第十五話:試練の間⑤
眼下には、真っ黒い炭と化した巨人の死体が立ち並んでいる。
プスプスと煙が立ち昇り、巨人の身体がゆっくりと崩れ去っていく光景を眺めながら、私は宝物庫から《万能薬》を二つ取り出す。
「イズ。サキ君にそれを飲ませなさい。もう一つは、念のため君にも渡しておく」
私は上空から彼女達のいる地上へと降りながら、二つの小瓶をイズの手元へ投げ渡す。
イズはフワフワと手元に収まるように落ちてきた《万能薬》を握ると、満面の笑みを浮かべて私の方を見上げる。
「師匠! 絶対に助けに来てくれるって、わたし信じてました!」
そう言って、イズは肩を支えているサキへと小瓶の中身を飲ませていく。
虚な目をしながら直剣を握りしめていたサキが、ゆっくりと《万能薬》を飲みこんでいく。
半分ほど飲み干したところで、黒髪の少女は目に光を取り戻し、直剣を握る手に力が篭りだした。
「……うそ、傷が治ってる」
失ったはずの左腕を見て、サキが驚きの声をあげる。
そこには肘から先を巨人に喰われていたはずの腕が、傷痕一つなく元通りに再生していた。
「残さず全て飲みなさい。サキ君の体内で蝕んでいる呪いも、それで治るはずだ」
フワリ、とロングコートをたなびかせながら、私は彼女達の眼前へと着地する。
私の言葉に再び驚いた表情でサキがこちらを見つめてくるが、そのまま言われた通りに残った霊薬を飲み干していく。
「凍土の直剣の反動が、なくなっている……」
自身の身体を確かめるように、胸元に手を当てながらサキが言う。
そんなサキの様子を見たイズが、誇らしげな表情で彼女の方へと顔を向けて口を開く。
「師匠の薬はすごいんですよ! 以前、師匠がアメラさんの料理を食べてお腹を壊したときだって、それを飲んだら一発で元気になったんですから!」
腰に手を当てながら自慢げに言うイズの頭を掴み、手元にある霊薬を奪うと、私は彼女の口元へ黙らせるように小瓶を突っ込む。
「余計なことは言わなくていい。イズも早く飲みなさい」
「んぐんぐ!? んぐぐんぐ!!」
苦しそうな声をあげながら抗議の目を向けてくるイズを抑えていると、サキが私の方を見て申し訳なさそうに口を開く。
「……ごめんなさい。あなたに任されたというのに、私はあの子を守りきれなかった」
頭を下げて謝罪してくるサキを見て、私はくつくつと笑いながら烏面を歪ませ答える。
「何を言うのだね。君があの子を守ってくれたからこそ、間に合うことができたのだよ。……やはり、人間というものは素晴らしい」
独り言のように呟く私の言葉に首を傾げながらも、サキは上を見上げながら答える。
「貴重なポーションをいただいたお礼もまだだけれど……。まずは、あの男──ダンテとかいう奴をどうにかしないことには始まらないわね」
そう言って、サキはフローレンシアを構えて特等席にいる不健康そうな男を睨みつける。
私はそんなサキの前に立ち、彼女の動きを手で制すると、杖をカツカツと鳴らして歩きながら答える。
「君の怒りはもっともだ。だが、彼は私に任せてくれないかね」
「無茶よ! あいつは能力が使えるわ! あなたの魔術が凄いことはわかっているけど、それだけで────」
後ろから私を止めようと近づいてくるサキを横目で見ると、私は彼女達の方へ杖を向ける。
サキ達の周りにピラミッド状の結界が現れ、彼女達を閉じ込めていく。
「師匠! 私も一緒に────」
結界が彼女達を完全に閉じ込め、音を遮断する。
私はそのままゆっくりと上空へ飛び、彼女達の方を見下ろしながら答える。
「言いたいことはあるだろうが、安心したまえ。あの男は────私が殺す」
私は魔眼で特等席を見据え、この試練の間の番人の元へと飛んでいった。
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長いオールバックの黒髪をしている不健康そうな男が、眼前に浮遊している私の方を見て、嫌らしい笑みを浮かべる。
「いやいや、小生の下僕を一瞬で葬り去るとは。あなたは中々にお強いようですねぇ」
ニヤニヤと粘りつくような笑みを浮かべながら、試練の間の番人、ダンテが私に声をかけてくる。
私は男の言葉を受け、肩をすくめながらつまらなそうに答える。
「……君の巨人が弱すぎるだけだよ。私が見たことのある本物の巨人は、あんなものではなかった」
「言いますねぇ。まるで小生の下僕達が、本物の巨人ではないとでも言いたいのですか?」
ダンテが不健康そうな顔をこちらに向け、私のを睨みつけてくる。
強者から発せられる威圧感が空間を軋ませるが、私は平然とした様子で答える。
「そう言ったのが聞こえなかったのかね。君の巨人は、ただ大きいだけの人形だ。戦士ですらない。……君のママゴト遊びに彼女達が付き合わされたのだと思うと、頭が痛くなるよ」
私の言葉を受けたダンテが、青白い顔を憤怒の表情で歪ませる。
常人なら震え上がるような鋭い眼光をこちらに向け、怒りを抑えながら低い声で言う。
「小生の力をママゴトですと……? いやいや。いやいやいや! これは、許せませんねぇ……」
ダンテの身体がミシミシと音を立てて変形していく。
男の身体が膨張し、巨大化していくと、立っていた特等席を破壊しながら巨人の倍ほどある大きさへと姿を変えていく。
「能力────【巨人大戦】」
巨人化したダンテの周囲に大きな地響きが鳴り、十二人の巨人達が召喚されていく。
そして闘技場の後ろからは、先ほど倒した巨人達が大群となってこちらへ集まってきていた。
「さあ! 巨人の英雄十二人と、その下僕達。そして、小生を含めた全員と相手して貰いましょうか!」
ダンテが狂ったように叫びながら、その巨体でこちらを見下してくる。
私は呆れたように肩をすくめると、クルクルと回していた杖をピタリと止め、烏面を禍々しく歪ませて口を開く。
「……能力。興味深いものだ。巨人の姿、ギガントマキアという名前。実に興味深い」
私が手に持っている杖を前方の巨人達へと構えるのを見て、ダンテは鼻で笑いながら侮蔑の表情でこちらを向ける。
「そんな矮小な杖で、何ができるというのですかねぇ!」
ダンテが高速でその巨大な腕を振るい、私の身体を殴り飛ばす。
ゴンッ、と鈍い音が鳴ると、ダンテに殴り飛ばされた私は、反対側にある観客席まで吹き飛ばされていく。
「これで死なれては困りますねぇ!」
ダンテの周囲にいた巨人達が一斉に観客席へと飛びかかり、その圧倒的質量で私を踏み潰す。
十二人の巨人達が、その巨大な足で何度も観客席を踏み潰し、原型が留めないほど粉々に粉砕していく。
「まだ終わりではありませんよ!」
巨大な腕をさらに肥大化させたダンテが倒れている私の上へと飛びかかり、追撃の拳を振るう。
爆発したかのような轟音が鳴り響き、ダンテが殴った跡には大きなクレーターができていた。
砂煙を払いながら立ち上がったダンテが嘲笑の笑みを浮かべ、地面のシミとなった私を見て吐き捨てるように言う。
「小生の力を侮るからこうなるのです。身の程をわきまえるべきでしたね。……さて、それでは」
血溜まりのみ残ったクレーターから背を向け、アリーナにいるイズ達の方を振り返ったダンテが、その嫌らしい笑みを深める。
そしてアリーナの方へ足を踏み出そうとしたところで、ダンテの身体が硬直する。
「どこへ行こうと言うのだね?」
背後から聞こえる声に振り向いたダンテは、クレーターの中心で何事もなかったかのように立っている私の方を見て顔を顰める。
私はそんなダンテを見て、おどけた態度で続ける。
「君の人生最後のママゴトだ。楽しんでいきたまえ」
そう言って私はシルクハットに手を添え、烏面を歪ませる。
そして地獄の底から這い出てきたかのような禍々しい魔力が空間を歪ませ、試練の間を覆っていった。
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