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第六話:王都地下迷宮③

 王都地下迷宮第十九階層。

 

 ここまでは比較的安全に進むことができた。

 範囲魔術しか使えないイズが、若干拗ねたようにいじけていたが、誰一人として怪我を負うことなく来れたのだ。順調と言えるだろう。


 第十一階層からは草原のような広い空間が広がっていた。

 サキの指示に従い、草原内の何処かにある階段を探しては下に降り続けて行った。

 

 迷宮内には地上から下に続く階段から入ったが、第十階層以降は明らかに地下だとは考えられなかった。


 草原には青空が広がり、どこか別世界に来たような錯覚を感じさせる。

 空は無限には広がっていないようだが……天蓋のある理想郷(ディストピア)とは完全に別の空間だろう。


 迷宮というのは、地上に入り口がある亜空間の一種のようなものなのかもしれない。



「今回向かうのは、従来使われていた第十九階層から第二十階層へと続く階段とは別のところよ。約一週間くらい前に、この階層で新しく階段が発見されたの」



 そう言いながら黒髪を風に揺らし、サクサクと進んでいくサキの後ろを、私達は一定の距離を保ちながら付いていく。



「見つけたのは銀級冒険者のパーティ。第三十階層から地上へ帰還するときに、休憩地点として通りかかって偶然見つけたそうよ。彼らの話によると、今まで情報になかった遺跡が広がっていたみたい」



 銀級冒険者パーティか。セシル君達と同じランクだな。

 彼らと同程度の強さだというのなら、私達が今いる階層なら問題なく踏破できそうな気がするが……。


 そんな私の疑問を感じ取ったのか、サキがこちらを振り返り答える。



「迷宮の挑戦にはルールがあってね。未踏破エリアが見つかった場合には、金級冒険者以上のパーティが先に調査する決まりがあるの。貴重な冒険者を無駄死にさせるわけにはいかないから」



 それで、依頼書には金級冒険者以上と書かれていたのか。

 彼女から道中聞いた話によると、第二十階層は冒険者でいうところの銅級上位〜銀級下位が挑戦するところらしい。

 金級ともなると、第三十階層〜第四十階層の深層まで潜ることもあるとのことだ。


 未踏破エリアとはいえ、第二十階層で発見された場所であるならば、危険は少ないと言えるだろう。

 

 冒険者達は組合から大事にされているようだな。



「着いたわ。ここよ」



 草原の隅にある川のほとりで、サキが足を止める。

 彼女は透き通るように綺麗な川の中を指差し、その水底を見つめる。



「……まさか、この川の中かね?」



 私が嫌そうな顔をして彼女に聞くと、彼女はにっこりと微笑んで答える。



「そのまさかよ。このあたりは安全地帯になってて、水中に凶暴な魔物はいないわ」



 川の岸辺では、他の冒険者達が休憩したキャンプの跡が残っている。

 確かにこの付近には魔物の気配も薄い。

 危険はないようだが……。



「さ、とっとと潜るわよ。……まさか、潜れないなんて言わないでしょうね?」

 


 サキが背負っていた鞄を下ろしながら、私の顔を下から覗いてくる。


 私は額の汗を隠しながら努めて冷静な自分を装い、やれやれと首を振りながら答える。



「ふっ。私は仮面の通り、(カラス)だよ? 烏は空を飛ぶものだ。彼らは水浴びが好きだが、水中で暮らすようにはできていない。つまりは────」


「え!? 師匠って泳げなかったんですか!?」



 イズの言葉を受け、私は石像のようにその場でピタリと動きを止める。

 

 その様子を見たアメラが、思い出したかのように上を見ながら呟く。



「……ああ。そういえば、あの湖でも魔術で水面を歩いていましたね。ふふっ、そうですか……泳げないのですか」



 ここぞとばかりに獲物を見つけたような鋭い目で、アメラが私の方を見つめてくる。


 まずい。面倒臭い奴に知られてしまった。

 今後私が泳げないことをネタにして、何か強請ってやろうと考えている者の顔だ。

 まるで悪魔みたいな表情をしている。


 私は彼女から視線を逸らし、おどけた様子で肩をすくめながら答える。



「泳げなくとも問題ない。君達が行った後に、転移の魔術で後を追うからね」


「転移なんて高度な魔術、あなたができるわけないじゃない。それに、(からす)は泳ぐこともあるわよ。……はぁ、仕方ない。私がリードしていくわ」



 サキがため息をつきながら、私の方を呆れた顔で見つめてくる。


 転移でなくとも、空気の膜を魔術で張って、魔力で動かせば水中でも問題なく動けるのだが……。

 ううむ、何を言っても信じてくれそうにないな。


 仕方ない、ここは彼女の好意に甘えるとしよう。

 

 

「……すまないね。よろしく頼むよ」


「まぁいいわ。貸し一つだからね」



 そう言ってサキが答えると、彼女はそそくさと服を着替え始める。

 荷物から何やら下着のようなものを取り出すと、イズとアメラにそれぞれ一つずつ渡していく。


 そしてその様子を黙って見ていた私の方を向き、彼女は顔を顰めながら口を開く。



「……着替えるから、ちょっとあっち行っててくれない?」



 半目で嫌そうな顔をして私を見てくる彼女の声は、氷のように冷たい響きをしていた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「ぴったりです! ありがとうございます! サキさん!」



 イズの嬉しそうな声が川の辺りに響く。

 伸縮性のある素材で作られた、紺色のワンピースタイプの着衣をきたイズは、年相応の子供らしい愛くるしさを感じさせる。


 これは……以前、ブブ君と現世を覗き見していたときに見たことがある。

 

 確か、そう……名前は……



「水着か……」


「なんだ、やっぱり知ってたのね。西にある帝国で、最近売られ始めたのだけれど」



 私の呟きを聞いて、探るような声音でサキが答える。


 どうやら西にある帝国という国では商品化されているみたいだ。

 元の世界にあったものが、この世界でも売られていることが分かっただけでも大きな収穫だ。



「……少しキツいですね」



 アメラがその大きな胸元を覆う、純白色をしたビキニタイプの水着を手で直しながら呟く。


 普段はメイド服で隠している、異性を惹きつけるその豊満な肢体を曝け出し、真っ白なビキニタイプの水着が彼女の大人な魅力を引き立てている。



「ごめんなさい。時間もなかったし、サイズは目算だったから。…………私だって……」



 アメラの言葉を受け、サキが申し訳なさげに答える。

 そしてピッタリフィットした自身の水着を見て、彼女は小さくため息をつく。


 サキが着ているのは、アメラと同じビキニタイプの水着だ。

 黒を基調としたシンプルなデザインで、可愛らしい小さなフリルが所々付いており、慎ましいその胸元を飾っている。

 



 そんな彼女達の様子を遠目から見ていた私は、若干元気のなさそうにしているサキに近づき、声をかける。

 


「……君が作ってくれたのかね?」


「そうよ。私の手持ちで数着余っていたものがあったから、それを元に仕立て直したの。……元が女性用で二着分しか作れなかったから、あなたの分は用意できてないけど」



 少し申し訳なさそうに言う彼女に、私はくつくつと笑いながら言う。



「構わないとも。私のコートは防水性だからね。それよりも、二人のためにわざわざ作ってくれて助かるよ」



 私の言葉を受け少し照れ臭そうな顔をしたサキが、私に背を向けながらボソリと呟く。



「気にしなくていいわ。同じ女性冒険者として、彼女達の力になれたのなら良かったわ」



 そう呟くと、彼女はイズ達が楽しげに遊び始めた川の方を見つめる。


 初めての水着を着て楽しそうに遊んでいるイズ達を見ていたサキが、小さく笑いながら口を開く。



「……喜んで貰えて良かった。……行くのは、少し休んでからにしましょうか」



 そう言ってイズ達を見つめるサキの優しげな瞳が、川の水辺に反射して小さく写っていた。

お読みいただきありがとうございます。

まさかの水着回────


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