第十一話:試練の間
────巨人族。
私もこの世界きてある程度経つが、巨人というものは見たことがなかった。
魔族領にいる魔王の一人が巨人族だという話は聞いたことがあったが、彼らは人間との戦争には参加していないらしく、実際に彼らを見る機会はなかった。
しかし、数百年前に一度だけ、巨人族が攻めてきたことがあったという話は聞いていた。
その時の被害は甚大で、王国も滅亡の危機に瀕していたらしい。
彼らは数こそ多くないが、人類が危機に陥るほど強力な存在なのだ。
「グガァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
闘技場全体が震えるほどの大声で、目の前に立つ巨人が咆哮する。
顔には目の模様が描かれている黒い布を巻きつけ、大きな毛皮の腰布を巻いた巨人────エピアルテスがこちらに意識を向ける。
「<黒霧>」
私が魔術を発動させると、辺り一面を黒い霧が覆い隠し、闘技場全体を包み込む。
そのまま私は腰から直剣を抜きながら、イズちゃんを抱えてアリーナの端へと走り抜ける。
「<風撃>」
足元に風魔術を発動させ、一足飛びで観客席の上へと着地する。
イズちゃんを観客席におろして鞄から魔石を取り出すと、それを彼女の周りに囲むように置いていく。
私は困惑した様子の彼女の前にしゃがんで肩を掴みながら、一つずつ言葉を選ぶようにして彼女の顔を見ながら伝える。
「イズちゃん、落ち着いて聞いて。その魔石は隠蔽と防壁、念話の効果が付与されているわ。だから、ここからなるべく動かないで」
「あ、あの……サキさんはどうするんですか?」
不安そうな顔をしながらこちらを覗いてくるイズちゃんに、私は背を向けて肩をすくめながら答える。
「私はあのデカブツを倒してくるわ。それまでここで大人しく待っててね」
「わ、わたしも戦います!」
短杖を握りしめながら、力のこもった目でこちらを見つめてくるイズちゃんを後ろ目で覗くと、私は一度振り返り彼女の頭を優しく撫でながら言う。
「イズちゃん、あなたはまだ冒険者になって日が浅いわ。だから、先輩冒険者の戦い方を見てしっかり学ぶのよ。いいわね?」
「サキさん!!」
そう言って、私は観客席から霧が晴れつつあるアリーナへと飛び降りる。
私達を見失っていた巨人がこちらに気づき、布で隠しているその獰猛な顔を歪ませ始める。
私は目の前の巨人を見上げながら、額から流れる汗をぬぐい、奴に剣を向けて宣言する。
「あなたの相手は私よ。……金級冒険者が伊達じゃないってところを見せてあげるわ」
私がそう言うと同時に、巨人がその豪腕を凄まじい勢いで叩きつけてくる。
巨人が放つその即死の一撃を、私は冷静に風魔術を足元に発動させ、横っ飛びで回避していく。
瞬きほどの刹那の後、巨人の豪腕がアリーナの床を叩きつけた衝撃が辺りに響き渡る。
「<黒霧>、<熱探知>、<囁き>」
私は複数の魔術を詠唱し、順番に発動させる。
再び黒霧が闘技場を覆い隠すと、私は地面を叩きつけている巨人の腕に登り、奴の頭上へと駆け上がっていく。
巨人がそれに気づき、もう片方の手で私を払おうとするが、<熱探知>で黒霧の中でも動きが見えている私は、闇雲に暴れる手を最小限の動きで躱していく。
「目の見えない敵が相手を探す方法は三つ。空気で探すか、音で探すか、魔力で探すか。……あなたは魔力で探しているみたいね」
耳元で囁く私の声を聞いた巨人が、とっさに自身の耳をその豪腕で叩きつける。
グラリと巨人の頭が揺れると、耳元を叩きつけた奴の手の上に立った私が、そのまま直剣を構えて自分にしか聞こえないほど小さな声で呟く。
「……残念ハズレよ。《凍土の直剣────フローレンシア》」
私が口にすると同時に、鈍色をしていた直剣が銀色に光り輝き、冷気を纏う。
立っている巨人の手のひらがピキピキと凍っていく音が鳴り、私の白い吐息が黒い霧の中へと溶けて混ざっていく。
「凍れ」
私の突き出した凍土の直剣が、巨人の額へと突き刺さる。
顔を覆っている黒布がパキパキと音を立てて凍っていき、その痛みに耐え兼ねた巨人が頭を地面に打ち付けて暴れ出す。
「グォォォォォォォォォォォォォ!!!」
この世の終わりのような大声をした巨人の悲鳴が闘技場中に鳴り響く。
私は奴が顔を叩きつける直前に乗っていた手から離れ、風魔術を使って着地していた。
「…………すごい」
観客席で見ていたイズちゃんの声が、念話の魔石を通して聞こえてくる。
私がやったのは<黒霧>の魔術を起点にした奇襲戦法だ。
<黒霧>は視界を塞いでくれると同時に、魔力での探知を阻害させる効果を持つ魔術だ。
魔力消費も少ないため非常に使い勝手の良い魔術なのだが、一般的には知られていない高度な魔術であるため、使える者はごく少数しかいない。
その<黒霧>を起点にして、<熱探知>で自身の視界を確保しつつ、<囁き>で隙を作るのが、私の得意とする戦法だ。
生き残るために必死に練習し、実戦でも幾度となく使ってきた。
同じ相手に何度も通用するやり方ではないが、初見の相手には非常に有効な手だと言えるだろう。
私は巨人の血で汚れたフローレンシアを振って血払いしながら、霧が晴れて剥き出しとなった奴の額へと顔を向ける。
「……傷が回復している」
巨人の額を見ると、私がつけた刺し傷がゆっくりと再生して治っていくのが見えた。
……不死身の巨人とは良く言ったものだ。
脳天を貫いても死なないとなると、急所を攻撃して仕留めるのは難しいかもしれない。
「冷気は効いている……?」
巨人の手と額にはフローレンシアでつけた凍傷が残ったまま再生していないようだった。
物理的につけた傷は再生するようだが、凍らせた部分は治すことができないのか……?
このまま全身を凍らせ続ければ、奴を倒すことができるかもしれない。
だけど、一度でも奴の攻撃をくらえば私はおしまいだ。
万が一その豪腕で叩きつけられれば、私はゴミ屑のように吹き飛び、即死するだろう。
仮に防御魔術をかけたとしても、さっきの一撃を見る限り意味はなさそうだった。
「……やるしかないのよ、やるしか」
傷を癒そうと距離を取っている巨人の方へと歩きながら、私はフローレンシアを構えて祈るように呟く。
「……私はお前より────強い」
<黒霧>を再び発動させ、風魔術で巨人の足元へ一気に駆け抜けていく。
足元を直剣で斬り刻みながら凍りつかせ、巨人の動きを鈍らせていく。
真下にいる私に気づいた巨人が、四本足のうち無事な前足を振り上げて蹴り飛ばそうと準備する。
私は<熱探知>でその動きを注意深く観察しながら、奴の前足の間をすり抜けるように駆けると、一瞬の後に背後から爆音と豪風が背中を叩きつけてくる。
背後の衝撃に冷や汗をかきながらも巨人の後ろへと回った私は、そのまま風魔術を連続で発動させて、飛び上がるように奴の背に乗り、頭上へと駆け上がっていく。
「頭を完全に凍らせれば動かなくなるわよね」
巨人の首元へと到着した私は、奴のうなじに向けてフローレンシアを振り払う。
「グゥアァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
パキパキと巨人の首元が凍りついていく音が響き、奴のうなじが直剣の斬撃で斬り刻まれていく。
そして完全に首元を凍りつかせると、そのまま頭部全体を凍りつかせるように、奴の頭を冷気が侵食していく。
「凍土の直剣────異能解放」
私は普段あまり使わない、魔剣が持つ特殊能力を解放していく。
「【凍土の侵食】」
私が口にすると、巨人の頭部が氷の彫像のように白く染まっていき、やがて完全に凍りついた。
お読みいただきありがとうございます。
氷の少女が巨人を穿つ────
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