お母様はマイペース
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なんだか予想外の方向に進んでしまった気がする。私は今、赤羽くんとやり取りをしている。ついさっき、亡くなったお母様に遭遇したばかりなのに、今度は生きている本人と……。最初は何を書けばいいんだ? とりあえず自己紹介からにしよう。
『久しぶり。井坂 真白です。覚えてる? 髪が真っ白な女です。』
すぐに既読がついて、返事がきた。
『赤羽 義人です。覚えてるよ!』
案外気さくに切り出してくれた。そして、覚えていてくれていた。少しホッとしたが、まだ緊張で手が震えている。異性とチャットするなんて、お父さんくらいだったから。ましてや同級生となんて……。意識しなくても意識してしまう。
『ありがとう。もう忘れられたのかと思ったよ。』
『旗本さんがたまに話題に出していたからね。』
『紫苑が! そうだったんだ。』
手を止めるな私。息を止めるな私! そうしている間にも時間は過ぎていく。でも、少し楽しいかも。さては紫苑、仕向けたな? びっくりしたけど、ありがとう。あの子にはまた感謝しなきゃいけないことが増えた。今は会えないけど、いつか面と向かって、ありがとうと言いたいな。チャットに少しずつ慣れてきたのか、新着通知はまだ鳴り止まない。
『旗本さん、井坂さんのこと、すごく楽しそうに話すんだ。』
『へぇ。どんな事?』
『例えば、フリースクール? の様子とか、幽霊視たとか』
『そうなんだ……』
中学校に入ってから、幽霊が視えることは、誰にも信じてもらえなかった。真っ白な髪であることも、いじめの対象になった。そりゃそうだもんな。周りの人たちからは、普段から幽霊や何やらに怯える頭のおかしい女にしか思われていなかったんだもの。だけど紫苑は違った。あの子はオカルトの類が好きだ。あの子の解釈を赤羽くんに言って、果たして伝わるのだろうか。私は不安だった。
『井坂さんのこと、最初は、変わった人だなって思った。だから、いじめられているのを黙って見ていることしかできなかった。』
やっぱりな。でも「変わっている人」扱いなんてまだ可愛い方だ。黙って見ていても、いじめに加担しなかっただけすごく有難い。私が、『そんなことないよ』と返そうとすると、またメッセージが飛んできた。
『でも、俺は井坂さんの言うことを信じることにしたんだ!』
手が止まった。え? どういうこと? いや駄目だ。手を止めるな。既読無視って、相手に悪い印象与えるってテレビで観たことあるから。なんで信じることにしたのか、疑問を投げる。
『どうして?』
『だって、身近に幽霊が見える人なんてそうそういないじゃん! みんな夢がないんだよ。すぐに嘘って決めつける。俺はそういうの好きじゃないな。』
……なるほど。赤羽くん、素直な人なんだな。将来は絶対、振り込め詐欺とかに騙されるタイプだ。もっと言いたいことあるけど、オブラートに包んでおく。そして、直接話しているわけでもないのに、思わず笑ってしまった。
『ありがとう笑 嬉しい。ちょっと元気出た』
『いえいえ。そんなことないよ!』
少しだけ心が休まった。赤羽くんとのやり取りを中断すると、今度は紫苑からメッセージが来た。
『元気出た?』
『うん。明日も頑張れそう。』
『良かった! じゃあ、また明日ね!』
『うん!』
少しだけ、心の隙間が埋まった気がした。友達があまりいなかったから。さっきまでとは違って、心地良い疲れを感じる。重怠いとか、そういうのではない。
でも、何か忘れている気がする。赤羽くんに何かを伝えたかったような気がしたんだけど、なんだったっけ……。やり取りが楽しくて、抜け落ちてしまったらしい。あ、そうだ。精神科の予約確認しないといけないんだった! 早くカレンダー見なきゃ。
色々していたら夜になっていた。日が落ちるのが遅くなってきたとは言っても、両親が帰ってくる時間は変わらない。めんどくさいけど、今日は私が料理を作る担当だ。やるか……。そんな時だった。私の背後を、変な風が通る。窓は開けてないし、精々換気扇を回しているだけなのに、なんだ? この妙に寒い風は。まさかと思って振り向くと、そこにはあの人がいた。
「……椿さん?」
≪ごめんね、びっくりしたでしょう≫
「びっくりしますよ! こんなところで何やってるんですか?」
≪あの子とやり取りしているのを見ていたの。女の子と話すようになったなんて驚き!≫
駄目だ。完全に親の顔になっている。私がやり取りに夢中になっているのをいいことに、私の家にずっといたのだ。そんなに私とやり取りすることが心配なのだろうか。会ってそんなに経っていないのに、少し失礼ではないだろうか。そんなことを今の椿さんに言っても、無駄だってことは分かる。だから私は、ため息をつくことしかできなかった。
≪義人、貴女に失礼なこと言ってない?≫
「私には大丈夫ですよ。紫苑には分かりませんけど」
≪紫苑って?≫
「義人くんと同じクラスの、旗本 紫苑です。去年から仲良さそうにしてますけど」
≪まさか、付き合ってるの?≫
「それは紫苑が否定しました。本当かどうかは分かりませんけど」
≪そうなの……≫
「というか、そんなに心配することですか? 義人くんは、他人の悪口を言うような人じゃないですよ? それは椿さんが一番知っていることなんじゃないんですか?」
≪それはそうだけど、義人、学校のこと、あんまり話さなかったから気になっちゃって……≫
「うっ、それは……、確かに」
私は黙ることしかできなかった。そうか、どこの家庭でもそうなんだ。子どものことを知りたいのが親だ。知りた過ぎて不安になるのが親なんだ。それは分かっているけど、私、学校で起こったことはあまり言わなかった。お父さんから、「好きな男の子、いるのか?」って聞かれたりもしたことあったな。秒で「いない」ってぶっきらぼうに答えたけど。そしていじめられていたことも、自分からは言わなかった。今考えたら、なんでもっと早く言わなかったんだろうって思う。
すると、インターホンが鳴った。もうこんな時間か。窓の外を見ると、お父さんが車から降りてくるのが見えた。それを見た椿さんは、残念そうに私を見つめる。
≪もっと話していたかったのに……≫
「また明日、あの公園で待っていてください。私、よくそこら辺を散歩しているんです。朝に」
≪そう? じゃあ待ってる≫
「義人くんに言ったら、びっくりするでしょうね」
≪それ以前に、信じてもらえるかどうか。それじゃまたね≫
「はい。おやすみなさい」
ホッとした表情で、風のように去っていった。本当にマイペースだな。義人くんも、椿さんのような性格なのかも。実際に話したことはあまりないけど。階段を降りて、両親と顔を合わせる。
「おかえりなさい。あ、そうだ。明日、学校休みだから」
「そうなのか。まあウイルスが流行っているからな……。母さんは知ってるのか?」
「朝に言った」
今でも、お父さんと話すのは少し疲れる。身内なのになんでだろう。そんなに嫌いってわけでもないのに。これが思春期ってやつ? 分からないけど。今日は私がご飯を作る予定だったので、台所に向かっておかずを作る。私の周囲には、美味しい匂いを嗅ぎつけた幽霊たちが纏わりついているが、気にしたら負けだ。ちょっと、つまみ食いしようったってそうはいかないからな? あ、食べられないか。こりゃ失敬。精々ここで、私の調理でも実況していなさい。
30分かけて肉じゃがと豚汁を作る。両親は既に食卓についていて、呑気にテレビを観ている。ウイルスの話題ばかりなのに、よくもまあ飽きないものだ。全て用意すると、私も席に座る。こうして家族3人で食卓を囲むのが、私のささやかな幸せだ。でも、赤羽くんはこういうことが出来ないんだっけ。椿さんが去り際に見せた表情が、まだくっきりと目に焼き付いていた。
「こういうことって、当たり前じゃないんだな……」
「どうした?」
「ううん、何でもない。いただきます」
無理に笑顔を作って、私が作った料理を食べる。今日は上手くできたかな? 野菜がちょっと硬いけど。今、紫苑や赤羽くんはどんな人と食べているのかな。ちょっと私らしくないことを考えてしまっていた。