第十四話:試練の間④
隻腕となった黒髪の少女が、片膝をついて倒れ込む。
少女は鈍色に戻り輝きを失った直剣を支えにして、青い顔をしながら辛そうに息を荒げている。
「サキさん!」
イズが観客席から階段の方へと走りながら、倒れ込むサキの姿を見て叫び声を上げる。
「……だ、大丈夫よ……。少し、力を使いすぎただけ……」
凍土の直剣、フローレンシア。
特殊な異能をその身に秘めた魔剣の一つだ。
魔剣は所持することで強力な異能を使用できるようになるが、力の解放には何らかの代償を払う必要があった。
フローレンシアの場合は、自身の肉体で代償を払う。
異能を解放すると、それに応じて自身の身体の何処かが凍り始めてしまうのだ。
最初の開放で、既にサキの胃には激痛が走っていた。
そして今は、心臓に小さな痛みが走り始めていた。
「さぁ……今度こそ、私達の勝利よ。約束通り、ここから帰しなさい」
観客席の真ん中、特等席から私達を見下ろす青白い顔をした不健康そうな男──ダンテを睨みながらサキが言う。
ダンテは彼女の言葉を受けパチパチと拍手をし、ニタニタと粘つく笑みをはりつかせながら口を開く。
「いやいや、素晴らしい! まさかエピアルテスを倒してしまうとは。昔戦った冒険者を思い出しますねぇ」
目を閉じて、感慨深げに頷きながらダンテが言う。
サキが男の言葉を聞いて、疑問に思ったことを口にする。
「昔戦った……? それは、神金級冒険者のことかしら」
「あなたがたが決めた冒険者の区分なんて、小生は知りませんよ。ただ、とんでもなく強い男でしたねぇ」
嫌らしい笑みを浮かべながらダンテが答える。
サキが脂汗をぬぐいながら男を睨むと、ダンテは肩をすくめておどけた様子で言う。
「いやいや、小生はその冒険者を殺してませんよ。というより、逃げられてしまったのです。……この試練の間からどうやって逃げたのか、小生もわかりませんがね」
男の言葉に、サキは驚いたように目を見開く。
(神金級冒険者は生きていた……? だとしたら何故、身を隠しているのだろう)
様々な憶測が頭に浮かぶが、サキは心臓の痛みに胸を押さえ、苦痛に顔を歪めながらダンテへと声をかける。
「……それよりも、早く私達を解放して」
「ああ! そうでしたね! いやいや、そういう約束でしたねぇ」
先ほどよりも嫌な笑みを浮かべながら、ダンテが大袈裟な態度で手を叩きながら言う。
その道化のような仕草に苛立ちながらも、階段から駆け寄ってくるイズを見て、サキは落ち着いた口調で続ける。
「……私はもう長くない。あの子だけでもいいから、帰してあげて」
私の言葉を聞いたダンテが、見下すように銀髪の少女の方を向き、頷きながら答える。
「試練をクリアしたのなら、もちろんいいですとも。ですが……小生、言いませんでしたっけ?」
不思議そうな顔をしてダンテがこちらを覗く。
その黒い瞳はどこまでも深い奈落のようで、軽い口調でこちらを見下しながら言う。
「小生の下僕は、別に一人だけじゃありませんよ?」
ズン……ズン……。
震動がアリーナを揺らし、少女達の足元をふらつかせる。
巨大な何かが、闘技場へと歩いてきている足音だ。
それも、一つや二つではない。
大群となって迫ってきている音だ。
「サキさん! 大丈夫ですか!?」
サキの方へと駆け寄りながら、イズが心配そうに声をかける。
イズはよろめくサキに肩を貸し、そのままゆっくりと彼女を立ち上がらせる。
「えぇ……。ありがと、ね」
サキはお礼を言いながらゆっくり顔をあげると、観客席の奥を見る。
「サキさん……あれ……」
隣でサキを担いでいるイズが小さく声を漏らす。
二人は目の前の光景を見て、絶望の表情を浮かべていく。
────彼女達の視線の先には、闘技場を囲むように並び立ち、こちらを覗いてくる大勢の巨人達の姿があった。
「いいですねぇ、その顔! 希望から絶望へと落とされた、人間のその表情! いやいや、なんて美しいのでしょう! 実に素晴らしい!」
大仰な態度で手を広げながらダンテが叫ぶ。
その間も闘技場には、ゾロゾロと巨人達が集まってきている。
「ルールは言いましたよね? 小生の下僕を倒したらあなたがたの勝ちです。いやいや勿論────すべて、ですよ?」
ミシミシと観客席の壁に嫌な音が鳴り、巨人達が闘技場内へとよじ登ってくる。
サキは心臓を押さえながらイズから離れると、フローレンシアを構えて声をかける。
「……ごめん、イズちゃん。何とか時間を稼ぐから、その隙に逃げて」
「そんなにボロボロで、何を言ってるんですか! 一緒に逃げましょう!」
巨人達が闘技場の壁を越え観客席へと着地した震動が、少女達の身体を大きく揺らす。
再びよろめくサキの身体をイズが支え、短杖を構えながら答える。
「わたしはサキさんを見捨てません。……だって、わたし、サキさんのこと好きですもん」
こんな状況でも、元気のいい声で笑いかけてくるイズを見て、サキは自然と笑みを溢す。
「……ええ、そうね。一緒に戦うって、言ったもの、ね」
巨人達は彼女達の周りを囲み出し、ゆっくりと近づいていく。
迫りくる巨人達を睨みながら、サキはフローレンシアをカタカタと揺らしつつ正眼に構え、囁くような声で答える。
そんな彼女達の姿を、ダンテがつまらなそうに見つめながら低い声で言う。
「いやいや、白けてしまいますねぇ、そういうのは。最後まで絶望に歪んだ顔を見たかったのですが……興醒めですね」
やれやれと首を振り、ダンテは溜息を吐く。
そして片目を開き、吐き捨てるように言う。
「その銀髪の少女の四肢をもぎ、痛めつけて苦しむ様を見せれば、もう一度絶望の表情を見せてくれますかねぇ? ……下僕達よ」
ダンテが命令すると同時に巨人達の手が迫り、少女達を掴もうとする────
「────中々良い趣味をしているじゃないか、君。私もそのゲームに参加しても良いかね?」
瞬間。
豪雷が鳴り響き、巨人達が一瞬で消し炭となる。
闘技場の空を見上げると、そこには烏面をつけた黒コートの男が立っていた。
お読みいただきありがとうございます。
悪魔の反撃が始まる────
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