10,2つの条件。
結局、〈龍の眼〉は僕たちのものになった。
というのも肝心の≪亀の牙≫というギルドが存在しなかったので。
あのあと犯人を連れて王都に戻り、まず官憲に引き渡した。
それから登録所に行き、≪亀の牙≫なるギルドを問い合わせる。四大ギルド以外にも、王都には数えきれないほどのギルドがある。
ただ地盤がしっかりしている四大ギルドと違い、その他ギルドで長く存続しているのは少ない。
≪亀の牙≫がギルド帳になかった時も、最初は潰れてしまったのかと思った。だがやがて、はじめから存在しなかったと分かる。
「じゃあ、あの冒険者証は偽造だったんだ……」
「ねぇトラ。ギルドがないんだから、〈龍の眼〉を返す必要もないわけよね」
「うーん。まぁ、そうだね。〈龍の眼〉を売って、遊んで暮らす計画に入るの?」
「それもいいけど、別の案があるわ。しかも2つも。まず〈龍の眼〉を売って、≪エコの王≫の今後の活動資金にする。長期的なクエストに入るときとか、何かと物入りだしね」
「もうひとつの案は?」
「売らずに取っておく。〈龍の眼〉にはある特殊効果があるのだけど──もしかしたら、いつの日か必要とするときが来るかもしれないわ」
「なるほど──とりあえず、保管しておこうよ。どうしてもお金が必要になったら、そのとき売ればいいわけだし」
「そうね。じゃ保管で」
僕は王都銀行の貸金庫に保管するのだと思ったが、クローイは自分でしまっておくという。
個人で持っていて心配だが、クローイが言うには銀行なんかに預けるより安全だとか。
「あんなところ強盗に入られたら、一たまりもないわよ」
その後、手配師ガウトのもとに行き、採取した素材を渡した。
報酬をもらって、初クエストは終了。
★★★
「やっぱりギルド登録は必要よね」
〔莫迦と金づる亭〕で初クエストの成功を祝っていると、クローイがそう言った。
「手配師からのクエストだけじゃ限界があるもの」
焼き鳥を食べてから、僕は聞いた。
「ギルド登録って、そんな気軽にできるものなの?」
葡萄酒をごくごくと飲んでから、クローイはうなずく。
「そうよ。だから王都には有り余るほどギルドがあるんじゃない。そのほとんどは、あたしと同じ発想でギルド登録するのよ。つまり、フリー冒険者には限界があるってね」
「ギルド登録の条件は?」
「登録条件のハードルは低いわ──ただあいにく、今のあたし達ではまだ無理なのよね。まずギルド登録料。これがけっこうな額なの。〈龍の眼〉を売らないと決めた以上、手持ちのお金では足りないわね」
「いくらなの?」
「500万クレジット」
「うーむ。確かに今は無理だ」
その額って、それなりのハードルだと思うけど。
「もう一つの条件が、ギルドに属している冒険者の数ね。最低5人は必要よ」
「パーティの数は関係ないの?」
「ええ。だからソロ5人のギルドでもいいし、5人構成パーティ一つだけのギルドでもいいわけ。とにかく500万クレジットと、5人の冒険者。この2つがそろえば、晴れてギルド登録できるわよ」
「ギルド登録すれば、選べるクエストの数もぐんと増える」
「そういうこと」
「ということは僕たちに足りないのは、あと3人の仲間と──」
しばらくの間、僕とクローイは黙々と食べ飲んだ。≪莫迦と金づる亭≫は値段が安いのに、料理も絶品だ。それに酒も美味い。
やがてどちらともなく言った。
「で、いま幾ら持ってるの?」
この機会に、≪エコの王≫としての所持金をハッキリすることにした。
こうすれば互いの生活費は確保できる。≪エコの王≫のためお金を出しすぎて、食べていけなくなっては意味がない。
すると、≪エコの王≫の所持金は68万クレジットになった。
まず今回の初クエストの報酬が、8万。僕が出したのが5万。
クローイが出したのが55万。
「まった、クローイ。そんなに出して大丈夫なの?」
「≪暁の咆哮≫にいた時けっこう貯えたから、問題ないわ」
「だとしても、これだと公平じゃない。ここはクローイも5万にしてくれ。これで≪エコの王≫としての所持金は、18万クレジット。あと482万クレジットだ。がんばろー」
クローイは溜息をついた。
「トラって変なこと気にするわよね。まぁそんなところが好きだけど」
いまの『好き』は友達としての好きなのか、異性としての好きなのか。ほろ酔いの頭でそんなことを悩んだ。
「ただガウトからのクエストだけじゃ、482万貯めるだけで年老いるわよ。もっと大きなクエストが必要ね。がっぽりと稼げるクエストが」
「それこそギルド登録しなきゃ、そんな大きなクエストは受注できないんだって」
クローイは焼き鳥の串をくわえたまま、腕組みして考え込んだ。やがて言う。
「うーん。あたし、4、5日王都を留守にするわ」
「え、なんで?」
「クエストの当てがあるのよ。手配師とはまた違うルート。つまり発注者本人と交渉するってわけ。そのために商業都市ランセまで行く必要があるの」
「僕も行こうか」
「いいえ。トラはね、あたしがクエストをもらってくる間に、仲間を増やしておきなさい。理想はアタッカーとヒーラーが欲しいわよね。ただヒーラーは希少だから、最低でもアタッカーだけは確保したいわ」
「けどさ、すでにフリー冒険者たちってパーティ組んじゃってるよ」
「狙いどころはフリー冒険者じゃないわ。王都に来たばかりの『冒険者』志望者たちよ」
「それこそ無理だ。志望者たちの夢って、四大ギルドに入ることじゃないか。僕自身、あのころはそうだったし」
「そうね。だから狙いを絞るわけ」
「狙いを絞る?」
「≪暁の咆哮≫は明日、入会を希望する志望者たちに試験を行うわ。それに合格すれば晴れて≪暁の咆哮≫の一員となり、冒険者証もゲットできる。
けど試験に不合格になった志望者たちは、何も得られずに帰路につく。そこをトラが接触して、うまいこと言って≪エコの王≫にスカウトするのよ」
「志望者たちの弱みに付け込むみたいで嫌だなぁ」
「贅沢いえる立場じゃないでしょ」
「だけどさ、試験に落ちた志望者って、戦力になるのかな?」
「フツーなら戦力にならないわよ。ただウチは別。トラの《節約》があればいけるでしょ。それに志望者だって、正式に冒険者になるチャンスを得られるわけだし」
志望者が冒険者証を得る方法は、2つある。
1つ目は、ギルドに入ること。
2つ目は、何らかのクエストをクリアすること。
クエストに挑むためには、パーティに参加するしかない。
たとえば≪エコの王≫みたいなパーティに。
「かもね。じゃ、やってみるよ」
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