大丈夫だと思ったのに…
……今日も相変わらず寝覚めが悪い。いつになったら、あの夢を見なくなるのだろう。午前5時、私はいつものようにシャワーを浴びていた。今日は変態野郎どもが覗いて来ないから、少し快適に済ませられた。制服に着替えて、あの公園へ。
この時間帯は、やっぱり多いな。私のことは現世の人間にはほとんど知られていないけど、どうやらあの世の住人には周知されているようだった。そりゃそうだ。怒鳴ったり、会話したり、幽霊に構うようなことしているんだから。私は話しかけてくる連中を無視して、ひたすら歩き続ける。こうなる度に、私自身を呪いたくなる。どうしてこんな余計なもの、身につけて生まれてしまったんだろう。でも、今はそんなこと考えても仕方ない。考えるほど無駄な時間を食うだけだ。
到着。肌寒いのですぐに帰りたい気分だったが、椿さんを待つ。さすがにここまで来ると、邪魔な幽霊もいない。しかしどうしてだろう。人が寄り付きやすい所だから? 子どもには手を出さないから? どうでもいいことを考えていると、椿さんが私の目の前に姿を見せた。ベンチから転げ落ちそうになる。
「おはようございます! ああ、びっくりした……」
≪びっくりさせるつもりは無かったんだけどね。今日はありがとう≫
「いえいえ。今度はもう少し、登場の仕方を考えてくださいよ……」
私の隣に座った椿さん。彼女が近くにいると、体感温度が下がる気がする。今7月だよ? 少し鳥肌が立つんだけど。
≪朝早いのね≫
「ええ、まあ。あんまり目覚めは良くありませんけど……」
≪義人ったら、何回起こしても上から降りてこないものだから。今もぐっすり眠っているんでしょうね≫
「普通の人はそうですよ。夜遅くまで起きて、朝起きるのに苦労するものです」
やっぱり椿さん、口から出るのは殆ど息子と娘の話題だ。そりゃ親だから仕方ないけど、もっと椿さんのことも聞いてみたい気もするのが正直なところだ。でも椿さんは話に夢中だ。昨日初めて会ったあの表情は何処へ行ったのか。それくらい生き生きしている。ギャップが凄い。こりゃ義人くんも大変だったんだろうなぁ……。
≪それにしても、貴女がいて助かったわ≫
「え?」
≪私たちって孤独なの。話す相手もいなくて。たまにうちに帰っても、主人も子どもたちも、私のことは見えていないから、いる意味がないと思って帰っちゃうの≫
「……そうですか。孤独ですか」
≪だからこうやって話を聞いてくれる人がいるだけで、私は嬉しいの≫
椿さんはにこにこしている。でも私は、その笑顔を素直に受け止められなかった。確かにこういう状況になってしまったのは孤独だ。そりゃ話し相手ができるのは嬉しいよ。でも、それを私に言うか? 何も知らないくせに。
「嬉しい、ですか。そんなこと、私の周りの人は誰も言ってませんでした。ただ茶化すように笑って、馬鹿にして、頭おかしいと言われて……」
≪どうしたの?≫
幽霊が孤独を感じるように、幽霊が視えてしまう私も、また孤独だ。椿さんの言葉に、どうしても苛々してしまう。私は好きでこんな能力が使えるわけではない。誰かのためになるのなら直ぐに使いたい。でも殆どの人は、こんなオカルト信じてくれない。生きていながら孤独なのがどんなに辛いか。私の顔から、笑みが消えていく。そして、心の奥底に燻っていた言葉が、私でもびっくりするくらい出てきた。もう、耐えられなかった。
「私が義人くんと同じクラスだった時、この髪の色と、貴女みたいな幽霊が視えるのが理由でこっぴどくいじめられたんです」
≪そんなことが……≫
「お陰で毎朝、悪夢で目覚めるし、今はフリースクールと精神科に通っているんです。フリースクールはとても楽しい。私の居場所はここだと思った。でも私は、本当は普通の学校に通いたかった。周りがそうさせてくれなかった。私は孤独になるしかなかった。椿さんには分かりますか? 死ぬ寸前まで幸せに過ごしていた貴女に、私の気持ちが!」
≪それは……≫
椿さんは困惑した様子だった。しまった。言い過ぎたかな。私の駄目なところがまた出てしまった。
「すみません。思わず……」
≪いいの。大丈夫。そうよね。私こそ軽はずみにこんなこと言っちゃって……≫
何かを言いかけた椿さんだったが、直後、表情が一変した。何か見てはいけないものを見たような顔。一体何があったんだ?
「あの、どうしました?」
≪後ろ……≫
椿さんの言われるがままに後ろを向くと、私は驚きすぎてベンチから転げ落ちた。え? なんでここにいるの? 今はそれしか頭になかった。
「……椿さんって、俺の母さんのこと?」
そこにいたのは間違いなく、義人くんだったからだ。