私の『友達』
水月さんは私と同い年らしいが、とてもじゃないけどそうは見えない。他の同級生よりも落ち着いていて、幼い私が更に幼く感じてしまう。水月さんは床に座ると、私に対して申し訳なさそうな表情で切り出した。
≪こんなに疲れている時にすみません。貴女が『視える人』だと噂に聞いて、ここまで来ました≫
「……分かりました。そんな目で見ないで下さい。それで本題ですけど、昨日の件ですよね?」
≪そうです。あの、昨日の様子、ちょっとだけ見てました……。黙っててすみません≫
「そんな、謝ることじゃないですよ。というかいたんですね……。気付かなかったです」
≪……その、あの幽霊、藤くんは、いじめっ子を全力で撲滅しようとしています。でも、彼をイジメた人は全員亡くなりました。これ以上、無関係な人を犠牲に出さないように、協力してくれないでしょうか!≫
急に食い気味になってきた。なんか犯人の苗字まで言っちゃったし。どうやら、水月さんは今回の犯人のことを全く知らないわけではないらしい。
「協力したいのは山々なんだけど、私に何が出来るんだろう……、って思っちゃうんですよね。緑さんからも聞いたんですけど、説得に聞く耳を持たなかったんですよね?」
≪そこが問題なんです……。でも、イジメられていた人が説得すると、また変わるんじゃないかなって思って。ダメですか?≫
勿論、協力はしたい。私をイジメた連中のことはどうでもいいけど、それよりも紫苑や赤羽くんが巻き込まれることの方が心配だ。紫苑にはこれ以上、心に傷を負ってほしくないし、赤羽くんも傷ついて欲しくない。だけど……。
「今更、私なんかがあそこに行って良いのかな」
≪そうですか……。躊躇っているのでしたら、無理には誘いません。私たちが出来る限りのことをやりますから。でも、頭の片隅にでもいいので、考えておいて下さいね……? きっと、いや絶対、私たちは井坂さんを歓迎しますから。負の連鎖を断ち切れるのなら≫
「うん。今はテスト期間だから、ちょっとメンタルが安定してからまた相談させて下さい。今日はどうだったんですか? 誰か、高熱で倒れたりはしませんでしたか?」
≪はい。今日は何事もなくテストが進みました。きっと、緑さんが一喝してくれたからですね。あいつの姿も確認されませんでした≫
あの人、言う時は言うからな……。とりあえず、今は大丈夫そう ホッとため息を吐く。その時、水月さんの眉間に皺が寄った。
≪今は大丈夫かもしれませんが、あいつはやります。絶対に。あいつは、何もかも幼稚過ぎる。自分にとって気に食わない人はいなくなってしまえばそれで良いと思っている。どうか、最悪の事態になる前に、暴走を止めて下さい≫
「……はい。緑さんとも相談して決めます」
≪前向きなお返事を待っています。では≫
深々と一礼すると、水月さんは消えていった。最後だけなんだか怖かった。それにしても、水月さんはどうしてそこまで、あの幽霊に固執するんだろうか。少し心に引っ掛かるけど、今は深く考えないことにした。明日はテストの返却だけだから、緑さんの眠っている墓地に行って相談しようかな。
※※※※※
テスト二日目は、不気味なくらい何も起こらなかった。皆被害者になるんじゃないかって怯えながらテストを受けている感じがした。勿論、僕も怖かった。でも、旗本さんの前では、そんな姿は見せちゃいけない。だから、必死に平気なふりをしていた。
そんな恐怖から解放されて、僕は姉ちゃんにお使いを頼まれていたのを思い出す。スーパーからの帰り道でも、僕は一人だった。後ろからついてくる一人を除いては。
「テストお疲れ様―! 今日も一人で帰るの?」
「……そうだよ。悪い?」
「悪くないけど、折角だから一緒に帰ろうよ!」
本当に偶然だった。突然、後ろから声を掛けられた。真心はいつも通り、制服を着ている。僕は皆の目につくのは恥ずかしいから、こうやって後ろをついてきて欲しいと言った。今日も相変わらずテンションが高い。心の中では何を考えているか分からないけど。
無人駅の前に着く。腰を下ろすと、こんなご時世なのに真心はくっついてきた。誰もいないからそうしたいのは分かるけど、今することじゃないんじゃないかな……。
「テストはいつまで?」
「……明日まで。真心は?」
「今日全部終わった! あんまり良い成績にはならなそうだけど」
テンションが高い理由が分かった気がする。僕は「お疲れ様」と軽く一言掛ける。
「どうしたの? 随分と疲れてるね。テストで散々な結果だったから?」
「勝手に決めつけないでよ……。テストの結果は、良くも悪くもなさそう」
「そうなんだ。他に疲れてる理由があるの? 例えば、教室の中で幽霊が暴れ回っているとか!」
「……今なんて?」
「幽霊だよ! 私聞いたよ? テスト初日に、義人くんのクラスの不良が原因不明の高熱で倒れたってこと。どうして黙ってたの?」
「幽霊のせいだって、この時は分からなかったからだよ。というかどうして、このこと知ってるの!」
「義人くんなら信じてくれるかもしれないから言うんだけど、私には『友達』がいるの。私と違って凄くカッコよくて、コミュ力高いの! ここら辺の噂なら網羅してるんだ!」
「なんだか井坂さんみたいだな……」
「井坂さん? ああ、真っ白な髪の女の子のことね。私は会ったことないけど、きっと性格は悪くないんだろうなぁ」
これも幽霊から聞いた情報なのだろうか。なんだか少し、真心のことが怖くなってくる。僕らのことは、幽霊の存在によって筒抜けだ。
「実は、あの子に一度会ってみたいんだよね。向こうはどう思うか分からないけど」
「そうなんだ。今はちょっと難しいかもしれないけど、落ち着いたら、また……」
「きっと、数日後には会うことになると思うな。いや、もっと早まるかも。へへ」
満面の笑みで僕を見る真心。なんか予言者みたいなこと言ってるけど、僕は変に食いつかないことにした。思い出した。真心って時々変なこと言い出す癖があるんだってこと。僕と付き合っている時も、何もない道をきょろきょろ見回して、「ここは通らない方がいい」とか言ったりしたこともあったっけ。結果、電柱が倒れてきて周囲が停電になったってオチもついてる。この時みたいに、真心と井坂さんが会わなければならない理由が生まれるんだろうか……。
「あ、そろそろ時間だ!」
「え? 何の?」
「『友達』と会うの! 今日は付き合ってくれてありがとう。小学校の頃を思い出したよ」
「……そっか。また、どっかで会おうね」
「うん!」
真心が駆け出していく。そんな後姿を、僕は小学生の頃の彼女と重ね合わせていた。幽霊が視えること以外は、本当に普通の女の子なのに。イジメというのは、人の心を歪めてしまう。僕は真心の姿が完全に見えなくなるまで、無人駅から離れることが出来なかった。
※※※※※
今日も義人くんの顔を見れた。義人くんはだいぶ疲れているような気がしたけど、あの一件が原因なんだと思う。でもそんなもの、私の『友達』にかかれば解決しちゃうんだから!
家に着く。今日も両親はいない。今日も私が晩御飯担当かぁ。めんどくさいな。でもそんなこと言ってられない。『友達』から情報を聞いたら、支度しなきゃね。
「ただいま! 帰ってきたよー!」
私らしくない大きな声で、『友達』を呼ぶ。いつもは直ぐに現れてくれるんだけど、今日は何の反応も無い。そういう時は大抵、廃校舎にいる時か、誰かと会っている時だ。勿論、私はそんなことで怒らない。イジメていた奴らとは違うんだから。暇を持て余してもしょうがないから、今の内に着替えておこうかな。制服を脱いで、クローゼットに入れた時だった。私の背中を、寒気が走る。来てくれた!
≪済まない、遅れた≫
「人が着替えてるのに勝手に入ってくるなんて、エッチ。水月ちゃんもいるの?」
≪はい。ここに≫
藤池 サラと柏葉 水月。この二人は、私の大切な『友達』。




