそこで、コーヒーを飲みながら張り込み中。
狙うはアタッカー候補。
いかにも強そうな志望者をスカウトするとしよう。ただあいにく、『いかにも強そうな志望者』は試験に合格してしまうのだった。
粘ること3時間。コーヒーの飲みすぎで膀胱が限界。しかしトイレに行っている間に、これぞという志望者を逃したら泣くに泣けない。
すると≪暁の咆哮≫から『いかにも強そうな志望者』が一人、とぼとぼと歩き出てきた。
合格し≪暁の咆哮≫の一員になっていたら、まだ本部内にいて冒険者証を作ったりしているはず。
では不合格者だな。
僕は急いで勘定してから、『いかにも強そうな志望者』を追いかけた。筋骨隆々で、まさしくアタッカーという男を。
「どうもすいません、怪しいものじゃないんです。実は『ギルド登録予定』のパーティを運営していましてね」
『ギルド登録予定』という言い回しは、クローイの案。
この言い方だと、実績十分なパーティのイメージがする。そして別に嘘はついていない。ギルド登録を目指しているのは確かだし。
「今は将来有望な志望者をスカウトしているところでしてね。あなたはアタッカー志望でしょう? ……え、バッファー志望? サポートスキルは模索中? そうですか。一応聞きますけど、アタッカーになる気は? ……ない? そう。申し訳ないですが、バッファーは足りているんです。どうもありがとう。頑張ってね」
やはり見た目で判断する計画、問題があるらしい。
〔シャブロル〕に戻ろうと踵を返したら、目の前に少女が立っていた。
小動物を連想させる小さな少女で、深緑色の髪をポニーテールにしている。エメラルドグリーンの瞳を輝かせていた。
そして背中には、大きなシールドを背負っている。
「どうも、アタシはチェルシーという者でーす。以後お見知りおきを!」
「はぁ。それはどうも……僕はトラヴィス」
じっとチェルシーが、僕を見つめてくる。なんだか嫌な予感がする。
「アタシ、いま≪暁の咆哮≫の試験を受けて来たんですよー。ところが不合格ですよー、不合格! 信じられますか!」
「信じられるか、と問われれば信じられるような。それで志望するクラスは?」
するとチェルシーは僕に背中を見せた。つまりそこに背負っている、馬鹿でかいシールドを。
そして誇らしげに言うのだ。
「もうヤダなぁですよ! ひとめ見てわかりますよね、タンクですよ、タぁーンク!」
「念のため聞くけど、タンクって何か分かってるよね? パーティの防御担当、いちばんタフな役割のタンクだよね?」
「あったりまえじゃないですかぁー!」
僕の肩をバンバン叩く。
「だよね……」
大丈夫だろうか、この子。ゴブリンのタックルどころか、ただの兎のタックルでも尻餅つきそうだけど。不合格になったのもうなずける。
「じゃ頑張ってね」
「アタシはいいですよー!」
「……何が?」
「もっちろん、そっちの『ギルド登録予定』パーティに加わることですよー! アタシのような伸びしろのあるタンクをゲットできるなんて、ツイてますねー!」
「あのね、タンクは足りてるから」
まともなタンクなら欲しいけど、この子は戦力外すぎるだろう。
……戦力外?
まてよ。最近、こんな感じの決めつけで追放された人がいたような。すごーく身近に。
ああ、それは僕でしたね。
この少女の将来性は、未知数だ。ならばそれに賭けてみるのもいいかも。
「タンクとして自信あるの?」
「もちですともっ!」
「分かった。なら君を我が≪エコの王≫に君を迎えよう。ようこそ、チェルシー」
僕が右手を差し出すと、チェルシーは両手で握った。
「ありがとうですー! アニキと呼んでもいいですか、アニキ!」
「拒否権なさそうだからいいよ。じゃんじゃん呼びたまえ」
「ところでアニキぃ、パーティ名のことなんですがぁ。エコというと、つまり節約ですか?」
「そうだけど」
するとチェルシーは真面目な顔で、強く言うのだ。
「節約って大事ですよね、アニキ!」
あ。
このタンク、いい子だ。拾いものだよ。
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