11,敏捷性マイナス(リビー視点)。
──リビー──
冒険者はクエストに出れば、常に死と隣り合わせだ。
一方、安全なギルドのスタッフにも実は死の危険がある。退屈という死が。
≪渚の剣≫の受付嬢であるリビーは、一日の勤務を終えた。同僚に声をかけてから、帰路につく。
今日も今日とて面白みのない勤務だった。
受付の主な仕事は≪渚の剣≫所属パーティに、記録球を使ってクエストを出すこと。パーティのランクに合うクエスト難易度を見極める必要があり、素人にはできない。
だからといって、楽しいわけではない。
たまに楽しいのは──たとえばギルド追放を言い渡すときとか。
ああいうとき、リビーの隠れドSが満たされる。それでも一時的なものだが。
(先日のバッファー──確かトラヴィスという方でしたか。トラヴィスさんはつまらない方でしたね。追放と聞いても、たいしてショックを受けていませんでした。わたくしとしましては、泣き叫んで欲しかったのですが)
などと考えながら、歩く。
その歩行速度は、実にゆっくりだ。何も知らない人が見たら、リビーが散歩気分にのんびり歩いていると解釈するだろう。
しかしリビーは、これでも急いでいるのだった。本人の中では、早歩きの部類だ。
ようやく自宅についた。
まずはシャワーを浴びる。王都の良いところは、上下水道が完備されていること。
それから夕食の支度をしようとしたとき、来客があった。
お隣に住む行商人のドンだ。王都に戻っていたとは知らなかった。
「お帰りなさいドンさん、商業都市ランセはいかがでしたか?」
「ボチボチだね。それよりリビーさん。あんたは≪渚の剣≫の受付さんだったね。ちょっとクエストを発注したいんだが」
リビーは内心で舌打ちした
いちばん嫌いなのが、これだ。勤務外だというのに、ギルドの仕事を頼んでくる輩。こちらはいまオフだというのに、そんな空気も読めない。
だが受付嬢の哀しい性で、リビーは営業スマイルで返した。
「どうかされましたか?」
「実はね──」
こういうことだった。
王都から伸びる街道は複数ある。主要街道は人通りも激しいが、中にはあまり人が通らない街道もある。
そのうちの一つが、いま大岩で塞がれているらしい。
「大岩ですか? 先週の大雨で、土砂崩れがありましたね。そのとき転がってきたのでしょう」
「あんな大岩が道を塞いでいたら馬車が通れないんだ。明日の昼には、その道を使いたいんでね。その前に壊してもらいたい。それがクエスト内容だ。さ、これが報酬だ。前払いしておくよ」
ドンが去り、リビーは夕食の支度に戻った。
大岩破壊のクエストは、明日朝一で下級パーティに出すとしよう。
その夜──
リビーは寝付けなかった。ベッドに横たわったまま、天井を見つめる。
ふいに起き上がると、クローゼットを開けた。そこには無属性のウォーハンマーが、無造作に立てかけてあった。
リビーはウォーハンマーを取り上げると、家を出た。
『王都は眠らない』──というが、繁華街から離れたこの住宅街は、夜ともなれば静まり返っている。
ノロノロとした足取りで住宅街を出、王都の通用門まで来る。
夜中は閉じられているが、≪渚の剣≫職員証を見せて通してもらう。
このとき衛兵は、受付嬢がウォーハンマ―を持っていることを不審に思った。
さらにいえば、華奢な受付嬢がなぜ、ウォーハンマーをあんなに軽々と持ち運べているのかと。
リビーは衛兵の疑問など無視して、先へと進む。
真夜中を過ぎた。急がないと朝を迎えてしまう。
ようやく大岩が道を塞いでいる場所まで来た。
リビーは大岩の前に立ち、ウォーハンマ―を持ち上げた。
スキル《爆裂撃》を発動。
しかしリビーは動かない。というより動けない。
スキルを発動してから実行までに、タイムラグがあるためだ。
ただしスキルの特性ではなく、もっとシンプルな理由のため。
リビーの敏捷性がマイナス数値のためだ。
すなわち、動作があまりに遅い。
それでも事務仕事をしている分には問題ない。
だが冒険者としてパーティに参加するには、あまりに致命的な欠陥。
それでもリビーは諦められなかった。冒険者として≪渚の剣≫に属していたころは、敏捷性UPのサポートスキルを使ってもらったりもした。
しかし、やはり遅いのだ。
一秒の遅れが命取りの戦闘では、あまりに足手まとい。
最後には諦めるしかなかった。
そしていまは受付嬢として、退屈な毎日を送っている。
やっと体が動いた。
ウォーハンマーが振り下ろされる。
《爆裂撃》!
刹那、大岩が跡形もなく吹っ飛んだ。
敏捷性がマイナスでも、一度はリビーが冒険者になれた理由。それがこれだ。
圧倒的な破壊力。アタッカーとして申し分のない、このパワー。
だがそれも受付嬢をしていては、宝のもち腐れだ。
リビーは溜息をつくと、ウォーハンマーを軽々と抱えて踵を返した。
急がないと、出勤時間に間に合わない。
また、退屈な一日が始まろうとしていた。
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