第十二話:試練の間②
私は頭部が完全に凍りつき、ピクリとも動かなくなった巨人を見上げる。
そして特等席でこちらを見下している試練の間の番人────ダンテに顔を向けて口を開く。
「私の勝ちよ。約束通り、ここから帰して貰うわ」
そう言って男の顔を覗くと、ダンテはニヤニヤとした嫌らしい笑みを浮かべながら私の方を見つめてくる。
「いやいや、お見事です。素晴らしい! 実に素晴らしい! だが残念なことに、まだ終わってはいませんよ?」
ダンテは頭部が凍りついた巨人へと、その不健康そうな青い顔を向ける。
すると、巨人がゆっくりと動き出し、その豪腕の拳を握りしめて振りかぶり始める。
「なっ……っ!?」
とっさに私は巨人から距離を取るように後退する。
しかし巨人は私の方へは拳を向けずに、その拳を自身の顔面へと思い切り叩きつけた。
「こいつ……自分を……っ!!」
凍りついていた巨人の顔が粉々に砕け散り、破片となった氷がアリーナに降り注ぐ。
グラリ、と身体を大きく揺らした巨人が倒れそうになるが、その四本足で踏みとどまり、ゆっくりと首をあげる。
そして顔のなくなった巨人がこちらに身体を向け、その四本足の前足で大きく踏み込むように、私を潰そうと迫ってくる。
「頭がなくなっても死なないなんて……ほんとに化け物ね……っ!」
悪態をつきながら、大きく横に飛んで巨人の踏み込みを回避していく。
踏み込みの衝撃で瓦礫となった石床が飛び散ってくるが、私は<防壁>の魔術を発動させて衝撃から身を守る。
「……ちっ! <黒霧>!」
<防壁>の魔術は魔力消費が激しい。
このまま攻撃を躱し続けたら、飛んでくる瓦礫を防御するだけで私の魔力の底が尽きてしまう。
私は黒霧の中に身を隠しながら巨人の背後へと回り込み、奴の後ろ足にフローレンシアを突き立てる。
「凍りつけ!」
突き立てた痕から冷気が巨人の足を侵食し、パキパキと音を立てて凍りついていく。
私に気づいた巨人は凍りついた足をあげると、暴れ回るように思い切り地面へと叩きつけ始める。
凄まじい衝撃が連続してアリーナの石床を破壊し、轟音を鳴らしながら辺り一面に瓦礫が飛び散っていく。
「……く、そっ! <防壁>!」
始めは飛んでくる瓦礫を躱していたが、連続して飛んでくる瓦礫の量に躱しきれなくなった私は、被弾する直前に防壁の魔術を発動させる。
硬質な防壁に瓦礫がぶつかる鈍い音が鳴り響き、それに伴って私の魔力がガンガンと削られていく。
「何とか動きを止めないと……!」
私は風魔術を足場発動させて、上空へと大きく跳びあがる。
そして再生している最中である巨人の首元へと着地し、水魔術を発動させる。
「<水槍>
大の大人ほどの大きさのある水流が渦巻いて作られた魔術の槍が、剥き出しになった巨人の首元へと突き刺さる。
肉が抉れる嫌な音が辺りに響き、巨人の体内へと水槍が食い込んでいく。
しかし、胸部まで食い込んだあたりで槍がピタリと止まり、巨人の身体が急速に再生を始めだした。
そして失った頭部がみるみると元通りに回復していき、私を飲み込もうとその大きな口を開く。
「……っ!?」
首元から飛ぶように離れた私は、風魔術を発動させて巨人の噛みつきを回避しようとする。
しかし、突然の攻撃に不意をつかれた私は、一瞬だけ身体が硬直してしまい、魔術の発動が遅れてしまう。
グシャッ。
骨が砕け、肉がはじける音が、自身の左腕から聞こえた。
「────<爆発>!」
観客席から少女の声が聞こえるのと同時に、巨人の顎が爆発する。
私もその爆発に巻き込まれて吹き飛ばされるが、今度は落ちついて風魔術を発動させ、観客席へと着地する。
そして短杖を構えたまま大きく肩で息を吸っている少女に向かって振り返り、腕を押さえながら囁くような声で言う。
「……ごめん、助かったわ。でも、これであなたの場所がバレてしまった。<黒霧>が発動している今のうちに、渡した魔石を持ってここから離れて」
淡々とした口調で言う私を見て、イズちゃんが今にも泣きそうな顔を向けてくる。
「サキさん……腕が……」
肘から先がなくなった、私の左腕を見たイズちゃんが、掠れるような声で言う。
私は小さく笑いながら彼女の頭を撫でようとして、自分の左腕が動がないことに気づく。
そして静かに頭を振り、彼女に背を向けて優しく呟く。
「気にしなくていいわ。イズちゃんのおかげでこのくらいで済んだのよ。だから、そんな悲しそうな顔をしないで、ね?」
私は腕に布を巻きながら、フローレンシアをあてて傷口を凍らせていく。
そしてそのままアリーナに向かおうとしたところで、イズちゃんが私の背中に抱きつき、涙を流しながら声をあげる。
「わたしも戦います! だって、わたしは……わたしは……っ!」
ポロポロと瞳から涙を溢れさせながら、少女は悲痛な叫び声をあげる。
「わたしは……っ! 大切な人の足手まといにならないために、魔術を学んできたんですから!」
イズちゃんの決意のこもった眼差しを見て、私は子供の頃にした約束を思い出す。
……ああ、そうか。
私が何で、この子のことを見捨てて逃げようとしないのかようやく分かった。
イズちゃんは、昔のあの子に似てるんだ。
私がまだ、元の世界にいた頃の話だ。
幼い頃、私と妹は仲が良い姉妹だった。
4つ歳上の姉だった私は、まだ小さかった妹にとっては何でもできるヒーローだった。
発育が早い幼少期の4歳という歳の差は、それだけ大きな成長差があった。
私は妹よりも常に前を歩き、妹はそれに続くように後ろをくっついてきた。
私はそんな妹が好きだった。
でも、そんな姉としての誇りが、あの子より常に前に行かなければならないと思うようになっていった。
妹は、私と同じで努力家だった。
きっかけは、私と同年代の男の子にいじめられている妹を助けたときだったと思う。
男の子達と喧嘩してボロボロになった私を見て、あの子は泣きながら私と約束をした。
「わたし、これからお姉ちゃんを助けられるくらい強くなるから! だから、もう怪我しないで!」
その日から妹は、私を頼らなくなった。
苦手な野菜も食べるようになり、勉強も進んでやるようになった。
私が中学生になる頃には、あの子は私よりも優秀になっていた。
あの子には生まれつき才能があった。
少し努力すれば、あの子はすぐに何でもできるようになっていった。
そして私は、そんな妹に嫉妬するようになっていった。
それからだろう、妹と仲が悪くなったのは。
……いや、私が一方的に嫌っていただけかもしれない。
私は醜く、そして弱い。
だからこそ、イズちゃんに昔の妹を重ねてしまったのかもしれない。
私に残った姉としてのプライドが、自尊心が。
せめてこの世界では、イズちゃんの前だけでは、姉らしくあろうとしていたのかもしれない。
この子は、こんなにも強いというのに。
「イズちゃん」
私の声を聞き、銀髪の少女がその透き通った瞳でこちらを見つめる。
私はゆっくりとしゃがみ、彼女と目線を合わせながら微笑みかける。
「一緒に戦いましょう」
黒霧が晴れた観客席には、私ともう一人、銀髪の少女が隣に立っていた。
お読みいただきありがとうございます。
二人で共に────
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