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迷い

≪また赤羽っていう男の子に会ってきたの? もう止めたら?≫

「白崎さん、義人くんは本当に良い人なんだから。どうして男ってだけで毛嫌いするのかな」

 私服に着替えると、ベッドに寝転がって雑談を楽しんだ。最初から堅苦しい話は私の性に合わないし、疲れちゃう。水月ちゃんは、私たちの話を生暖かい目で見つめながら聞いている。早く本題に入って欲しそうな空気を出している。白崎さんを少々からかった所で、本題に入りますか。

「今日は何も起こらなかったんだね」

≪ああ。篠田さんが一喝してくれたおかげかな? あの人は少し抜けている所はあるけど、やっぱり我々より大人だ≫

「そっか。篠田さんって、あの幽霊屋敷に住み憑いていた女の人だっけ? 色々面倒起こしてるよねぇ」

≪色んな幽霊に接触しているから、またいつやらかしてもおかしくないと注意して見ていたんだが、まさかこんなにも早く……≫

「ため息つかないの。幸せが逃げちゃうよ? しかし藤? っていう男の子は本当に厄介だよね。恨みが滅茶苦茶強いから地縛霊だと思っていたけど、自分から出向いて加害者家族も手にかけたんでしょ?」

 最初に二人から報告を聞いた時は、いじめっ子がぶっ倒れてくれてスカッとしたけど、話を聞いていくうちにただ事ではないと感じたっけ。勿論、彼の嘘って可能性もあるけど、普通は生きている人間相手に、ここまで危害は加えられない。金縛りにかけたり、まとわりついて寒気を引き起こすくらいしかできない。え? なんでここまで詳しいかって? 私も経験者だから。

 それに、水月ちゃんも心配だ。私なんかとは比べ物にならないほど、この事件の解決を願っている。何か言いたげな顔をしているから、話を振ってみる。

「水月ちゃん、なんか報告すること、ある? 無かったらいいんだけど」

≪……会ってきました。井坂 真白に≫

「嘘、マジ? あの子の場所をどうやって知ったの」

≪……一切やましいことをしないという条件で、緑さんに教えてもらいました。一昨日≫

≪帰り道、なんか二人でこそこそ話していると思ったら……。というか篠田さん、一応社会人だったよな? 個人情報そんなに垂れ流して良いのか?≫

「あの人、初対面の私に赤羽くんがいる学校教えてくれたし、案外教えてくれるのかも」

≪……前言撤回。あの人やっぱり何処かおかしい。それで、何話してきたの?≫

≪起こっている一切のことを話しました。協力をして欲しいと言ったんですけど、考えさせて欲しいって≫

「どうして? 断る理由なんてないはずなのに。友達が危険に晒されてるんだよ?」

 井坂さんの所へ行ったということを聞いた時は期待したんだけど、やっぱり慎重なんだな……。

≪あ、思い出しました。『今更私なんかが、ここに行って良いのかな』なんてこと言ってました≫

 あー、なんか分かる気がする。一度イジメられたら、イジメられた場所にいることに耐えられなくなるよね。私も卒業した小学校には行きたくないし、噂とかも聞きたくない。

≪すみません。いきなり相談もなく押しかけてしまって。警戒されたりしないでしょうか……≫

「そこは大丈夫だと思う。寧ろ、状況を報告する為の大義名分が出来た。あんなにもじもじしていたのに、頑張ったね」

 何もない空間を撫でる。だけど、そこには確かに笑顔があった。


※※※※※


 テストが返された。お母さんに見せられないわけではないけど、自分では思うようにいかなかった。やっぱり、睡眠は大事だ。今日はやることやったらさっさと寝よう。晩御飯も作らなくて良いって言われたし。

 学校を出ると、私は自宅とは逆方向へ歩く。バスのルートも調べたし、大丈夫な筈だ。昼頃だからなのか、バス停には病院帰りのおじいちゃんおばあちゃんが2、3人待っているだけだった。揃いも揃って、私のことを見ている。私みたいな子どもが、白い髪でいるのがそんなに珍しいのかな。誰も声を掛けてこない辺り、私は見世物みたいな感じで見られているんだな。もう慣れたから良いけど。


 バスに揺られてどれくらい経ったんだろうか。目的地に到着した。降りると、目の前には大きな建物。待ち合わせ場所の屋内墓地だと直ぐに分かった。周りに人はいなかったので、とりあえず入ることにした。

 広い。確か、私が住んでいる市内で一番広い墓地だって、CMで宣伝していたっけ。平日の昼間だから、参列している人は殆どいない。その代わり、私のことをじっと見つめる幽霊は沢山いるけど。今の時期、密になっているのは好ましくないので、出来れば私の視界から消えて欲しいけど、彼らにそんなことは関係ない。特におばあちゃんっぽい幽霊は、私のことを睨み付けているように見えた。そんなに私が入ってくるのが気に食わないか。周りにいる人に怪しまれたら困るので、無視を貫いてその場をやり過ごすことにした。

 奥にあるお墓。本当に隅っこにある、灰色のオーソドックスなお墓。家族がお盆にやっていたやり方で、目を瞑って、手を合わせて、一礼する。これで合ってるかな……。目を開けると、そこにあの人はいた。

≪おっす! わざわざありがとう!≫

「……一旦出ましょう。ここは居心地が悪すぎます」

≪視える人にとっては最悪の環境だもんね。私から出向きたかったけど、色々周りがうるさくてさ≫

 私は極力怪しまれないように、普通を装って墓地から出ていく。だけど、おばあちゃん幽霊の視線は、最後まで痛いくらい突き刺さっていた。


 近くのベンチに座って、自販機で買った飲み物に口を付ける。ここはあまり幽霊からの視線を感じないから、多少楽にできる。隣に緑さんがいることを除けば。

≪改めて、今日はありがとう。忙しかったんでしょ?≫

「いえ、テストが返却されただけで大した忙しくは。精神的には結構疲れてますけど」

≪……イジメられたのを思い出したこと?≫

「それもありますけど、テストのこととか、水月さんのこととか。というか、呼び出した理由ってこれですよね?」

≪そうだった! そうそう。ごめんね、水月ちゃんに住所教えちゃって≫

「いえ、良いんです。でも、今回ばかりは私が力になれるかどうか……」

 助けて欲しいとは言われても、正直、私が力になれるかどうかは分からない。寧ろ、私が出てきたことによって、相手の機嫌を損ねてしまうかもしれない。私、口下手だし、説得とか、あんまりしたことないし……。

「水月さん、凄く深刻そうな顔をしていました。一刻も早く、事件を解決したいっていう気持ちが強く出ているというか」

≪なんか訳ありっぽいよね、あの子。私と初めて会って、学校の中に入った時も、教室の中には入ろうとしなかったし。というか一緒にいた白崎さんに『入れるな』って言われたし≫

「白崎さん?」

≪ああ、言ってなかったね。水月さんの保護者的な人。17の時に亡くなったんだけど、これがまた大人っぽくてさ……、ごめん、話逸れたね≫

 ますます水月さんの謎が深まっただけだった。

「今のところ、緑さんのおかげで何も起こっていませんけど、やっぱりこういうタイプはいつプッツンとするか分かりませんよね」

≪そうそう。なんだろう。今風の言葉で言えば『イキってる』ように感じたの。幽霊になったから万能感に浸っているというか、いじめっ子に制裁を加えられるっていう支配欲が駄々洩れというか……≫

「えぇ……。一番たち悪いやつじゃないですか。こういうのは私、対処したことないですよ。寧ろ大の苦手です」

≪誰だってそうだよ。こういうのは現実世界に持ち込まないで欲しいよね。事の重大さってのを分かっていないし≫

 緑さん、一見何も考えていないようで、誰かが困っている時にはこうやって冷静に分析出来るんだった。緑さんが話してくれたお陰で、全くこの事件に関わっていない私でも、加害者の人間性とかは大体想像がついた。でも、私の心の中はまだ迷っていた。不安そうに見ている緑さんの視線が辛い。

≪大丈夫、じゃないよね……。また友達が巻き込まれそうになっているんだもの≫

「これ以上、事件を大きくしたくないのは私だって同じです。私の役割が、犯人を少し説得するだけっていうのも分かります。だけど、もし失敗したらと思うと、怖いんです……」

 こんな状況になっても、失敗を恐れて踏ん切りがつかない私がいた。情けない、自分勝手だっていうのは分かっているけど、一歩間違えれば、容赦なく力を振りかざされる。私をイジメていた連中だけじゃなくて、全く罪のない人も命に関わる。寒気が走る。目から涙が零れそうになる。どうしても最悪のケースを考えてしまう。

≪……私たちみたいにこの世からいなくなった人間が、真白ちゃんみたいな生きている人間に責任を押し付けるのって、やっぱりダメだよね。ごめんね、無理なら良いんだよ?≫

「……無理とは言ってません。でも、もう少しだけ考えさせてください。あと1日だけ時間をください! ちょっと頭を整理してから、最終的な結論を出します」

≪真白ちゃん……。分かった。また明日、ここに来て。私はどんな返事でも受け入れるから≫

「はい。今日はお時間を使わせてしまい、本当にすみませんでした」

 誰もいないはずの場所で、深々と一礼をする。私は手を振る緑さんを見つめながら、バスに揺られて帰っていった。


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